転生したら米国二冠ウマ娘だったけどコーチの依頼が無くて極東に行ったら名コーチになって教え子に囲まれてます(仮) 作:罠ビー
マーベラス★確保したので罠ビーは現在サンデー産駒はアヤベさん以外コンプリートしました。あとはダークさん来ねえかないつか。
1994年8月6日
今年の合宿を北海道にした理由の一つ、農場の作業体験を行った。ウマ娘北部農場にはあらかじめアポを取っており担当は快く受け入れてくれた。生徒たちは正直良い顔をしてない感じがするが⋯⋯当然その気持ちもわかる。子供のころ将来大変だから勉強しなさい、と言われて素直に従う子は少ない。だからこの体験はあまり楽しいモノでもないだろう。⋯⋯私も、私の身体もこういうのは真面目に受けないタイプだろうし。
それなのにこのプログラムを入れたのは理由がある。最上級生の去就、今年はなんだかんだ上手くみんながトレーナーにつくことができたがそうともいかない場合もあるだろう。全員が全員ドリームシリーズまで行けるわけもない。そう考えるとこういう現場を体験しておくということは大事なことだと思う。
⋯⋯まあ正直こんなことを思うのは自己満足、自己弁護の部分が無いとは言い切れない。いや、多分私の納得が主題かもしれない。それでも頭の片隅に今日の事が残ってくれれば何かの選択肢や原動力になるかもしれない。みんなが上を向いて走るには足元を確認してやるのも必要だろう。
追記:それはそれとして迷惑をかけるのは違うのでさぼりはまだしもふざけていたリョテイは絞めた。⋯⋯でもお前見せしめになりに行ってるよな実のところ。
1994年8月7日
今日は札幌でツヨシのメイクデビューがあったが残念ながら負けてしまった。ツヨシは少し目立たないがしっかりと才能はある子なので負けた事は少し意外である。
それは四天王も同じようで少し意外そうな顔をしていた。それくらいトゥインクルシリーズは厳しいのである。そしてドリームシリーズはその何倍もキツい世界である。
……今年は少々脅し過ぎだろうか?ただ今年もサプライズレースはやっており明日は四天王の番である。今年は去年程付け焼き刃でも無いし、マイナーレーサーくらいはやれるだろうか?
1994年8月8日
今年も最上級生とのサプライズレースを決行しており今日はダークやバブルら四天王を含む子たちとのレースだった。去年に比べて今年は、身体作りも継続して行っているためかレース後無様な姿は晒さなかった。⋯⋯いやジュニア相手に肩で息してるのは十分無様か。
今年は去年とは違い後方一気ではなく1コーナーでバ群に入り積極的に圧をかけてく方針にした。後方3人目くらいの位置からバックストレートで威圧をしながら速度を上げてかからせるように動く。少々どころではなく大人げないが実践は何物にも勝る勉強だ。この最終日のクラスの子たちならなおさら。
3コーナー以降は上がったペースの中でダークの隣をキープして常に視界に入れられる位置をとり直線で末脚合戦をする方針をとる。直線はスパートのタイミングをはかり被せるようにスパートをきりバブルを壁にするように内側に入りそのままダークを従えてゴールを踏む。上がったペースでイシノやバブルすらバテ気味の中私より整った息をしているダークのスタミナは流石だと感じた。
追記:今年からリョテイ達の世代にもノートをつけて貰った。リョテイはなんだかんだあんな様子だがこういうモノはそつなくこなしてくる。一方でスズカは自分のパターンを持ってるが天性のモノで押してる所がある為こういう課題だと前を走ればいい見たいな回答を出してくる……そうじゃねえんだけど、本当に才能タイプだからどうしたらいいものか。
1994年8月14日
今年のサマードリームトロフィーを前にある噂が流れていた。それは今年初開催される香港国際競争でのメインイベントであるドリームシリーズ級の香港特別招待競争についてだ。いわくこのドリームトロフィーの成績が推薦に影響するだろうという事だ。招待競争の距離は今後変動する事も考えられるが今年はチャンピオンディスタンス……即ち2400mで行うらしい。
しかし選手達がこの招待を受けるかどうかは自由だ。SDTで好成績を残したらWDT次第ではシーズンMVPを狙える位置にいるのだ。それと新規開催の国際競争。価値判断は選手に委ねられるが、正直URA上層部としては未知の国際大会より国内のWDTの方が盛り上がって欲しいと思っているだろう。私個人としては香港特別招待は楽しみなので盛り上がって欲しい。
1994年8月15日
サマードリームトロフィーはMVPと香港特別招待の招待枠という選手達の思惑が入り乱れる今年。ロングは昨年MVPシンザンこそ高齢を理由にSDT出場を辞退したが、いつも通り皇帝シンボリルドルフが一番人気に挙げられるが、そんな中今年のドリームシリーズでこれまで3連勝で乗り込んで来た絶好調、元祖シンボリのエースであるスピードシンボリが挑戦状を叩きつけた。
大ベテランが老骨に鞭を打ち気を吐く理由。その理由は海外挑戦の最期のチャンスだからだろうという事はほぼ周知の事実だった。彼女はシンザンの2つ下。多くの同期が既に夢の舞台を去り、あのシンザンですらよる年波に抗い難くなった中で湧いた機会。逃してなるものかと鬼気迫る形相でシーズンに望んでいた。
そして同じく世界を意識するベテランがタケシバオーだ。ミスオールラウンドと言われるまでの距離条件不問の強さを持っており唯一の全カテゴリドリームトロフィー出場の記録を持つ彼女も学生競争時代に海外の壁に破れたウマ娘だ。さらに日本のエース、カツラギエースと海外志向の強いウマ娘がこぞってエントリーしていた。
そんな思惑の中始まった今年のサマードリームトロフィーロングは京都2400というややマイナー条件。カツラギエースがハナをきりシンボリの新旧エースは互いに睨みながら中団に構え、その二人の間半バシン前にタケシバオーが構える形になった。
3コーナーから果敢に動いたスピードシンボリに対してルドルフも追い出そうとするがタケシバオーが壁になり追い出しが遅れる。この遅れが致命的であった。当然タケシバオーもスピードシンボリを追う為ルドルフは二人分外を回される。
直線手前で逃げ粘るカツラギエースを射程に捉えるがカツラギエースは粘る。残り1ハロンでカツラギエースはかわされるがそのまま先代シンボリのエースの勝利を許す今代シンボリのエースではない。残り1ハロンでロスを取り返してルドルフが追い返して来る。一度はスピードシンボリもハナを譲るが残り50m。現役晩年の意地が勝ったのかルドルフを競り落とし今年のサマードリームトロフィーロングを掴んだのはスピードシンボリだった。
日の丸を背負う。その覚悟を感じさせる戴冠だった。
1994年8月20日
新潟レース場でフジのメイクデビューがあった。リギルだから注目度は高いのか一番人気*1だった。
しかしがらにもなくその期待が重圧になったのかフジはスタートを出遅れた。……可愛い所あるな。ところがレースは3コーナー4コーナーとどんどんとポジションをあげていき直線を望む頃には先頭に立つ。そのままあれよあれよと後続を突き放し2着に8バシン差をつける圧巻のパフォーマンスであった。
レース後東条トレーナーを通じて話した時にお祝いの言葉をかけたがついでにスタートの事を弄っておいた。すると『忘れて欲しいな姉さん』と言っていた。そこは『お楽しみ頂けたかな』じゃないのか。まだまだエンターテイナー見習いだな。
★★★★★★
「……すごい」
それが今日のドリームトロフィーを見た私の率直な感想だった。前を走るのは緑の似た勝負服の二人。同じ名家のウマ娘。一人は絶対の皇帝と言われる三冠ウマ娘。今や国民の誰もが知ってる大スター。
もう一人はその皇帝様よりは年老いた、だけれどその眼光の切れ味は老いて尚鋭く、それこそ老兵といった感じに皇帝を振り切る。彼女はドリームシリーズでは一流以上の成績を残しているが少し上の最強の戦士やミスオールラウンダーなどに比べると華はない。
そんな彼女は私と同じく世界を夢見た事を知っている。幾度となくこの国の最強と戦ってきた事を知っている。
そしてその事は今の私にも重なるところがある。彼女は遅咲きの名選手だ。まるで今体質が原因で雌伏の時を過ごしている私も、いずれ咲き誇れる、その華の美しさを世界に届ける事が出来る。そう伝えてくれてるような気がする。だからどうか、どうか
「……なんだ?」
「なんでもないよ、ブライアンちゃん」
私が咲き誇るその時まで。
「マーベラース★」
「まったく、君の事はわからない事が多いよ。君はそんなに海外に執着していないだろう。フランスについて来るって言った君には何が見えていたのさ」
「トレーナーにはナイショ。だけど」
トレーナーじゃないみんなにはちょっとだけ。海の向こうは怖い所。特にトレーナーの同僚さんには辛い事が続いちゃうかも。だけれど心配ノンノンマーベラス★だよ。マーベラース★
スピードシンボリさん
シンボリの元祖エース。60年代といえば最強の戦士シンザンの名が上がるがおそらく実績は劣らないレベルの名ウマ娘である。クラシックこそ縁が無いが天皇賞に有馬記念を2勝、宝塚記念と国内での実績も素晴らしいがキングジョージ5着、ワシントンDC招待5着とジャパンカップが出来る15年前に海外で善戦した、海外挑戦への扉を開いた功績が大きいだろう。
ルドルフは父系こそパーソロンだがやはりシンボリ家という閥の直の師匠は母父のスピードシンボリだと思う。