高木秋人が週刊少年ジャックのとあるレジェンドに教えを乞うようです。

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コーヒー美味しい。


高木秋人とギャグ漫画家~編集吉田を添えて~

「あああぁぁぁ~~~~~~~」

 

椅子の背もたれに寄りかかりながら、回転する椅子と共にくるくる回るおじさんがいた。

仕事机の前でくるくる回っている。

自分で回したのだ。自分でくるくる回っている。

くるくるくるくる~

周りのアシスタント達は全く気にしていないようで、目もくれない。

彼ら彼女らにとってそれは日常の光景である。

 

「あああぁぁぁ~~~~~~~」

 

天井に向けて大きく開けた口からは、息を吐くように単調な声が長々と漏れ出ていた。かっぴらいた瞳孔が怖い。

勿論、実は体が機械仕掛けでフリーズしてしまっただとか、ヤバい葉っぱをはむはむしてしまっただとかではない。

正常な状態である。

ただ、漫画の筆が止まってしまって、どうするか考え中なだけだ。

だからこうして少しおかしな奇行に走っているだけだ。

多少、おかしい人なのだ。

 

年齢・38歳。

職業・漫画家。

ペンネーム・山本かずのこ。

 

一見よくいる漫画家のステータスにも見えるが、しかしこの男、ただの男ではない。

週刊少年ジャックで約20年もの間連載を持ち続けている、いわば正真正銘の天才漫画家である。

移り変わりが激しい漫画家界において、それほどにも長い間、しかも最前線ともいえる週刊少年ジャックで書き続けるのは、並大抵のことではない。

さらにその作品がたった1本とあっては、もはや怪人の域である。

 

そんな彼と、一人の新人漫画家ー高木秋人ーの交流をここに綴りたい。

 

 

まあ、多分、恐らく。

ろくなものではないのだが。

 

 

 

 

春の季節だった。

空気に乱れ舞う桜たちは見る者に季節の始まりを予感させる。

心は希望に満ち溢れ、さあなにから始めようかと、心が浮き立つそんな季節。そんな季節に、春の季節に、高木秋人は悩んでいた。

 

「ギャグを書こう」

 

新たな担当編集、三浦が言った。

疑探偵TRAPが終わって後のことだ。作品の方向性を決める話し合いにて、三浦は高らかにそう言った。

自信満々な三浦に対して、高木と真城の二人は分かりやすく苦い顔をする。

今までは、「ふたつの地球」に始まって、どちらかと言えばシリアスな話を作ってきた二人である。いきなり描けと言われても、無理難題な話で合った。

 

「やる前から後ろ向きになるな 君たちは若者なんだからな~わっはははは」

 

三浦が持ち前の前向きな性格を遺憾なく発揮するのを横目に、二人は顔を見合わせて困り顔である。自分たちがギャグを書いてる姿は、どうしても想像できない

「三浦さんがギャグ好きなだけだろこれ」

しまいには真城がそう言った。高木は苦笑いで返すしかない。高木も同じような気持ちであった。

話を考えるのは高木の担当である。

ギャグが話こそ勝負というのは、素人の高木にも分かっていた。あとは、自分はギャグが苦手そうだということも。

 

「しゅーじん、どうする」

「んー」

 

後ろ向きな二人を見かねて、三浦はさらにデータを差し出す。ギャグが良い理由付けだ。さらに理論も展開。熱い想いも語り散らす。

あまりの総攻撃に二人はついに、しぶしぶではあるが、納得せざるを得なかった。

ギャグを書こう。

結局。そこまではまあ、決まった。

でも話をどうやって書けばいい。

高木にはまるで分からなかった。

悩む高木を見た三浦は待ってましたと言わんばかりに言った。

 

「俺は君たちの担当編集なんだぞ 任せろ任せろ」

 

三浦は意気揚々にそう言った。

 

 

 

 

後日。

高木は担当の三浦、ではなく。ラッコ11号の作者・平丸の担当編集などを務める吉田と、歩いていた。

 

「三浦から聞いたよ 高木君ギャグ描くんだって??」

「あ、はい」

「いきなり、”かずのこ先生に会わせてやってください”だもん びびるよ、ほんと」

「あ、はい」

「・・・大丈夫か?」

「あ、はい」

「大丈夫じゃないな」

「あ、はい」

 

高木は問いかける吉田に顔も向けず、同じ返事しか返さない。まるで壊れたロボットのようであるである。

 

「高木くん 在庫余りのラッコフィギア全部買ってくれるかい」

「あ、はい」

「……いらないだろ」

「あ、はい」

「……」

 

恐ろしく緊張していた。

 

山本かずのこ。

 

高木はその名前を知っていた。週刊少年ジャックの伝説的漫画家である。知らないわけがない。

代表作「たこキング!」は既に100巻の大台に乗っているが、高木は最新刊まで揃えるほどに大ファンであった。

高木にとっては至高のギャグ漫画である。

何度読み返してもくすりと笑える。

大好きな漫画だった。

そのかずのこ先生に会えると思うと緊張せずにはいられない。憧れの人にまさか会えるとは。

吉田は山本かずのこの担当編集でもあった。三浦は、高木のギャグの勉強になればと、かずのこ先生に会えるように直接頼み込んだのだった。

 

「さあ、着いたぞ」

 

二人は玄関の前で足を止めた。普通の一軒家である。城みたいな家がドーンと現れることを想像していた高木は、少し驚いた。

高木は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 

「大丈夫かい、高木くん」

「すみません なんかあがっちゃってたみたいで、はは」

「まあそうか、そうだよなぁ 尊敬してんだもんなぁ」

「はい、すっごいしてます!」

「ああ…うーん…」

 

期待で目を輝かせる高木に、何とも歯切れの悪い様子の吉田である。

やがてブツブツと独り言を言い始める。

 

「ここで会わせないという選択肢もむしろありじゃないか…? 高木くんの憧れを壊さずにすむし…」

「あ、あの~吉田さん?」

「でもなあ…」

 

吉田は何やら迷っているようだった。高木としては、「会わせない」と言う単語が聞こえてきて気が気じゃない。

やがて吉田は「よしっ」と言って、高木へと顔を向けた。

 

「高木くん、今から君はかずのこ先生と会うことになる」

「はい!」

「そこで、どうか一つ心に留めておいて欲しい」

「え?」

「君はこれから何が起こっても、理由を求めてはいけないし、理解しようとする必要もない」

「…?」

「高木くんは高木くんなんだ 自分を見失うな!!」

「あの…意味が…」

「飲み込まれるなよ!!」

「は…はあ…」

 

あまりに真剣な吉田の物言いに、高木は頷くしかなかった。

この先に何が起こると言うのか。かずのこ先生はブラックホールか何かなのか。仕事場には魔境でも広がっていると言うのか。高木は少し不安になる。

そんな高木を横目に吉田はインターホンを鳴らした。

 

「のこさんー 吉田です」

 

するとすぐにドタドタと足音が扉の向こうから聞こえて、次いで鍵の外される音がした。

 

「いくぞ!」

「はい」

 

吉田の謎に気合の篭った声に、高木の気持ちも引き締まる。

 

いよいよかずのこ先生に会える

 

先ほどの吉田の発言が気になったが、ワクワクですぐにどうでも良くなった。

吉田がドアノブを掴み、ついに扉を開けた。

 

すると目の前、立っていたのは…

 

リアルな馬の面を被った人間だった。

 

「……?」

「ひひひひひひいいいんんんん!!!!」

「え!?ああ、え!?」

「ぶるひひひひひ!!!!!」

「ええええ!?」

「うひひひひひひひいいいいいいいぃぃぃぃんんんん!?!?!?」

 

意味が分からず慌てる高木。

横から吉田が冷静な声で言った。

 

「これがかずのこ先生だ」

「ええ…」

 

高木はただただ言葉を失った。

馬面人間は鳴き声のような奇声をあげながら、顔を左右に震わせている。ゴム製の作りなのだろう、出っ張った馬面が左右にベタンベタンへこむ。

何がそうさせるのか。ぴょんぴょんと飛び跳ねてもいた。

 

「…これがですか?」

「そうだ」

「うひひひいいいいぃぃぃ」

「かずのこ先生・・・?」

「そうだ」

「ぶるっっひいいいいい!」

「あのでm」

「うっひひひひいいひひひいいいいいいぃぃぃ!!!!」

 

言葉を遮るように鳴き声が上がった。

 

「・・・あぁ」

 

と声を漏らし、高木はひとり納得する。

吉田が言っていたことが何となくわかった気がした。

つまり、かずのこ先生は、、少しばかり、、、

 

変な人なのだ。

 

だからといってかずのこ先生の偉大さが変わるわけもない。

高木は、まずは挨拶をしなくてはと、馬面を見つめた。

するとかずのこも高木のことを見つめ返す。

急に黙った馬。

挨拶の隙を伺う高木。

一切の感情の見えない馬。

顔を引きつらせる高木。

静けさが漂って、二人を妙な緊張感が包み込んでいた。とくとくと時間が流れる。

硬直した空気を先に破ったのは、馬の方であった。

 

馬の口から腕が飛び出した。

 

「ヴえええええ!!」

「ひいいいいい!!」

 

悲鳴を上げながら、高木は思わず身を仰け反らせた。

馬の口から生える腕。衝撃的な光景である。下手なホラーよりよほど恐ろしい。

困惑している高木であったが、腰の位置に差し出された手がゆらゆら振れていて、かずのこが挨拶を求めていることを察した。

これは安全なのか。

高木がふと横に立つ吉田に目を向けると、吉田はうんうんと神妙な表情で頷いていた。

(吉田さん!何の表情ですかそれ!)

高木は心に思った。

迷っていてもしょうがない。

ゆっくりと手を差し出し、馬の腕を握った。

 

「はっはぁっ よく来た高木くん!ようこそ高木くん!ウェルカムウェルカムゥゥウ!!!」

 

馬面の中からくぐもった声が聞こえてくると共に、手がブンブン縦に振られる。

今まで狂気を振り撒いていた馬が、ようやく人らしさを見せた瞬間である。

目の前の人が人間かどうかも若干怪しんでいた高木は、かずのこ先生の割とフレンドリーな一面が見えてようやく安堵した。

と同時に、先に喋らせてしまった事を反省し背筋を正した。

 

「は、初めまして! 亜城木夢叶というペンネームで相棒の真城とコンビで漫画を描いています高木秋人です!あの、僕、かずのこ先生の大ファンなんです!」

「むっふーー!嬉しいことを言ってくれる! まさしく私こそ、山本かずのこであーっるう!」

「おおおお会いできて光栄です」

「私もいと嬉し!感激の舞!」

 

かずのこ先生は何故かヘドバンをして、馬をぶるんぶるん荒ぶらせた。

 

「ああ、あの、「たこキング!」持ってきてて!よろしければサインとかしてくれませんかーなんて、へへへ」

「うーむ、よかろ!」

「ありがとうございます!」

 

言いながら高木は、リュックから「たこキング!」の一巻を取り出した。

このためにわざわざ持ってきたものだ。

人生でいつかはもらいたいと思っていた山本かずのこのサイン。

高木は少年のように目を輝かせながら、ペンと共にかずのこ先生へと漫画を渡した。

 

「よろしくお願いします」

「ふふーぅ ふふー、ふぅ」

「?」

「残念ながらぁ!今の私はぁ!タコではない!!!」

「え?」

「こうだぁ!!!!」

 

かずのこ先生は表紙に向かってペンを走らせる。

表紙にはタイトルである「たこキング!」の文字が大きく描かれ、中央には、主人公であるタコが大きく描かれているはずだった。

しかし、ペンが離されたとき、その姿は大きく変わっていた。

 

「私はウマキングだぁあ!!!」

「なっ!?」

 

高木は目を見開いた。

たこキング!の”たこ”の文字には斜線が引かれ、代わりに”ウマ”とはっきり描かれていた。そして、中央のタコは、頭だけが馬の頭に様変わりし、足のたくさん生えた馬がでかでかと描かれていた。下の方には”ウマの子かずのこ”という謎のサインも入っている。

もはや原型を留めているとはいえなかった。

が、

 

「すげえええええ家宝にしますうう!」

 

高木は大層喜んだ。

 

「ふっふー 馬は気に入ったか?」

「はい 嬉しいです!」

「そいつあよかったあ! そしていい加減暑ううういぃ!」

 

かずのこ先生は唐突に面を脱ぎ去った。

 

ふぁっさあ

 

と馬が舞い、代わりに中から現れたのは、タコのお面を被ったかずのこ先生であった。

 

(二段構え!!??)

 

「私はやはりタコがいい」

「そ・・・そうなんですか・・・」

「馬は好かん」

「ええ・・・」

 

数秒前のことが嘘のような気の変わりようであった。

高木はここに来てからというもの、かずのこ先生には圧倒されっぱなしである。

そして今も、

 

「のこさん、原稿できてます?」

「もうちょいだな」

「早くあげてください」

「厳しい事をいう!」

「タコ焼きにしますよ?」

「ぬん!?」

 

タコのお面を被った漫画家と、それを気にも留めない編集が、当然のように仕事の話をしている。

 

「あ、途中で金タコのタコ焼き買ってきましたけど」

「ぬん!」

「あー残念、あと30分で原稿上がんないと俺が全部食べちゃうなぁ」

「ぬん!?」

「のこさんの分は一個も残らないかもな~」

「かああああああ!!!!」

 

かずのこ先生は咆哮を上げながら廊下の奥の仕事場へ走って行き、それを邪悪な笑みを浮かべた吉田が追いかけていった。

編集と漫画家の縮図がそこにあった。

後に残されたのは高木。

ひとり。

ぽつり。

 

(なんか、すげーな・・・)

 

高木は遅れてついていった。

 

 

高木は恐る恐る作業場に足を踏み入れる。

作業場は横長の部屋だった。壁沿いには作業机がいくつも並べられ、アシスタントたちが真剣な表情で机に向かっている。

静寂が包み込み、ペンが紙を擦る音だけが響く。緊張感のあるひりついた空気である。

部屋の奥には、アシスタントを両脇に見れる形で中央に机が置かれていて、そこに座っているのが、かずのこ先生だった。

今はタコの面も被っていない。いきいき伸びる無精ひげとぼさぼさ髪は浮浪者を思わせる風貌である。

もしくは侍とも形容できるかもしれない。切り合いで敵と対峙する侍。

それほどに集中していた。

かずのこ先生は鋭い表情で原稿を睨みつけながら、流れるように腕を動かしていた。

話しかけたら切られそうなほどに鋭いオーラを放っている

隣では、仁王立ちした吉田がかずのこ先生を見下ろしていた。

タコ焼きへの欲強し。

編集者吉田おそるべし。

空気に呑まれて立ち尽くしている高木であったが

 

「どうぞ座ってください」

 

ふと横から声がかかった。

高木は顔を向ける。

 

「あそこの席が空いてるんで」

「あ、ありがとうふございます」

「いえいえ」

 

作業机の一つが空席のようで、高木はそこに座った。

隣には先ほどの男が座る。アシスタントの一人で、休憩中らしかった。

 

「・・・」

 

視線は自然とかずのこ先生に吸い寄せられる。

 

「すごいですよね」

 

横の男が言った。

 

「すごい集中力ですね」

「かずのこ先生はスイッチが入るとあんな感じになりますね それまでが大変なんですけど」

「ははは・・・」

 

かずのこ先生はすごい勢いで筆を進めていた。

 

「近くで見ても大丈夫ですよ??」

「え?」

「先生、原稿以外一切見えていないので」

「いいんですかね・・?」

「だいじょぶです 横で踊っててもばれませんし」

 

(横で踊るってどんな状況なんだ!?)

 

高木はそんなどうでもいいことを思いながら、そっと椅子から立ち上がり、かずのこ先生の机の傍へと向かった。

吉田の横に並んで立ち、静かに作業を見る。

かずのこ先生の筆捌きはすさまじいものだった。

手は止まることなく動き続け、あっという間に一枚、また一枚と原稿を仕上げていく。

ストーリー担当の高木ではあるが、だからこそ隣で真城が作画している様子は何度も見てきた。それと比べてみても、かずのこ先生は明らかに早かった。

作画だけではない。

話も。笑いをこらえるのに必死になる程に、くだらなくて面白い。

 

「作家の頭の中はよく分からん」

 

ここに来るまでの道中、何気ない会話で吉田が高木に語っていた。

こういう風に、、

 

「作家の頭の中はよく分からん」

「吉田さんは、その、、編集だから、分かるものかと思ってました、そういうの」

「いいや、見れば見る程、知れば知るほど分からなくなる 中でも、かずのこ先生はまるでさっぱり1ミリも分からない」

「そうなんですか」

「めちゃくちゃ速筆それでいてしっかり面白い おまけにクオリティがまるで落ちない 平丸も見習ってほしいものだ」

「はは」

「あの人は間違いなく天才だよ 平丸10人分だ」

「平丸さん・・・」

 

原稿がみるみる出来上がる。

高木の目の前で繰り広げられるは、まさしく天才の所業であった。

 

「ふっはあーー!!!」

 

かずのこ先生は椅子の背もたれにもたれかかった。

とうとう描き終えたのだ。

 

「さあタコ焼きだ! よっしー!、タコ焼きを私によこすのだぁ!!」

「33分」

「な・・・」

「3分アウトだ」

「あ・・・」

「これが最後の一個」

「おい!よせ!その手を止めろ!!!」

「あ~~ん」

「やめろおおおおおおお!!!」

 

ぱくぅ

 

「ぐびゃああああああああああああ!!!!!!!」

 

かずのこ先生の悲鳴が空しく響いた。

吉田はドS。

吉田が担当でなくて良かったと、高木は密かに思った。

 

「まあ、実はもう一個買ってあるけど」

「ふぁあ!」

 

 

 

高木は茶の間へと案内された。

楕円形の木の机を挟み、かずのこ先生と二人、向かい合って座っている。

ちなみに吉田は「高木くん、跡は頑張れよー」っと言い残すと、原稿を抱え去っていった。

原稿作業も終わり、ようやく落ち着いた時間である。高木はかずのこ先生に訊きたいことがたくさんあった。

 

「ぬっはぁ、構わん! 何でも尋ねるがいい! 何でも答えよう!」

 

かずのこ先生は、自信満々に声を上げた。

 

「それじゃあ、あの・・・ 面白いアイデアはどうやって思いつくんですか?」

「分からん!」

「即答!?」

 

思考する間もなく、かずのこ先生は返した。

 

「え、そんな、え、冗談ですよね? っもお~先生冗談が上手いn」

「分からん!」

「・・・えぇ」

 

面白いことが全く思いつかなくてアドバイスをもらいに来た高木である。分からんでは帰れなかった。

どうすればいいだろうと悩む高木に、かずのこ先生は言った。

 

「面白いことは別に思いつくとかではない」

「え?」

「面白いことは至る所に転がっているのだ 私はそれを描いているだけよ」

 

高木はあまりピンと来ていない。少なくとも自分の日常が、漫画に出来るほど面白いことがあったようには思えなかった。

顔を傾げる高木をよそにかずのこ先生は立ち上がると、高木の背後にあったふすまを勢いよく開けた。

 

 

瞬間、雪崩が起こる。

 

「いい!?」

 

大量の紙の束が波のように押し寄せて、高木の身体を埋もらせた。数えきれないほどの膨大な量の紙の海である。

高木は適当に手に取って、目を通してみる。

描かれているのはどれも日常の一コマだった。

些細な出来事だが、少し面白い。言われてみれば起こるような、でも起こらないような。

そんなものばかりだった。

 

「これが私の漫画のアイデアだ そして私の日常でもある」

 

かずのこ先生が言う。

 

「こいつらは設計図 組み合わせれば私の漫画は完成する」

「そう・・・なんですか・・・」

「ふーむ、懐疑的な目だな??」

「僕の周りにはこんなにたくさん面白いものは転がっていない・・・と思います。

「くっはぁっはあ!」

 

高木は情けなさそうな顔をする。

それを見たかずのこ先生は、高笑いした。

 

「それは視野が狭いだけだ 見つけられてない!ただそれだけだ!」

「そうなんでしょうか」

「そーだ いわば間違い探しみたいなもんだ 意識しなきゃあ見つかるもんじゃない」

「・・・」

 

高木は馬鹿ではない。察しはいい方だ。

かずのこ先生の言いたいことは理解している。

だが同時に思う。

それは才能の為せる技ではないのか、と。

かずのこ先生は、さも簡単そうに言っている。だが、それが出来るのが、日常から面白いをたくさん見出せるのが、既に才能というものだろう。

高木は思う。

自分がそれを参考にしても恐らくうまくいかない。自分には才能は無いのだから。

それでも、才能のない自分であっても、能力の差を埋める方法が存在する。

 

それが法則であり、理論である。

 

「先生、仰ってることは分かりました」

「ふんむ!よかったあ!」

「では、次の質問何ですが」

「言ってみるがいい」

「笑いの法則というものは存在しますか?」

「法則・・・か・・・」

 

かずのこ先生は少し考えた後に言う。

 

「もちろんある! 長い年月をかけて発見したものがな!」

「あるんですね!」

「そうだな 例えばよく言われているが、緊張と緩和だな」

「はい」

「後は裏切りも大事だな」

「おお」

「っでこれを詳しく言うとだな・・・」

 

かずのこ先生は自らの経験をもとに、笑いについての法則を惜しげもなく語った。

高木はそれを一語一句聞き漏らさないようにと、耳を傾け、メモを取る。

かずのこ先生の教える知識は、どれもが実践的なものであり、高木にでも真似できそうなものばかりであった。

これでギャグマンガの話が描ける。

高木は話を聞きながら、この瞬間の価値を噛みしめていた。

 

しかし、話の最後に。

かずのこ先生はこう締めくくる。

 

「まあ、言っても今まで漫画描いてて、法則なんてのは一切気にしたことが無いのだがな! かっはあ!」

「え」

「これぞ無価値!」

 

無価値らしかった。

 

 

 

「よし、散歩に行くぞ!」

 

かずのこ先生が言った。

時刻は2時ほどで、外はぽかぽか陽気。絶好の散歩日和である。

 

「散歩・・・ですか??」

「そうだ 話のタネを見付けに行くのだ!」

「ああ なるほど」

 

高木は一瞬戸惑ったが、すぐに話を飲み込んだ。

初対面のおじさんと、出会ったその日に一緒にお散歩♪

言葉の威力やすさまじい。無論、そこに他意は無い。

二人はやがて外に出る。

高木はまぶしそうに空を見上げた。

雲一つない青空。照り付ける太陽。文句のつけどころのない快晴である。

二人は並んで目的地を持たず、ただぼんやりと道を歩いていく。

かずのこ先生の家の周りは桜の並木通りになっていて、舞い散る桜が風情ある景色を作り出していた。

 

(って!景色感じてどうすんだ俺!)

 

高木は辺りをきょろきょろ見渡す。面白いことが起こっていないか、探すためだ。

 

(景色なんか見てるからいけないんだ、俺 気合入れろ!)

 

「景色がきれーだな!ぬっはっはぁ!」

「っ!?」

 

生真面目な高木とは別に、呑気なかずのこ先生が呑気に言った。

高木は困惑せざるにはいられない。

言ってることが違う。

 

「先生、面白いことを探しに来たんじゃないんですか!?」

「ふーむっ!もちのろん、そのとーり!覚えていて優秀だな!!!」

「そうじゃなくて」

「そーじゃなくって?」

「探さないんですか?」

「探してるさ!センサーはビンビンさぁ!あービンビンっ!」

「あの」

「ビンビンってちょっとゲスいかもしれんか!?」

「あの」

「あーーーすまん これが世にいうセクハラ!」

「先生!」

 

高木は少し大きな声を出した。

かずのこ先生はにやりと笑った。

 

「そんな身構えるもんじゃないのだよぉ ほれ、見て見ろ」

 

先生が指差した先では、二匹の野良猫が向かい合っていた。姿勢を低くして毛を逆立ててお互いに睨んでいる。

二匹の間にあるのはメロンパンの欠片だ。どうやらそれを巡っての喧嘩のようだった。

珍しくはある。が、面白くはない。

疑問を浮かべた顔をかずのこ先生に向ける。

 

「少しでも変わったことがあったら、結末までよく見ておくべきであっるう 予想出来ない事とはーつまり!面白い事なの、ダァ!」

 

野良猫両者を包み込むのは、張り詰めた緊張の空気である。

まさに一触即発。

もうまさに今飛びかかる。

争いが勃発する。

そう思われたその時、

 

ばっさああぁ

 

二匹の間を一匹のカラスが羽ばたいていった。するとどうだ。さっきまで落ちていた筈のメロンパンの欠片が消えた。

 

カラスに奪われたのである。

 

野良猫二匹は激怒して、怒りの鳴き声を上げながらカラスを追いかけていった。

 

「ぬっはあ! 面白いなぁ!」

「びっくりしましたね!」

 

高木は思う。

いつもの自分ならこんな光景も見逃していた。日常の一部として素通りしていた、と。

しかし確かに、日常に面白いはあった。

高木はかずのこ先生の真髄を見た気がした。

それからも散歩は続く。

 

「見るが良い! あのモスパーカーのお店は元々マッグだったのが潰れてできた!」

「それは、ちょっと面白いですね」

 

「見るがいい!女の子が風船を手に持っているぅ! 95個くらい持ったら身体が浮きあがるなあ!あれは!」

「それも良いですね」

95(たこ)っつってな!?」

「(それは無茶だろ!)」

 

二人は横断歩道で立ち止まり、信号待ちをする。

高木の気持ちはウズウズしていた。先程から面白そうな事を見つけ出すのはかずのこ先生ばかりで、自分は何も見つけられていなかった。

何かないだろうか。

ふと横を見ると、女性に連れられて散歩中の柴犬が、高木たちと一緒に信号待ちをしていた。

柴犬が見上げてくる。高木も見つめ返す。

真ん丸でつぶらな瞳が可愛らしい。心が癒される愛くるしい顔をしている。

するとその鼻先に、桜の花びらがひらひらと一枚落ちてきた。

鼻先に乗った。

 

「っ!」

 

(これは多分面白い!)

 

高木はかずのこ先生の肩を叩く。

 

「見てください!これ!」

「ふんむ!おも可愛い!」

 

二人が優しく見つめる先で、柴犬はすんすんと鼻を鳴らす。

そして、

 

くしゅっ

 

くしゃみをした。

 

「はは 可愛いですね」

「かはぁ!! これで話が一個出来上がったな!!」

「え」

 

高木は驚きの声を漏らす。今までいくつか面白いことがあっても、なんの脈絡もない事ばかりである。到底ストーリーになるとは思えなかった。

信号が青になる。

二人は歩き始め、かずのこ先生は語り始めた。

 

「まずは一匹のカラスがいるとする」

「はあ」

「カラスはいつもマッグの残飯を食べていたが、モスパーカーになってしまい、腹が減ってしょーがない!」

「あ、さっきの」

「ご飯を探して飛んでいると、いがみ合う野良猫のその間にあるメロンパンの欠片を見つけるぅ」

「ああ…」

「カラスはメロンパンの欠片をゲットぉ!そして逃亡!が、慌てた拍子に落としてしまう 落ちた先は散歩中の犬の鼻先ぃ!」

「ここで犬ですか!」

「そこへ野良猫たちが現れ、奪ったと勘違いして犬と喧嘩! 気づけば合体し新生物イヌーネコとなる!」

「イヌーネコ!?」

「イヌーネコは人間に捕まり、95個の風船をつけられて宇宙へと飛び立つ!完!」

「ええ… 無茶苦茶過ぎません…?」

「たこキング!は大体そんなもんだったろっ?」

「言われてみればそう、かも」

 

高木は「たこキング!」の内容を思い浮かべる。

確かに今ぐらいぶっ飛んでいる話は多い。そしてそれはかずのこ先生の持ち味とも言われていた。

 

「高木くんは私にもっと、こう、かっこいい創作論を期待していたのかもしれないが、こんなもんでしかない そして、こんなもんでやってきたのだ、20年も! かっはっはっは!!」

 

そんなもんとはとんでもない。

高木はかずのこ先生に尊敬の眼差しを送る。

20年という長い年月がその正しさを証明していた。かずのこ先生は間違いなく偉大な漫画家であった。

 

「っはっはあ… まあ、最後は先輩らしくアドバイスでも送ろう」

「お願いします!」

「ふんむ! まあなんだ、面白いってのは人の心の感じ方であーるぅ だから理論て言うのは、カッコいい言い方しちゃうと、それをすると面白いと感じる人の割合が多いっていうだけなこった!パンナコッタ!」

「…なるほど」

「だから、高木くんは自分が面白いって思ったもんを信じりゃよいよい! それがしっかり形にできれば、共感してくれる人もいるわけよ!」

 

 

 

その後、高木とかずのこ先生は別れた。別れ際、かずのこ先生は「今のアイデアを描かねば!」と意気揚々に語っていた。

日はすっかり沈み、肌寒い夜である。

高木は自宅に戻る道すがら、考えていた。

 

(共感してくれる人を多くしなきゃ、漫画家としてはやってけねーんだよな~)

 

そこはかずのこ先生は何も言わなかった。

 

(むずいな~)

 

それでも、悩んでいても仕方がない。

高木は自分を信じてギャグも書いてみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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