転生したら米国二冠ウマ娘だったけどコーチの依頼が無くて極東に行ったら名コーチになって教え子に囲まれてます(仮) 作:罠ビー
今回は切りよく謹慎明けまで。
1993年1月25日
ドリームシリーズ現役最高齢選手だったコダマ*1の引退が発表された。本人曰く闘志が燃え尽きたらしい。これで現役最高齢はシンザンということになる。ドリームシリーズの主役は彼女からトウショウボーイ達TTGを経てミスターシービーやシンボリルドルフに移り変わってもいまだに一線で戦いドリームトロフィーに名を連ねる彼女にはいまだに根強いファンは多い。
1993年2月1日
ダンシングブレーヴがサイアー試験に無事合格したことを伝えに来た。私の協力なんかなくともこいつなら問題なく合格できたとは思うが礼を言ってきたのでそれは受け取ることにした。それにしてもまるで来日したころとは別人の様相だ。マリー病の経過は良好らしくすでに杖で歩けるまで回復しうちのチビどもを相手にしてもサイアーとしての仕事を全うできるくらいに回復をしている。やはりウマ娘の身体は精神の影響が多いのだろうか?かなり真実味を帯びてきたかもしれない。今年からサイアー業務を行うらしくすでにURAとは契約をすましたらしい。
⋯⋯ダンシングブレーヴの話には少しハッとさせられた。内容が流出することを考えるとここには記述しないが、私もこれからの目標を考えさせられた。
1993年2月25日
あと一か月で謹慎解除となるこのころ、学園側との面談があった。アキカワ理事長と秘書のハヤカワ、サイアー室を代表してリアルシャダイ、そして私の4者による面談だ。
まずは騒動の謝罪をした。アキカワ理事長は黙って私の話を聞いておりハヤカワがときおり質問を入れてくる。リアルシャダイは私のサイアーとしての勤務態度、評判なんかを証言していた。結果用務員としての勤務態度などを評価して謹慎は期日での解除の方針になった。無事に春からはまたサイアーの仕事に戻れるらしい。私のもとに来てくれたのに、私が指導しないのは申し訳ないしよかったと思う。
用務員ウマ娘たちにその事を言うと笑顔でおめでとうと言ってくれた。最初はマルゼンスキーを介してのコミュニケーションからだったが4か月も一緒に仕事をしているとなんだかんだ打ち解けた。悪い口に少し苦労はさせられたが。それと正直勉強になった面もある。レースをあきらめたウマ娘、苦労しながらあきらめずに戦い続けるウマ娘。どちらも私が深くかかわってこなかったタイプのウマ娘だ。そういうウマ娘と近い距離で仕事をしたのはこれからのサイアー業務において活かせることも多いはずだ。
1993年3月31日
謹慎終了を祝して用務員として一緒に仕事したみんながささやかなパーティを開いてくれた。⋯⋯短い間しか一緒に仕事をしていないのにありがたい。そういえばこう祝われたりするのはすごく久しぶりな気がした。市販のジュースとスーパーのケーキ。全く豪華じゃないけど彼女たちが私のためにお金を出してくれたと思うと嬉しかった。照れくさくて素直にもっと喜んであげられなくて申し訳ない。そういうわけなのでいつもの手紙作戦に出ることにする。⋯⋯少しかわいいものを見るようにされてたのはちょっと遺憾である。
1993年4月1日
みんな大好きだ。自慢の生徒たちだ。いい夢を見たいからさっさと寝る。
1993年4月2日
昨日のことを振り返ろう。まだ頬がにやけてくる。
5か月ぶりに帰ってきたサイアー寮の私の部屋はどうせ汚いだろうななんて思っていたら出迎えたのは私の生徒たちとトニービンとダンシングブレーヴだった。どうやら大家さんに話を通して昨日にみんなで掃除したらしい。しかもダンシングブレーヴが言うにはその提案は生徒からあったらしい。先生泣きそう。ごめんね、長く留守にして。そう思いながら一人一人に抱き着き頭をわしわしした。もうスキンシップをとりまくった。そのまま部屋に入る人数で入れ代わり立ち代わりでみんなと話をした。
フジは珍しく甘えてくるしダークやバブルはキャラが崩れていた。普段はそんなに前に来ないジェニュインやツヨシもべたべたしてくる。パートナーはデレデレだしイシノやタッチもぐいぐい来る。スズカもギアが入ったようにしゃべる。マーベラスとリョテイは⋯⋯あんま変わんないな。我慢してるのかなとリョテイもおいでと手を開いて待ち構えているとシャイニングウィザードされた。照れ隠しかカワイイな。とまあそんな感じに生徒たちと触れ合った。
1993年4月6日
新学期が始まった。ダークたちはB組に上がりフジたちは来年の今頃にはトレーナーと契約する子も増えてくるだろう。サイアーとして最初に面倒を見たフジたちの指導は最後の1年となる(もちろん相談とかには乗るが)。スズカたちも先輩になり新しく入ってくる子たちと仲良くなれるか。今年も苦労が絶えないが楽しく、そして巣立っていくフジたちに後悔をさせないようにしたい。
追記:今年の新入生を見るとなんとなく今までの感じとは違う気がする。何というか癖のある子がいない。目立つ子も少ないイメージ。上の世代が良くも悪くも個性が強いため感覚がマヒしているのだろうか?
◇◇◇◇
『君がキングを連れてきてから少し考え方が変わってね。いつまでこんな病室に引きこもっているんだってね。小さいファンの彼女を見てそう思わされた。少なくともファンにはいいカッコをしたいじゃないか』
『今の私には夢がある。
『君はどうするんだい、サンデーサイレンス?プレイヤーとしての君に聞きたいね。プレイヤーとしての君はまだ生きてるのかい?』
先日のダンシングブレーヴとの会話を思い出す。プレイヤーとしての私か。そう聞かれて私はその時即答できなかった。用務員ウマ娘とマルゼンスキーを見比べて思ったことだ。今の私はどちらなんだろうか。
「浮かない顔ねサンデーちゃん。悩み事かしら?おねーさんがズバッと解決しちゃうわよ」
「アー、悩み事ダナ。マルゼンスキー、プレイヤー,サンデーサイレンスはまだ生きていると思うカ?」
いつの間にか私の横に陣取っていたマルゼンスキーにそう聞く。マルゼンスキーは意外そうにキョトンとしている。そりゃらしくない質問だろうと私も思う。
「時々サンデーちゃんってアメリカ生まれっぽくないこと言うわよねー。それはサンデーちゃんにしかわかんないわよ。そうね、おねーさんとちょっと走ってみましょうか」
そんなマルゼンスキーの提案により私とマルゼンはこれから私たちが整備するコースの上に立った。服は作業用のつなぎを上半身だけ脱いで腰に巻き、靴だけ履き替えて。マルゼンスキーも同じ格好で。⋯⋯こんな姿だけどマルゼンスキーは様になる。流石はドリームシリーズトップランナーだ。
コイントスで互いに示し合わせたように走り始める。逃げるマルゼンと追走する私。ここからゴールまでおおよそ2000m。インターミドルチャンピオン、マルゼンスキーの距離でありケンタッキーダービー覇者である私の距離でもある。やはりマルゼンスキーは早い。それこそ普通にアメリカのドリームシリーズでも活躍できるだろう。しかし私が負ける道理になるだろうか。
7ハロン通過、マルゼンスキーはスパートをかける。さらに上がった速度に私の足のトルクは追いつかない。息が上がる。クソ
「クソがっ」
がむしゃらにただ足をまわす。無情にも差は広がる。言い訳や問題点はいくらでも思いつく。でもそれ以上に悔しいが先に来る。2000m、3バシン差の敗北だった。マルゼンは息は上がっているものの直立している。一方の私は膝に手をつき前傾姿勢だ。
「それでどうだったかしらサンデーちゃん。プレイヤーとしてのあなたは生きてたかしら、それとも死んじゃったかしら?」
「生き返ったヨこれ以上ないくらいに。脳に電極ぶっ刺されたからナ、クソババア」
「そんな悪いことをいうのはこの口かしら」
手を貸しながらそんなことをほざくスーパーカー様に悪態をつくとそのままヘッドロックを決められる。悪態くらいついてもいいだろう。だって今こいつはプレイヤーとしてのサンデーサイレンスを殺す気だったんだから。
「いい目覚ましだったでしょ。」
「Fack you dangerous car」
?「おかーちゃん。今日もけっぱるべー。目指せ日本一のウマ娘」
?「がんばれー。スペ、あと2年だべー」(編入用願書)
マルゼンスキーさん
謹慎編の相方。ドリームシリーズでもベテランの域のウマ娘。アメリカにも縁があり元々は向こうの生まれでニジンスキーに2年間指導される。お茶目なお姉さんであり、インターミドルとマイルに潜む飢えた怪物。ドリームシリーズは互いのウマソウルを喰らいあう蠱毒なのでは?