ある日スーパーアイドルとやらで人気の2人が、揃って転入してきた。が、俺には関係ないな。

1 / 1
アイドルガキタワーイカッコボウヨミ

 珍しいこともあるもので、本日3年A組に2人の転入生が来た。

 右に立っているのは、大和撫子とでも言うのか、着物が似合いそうな女の子。

 左に立っているのは、クールビューティーとでも言うのか、少し冷たい印象を受ける女の子。

 ただ、2人が入ってきた瞬間男子が騒いだと言う事は、可愛い又は綺麗な部類に入るんだろう。

 自己紹介が終わった後、担任が2人の転入してきた事情を説明したが、昨夜遅くまでゲームをしていた所為で意識が落ちかけていた俺は、その部分を綺麗に聞き逃した。

 いやな? 余裕で勝てると思ったボスにぼろ負けしてさ、ムカついたからレベル上げした訳よ。んでけちょんけちょんに負かしてから寝たんだが……いかん、無理だ。

 抵抗空しく、俺は睡魔と言うボスに負けてしまった。

 

「――――の……あの~」

「ん……あ、寝てたのか…………え~っと、誰だっけ?」

 静かな声によって目を覚まし、見てみると見覚えの無い女の子がいた。

 隣には金髪の子もいる。

 ……あぁ。

「転入生の2人?」

 頷いた所を見ると正解みたいだ。

 それから自己紹介をしたが、2人は名前を言うのではなく名刺を出してきた。

「別に良いけど、名前くらい自分で言えよな……えっと、神埼暁美にアリス・リンダな。で、なんかくあ………あ~、ねみぃ」

 今日の1限は……わお、数学ですか。

 いきなり睡眠魔法ときやがった。

「教科書は……おぉ、あった」

 は良い、が見事にくしゃくしゃだった。

 まあ、破れたりはしてないからな、大丈夫だ。

 始まるまで少し寝ようと思った所で、2人を放置していることに気付いた。

「あ、すまん忘れてた。で、なんか用?」

「~~~テメェ! さっきから何だ、その口の利き方は!」

「は?」

 なんか知らんが、いきなりツンツン頭に切れられた。

 周りからもブーイングの嵐。

 そして求めてもいないのに説明を始めるツンツン頭。

「良いか! このお2人は今をときめくスーパーアイドルなんだぞ! そんなお2人と同じ空間にいられるだけでもどれだけ素晴らしいことか! それをお前は――」

「ワーイウレシイナーアイドルトイッショナンテー」

「……な……」

「所で、お前ら課題はやったの? 1限数学だぞ?」

 一瞬の静寂が訪れた後、室内のほぼ全員が慌て出した。

 写させてだの、教科書忘れたー! だのと、盛大な賑わいを見せている。

 残り時間は後3分。

 殆どが終わらんな、これは。

「アンタ等もさっさと席に戻れよ~」

 名刺をブレザーのポケットに入れながら言えば、2人は大人しく戻った。

 前と右の席に。

 おぉう、マジでか。

 めっさ近いがな。

 ま、良いか。

 関わること無いし。

 チャイムが鳴り響き、教師が入ってきた瞬間大半の生徒が溜息を吐いたのは、ギリギリで終わった安堵か、もっと遅れて来いよと言う思いから出たものなのか。

 取り合えず、全く手を付けていなかった俺は、他の終わってない数名と共に怒られたとさ。

「って、お前やってなかったのかよ!」

 とツンツン頭が突っ込んで来たのはなんか新鮮だった。

 

 昼休みの学食に、人は殆どいなかった。

 原因は3年A組の2人。

 休み時間の度に生徒が押し寄せ、うるさいのなんの。

 そのお陰で普段はごった返しているここも空いてるから、助かるっちゃ助かるが……おばちゃん達は何事かと疑問に思ってるんだろうな。

 とまあ、そんなことはさておき、今日は何を食べようか。

 ……よし、カツカレー大盛りにしよう。

 食券を購入しカウンターで受け取って適当な席へ。

 10分程で食い終わり、カウンターに食器を返して校内をブラブラと……無駄に広いこの学校は、それだけで結構な暇つぶしになる。

「あ」

「お、うぃス」

 曲がり角からひょっこり出てきたのは、転入生の1人、アリス・リンダだった。

 なんか言いにくいな。

 適当に挨拶しながら右手を上げると、リンダも応じた。

「さんぽ?」

「ああ。お前は?」

「避難」

「なるほど」

 それだけで事情を把握する分には十分だった。

 こっち側に、生徒が殆ど来ないことを教えると、どこか安心した様に息を吐いたのは疲れていたからかも知れない。

 何か食うもんでもあったかいな~……とポケットを漁っていると、一本のキャンディを見つけた。

 色んな味があるアレだ。

 入っていたのはコーラ味。

「ほれ、食うか?」

「……いいの?」

「ああ」

「ありがとう」

「なんのなんの」

 包装紙を解いたキャンディを小さな手で受け取り、リンダはソレを口に含んだ。

 暫くころころと転がし、やがて一言。

「おいしい」

 どうやら、気に入ったみたいだ。

 それから校内をの~~んびりと歩き辿り着いたのは、今は使われていない美術室。

 新しい教室が出来て以降、こっちは物置部屋として以外で使われることは無い。

 だから鍵も開きっぱで、いつでも入ることが出来る。

「加えて人は誰も来ない。今度神埼にも紹介してやれ」

「うん」

 一瞬迷った様に見えたのは気の所為だろう。

「くぁ……ねみぃから、俺は少し寝て行くわ」

 比較的綺麗なダンボールを漁り、ソレを床に敷いて転がり目を閉じる。

 眠りに落ちる寸前、ドアの閉じる音が聞こえた。

 

 目を覚ますと、体にブレザーが掛けられていた。

 サイズと状況から見て、多分リンダのだろうが……当の本人は何処にもいない。

 立ち上がり伸びをして時計を確認。

 5限はとっくに終わり、6限が始まって30分が経っていた。

 よく寝たもんだ。

 さて、戻るとしますかね。

 教室に戻って中を確認すると、みんな自習でもしているのか教師は座っているだけだった。

 流石にこの空気を壊す気にはなれんな。

 と言う訳で、1人廊下に座り込み窓の外を眺める。

 どこかに向けて飛んでいく飛行機が、不思議と印象に残った。

 終了を告げる鐘の音が響き、教師が出て来る。

 ども、と挨拶をするとプリントを1枚突き出された。

 やってこいと言うことだろう。

 受け取りポケットに入れる。

 入れ替わりで教室に入り、席へ向かう。

 前にリンダの元へ。

「サンキュ」

「キャンディ」

「何味が良い?」

「コーラ」

「了解」

 ブレザーが持ち主の元に戻ったことを確認し、席に着く。

 ツンツン頭他数名がこっち方面に目を向けていたが、リンダか神埼のどっちかを見てるんだろう。

 飽きないのが不思議だ。

 やってきた担任は、相変わらずの早さでHRを終わらせ、進路は早めに決めなよ~と言って出て行った。

 やることの無い俺も、さっさと帰宅するべく鞄を持つ。

 中には携帯と財布くらいしか入ってないが。

「アリスちゃん、もう帰る?」

「用事」

「そっか。じゃあ、私は先に帰るね?」

「分かった」

 なんて2人の会話を耳にしながらドアに向けて歩いていると、不意に袖を掴まれた。

 後ろを見れば、そこにはリンダ。

「用事があるんじゃないのか?」

「キャンディ」

「ほほう、意外と食いしん坊だな、リンダさんは。だが、駄目だ。明日まで待ってろ」

「…………分かった」

「よしよし、良い子だ。じゃあな?」

「うん」

 ぽんぽんと軽く頭を叩くと、トテトテと小走りで教室を出て行った。

 俺も出ると、少し先で共に歩いているリンダと神埼。

 一緒に帰るらしい。

 と、振り向いたリンダが手を小さく振ってきた。

 俺も振り返し、ゆっくり階段へ向かう。

 で、階段を降りようとした瞬間、背中を押された。

 反応なんか出来る筈も無く、踊り場まで転がり落ちる。

「いやいや、下手したら死んでるっての」

 ぼやきながら起き上がり、埃を払って階段を降りて昇降口へ。

 世の中物騒な奴ってのは、何処にもでもいるもんだな。

 なんてことを思いながら靴を履き替え、ようとした所で何かが床に落ちた。

 赤い液状のソレは、血以外の何でもない。

 どうやら切ったみたいだ。

 保健室~っと。

「――ほい、治療完了!」

「アイタス!」

「いや、誰よそれ」

「いや、その前に患部を叩くなよ」

 保健教諭に礼を言った後再び昇降口へ向かい、今度こそ靴を履き替える。

 さて、キャンディを買って帰りますかね。

 帰り道の途中にあるコンビニでコーラ味とソーダ味を2本ずつ購入。

 ソーダを1本銜えながら家へと帰り、部屋でゲームをしている妹の隣に腰掛けコーラ味を1本渡す。

「懐かしいね……小さい頃は、よく食べてたっけ」

 ポーズ状態にした妹は、暫く懐かしの味を堪能していた。

 何をするでもなくゲーム画面を眺め、やっぱコイツは上手いなと思う。

 やっているのはアクションRPGで、魔物なんかは結構大量に出て来るんだが、マジで攻撃を食らうことが無い。

 スキルやら何やらを巧みに使い、食らいそうになったら攻撃して強制中断させる。

 大技は殆ど使わず、小技の持つスピードで攻める。

 少なくとも、俺にこういう戦い方は出来ん。

 囲まれたりして集中攻撃受けると、イライラしてくるし。

「おにいちゃんもやる?」

「遠慮する。いつ出て来るか分からんから、怖いし」

「相変わらずだね。このゲーム、別に怖い所は無いよ? 洞窟なんかも、2つ位しかないし」

「そういう所はあるって分かるだけでもな……アクションRPGだと、何か勝手に想像しちまって行こうって気にならないんだよ。いきなり壁をぶち破って出て来る奴とかいるし」

「――でも、お化け屋敷には着いて来てくれるよね?」

「急に話が変わったことはさておき、あんな場所に妹を1人行かせる訳にはいかん。彼氏とかがいるなら別だけどな」

 来年度から中3になる妹だ。

 そろそろ色恋の1つや2つあっても可笑しくない。

 まあ、俺は彼女いない暦=年齢だがそれはそれ、これはこれだ。

「おにいちゃん、わたしに彼氏が出来ても良いの?」

「お前が選んだ奴で、お前より先に死なないってことを約束できる奴なら、俺は反対しない。親父とお袋は分からんがな」

「じゃあ、もしわたしの好きな人が、おにいちゃんだったらどうする?」

「嬉しいこと言ってくれるね。確かに俺は、お前より先に死ぬつもりは無いよ。嫌われても、葬式には絶対顔を出す。そんで見送ってやる」

「ふふ、そっか」

「ああ……で、今好きな奴とかはいないのか?」

「…………やっぱり鈍いね、おにいちゃんは」

 そう言い、妹は盛大な溜息を吐いた。

 その間も指の動きが止まっていないんだから、全くもって凄い奴だ。

 ゲームが切りの良い所まで進んだとのことで、妹はセーブして電源を切った。

 ベッドに並んで腰掛ける。

「お前来年は受験生だろ? どうするか、大体の見当はつけてるのか?」

「今の所は、進学するつもり」

「ゲーム関係?」

「それも良いかも知れないけど……ほら、ゲームだけじゃなくてさ、漫画や小説でも創る側は、展開を全部知ってるでしょ? 楽しいとは思うけど、やっぱり先が分からない方が楽しめると思うから、そっちの道には進まないと思う」

「なるほど……まあ、アレだ。進んだ先で後悔する、なんて事だけは、無い様にな?」

「うん」

「つっても、まだ新学期が始まったばかりだから、時間は十分あるか」

「そうだね」

 その後は、他愛の無い話に花を咲かせ、見つけたアルバム何かを見ていた。

 ガキの頃の俺と妹。

 公園かどこかで遊んだ後なのか2人共泥んこになっていたが、その顔は笑っていて楽しい時間を過ごした事が一目で分かった。

 他にも、海や山、遊園地。

 頁を捲っていく度に、少しずつ成長している自分達。

 親父とお袋も少しだけ変わっていたが、優しく親バカな所は変わっていない。

「おにいちゃん、全然変わってないね」

「そうか? 今は、ここまでひょろく無いと思うぞ?」

「違うよ。外見が変わっても、内側はホントに変わってない。いつも、わたしを守ってくれる所とか」

「なに言ってんだよ。兄が妹を守るのは当然だ」

「じゃあ、これからも?」

「おう。お前に彼氏が出来るまではな。そっからお前を守るのは、ソイツの役目だ」

 出来ることなら、俺がずっと守っていたいが。

「……そっか」

 

 ――出かけていたお袋と、仕事から帰ってきた親父。

 家の晩飯は、大抵2人が一緒に作っている。

 俺たちがガキの頃からそうで、今日も変わらず円満夫婦だ。

 やがて準備が整い、食器類を妹と共に並べていく。

 今日のメニューは、煮込みハンバーグとポテトサラダに、ポテトサラダをちくわに詰めて揚げたやつだ。

 ハンバーグは勿論、これも白ご飯と合い箸が進む。

 学校の話なんかをしながら賑わい、満足した所で目を遣ったテレビに映っていた2人を見て思い出したことが1つ。

「この2人、今日学校に転入してきたんだよ」

「へ~……そんなことあるんだね?」

「な。まあ、だから何だって話だけど……ん、これ生放送か」

 画面の右上にLIVEの文字が半透明で表示されているのを発見。

 時間から考えて、1回家に帰った後収録現場に行ったのかもな。

「その2人とは、仲良くなったりしたのか?」

「神埼とは話してないけど、リンダとは昼休みに遭遇してな。キャンディを1本あげて、人が来ない所を教えた。休み時間の度に、1、2年まで群がって来て疲れてたみたいだ」

「アイドルですものね。雪ちゃん、おかあさん達、応援してるわよ?」

 何を応援しているのかは知らんが、妹は気合を入れていた。

「あ、そうだ。俺、今の所は進学しようと思ってるから。細かいことは、何も決めてないけど」

「そうか。なに、ゆっくり考えれば良い。高校を卒業したからと言って、必ず進学が就職どちらかをしなければいけない訳じゃないんだ。お前がやりたいことを、時間をかけて見つけるのが一番さ」

「そりゃそうだわな。そういや、親父とお袋って会ったのは何時なんだ?」

「あ、わたしも聞きたい」

 妹も興味を示すと、2人は一度顔を見合わせ笑って言った。

 後でゆっくり話すよ、と。

 

 片付け、入浴を済ませた後、またテーブルの椅子に腰掛ける。

 隣に妹、対面に親父とお袋。

 時刻は9時。

 静かに、親父は語り始めた。

 

 

 藍子と会ったのは、中学の時だった。お前が通い、今は雪が通っている中学校だ。

「へぇ……」

 今は違うみたいだが、オレ達の時は必ず何処かの部に所属しなければいけなくてな……メンド臭がりだったオレは、楽だと定評の写真部に入ったんだ。

「今は、結構盛んに活動してるよ」

 そうみたいだな。学校便りに使われている写真も、今の写真部が撮った物の様だし。オレ達の時は、ホントに何もしてなくてな……名前だけだったよ。

「お袋も、同じ部活だったのか?」

 ううん、わたしはテニス部。結構強かったのよ、わたし。殺人サーブ連発で有名だったんだから。

「……全然想像できない」

「俺もだ」

 だろうな。偶にテレビで見るだろ? 何か特定のことをしている時だけ、人が変わった様になる人。藍子はそうだったんだよ。でな、いつも通り何もせず適当に駄弁って帰ろうとした時、何故か無性に写真を撮りたくなったんだ。他の奴等は、振り返ることなく帰って行ったのにな……それで、顧問に頼み込んで貸してもらったデジカメを使って、何か無いか探してたんだが、これが中々見つからなくてな。そんな時だよ。顔面にテニスボールが直撃したのは。

「……硬式? 軟式?」

「あれ、そっち?」

 バッチリ硬式だ。

「うわぁ……痛そ~」

 そりゃ痛かったさ。かなりの球威があった。情け無いことに、そのまま倒れてしまってな……。

「マジで殺人サーブだな」

 照れるわよ~。

「褒めてないよな?」

「うん」

 くすん。

「うん、ごめん」

 ハハ、もう分かったみたいだが、その球は藍子が打った物だったんだ。その頃のテニスコートは、柵が結構ボロボロでな。女子の力でも、少し強く握れば簡単に切れたりしたんだよ。そこに殺人サーブが当たれば、耐えられる訳も無く直進。思い返せば盛大なフォルトだったんだが、それが見事オレにまで届いた訳だ。けど、間違いなくソレが切欠だった。不思議なもんでな…………その時目に映った空は、それまでに見た中で一番綺麗だったんだよ。

「てことは、写真を撮ったのか? ていうか」

「カメラ、大丈夫だったの?」

 ああ、何とかな。写真も撮った。いや、正確には、撮ろうとしたんだ。だが、その瞬間藍子が駆け寄ってきてな……。

「あ~……何となく分かった」

「わたしも……そんなことって、ホントにあるんだね」

 わたしもそう思ってたわよ。誤らなきゃと思って近付いたら、下からシャッター音が聞こえたんだもの。ラケットで殴らなかっただけ、よく耐えたと思ったわ。

「殴られたのか」

「ダブルパンチだね」

 殴られたほうがまだマシだったよ……何せ鳩尾にエルボーだからな。ドロップ式の。

「よく無事だったな」

 ハハ、ソンナワケナイダロウ?

「こえぇよ」

 源吾さん、ぽっくり気絶しちゃってね……流石に遣りすぎたと思ったから、目を覚ますまで診てたの。結局目を覚ましたのは下校時間ギリギリで、辺りは真っ暗だったわ。

「まあ、高校生女子とは言え、ドロップ式はキツイわな」

「しかも鳩尾だもんね」

 お迎えが来たのかと本気で思ったさ……ともあれ、そんな暗い道を女の子1人で帰らせる訳にもいかないからな。お詫びも兼ねて送ることにしたんだ。

「いやいや、侘びきゃならんのはお袋だろうに」

 反省はしたわよ?

「後悔は?」

 してないわ!

「だろうな」

「あはは……」

 そんな訳で、家まで送ったは良いんだが、この後どうなったか、2人は想像が付くだろう?

「親父(おとうさん)に殴られた」

 半分正解。正確には、両親に揃って殴られた。必殺の右と左をな……鳩尾の一点に食らったんだ。お袋さんの方はコークスクリューだったから、本当に抉られるかと思った。どうだ、想像できんだろう?

「予想外ではあるな。なんだ、武術か何かしてたのか?」

 ええ。お母さんもお父さんも、高校時代は空手で全国制覇したことあるわ。性別が違うから、公式の大会で当たることこそ無かったけど、おじいちゃんの道場では何度も戦ったみたい。因みに、お母さんが一勝勝ち越しで決着が着いてるわ。

「おばあちゃん、そんなに強かったんだ……」

 あら、今も十分強いわよ? 何なら、今度手解き受けてみる?

「パスで」

「わたしも」

 そう……久しぶりに暴れられると思ったのに。

「…………」

 藍子は藍子で、中学の時に全国制覇してるぞ。

「だよな~」

 そんなこんなでご両親の洗礼を受けたんだが、信じられないことに何とか耐えられてな……それで気に入られたのが始まりだよ。あの2人の基準は、自分達の一撃に耐えられるかどうかだからな。

「じゃあ、コイツの彼氏が家に――」

 ハッハ、コークスクリュー。

 うふふ、パイルドライバー。

 

「耐えたら認めてやっても良い(わ)」

「耐えた所でまず病院行きは確実だけどな」

「うん」

 そんなこんなで、良い時間になったから寝ることとなった。

 それぞれの部屋に戻り、布団に潜り込む。

 意識が落ちる寸前、ドアが開いて妹が入ってきた。

 どうしたか聞けば、久しぶりに一緒に寝たいとのこと。

 アルバムを見たことと、2人の話を聞いたことが関係してるのかもな。

「ほれ、早く入れ」

「うん」

 とてとてと近付き、隣に寝転がる妹共々布団を被る。

「お休み、おにいちゃん」

「ああ、お休み」

 驚く程すんなりと、意識は闇に溶けた。

 

 翌朝。

 何時の間に撮りやがったのか、昨夜の俺と妹のツーショットがご丁寧に現像までして飾られていた。

 まあ、良いが。

 騒いでいた妹と親父は放置しておき、お袋に見送られて学校へ向かう。

 ポケットにはちゃんと昨日かったコーラ味とソーダ味のキャンディを入れているから、既にリンダが来ていたら渡そう。

 学校に到着し、下駄箱で上履きに履き替え教室へ。

 まだリンダは来ていなかったから、小説でも読んで時間を潰すことに。

 10分程経った頃か……額を軽くつつかれた。

「ん? おお、来たか。ほれ、キャンディだ」

「……ありがとう」

「おう。それから神埼、お前にはこっちな?」

「え、私……ですか?」

「ああ、ついでにな。ま、いらないなら俺が食うから、断っても一向に構わん」

「いいえ! いただきます……ありがとうございます!」

「んじゃ、昼飯後のデザート代わりにでも食ってくれ。って、リンダ。お前は少し我慢を覚えなさい」

 早速包装紙を解きに掛かっているリンダからキャンディを取る。

「全く……逃げやしねんだから。ほら、ちゃんと昼休みまで我慢しろよ?」

「……わかった」

「うし。良い子だ」

 受け取り、ポケットに仕舞ったことを確認した所で頭を撫で回す。

「う~」

「わはは」

「うぅ! お返し!」

「ふが……ふぁふぁふぁ! いひゃふもはゆふもふぁいわ!」

「あの……」

「ふぁ? ほふぃは? はんやひ」

「すいません。何とか分かりますが、出来れば普通に話してください」

「ひょーはい……ふう。で、何だ? と、涎が……」

「う~!」

 ぽこぽこと言う擬音が誠似合う殴り方をしてくるリンダはスルー。

 涎を拭い、神埼に目を向ける。

「皆さん、見てますよ?」

「ん? あぁ、見てるな、お前達を。気にすること無いぞ? 勝手な理想を押し付けてる奴が殆どだからな」

「いえ、見られているのは」

 と、そこで担任の席につけ~と、気の抜ける声。

 皆が席に着く中、リンダはまだ俺を叩いている。

「そこ~、朝からイチャつかない様に~」

「ハハ、眼下へ行くことを勧める。ほれ、リンダ。席に着け。食われるぞ」

「食べないわよ~」

 漸く担任の存在に気付いたリンダが席に着いたことを確認し、担任は連絡事項を簡単に伝えた。

 今日が金曜日と言うこともあり、放課後を使ってリンダと神埼がライブをするらしい。

 参加は自由。

 飯なんかも2人の所属している事務所が負担するから、金を払う必要は無い。

 家族や友人を招待しても良いそうだ。

 また随分と急なイベントだ。

 そうだな……久々の外食気分ってのも良いかもしれない。

 妹達は大丈夫だろうか。

 その後電話して聞いてみた所、やっぱり俺と同じ理由で3人共賛成だった。

 開催時刻は、部活なんかも全て終わった8時頃。

 一度帰って、揃ってまた来ることに決まった。

 そんな訳で始まった今日も、昨日同様多数の生徒がごった返しとても寝ていられる状況じゃなかった。

 何時になったら静かになるんだかな……。

 昼休みは、また適当に時間を潰して過ごし教室へ。

 と、リンダが机に突っ伏し、神埼が苦笑しながら頭を撫でていた。

 室内には、そんな2人を眺めている野次馬達。

 携帯で撮ってる奴もいるが、立派な盗撮だからな?

 それはともかくとして、席に着き俺も突っ伏す。

 飯を食って少しの運動をした後は、すぐに眠気が来るからな……。

「アリスちゃん」

「…………」

「……ろ…………くん、か……たよ……?」

「っ!!」

 いきなりガタンと大きな音。

 顔を上げると、リンダが立っていた。

 勢いがあったらしく、椅子が俺の机に接触している。

 まあ、良い……寝よう。

「………………」

 はて?

「はひふぁひはは? ふぉへ」

「ふふ、さあ?」

「う~」

 何故か不機嫌顔のリンダに頬を引っ張られる俺だった。

 つぅか神埼、見てないで助けろ。

「……ばか」

 あんだとぅ?

 そんなこんなで、眠れずに始まった午後の授業。

 俺は2限ぶっ通しで寝ていた。

 目を覚ましたのは、丁度HRが終わった時。

 さて、さっさと帰って準備するか。

 鞄を持って立つと、リンダが俺を見ていた。

 何となく頭を撫で回す。

「じゃな」

 神埼には視線で挨拶し、教室を出る。

 今日は突き落とされたりすることも無く、帰っている途中に何かが起きることもなかった。

 妹と戯れて時間を潰し、やがて帰ってきた親父お袋も交え、世界の髭が活躍するパーティゲームで盛り上がる。

 白熱したが、7時半を回った所で切り上げ出発。

 暗くなった道を4人で歩き、俺は本日2度目の学校へ。

 着いた頃には、結構な人数が集まっていた。

 パッと見ただけでも、軽く300は超えてるだろう。

 講堂に入り切らないことは、考えてないよな。

「おにいちゃん、その2人って、結構人気あるの?」

「昨日そんな感じのことを言ってる奴はいたな。あと、今日も休み時間の度にわんさか来てたから、多分そうだと思うぞ?」

「そう言えば、名前も知らないな。何て言うんだ?」

「黒髪の方が神埼暁美。金髪でちみっこいのがアリス・リンダ。リンダの方は、外見年齢がお前より下だ」

「あら、そんなに小さいの?」

「そうだな……俺の、ここら辺に頭のてっぺんが来る」

 腰の2~3cm上に手を持ってくれば、3人揃ってちっさ、と返って来た。

 ちなみに俺の身長は174cmで、一応まだ伸びている。

 おしゃべりはこれ位にして、そろそろマジで入れなくなりそうなのでさっさと講堂へ。

 思った程人はおらず、結構余裕があった。

 あまり来ないのかも知れないし、これから一気に来るのかも知れない。

 まあ、狭苦しくなくて助かった。

 イベントは、まず社長のたらたらとしたスピーチから始まったが、俺達は気にせずおしゃべりをしながら飯を食っていた。

 何故わざわざ2人を何処でスカウトしただの、優秀な人材だのと言ったことを聞かなければならないのか。

「まだ喋ってる。売り込むのに必死なんだね」

「どうせ、営業の道具としか見て無いんだろうな」

「ああ。2人共、全然楽しそうに見えない」

「ホント。小さくても、もっと楽しく活動できる所にスカウトされたら良かったのに」

「って……俺達が何を言っても仕方ないんだけどな。夢かどうかは知らんが、あそこで満足してるならそれまでだ」

 3人も頷く。

 結局これは、当人の問題だ。

 部外者の俺達が何を言って、何が変わる訳でも無いし、変えるつもりも無い。

 そんな面倒事を進んでやる気は無いからな。

 30分程退屈な空間を作り出した社長は漸くフェードアウト。

 2人の歌が始まった。

 どうやらデュエットらしい。

 色彩豊かな光に照らされステージ上を舞う2人は――――心底詰まらなかった。

「あんなんで良くスーパーアイドルなんて言われてんな」

「……え!? あんなので!?」

「ふう……まさか、こんなに衰えてるなんてな」

「残念ね。2人共、見た目だけは良いのに」

 小休止を兼ねて2人を見ていたが、1曲終わらない内に飽きた。

 こんなのを後1時間も続けるのかと思うと、本気でうんざりしてくる。

「飯が上手かっただけでも、まあ良かったが……やっぱ家の味が良いな。つぅ訳で、今日は俺とお前で作ろうぜ?」

「そうだね。何か、食べた気無くなっちゃったし」

「どうせ明日は休みだしな」

 伸びをしながら出口へ向けて歩き出し、黒服達に途中退場するなら金を払えと言われた。

「こんなんで金取るとか。俺でも日本の未来が心配になるっての」

「まあ、良いさ。一応、料理はそれなりだったんだ」

「だな。で、幾ら?」

 聞くと、4人で1万円とのこと。

 俺と親父で5千ずつ払いさっさと退散する。

 スーパーで買い物を済ませ、キッチンにて妹並び料理を作っていく。

 親父とお袋はそんな俺達をビデオカメラで録画撮影していた。

「何やってんだか」

「良いじゃん。楽しいし」

「それもそうか…………近いっつの」

 ドアップにも程があるわ。

 押し退け、出来上がった料理を盛り付けて行きテーブルに並べる。

 白ご飯に味噌汁と鯖の味噌煮。

 ごぼうの和え物。

 やっぱり家で食う方が、あんな所で食うより断然美味かった。

 明けて翌週。

 教室に入ると、先に来ていたリンダと神埼が俺に向かってきた。

 またキャンディでもせがんでくるかと構えたが、どうもそうではなく、イベントの時途中で帰った理由を聞きたいらしい。

「言わなきゃ分かんねぇのな。別にどうでも良いけど……詰まらなかったんだよ。お前達のステージが」

 目を見開く2人と、静まり返る教室。

 間を抜けて席に着くと、途端に罵声が飛んできた。

 聞かれたことに答えて、何で当事者でも何でも無いやつ等が騒ぐんだか……朝っぱらから無駄に元気な奴等だな。

 とりあえず様々な物が飛んでくる中、何時もの如く寝ることにして突っ伏したが、落ちる寸前固い物が頭に当たった。

 そこから溢れる熱い物。

 頭を上げ、でこ付近を触れば案の定血が付いていた。

 ポタポタと机にも垂れている。

「たく……階段の次はトンカチかよ。投げたのは……あぁ、じゃあこの前俺を階段から落としたのもアンタか」

 またしても静まり返っている室内にいる者殆どの視線が、眼鏡を掛けた女に集まる。

「よくもまあ、こんなくっだらないことに労力を割けるもんだな? ソレを少しでも勉強に回しゃ良い物を」

 ゴトンと、重い音を立て机に横たわるトンカチ。

「あ~……やべ。フラフラしてきた」

 早く保健室に行かないとな……。

 もう一度2人の間を抜け、教室を出て保健室へ向かう。

 こういう時、3階ってのは不便だよな。

 なんてことを愚痴りながら、何とか保健室に到着。

 ドアを開け、事情も話さずベッドに倒れこんだ。

 

 目を覚まし、まず目に入ったのは白い天井。

 どうやら眠ったらしい。

 体を起こそうとした所で頭部を襲った痛みに、トンカチを投げられたことを思い出す。

 触ってみると、ザラザラとした感触。

 包帯が巻かれているみたいだ。

 暫し休憩した所で時間を確認。

 3時間目の途中、後10分で終わる所だった。

 シーツと枕カバーを血で汚してしまったことを内心で謝罪し、保健室を出る。

 まだ少しフラつくな……購買で何か買うか。

 と言う訳で、購買へ。

 カツサンドを2つ、照り焼きバーガーを1つ、焼きそばパンを1つ買いおばちゃんと喋りながら血を補給する。

 まあ、気休めにはなるだろう。

「じゃ」

 あいよ、と人懐っこい笑顔で応じてくれたおばちゃん。

 この頭を見ても、何も聞いてこない所なんかは素直に尊敬する。

 4限開始の鐘が鳴る直前に教室へ着き、固まった血を放置されていたトンカチで砕く。

 粉をノートの上に落とし、窓から外へ。

 トンカチは机の中に仕舞う。

 そんままにしとくと面倒そうだし。

 次の授業は担任の受け持つ教科で、俺を見た途端普段はおっとりしているのに険しい顔つきになった。

 何があったのか聞いてくるが、盛大に転んで壁にぶつけたと言っておく。

 納得はしてない様子だったが、無理やり納得させたんだろう。

 授業を開始した。

 昼休み。

 すっかり恒例となった人の群れを抜けて、相変わらず空いている学食へ。

 天丼大盛りの食券を差し出し、料理を受け取る。

 食い終わった後は、また散策。

 午後の授業が終わり帰宅した所で、妹が頭をつついてきた。

「アイタス」

「どこの外人? まあ、良いや。ゲームしようよ」

「おう……と、ほれ。メロンクリーム味だ」

「そっちは?」

「アイスソーダ」

「ソーダと何か違うの?」

「さあ?」

 気分の問題じゃねぇか?

 と言えば、一度首を傾げキャンディを口に含んだ。

 そして一言。

「――甘すぎ」

 見た目的にもそうだよな、うん。

 その後、帰ってきたお袋と親父も、妹同様軽くでこをつつき、後はいつも通り。

 2人が、固く拳を握っていたこと以外は。

 飯を食いながら話をして、風呂に入り寝る。

 その日の夜。

「――ああぁあああっ!!」

「――やあああぁあっ!!」

 親父とお袋が組み手をしていた。

 その声を聞き、妹はポツリと呟く。

「優しいね、やっぱり」

「ああ」

 一言だけ答え、目を閉じる。

 2人の子供に生まれて良かった。

 そう思いながら、意識は闇に落ちていった。

 

 

 時は流れ、9月初旬。

 迫り来る学園祭に向けて、生徒達は準備に精を出している。

 加えて今年は、未だにスーパーアイドルと言われている2人のライブが行われることもあり、始まる前からその日は家でのんびりしようと決めた。

 クラスでやる出し物は他クラスとの合同演劇だから、準備さえすれば本番なんて来なくても自由だ。

 打ち上げでも何でも勝手にやってくれ。

 仮日程表を見ただけでも、面白そうな催しは一切無い。

 いや、無駄に2日使って開催されるから、どっちかで妹と来てみるのは悪く無いかもな……生憎親父達は、2日とも用事が入っちまってるみたいだし。

 釘を打ちつけながら電話で確認。

 土曜の午後、昼飯を食って来る事になった。

 ポケットに仕舞い作業を続ける。

 と、そこで肩を叩かれた。

 振り向くと、そこにはあれ以降会話していない神崎。

「どした?」

 手は止めずに聞き、返ってきたのは担任が呼んでいるということ。

 礼を言って職員室に向かい担任を探すが、その姿は見当たらなかった。

 またしても後ろから声を掛けられ、振り向けば担任。

 何か用事があるのか聞けば、何のこと~と相変わらずおっとりした言葉で返ってくる。

 成る程。

 適当に会話して教室へ戻れば、やはり俺が作っていた道具は壊されていた。

 まだ使える釘を抜き、角材が置いてある中庭へ。

 教室へ運び、トンカントンカン。

 陽が沈んだ頃に完成し、今日は学校に泊まることを親父達に伝え、職員室で宿泊許可書に記名。

 教室へ戻る。

 昼に買い込んでいたパンを食べながら作業を進め、割り当てられた仕事の8割を終えた頃、1人の女子生徒が現れた。

 顔は知らんが、多分合同クラスの誰かだろう。

 ここに来る奴の大抵がそうだ。

 特に何かをすることも無く、女子生徒は出て行った。

 自分等で自分等の進行を遅らせて、一体何がしたいのやら。

 とりあえず、学園祭が終わるまでは泊り込みだな。

 明日から学園祭までのラスト1週間が始まる訳だし、授業は全カットだ。

 張り付いてりゃ、あんま派手なことは仕掛けてこないだろう。

 再度親父達に連絡し、着替えやらを明日持ってきて貰える様に頼み、妹が来ることになった。

 また職員室に行って、1週間の宿泊許可を貰う。

 珍しくやる気があると思われたお陰で、すんなり貰うことが出来た。

 失敬な。

 何時も寝ているのはアレだ……いや、眠いからですけどね?

 ともあれ、翌日の作業で残っていた2割を終わらせ、俺の仕事は終わった。

 5時頃、妹がクラスに現れ、着替えの入ったバッグと弁当を持ってきてくれた。

「わたしの手作りだよ」

「マジか」

「マジもマジ。1から10まで全部わたし作」

 コレは、味わって食わねば。

 蓋を開ければ、そこには栄養バランスを考慮し、それでいてボリュームのあるおかずが詰められていた。

 味わって食うつもりだったが、あまりの美味さにガッツいてしまい、5分も掛からずに食べきってしまった。

「orz」

「明日も作ってくるよ」

「マジか!」

「うん。幾つか、今日と被るのは入っちゃうけど」

「うおぉ……思わぬラッキーイベントに俺の心は破裂しそうだ」

 何言ってんだろう、俺?

 と思ったが、マジでそう思った。

 学園祭なんかとは比べもんにならん。

「いや~……改めて、未来の嫁がお前で良かったよ」

「もう、照れるってば……っと、そうだ。それ関係で、大事なことがあったんだ」

 何だ、と聞こうとした瞬間、クラス中から驚愕の声が上がり耳を抑えずにはいられなかった。

 うるっせぇな……。

 何か知らんが、詰め寄ってくるツンツン頭に、嫁ってどういうことだ、とか、その子は妹だろ、とか言われたが、

「部外者が割り込んで来んな」

「そうだよ。邪魔しないで」

 一言ずつ放っただけで全員大人しくなった。

「で、何だ?」

「うん。えっと、曾おじいちゃんになるんだよね……が、道場にある離れなら、空手を教わるって言う条件さえ呑むなら、2人で住んでも良いって。勿論、ご飯はわたしが作るよ?」

「よし、決定。学園祭が終わったら、親父達に鍛えてもらうとするか」

「そうだね。尤も、おとうさん達は最初からそのつもりだったみたいだけど」

「やっぱアレか? 血か?」

「おかあさんは間違いなくそうだろうけど、おとうさんは単に影響されただけじゃないかな?」

「…………だろうな。それであの強さなんだから、どんだけ感は否めないが」

「ホントにね。それじゃ、わたしは帰って伝えるから。作業、頑張ってね?」

 そう言って頬にキスをしてくれた妹は、悪戯っ娘の様な笑みを残し弁当箱を持って去っていった。

 改めて気合を入れ直した所で、またしてもツンツン頭が詰め寄ってくる。

「しつけぇな――殺すぞ」

 たったそれだけで尻込みしたツンツン頭は、それ以降俺に関わってくることは無かった。

「シスコン」

「親公認だ」

 突然聞こえた声にそう返す。

「逝かれてる」

「至って正常だね。他人が首突っ込むな」

「…………」

 唇を噛み締め、何故か怒りの感情がこもった目で俺を睨み付けるリンダ。

「そんな目で睨まれることをした憶えは無いけどな」

 あの日言ったことに対してだとしたら、それは可笑しいだろう。

 俺は聞かれたから答えただけで、何もしていない。

 暫くお互い何もせずにいると、神埼がやってきた。

 そして、

「っ……!」

 何故か睨んでくる。

 右の頬めがけて飛んできた平手を掴み、力を流して尻を付かせる。

 基本流し技が殆どだから、怪我をする心配は無い。

「さっさと戻れ。何もしない奴はいるだけ無駄だ」

 泣きながら走り去る神埼を、リンダも追いかける。

 さて……見張り見張りっと。

 その日は、何も壊されることなく、翌日を迎えた。

 それから学園祭本番まで、夕方は妹が手作り弁当を携えてやってきた。

 被る物は確かにあったが、見た目は工夫されていて飽きることは無く、全て文句なしの出来だったから非常に満足だ。

 学園祭は何の問題も面白みも無く終了。

 振り替え休日の月曜日から、まずはお袋に稽古を付けてもらうことになった。

 構え、呼吸法、体重移動。

 基礎中の基礎から、徹底的に叩き込んでいく。

 何でも、中国拳法の一部を取り入れた特殊な空手術らしく、万物が持つ、気と呼ばれる力を用いて少ない攻撃の型でもダメージを与えるらしい。

 そうして、日中はこれまで通り学校。

 夜と休日は、妹と共に稽古を付けて貰いながら、妹が中学を卒業するまで過ごした。

 その1年、俺はひたすら稽古の毎日。

 まさか自分がこんなことをするとは思っていなかったが、やはりお袋の血を継いでいるからか……楽しんでいる自分が確かに存在した。

 妹もそれは同じみたいだ。

 で、2年間鍛えてもらっただけでも、俺は全身が引き締まり、腹筋が綺麗に割れた。

 シックスパックと言う奴だ。

 妹は、女性としてのしなやかさを維持したままに、綺麗な体となった。

 胸は相変わらず残念だが、妹なら俺はOKだ。

「おにいちゃん、荷物纏め終わった?」

「ああ。まあ、俺は衣類しかないしな」

 今日は、20年間育った家を発つ日だ。

 記念すべき日ではあるが、同時に寂しい日でもある。

「……当分は、お別れだな」

「うん」

 窓の外を見ながら、身を寄せ合う。

 俺の肩辺りまで成長した妹は、艶のある髪をまっすぐ下ろしている。

「……行くか」

「……うん」

 妹の荷物も持ち、共に下へ向かう。

 親父とお袋は、既に外で車の準備をしている。

 リビング、キッチン、風呂場……ガキの頃から一緒だった家を、改めて隅々回れば、何とも不思議な感覚に襲われ、暫し目を閉じた。

「ん……ふぅ」

 突然妹からキスをされ、俺もお返しとばかりに舌を絡める。

 たっぷり5分程キスを交わし、最後に軽く啄ばむ様なキスをして外へ。

「もう良いのか?」

「時間なら、気にしなくて良いのよ?」

「いや。これ以上いると、離れたく無くなる」

「うん。最後は、笑って出発したい」

 我慢しているが、妹の涙腺はもうすぐ決壊するだろう。

 2人もそれが分かっているから、それ以上は何も言わず車に乗り込んだ。

 トランクに荷物を積め、後部座席に乗り込む。

 やがて出発し、次第に遠のいていく我が家。

 

 2年間、涙を見せなかった妹は――――子供の様に泣きじゃくった。

 

 あてられてか、運転席からは鼻を盛大にすする音、補助席からはすすり泣く声が聞こえてくる。

 俺の視界も、込み上げて来た熱いモノのお陰で、すっかり歪んでいる。

 平日と言うこともあったが、事故が起きることなく曾じいちゃんの道場に辿り着けたのは、小さな奇跡と呼んでも良いかも知れない。

 泣き疲れて眠っている妹を背負い、荷物を半分親父に運んでもらって道場に上がる。

「やっと来おったか。フム、準備はしてきた様じゃな」

 出迎えてくれたのは、とても齢90を超えているとは思えない、細身の爺さんだった。

 細身と言っても、その肉体が鍛え抜かれていること位、俺にだって一目で分かる程だ。

 お袋の言っていた、気を用いた長寿の術と言うのは、正しくこのこと何だろう。

「ご無沙汰してます、おじいさん」

「無理してない? ちゃんとご飯食べてる?」

「無理はしとらんし、飯もちゃんと食っとるわい。主らも、衰えてはおらん様じゃな」

「ええ。2人を鍛える過程で、また目覚めてしまいましたから」

「もう、お陰で夜も眠れない日が続いてるのよ」

「せめてもう少し抑えて欲しかったけどな。俺が理性抑えるのにどんだけ苦労したと思ってんだ」

「心配するな。離れからここまでは、爆発でも起きん限り何も聞こえん。安心して盛れ」

「それで良いのか。いや、俺達は助かるが」

 その後、妹が起きるまで親父・お袋ペア対曾じいちゃんの組み手を見学していたが、まるで次元が違った。

 俺達に付けてくれた稽古なんて、ほんのお遊び程度だ。

 いきなりこんな組み手をやれとは言われんだろうが、いずれはこのレベルまで行かなきゃなんだよな。

「…………ヤベ」

 震えが止まんねぇ。

 まるで敵わないことは分かってんのに、交ざりたくて仕方無かった。

 後3分、妹が目を覚ますのを遅れていたら、今頃俺はその辺でボロ雑巾へと変貌していただろう。

「おに、ちゃん……おこして?」

「…………」

 我慢我慢、と言い聞かせ、妹を抱き起こす。

 全く同時に組み手をやめた3人を見て、やっぱ半端ねぇと改めて思った。

 しかも、曾じいちゃんに至っては汗一滴すらかいてない。

「――――」

「……おにいちゃん?」

「……あぁ、悪ぃ。3人の組み手が凄くてな。興奮してた」

「藍子。源吾。主らの倅(せがれ)は、やがて化けるぞ。小娘もな」

「でしょうね。冷や冷やさせられたことは、1度や2度じゃありません」

「おじいちゃんも、油断してると殺られるわよ?」

 そんなこと、露程も思っていなかった俺達は正直驚いていた。

 稽古の中で、親父達は1度だってそんな素振りを見せたことは無かったから。

「さて」

 小さく笑った後そう言って、曾じいちゃんは木製の板を俺と妹に渡してくれた。

 そこには、俺達の名前がカタカナで書かれている。

 ヒオウギゲンイチ。

 ヒオウギセツ。

「緋扇源一。緋扇雪。主らには、これからこの道場で、緋扇流空手術を体得して貰う。弱音を吐きたければ好きなだけ吐くが良い。このワシ自ら、その根性を叩き直してやる」

 何とも頼もしい言葉だ。

 妹と共に立ち上がる。

「よろしくお願いします」

「うむ。稽古は明日早朝より行う。今宵はゆっくり休み、英気を養うが良い」

 そう言って曾じいちゃんは道場の真ん中に腰を下ろし、目を閉じた。

 親父、お袋と言葉を交わし、去っていく車を見送る。

 中に戻り、荷物を持って離れへ。

 妹の持ってきたゲームを設置し、後は押入れに纏めて収納。

 台所なんかは、問題無く機能した。

 風呂も結構な広さがあり、4人は余裕で入ることが出来る。

 それから曾じいちゃんを交え、3人で夕食。

 食いたい物の殆どを掠め取られ、

「腕を磨くことじゃな」

 と言われた。

 ぜってぇ、掠め取ってやる!

 そんなこんなで迎えた夜。

 

「ん、ふぅ、あっ! ふあ、ぁああ!」

「く……いくぞ!」

「あっ、あああぁあああっ!」

 

 俺と雪は体を重ね合い、何度も果てた。

 

 

「おにいちゃん……おにいちゃん、朝だよ?」

「……そっか……曾じいちゃんの所に来たんだよな」

 空はまだ暗く、太陽は全く顔を見せていない。

 早朝ってのが何時からを指しているのかは分からないが、もう向かった方が良いな。

「行くか」

「うん」

 軽くキスを交わし、井戸の冷水で身を清め胴着に着替える。

 道場の中央には、昨日と全く同じ位置、姿勢で曾じいちゃんが居た。

 飯と風呂の後から、ずっといたのかも知れない。

「来たな」

「……」

「……」

「良い面構えをしておる。どれ、まずは小手調べじゃ。好きな様に掛かって来い」

 立ち上がった曾じいちゃん……師範は、構えすら取っていなかった。

 構えを取らせて、やっと始まり。

 

「――行くぞ!」

「――うん!」

 

 まずは、スタートラインを目指す――!

  


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。