或る学校に通う者の日常は如何に。

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閼伽棚

「最初に、閼伽棚とは聖水の装飾棚です。」

我が恩師によるたった一言だった。

何の不思議な事もなく、言われた事だった。アカダナと口で言うにはとても簡単だ。しかし閼伽棚と漢字で書く事は、その難しさ卓の対にある醤油を、助け舟なしに取るよう。

「アカダナ、書けるか?」休み時間に、好きとは言えない同級生が揶揄いに来る。よく揶揄を目当てに関わるもので、こちらから関わる事はない。「そっちはどうなんだい?」逆手にとりこちらが質問し返した。しかし、表情を曇らせて振り返りどこかへ行ってしまった。その背中には彼の額と同じく皺が寄っていた。次の時限の数学でも同じ事が起きた。

「最初に、母線とは円錐の斜角の線です。」

またその時限の後に同じ者がこちらを訪ねる。「母線は求められるか?」同じように返したら顔を顰めた。そして振り返り顰めた背を見せた。次の時限の日本史でも繰り返す。

「最初に、大政奉還とは幕政が朝廷に返された事から始まります。」休み時間にはまた揶揄されるだろうと身構えていた。しかし結果はどうだろう、姿ひとつ無かったのである。

こちらが訪ねてみると、彼は卓に突っ伏して眠っていた。広い教室の中、先生でさえ講義中にはそこまで見通す事はできないだろう。彼は社会科がとても苦手なのだろうか。厭な奴である。こちらの心を隅から隅まで見通すかのように行動している。流石揶揄のためだけにこちらに訪ねに来るだけある。少しだけ顔を顰めてその場から離れた。たったの二十秒ばかりだが、考えた。彼は何のために揶揄を続けるのだろうか。いつも通りの、生活の癖となってしまったのだろうか。もしもそうであるならば心配である。彼のそれが欠点であるならば、どこかにて考えを正す必要がある。他人の精神を否定する必要はない。しかしその者は他人の邪魔となる場合がある。無理をして他人と関わるわけでもないだろう。自らのことだけを考えている者はこれだから困る。彼は間々に野次を入れる事もある。それも重なり、只々自らのことを考えているのだろうと思われる。次の時限が始まろうとしていた。気を整え、教科書を広げる。

「最初に電離は原子から電子が離る事です」今回も揶揄が飛んでくるだろう、そう思う。しかし飛んできたのは揶揄や野次ではなく、紙飛行機だった。講義の最中に配られた印刷用紙が綺麗に折られ、紙飛行機として飛ばされた。その用紙の氏名記入欄には彼の名が書かれていた。その紙を返しに行ったのだが、彼はまた卓に突っ伏し眠っていた。その姿を見て、腹ワタが煮えくるように、心の底から憤怒の感情が脳天を衝いた。然しこちらまで揶揄を始める事は避けよう。彼は面を揚げ、周りを見渡した。紙飛行機とした用紙が手元にある事を不思議そうに見つめていた。今日の講義が総て終り、担任の話も終りを迎かえた。掃除が始まり、彼とは別々の担当となった。教室は広く、段々になっている為、清掃が大変だった。元は映画館であった事もあり、約二百人が収容される。その大きさは、十数人で掃除しきれる大きさでは無かっただろう。然しこの人選は、全員が掃除好きであった。なので二十分足らずで終了してしまった。先生は短くとも三十分と踏んでいたようで、鹿を初めて見たように驚いていた。身支度を即座に済まし、家路へ向かった。それは何をしようと思うわけでも無かったのだが。

何故か彼と邂逅してしまった。「今日は如何だったか?」彼は訪ねる。「如何だったも何も、今日は未だ終っていない。」何も間違っていない。何も考えていない。彼はただ揶揄するだけであった。やはり厭な奴だ。そう思い走って離れようとした時、言った。「明日は良い一日になれば良いな。」彼の所為でゆったりとした一日を過ごす事はできぬ、その事は完全に理解していた。そのため何を言うわけでもなくただ途方に、そして角を曲がって遠くへと、家へとその場から去っていった。ただ逃げるばかりではないのである、この行動こそが今の最善策であっただろう。家に着いた頃には姿は見えなかった。必死で走ったものだから息が切れていた。然し、家の郵便受けには一つの手紙が入っていた。否、手紙というよりかは紙飛行機であった。その紙飛行機にはこう書いてあった。「からかってすまなかった。だが、アカダナ、書けるか?」心底、初めて笑った。怒り笑いという感情は淀んで胸に溜まった。また腹が立った。そして腹が痛くなった。

「最初に、揶揄とは諸刃の剣です。」




拙作です。

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