新世暦一六年、関東都新東京市
見渡す限りアスファルトの地面から、針山の様に沢山のコンクリートの摩天楼が立ち並ぶ。ビルの表面が日照りを受けて熱く、鈍い灰色に輝いている。街路樹に止まっている蝉達が、ジリジリジリと鳴いている。そこから少し離れた薄暗い路地に、一人の少女がいた。
彼女の顔の特徴といえば、茶髪に青い目、細いがハッキリと濃い眉に、筋の通った高い鼻、唇は程よくふっくらとしており、まるで水の張った白い陶器に桜の花びらが浮いている様だ。一言で言えば美人である。服装は国防色ののカーゴパンツに黒いノースリーブシャツ一枚の軽装で、左腕に無線通信機能付きの時計を装着している。その時計の側面には、彼女の名前である「イロハ」の文字が彫られている。
「ねえ予定ではアタシ今頃暴徒を鎮圧して、任務完了の報告を入れている頃なんだけれど、暴徒はいったい何処にいるのよ!」
彼女はその美しい眉間にシワを寄せながら、腕の無線機に怒鳴る。この暑い中、長時間待たされているのだから、怒るのも無理ない。無線機から低い男性の声で返事が来る。
「すまない、イロハ。コンピュータの予想が外れた様だ。奴らは今A-Ⅲ地点にいる。我々はC-Ⅲ地点で奴らの進路を塞ぐから、奴らがB-Ⅲ地点に来たら背後から蹴散らして、こちらに追い込んでくれ」
「了解!」
イロハはB-Ⅲ地点に移動し、暴徒が接近するのを待った。暫くすると銃声や怒号が聞こえてきた。遠くに武装した暴徒の影が薄らと見えてきた。
ダン!ダン!ダン!
ビルの窓から味方のスナイパーが暴徒に向かって射撃する。しかし、一千人単位の武装した暴徒に対しては焼け石に水ほどの効果しかない。イロハは目の前にある三階建ての建物の屋上に上がって身を潜めた。暴徒が目の前を通り過ぎ、自分に背後を見せるその瞬間を待った。暴徒は略奪や放火、破壊行為を行いながらも一つにまとまって行動をしている。暴徒ににしてはかなり統制の取れた集団だとイロハは感じた。そして今、暴徒の最後尾がイロハに背後を見せた。彼女は待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせ、屋上の手すりから身を乗り出して地上に飛び降りた。
彼女は着地の瞬間に膝を曲げて衝撃を吸収しつつ地に片手をつくと、クラウチングスタートの様な走り出しをして暴徒に突進していった。その速さ実に時速100キロ米。
「ウオオォー!」
雄叫びをあげて猛スピードで突撃してくる美少女に暴徒達は困惑した。が、誰かが躊躇いなく銃弾を何度も彼女に撃ち込んだ。
チュイーン!チュイーン!チュイーン!
「!?」
何と銃弾は彼女の体に当たると弾き返されてしまったのだ!
暴徒達はさらに困惑した。こんな事があっていいはずがない。なにかの間違いだろう。間違いであって欲しい。暴徒達は更に銃弾を撃ち込むが、結果は同じであった。
ズガアン!
爆風と共に数人の暴徒達が宙に舞った。彼女が暴徒の隊列に突っ込んだのである。
ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!
彼女の手刀が防弾チョッキを装備した暴徒達の体を切り裂く。
シャー!
切り裂かれた暴徒は、赤い液体を撒き散らす、人間噴水と化した。彼女は敵の返り血を浴びてニタリと笑い、更に容赦なく敵に襲いかかる。近付く相手には手刀をあびせ、更に蹴り殺す。遠距離の敵には、ポケットから取り出した鉛玉を、その凄まじい腕力で、音速越えで飛ばす。鉛玉の当たった暴徒は自分が死んだ事に気が付かないまま地に倒れ込んだ。その姿は鬼神の如く、暴徒達に恐怖を植えつけた。しかし、暴徒達は防御陣をとって、そのままジリジリと後退して包囲網に入ってゆく。
まずい、このまま包囲網に入れてしまっては掃討作戦部隊への負担が増えてしまう!
彼女は闇雲に戦っているのではない。この集団のリーダーを探しているのだ。非正規の武装集団とはいえ、統制が取れている状態だと味方が苦戦してしまう。土埃の舞う中、彼女の驚異的な視力が、重武装の暴徒に守られながら指揮をする、リーダーと思しき少年を見つけた。
ダッ!
彼女の俊足が体を一瞬で少年の元へと運び、目にも留まらぬ速さで彼を連れ去る。
なにが起きた! リーダーがいない! 俺たちどうする!
初めは小さな騒ぎだったが、その騒ぎは増幅してゆき、暴徒達の陣形は形無しになっていった。
先ほどまで統制の取れていた暴徒達は、彼女が少年を連れ去った途端に烏合の衆と化し、掃討作戦部隊に次々と撃破されてゆく。彼女はそれを尻目に、彼を抱えながら別地点に走り去った。
「ねえ、アンタなんでアタシに抵抗しないわけ?」
青年はむすっとしながら答える。
「君に抵抗したら、死ぬより恐ろしい目に遭いそうだからね」
イロハは少し間を置いてこう返した。
「人造人間のくせに?」
少年は顔をひきつらせた。
「!?」
「同族くらいわかるわよ、バカね」
「ああ、そうだ。俺は人造人間だ。君の後に造られた、2番機だよ。まあ、予算不足で君より性能が劣っているけどな」
「それで抵抗しなかったわけね」
「初陣で殺されるのなんかまっぴらごめんだぜ」
「それで、俺をどうするつもりだ」
「さあ、どうしようかしら。このままアンタのこと虐め殺してあげてもいいけど」
「それは困るな。無理な話かもしれないが、俺を仲間にしてくれないか?」
「はあ!?」
「俺、作戦に失敗したら自爆する予定だったんだ。あいつら自分勝手だよな。俺だって一応生きているんだぜ?」
彼がこう言った瞬間、彼女は憎しみのこもった目で彼を睨みながら、彼をビルの側面に押し付けた。そして首を絞めた。彼は彼女の手を外そうと抵抗する。しかし、彼女の手は万力の様に押し返す事が不可能だった。
「な、なにをするんだ!」
「なにが俺だって生きているだぁ!?アンタら一般人を殺戮しといて、よくそんなこと言えるわねぇ!」
「一般人の殺戮?なにを言っているんだ!街に人はいなかったぞ!」
「アンタの所属する集団、GR会のことよ!」
「そんな!俺はただ、小さい時から、敵と戦え。失敗したら自爆しろ。それが我々の正義のためだ、と教えられてきた!殺戮の話は知らない!GR会がそんな事をしているなんて!初耳だ!」
「嘘をつくな!」
「ほ、本当なんだ!信じてくれぇ!頼む!」
それでも彼女は構わずに首を絞める手により力を込める。
「お、お願いだ・・・殺さないでくれぇ」
彼の助けを乞う、その目を見て、彼女の記憶がフラッシュバックする。
今回の主な登場人物
イロハ 正式名称は「六二式改造人間一号」で、イロハは愛称。仲間や民間人には基本的に友好的に接する。幼い頃にある辛い経験をしており、それが戦闘時における、敵に対する容赦ない攻撃、残虐性に繋がっている。
2番機 16年前に暴徒達が、イロハのいる組織から強奪した改造人間。
登場組織
国民保護隊 テロリストや武装組織、違法薬物の売人などを取り締まる準軍事組織。イロハはこれに所属している。
GR会 国家転覆を狙う武装組織の名称。目的のためには「多少」の民間人の犠牲もいとわない。
用語
新世暦 紅い終局後に新しくつくられた暦。
初めての投稿です。拙い文章で読みにくいかもしれませんが、楽しんで頂けたら幸いです。