転生したら米国二冠ウマ娘だったけどコーチの依頼が無くて極東に行ったら名コーチになって教え子に囲まれてます(仮) 作:罠ビー
1993年10月31日
メジロマックイーンが寸前で回避する事になった天皇賞を制したのは2000m、つまりインターミドル級に初挑戦をしてきた安田記念の覇者ヤマニンゼファーだった。
マイルやスプリントを主戦場とするウマ娘の勝利、それもマイルの皇帝と呼ばれたニホンピロウイナーの弟子の勝利だ。くしくも本家皇帝の弟子のトウカイテイオーとの直接対決といかなかった事は観客目線では少し残念だった。
一方でマックイーンが健在で参戦してきた場合はどうなったのだろうか。スプリンターやマイラーといった俊足ウマ娘は希代のステイヤーメジロマックイーンにこの距離で太刀打ちが出来たのだろうか?よりスピード能力が重視される時代へのZephyrではなくBoreas*1が吹こうとしているのかもしれない。
1993年11月7日
今年のクラシック最終戦、菊花賞はBNWの一角のビワハヤヒデが最後の一冠を手にした。中盤3番手を好位追走し後方から迫るウイニングチケットとステージチャンプ*2を凌いでのゴールだった。まさに優等生といったレースで王道といった勝ち方だった。前年のライスシャワーの記録を上回るレコードタイム。その走りはどことなくどこぞの皇帝を思わせる走りだった。
レース後ベテランの刑部トレーナーらしからぬインタビューだった。まるで少しかかってるような、そんな素振りだった。そしてその理由はきっとこの一言を言いたかったのだろう。
ようやくルドルフに追い付けた気がします。
それはリギルで栄華を極めた刑部トレーナーらしくはないような、野心にあふれた若手のようなそれでいてベテランの落ち着きを感じる、一言だった。
1993年11月9日
見学会の後、午前中に私のもとに何人かのトレーナーがやってきていた。その中でも東条トレーナーと滝トレーナーは特に熱心に来ていた。東条トレーナーはフジが、滝トレーナーはマーベラスやパートナーについての話をしに来る。⋯⋯来てもらってもよほどじゃない限り判断は生徒に任せる気だし。流石に来年からデビューの話が基本だけどそれ以外で二人が大きく関心を寄せているのがスズカだ。かなりの前傾思考が難点ではあるが才能は疑いようがないのかもしれない。
1993年11月14日
ティアラ路線最終戦、エリザベス女王杯はベガのトリプルティアラがかかった試合だったが勝ったのは同じ一等星の名前が刻まれた別のウマ娘だった。そのウマ娘はホクトベガ。春2戦は掲示板に入るか入らないかくらいの成績で注目ウマ娘の一人ではあるがあまりにも眩い一等星の光にその光は隠れてしまっていたが、この大舞台でその輝きは一等星は飲み込んだのだった。
メジロラモーヌ以来のトリプルティアラ誕生はお預けとなり、ベガのサイアーのトニーの奴はめちゃくちゃ悔しがっていた。まあでもドリームシリーズ進出は当確だろう。
ティアラ路線のウマ娘はテスコガビーがマイルやスプリントで本命クラスにはなるけどインターミドルより長い距離で勝ち負けができているのは大ベテランのトウメイ*3くらいである。やはり体格がコルトクラスに比べて小さい子が多いのも影響してるのだろうか。
1993年11月15日
校内でやけに芝居がかった奴に声をかけられた。なんというかオペラの合間に日常を送ってそうな奴だった。私はオペラわかんないけど。
彼女いわく日本の子供から送られて来た大作オペラに感銘を受けてこの才能の持ち主を是非とも磨きあげたいとの事だった。……ダークと話してる2倍は疲れる。あいつは翻訳が必要だがまどろっこしくない。
1993年11月25日
最近不動産屋のチラシが来る事が増えた。トニーは居座っているがBTの奴は今年のはじめにサイアー寮を出たらしいし私もそろそろ家の事を考えてもいいのだろう。ダンシングブレーヴの奴も家を買ってるし。とりあえず通勤に便利な西東京で考えるか。
1993年11月28日
米国のコタシャーン*4に英国のホワイトマズルが人気を集めたジャパンカップは伏兵レガシーワールド*5が勝利した。とは言ってもコタシャーンがゴールを間違えてスパートをかけたという珍事があり先行策を取っていたレガシーワールドが残したというレースだった。
形はどうあれこれで日本勢はカツラギエースとシンボリルドルフ以来のジャパンカップ2連覇という事になる。カツラギエースやルドルフの後の世代が弱かったという事は決してなく、むしろドリームシリーズはその世代である平成三強が新たな風を吹かせているが、この結果は日本のトゥインクルシリーズが見直される一歩になるのではないかと感じる。
1993年12月4日
というわけで新居を探す為に不動産屋に行った。西東京の物件はウマ娘が多い為、不動産屋もウマ娘の需要をついた建物を紹介してくる。トレーニング器具を置けるだけの耐久性や防音性能、ウマ娘レーンの整備されている大通りへのアクセス、トレセンや練習場への距離といったようにこちらをうまく刺激するような条件が多い。
とりあえず防音と耐久性は高いに越した事はない。給料はそこそこ貰っているので少し背伸びしてもいいかもしれないが私の市民的感覚がそれを拒む。
参考にならなそうだけど今度BTやブレーヴに話を聞いてもいいかもしれない。
1993年12月12日
朝日杯はBTの秘蔵っ子、ナリタブライアンが勝利した。BTの奴が自慢気でうざかったが正直才能だけで言えば私が日本に来てから見たウマ娘ではダントツでシンボリルドルフとかに並ぶウマ娘だろうと思う。先週阪神ジュニアを勝った留学生のヒシアマゾンとともに東条トレーナーの指導を受けており彼女がこの才能達をどうしていくのか注目していきたい。
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「ご無沙汰しております。先生。ご機嫌も良さそうでとても安心しました」
「ご無沙汰しているであります、教官」
「大きくなったね、ホワイト、コマンダー。来てくれて嬉しいよ。私はてっきり君達には恨まれていると思っていたからね」
欧州にいた頃に比べたら豪華でもない家の一室。面倒を避ける為に親しい友人と色々便宜を図ってくれたURAの職員くらいしか知らない私の家に彼女達は来ていた。何処で知ったのだろうかと思考を巡らせれば同い年のお調子者のイタリアンな彼女の顔が浮かぶ。
「教官の教えをしかと刻み、我々は教官長から日々鍛練をつけて頂いておりました、サー」
「こちらに移られたのも療養の為と伺っております。あの頃は先生はお身体が悪い中私達を見てくれていましたから」
二人の話を聞くも、まあ二人の指導を半ば放り出していたのは事実だ。リファール先生には頭が上がらない。
「サーはやめてくれ。……爵位は受勲しているがそんなに固くならないでくれ。とりあえずコマンダーはエプソム、アイリッシュダービー制覇おめでとう。ホワイトもキングジョージを勝利したと聞き及んでいるよ。おめでとう」
本当に大きくなった。それが私への反骨精神から来てるんじゃないかとも思っていたが、それは私の思い違いだったようだ。二人ともレーシングで結果を出してるようで私は満足している。
「ホワイトはジャパンカップだろう。栄光を期待しているよ。それでコマンダーはどうしたのかい?来てくれて嬉しいが君はチャンピオンシリーズに昇格するのだろう?」
「教官、私はまだ未熟であります。なのでこの東の国で教官の教えを再び御教授願えないかと、馳せ参じた次第であります、サー」
……え?
思わずティーカップを落としそうになるがそれは堪え顔に出さないように注力する。このArmed Forcesかぶれは来年度のチャンピオンリーグ期待のルーキーのはずだ。……かわいい教え子の願いは無下に出来ないし私も指導が不足していた自覚はあるから断れない。
……URAの外交担当には無茶なお願いをする事になるだろう。まあプラスに考えれば姉弟子としてキングやシック*6の刺激になるだろうし、それに私にとってはこれ以上ないスパーリングパートナーだ。
「……そうだな。私も君から学ぶ事も多いはずだ」
体調を整えて、プレミアリーグやチャンピオンカップの舞台で君と戦う。そんな夢を現実にするために。
たぶんウマ娘はデイムではなくサーだと思う。レガシーワールドは黒沼トレーナーの担当。