転生したら米国二冠ウマ娘だったけどコーチの依頼が無くて極東に行ったら名コーチになって教え子に囲まれてます(仮) 作:罠ビー
御存知だと思いますが一週間程前に用語集を作成致しました。本作での用語の一部がのっているので参考にどうぞ。
1993年8月7日
サプライズレース最終組。フジ達との模擬レースは熾烈なモノだった。多少しらーっとした目を向けられるかと思っていたけどそれよりも反骨心のあるような瞳を向けられた事に驚いた。彼女達は世代の中でも上位組。やはりプライドや負けん気は色の違いこそあれど皆持っている。
アイツらにとって恥ずかしくない姉さんで居ないとな。
1993年8月8日
皆を合宿所から学園まで送りあらかじめ約束を取り付けておいたハヤカワと北海道に飛ぶ。もともとは私だけで行く予定だったが編入の事を聞いた際に「サンデーサイレンスさんだけですと誤解される可能性もありますから私も同行します」と言われた。忙しいのに申し訳ないという気持ちと、誰が信頼感のない顔だという気持ちが同居していた。
1993年8月9日
スペシャルウィークの実家に到着する。最初はハヤカワの言った通り私の風貌に怯えられてしまった。せっかく一張羅のスーツを着てきたのに少しショックだ。しかし少しスペシャルウィークの相手をした後にこれからしばらく毎日近くに宿を取り通う事を伝えると実家に泊まる事を提案される。
いいんですか?と聞くと娘が信頼して連れてきた先生ですからと言ってくれた。……人のいいお母さんだ。その好意に答える為にしばらくスペシャルウィークをしっかりと指導していこう。
1993年8月10日
東京ではない広大な敷地や道を使いながらスペと一緒に走ったり、ウマ娘特有の強い力を抜く方法を教えていく。ウマ娘は筋肉は人のそれと似ている癖に強度はまるで違う。骨や関節といった所に余分な負荷がかかったり、強すぎる拮抗筋の作用を滑らかにしたりと身体造りの基礎を教えていく。
案の定だがスペはウマ娘が周りに居なかった影響からか筋肉の発達が少々歪だ。これは難敵になるだろう。しかし筋線維自体の強さ、そしてそんな不合理な発達をしていても頑丈な骨や関節とみはるべき点も多い。とりあえずこの夏休みはウマ娘のトレーニングやストレッチをして身体のバランスを取っていく事を目的としよう。
1993年8月12日
3日程経った事でスペの家に居候している生活に慣れたような気がする。産みの母の仏壇にも挨拶はしたし育ての母にもようやく慣れてきて貰えたかと思う。スペの身体はまだジュニアの早い時季なのもあってかそこまで深刻な事ではないだろう。今後私の居ない時に状態が悪化しないようにトレーニングメニューを作らないといけないな。
1993年8月17日
今年の夏のドリームトロフィーはいつものメンバーではなくスペの家で見ることになった。私がテレビを見ながら喋ることに妙に注目されて……なんというか、解説の仕事を受けるのは考えようと思った。
スぺがファンのマルゼンスキーは例年より1試合少ない事と、2戦目の東京でのマイル戦でオグリキャップに昨年夏のリベンジをされた事により残念ながらギリギリで夏のドリームトロフィーの出場権を逃していた。その事にスペはガッカリしていたがこればかりは仕方ない。7割くらい私のせいな気もするが黙っておこう。
今年の注目はアイネスフウジンだろう。ジュニア時代は朝日杯でマルゼンスキーの持つジュニア記録に並ぶ走りを見せたりダービーではレコードで走り抜けたマックイーン世代のランナーだ。同年にドリームシリーズデビューをした平成三強の影に隠れていたが今回ドリームトロフィー初出場を掴んだ。平成三強以降の世代の活躍が目覚ましい。
今回輝きを見せたのはシンザンだった。ついに最高齢選手*1となった昭和の最強ウマ娘は今回のロングディスタンスにおいて流星の貴公子テンポイントや直弟子のミホシンザンやターフの演出家ミスターシービーといった中堅、新星アイネスフウジンや白い稲妻タマモクロスと名のある強豪を相手に完勝してみせた。
インタビューで「カミソリの先輩が引退したじゃろ。アタシもそろそろかねぇ。アタシの鉈も切れ味はともかく薄っぺらくなっちまったもんさね。夏の祭りは今日でしめぇかね」と答えていた。
1993年8月20日
スペと生活しているとウマ娘にしても食事の量が多くなってる気がする。そう思い体重計に乗ると案の定だった。あまり良くない事だが好意を無下にしづらい。そうは思うものの下手にダイエットとかするよりかは健康的であり、体重も見た目だがそこまで重すぎるというわけでも無さそうである。なんと言うべきか……悩む。
1993年8月30日
今日でスペの指導を一旦終了することになる。この20日程度でなんだかんだスペには懐かれて、お母さんの厄介にもなってしまった。少し増えた体重は学園でなんとかしよう。スペの方は筋肉のバランスは改善が見られる。骨や関節の発達を大きく阻害しないようにかつ筋肉を鍛えられるようなトレーニングメニューを渡しておいた。あとの事はまた連休の時にでも様子を見に来る事にしよう。
1993年9月1日
夏休みも終わった私の机の上には複数の書類が置かれていた。東条トレーナー含む複数のトレーナーから練習の見学を希望する書類だ。……早くないだろうか?
新学期が始まってみればみんなに怒られた。先生と連絡取れなかった、宿題見てくれなかったといったように結構言われて拗ねられてしまった。いやでも一人の娘をつきっきりで指導してたなんて言いづらいしなぁ。とりあえず北海道に旅行してたと言って、言い忘れた事を謝った。
追記:なんかマーベラスには太った事がバレていた。『新しい友達が増えるんだね。マーベラース』とのこと。
1993年9月3日
見学希望の書類だがこれはどうすればいいんだ?とトニービンに聞いてみたところ見学日とかを設定すればいいんじゃないかと言われた。10月末からは忙しくなるだろうし10月半ばまでに開いてみたらとアドバイスされた。……なんか嫌な予感がするからコイツには詳細な日どりは隠しておこう。
1993年9月7日
見学日を9月の21日と28日の2日行う事をサイアー室からトレーナー室に通知してもらった。個別の対応はそれが終わってからにすることにする。この手の話は3月の模擬レースの後からくらいだろうと思っていたが注目度の高いウマ娘がいる今年のウチのクラスはトレーナー陣にとっては結構注目の的なのだろう。秋シーズンの前に一度チェックして、チームが少し落ち着く冬シーズンが本番……といったところだろう。
その事を生徒達に伝えるとやはり最上級生の一部には緊張が走った。フジやジェニュといった注目度の高くない子達は1つのチャンスなのだから。少しそういう娘達のケアをしていった方が良さそうだ。変に張り切らなきゃいいんだけどなぁ。
追記:改めて見学会発表前に連絡をしてきたトレーナーの名前を見てみる。東条、刑部、滝、黒沼、南坂。聞き覚えのある名前が多くなんというか手が早い。
◆◆◆◆◆
「チャオ、サンデー」
「ハロー、トニー。偶然っていうには早い時間じゃネーノ」
夏休みが終わってサンデーが少し太ってたからダイエットで走りこんでいるのかなとも思ってはいたが夏休みに入る前も走りこんでいた事を思い出して狙ってボクはこの時間にサンデーに声をかけた。
「今年に入ってから走りこんでいるよね」
「ったく目敏いヤツ」
「見れば判るよ。それでさ、ブレーヴもちょっとずつ鍛えてるよね。一人だけなら不思議には思わないさ。でも2人の態度が同じタイミングで変わるなら勘繰りもするよ」
さっさとロードウォークに行こうとするサンデーに勝手に付き合いながら話を続ける。サンデーの謹慎期間の間で何かあったのは間違いない。謹慎明けからサンデーは肉体改造をしてるしブレーヴも業務の間をぬってリハビリの負荷を上げている。
「ズルいよねー2人してさ。そーいうのボクにもかませてくれないと」
「別に企んでネーよ。ただオレも不甲斐ない姿は見せらんネーって思っただけ」
あくまでも話す気はないと。いやサンデーにとってはきっかけの1つ程度なのかもしれない。
「ふーん。今はそれでいいや。じゃあサンデー。ボクも自主トレ付き合うからね」
「勝手にシロ」
ベガ「トニー×サンデーさん。キタコレ」
心の叫び「サンデー×トニーだろーがよー」
たわけ族「淑女たるもの……このような事では」
一等星「何、これは?」