英雄《しゅやく》になれぬ筈の槍使いと英雄《しゅやく》に至りし太陽《くろまく》   作:MOGOLOVONIO

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 今回のの宗次視点回は、上中下で構成する予定です。

 原作の20・21・23話目に相当する話ですが、23話目時点の宗次が日中の出来事を振り返る形式となります。


第17.5話上 雪辱への意識と不審な忠告

 

  4月16日水曜日、俺が特高へ入学し村外初の親友(映助)好敵手にして目標(英人)達と出逢ってから8日目の夜。俺は今、独りで静かな校舎裏で、実家より郵送された訓練用の木の槍で修練に励もうとしている。

 

「……よし、やるか。」

 

 これから行う練習方法*1は、空壱流の奥義である真の一突きに至る道と代々伝わるものだ。

 俺は未だその高みにも、師匠でもある爺ちゃんにも届いていない。だからこの動作を、唯一心に繰り返し積み重ねるしかない。

 成長に必須な要素とは、大概弛まぬ意志と途切れぬ努力、そしてその時間の蓄積なのだから。

 

「……それにしても、急に、しかも英人不在で決まるとは思わなかったな。」

 

 

____________________

 

 

 今日の昼休み、昼食を済ませて教室で待機していたら__

 

バチンッ!

 

「何すんだてめえ!」

 

 突然、廊下から乾いた平手打ちの音に続いて、同級生の剛史のものである怒声が鳴り響いてきた。

 

「どうしたんだ!」

 

 先ず優太が、続いて俺を含めた教室内のみんなが驚きながら廊下に出てみれば、剛史が赤くなった頬を押さえて1人の女子と睨み合っていた。

 彼女は確か……

 

「あんたがふざけた事をぬかすからよ!」

 

 そうだ、千影沢音姫だ。校舎に入る前に英人に名乗って、転びそうになったのを助けていた幼馴染だったな。

 その幼馴染が背の高い剛史を睨み返しているが、何があった?

 

「てめえ、ちょっと可愛いからって調子に乗るな!」

 

 剛史が激高したのか拳を振り上げようとし、その瞬間を優太と映助が慌てて背中から掴み止めてくれた。

 

「落ち着け、何があったのか知らないが、暴力はいけない!」

 

「そうや、殴っていいのブサイクだけや!」

 

「うわっ、最低……」

 

 映助……周囲の女子からも引かれてるぞ……

 

「何でやっ!?自分らかてイケメンの顔は殴らんけど、ワテらは平気で足蹴にするやんかっ!」

 

「映助君、もう止めるんだ。」

 

 剛史と千影沢の争いから脱線して叫ぶ映助と、涙を流して肩を叩く優太。

 親友から見ても茶番劇としか思えなかったが、幸いそのお陰で殺気立った空気も緩和され、剛史も毒気を抜かれた様子で拳を下ろしてくれた。

 

「それで、何があったんだ?」

 

「何って、俺達はただダベってただけで、なあ?」

 

「あぁ、廊下で喋っていただけなのに、あの子がいきなり剛史をビンタしたんだ。」

 

 剛史と、彼の隣にいた同級生の豊誠が言うには、自分達の会話中にいきなり向こうから割り込んで手を出したらしい。

 

「何やそれ、ご褒美やんかっ!」

 

「映助君、頼むから黙っていてくれ。……で、彼らはこのように言っているが、どうなのかな?」

 

「デタラメよ、こいつら英人の悪口を言ってたんだから!」

 

「「「……はぁ???」」」

 

 ……英人の?だとしても叩いたこと自体は否定しなかった上に、悪口だけでそこまで及ぶものか?

 俺だけでなく優太や皆がそう思ったからか、呆れ顔を彼女に向けた。

 

「英人は皆のために一生懸命頑張っているのに、有る事ない事言いふらすなんて最低よ!」

 

「「「頑張ってる???」」」

 

 英人のことだから必ず俺達の見ていない所で必死に努力しているし、今朝の体力訓練の中気になって芝生区域の傍に寄って見聞きすれば、彼奴が先週見た時以上に真剣な顔と声で指揮を出しながら勝ちを狙っていて、実戦に備えてフットサルで部隊戦の特訓に励む姿勢と方針に感心したものだ。

 __なんて考えていた俺とは裏腹に、同級生全員が青筋を浮かべて不機嫌になっていた。

 

「英人に顔も強さも優しさも敵わないからって、妬んで悪口を言ってるから、あんた達は落ちこぼれなのよ!」

 

「ちょっと、あんたねえ!」

 

「ま、待ちたまえ陽向さん、暴力は駄目だ、まずは話し合おう!」

 

「え~、暴力が一番手っ取り早いんだけどな~?」

 

 当事者の剛史と豊誠だけでなくD組全体を貶す音姫に我慢できなくなったのか、陽向が腕まくりして前に出て、小学生かと見紛う程小柄な心々杏も寸鉄替わりかボールペンを握り締めていた。それを何とか抑えようとする優太が、一先ず豊誠と剛史に向き合った。

 

「とにかく落ち着いて。それで、英人君の悪口を言っていたのかい?」

 

「それは、まぁ、言ったけど……」

 

「だからって、いきなり殴られるほどの事は言ってねえよ。」

 

「何て言ったんだ?」

 

「それが…」

 

「とにかく、謝りなさいよ!」

 

 剛史が詳しく説明しようとした途端、音姫の怒鳴り声によって遮られてしまった。

 

「何だそれ?謝るのは殴ったお前の方だろ!」

 

「あんたが先に悪口を言ったんでしょ、英人に謝りなさい!」

 

「ふざけんな、誰が謝るかよ!」

 

 売り言葉に買い言葉で、折角落ち着いてきた剛史も、音姫が刺々しい態度で主張したせいでまた頭に血を上らせてしまったようだ。

 

「英人英人ってうるせえんだよ、あんな顔だけの弱っちい奴にデレデレしやがって、馬鹿じゃねえのっ!」

 

(「弱っちい?何を言っているんだ?あの挑戦者がそんな訳ないだろ。」)

 

「何ですって!?英人は弱くなんてない、最強のエースで、CEから私達を救ってくれる救世主よ!」

 

「救世主?はっ、宗次にボコボコにされた奴が何言ってんだ。」

 

「__っ!?」

 

(「それでも彼奴は立ち上がった。俺の3連撃を喰らっても、圧倒的な実力差を見せつけられても、更に闘志を燃やしながら。」)

 

「俺はちゃんと見てたんだぜ。お前らA組の女子が何かイチャモンつけて、その隙に不意打ちかましただけで、本当は宗次に手も足も出ずボロ負けしてたじゃねえか。」

 

「……っ……」

 

(「だが気絶まで追い込まずに覚醒を、光刃の顕現を許した俺の油断と慢心が敗因だ。外野の行動なんて関係ない。」)

 

「それを救世主とか英雄とか馬鹿すぎだろ。ひょっとして」

 

「いいわ、そこまで言うならハッキリしてやろうじゃない!」

 

 またも音姫が剛史の言葉を遮って、指を突き付け叫んできた。

 __言い争いの相手である剛史や豊誠でなく、俺に。

 

「英人は誰にも負けない、最強の救世主なんだって、もう一度戦って証明してやるわっ!」

 

「………俺が?」

 

「そうよ、英人の聖剣はあんたなんかに負けない。明日の合同体育の時間にボコボコにしてやるから覚悟してなさい!」

 

 その英人が不在の状況で、一方的に宣言した音姫は背を向けさっさとA組教室へと帰ってしまった。

 

「吠え面かくのはそっちの方だ!」

 

「一昨日来やがれ!」

 

 音姫の態度に加え、そもそもA組ばかりが贔屓されている特高の制度・環境にウンザリしている同級生達は揃って野次を飛ばしており__そんな廊下で俺だけが。

「唐突過ぎるけど、英人、了承してくれるのか…?」

 

 誓った再戦が明日にでも訪れる僥倖への喜びと、本人の反応に対する不安で綯い交ぜになっていた。

 

 

______________________

 

 

「それで放課後には、一樹がトイレから教室へと戻って来るまで……」

 

 

____________________

 

 

 俺が教科書を仕舞い込んでいた時のことだ。その最中に剛史と豊誠が気まずそうな顔をして歩み寄ってきた。

 

「宗次、その……悪かったな、あんな事になって。」

 

「本当にごめん、俺達のせいで。」

 

「そのことか、気にするな。俺も彼奴に雪辱を果たしたかったから丁度良かった。」

 

「おっ、そうだよな!」

 

 2人での誓いの件は気恥ずかしくて言えなかったが、兎に角笑って首を振れば剛史もほっと胸をなで下ろした。

 

「意外やな。自分、あの件は気にしとらんと思ってたわ。」

 

「まぁ負けるのには爺ちゃん相手に慣れているから、悪い感情を引きずらないのにも慣れただけだ。だからといって、悔しくないわけじゃない。こんな決まり方は想定外だけど、再戦できる事自体は嬉しいよ。」

 

 こんな経緯では、何方が勝っても負けても遺恨を残し、共に戦うエース隊員の仲にヒビを入れてしまうので、その点でも困っている。とはいえ決定してしまってはしょうがない。

 

「少し、試してみたい事もあったしな。」

 

「ほ~、秘策有りか、勝つき満々やんか。」

 

「勝算のない戦いはしないさ。」

 

 死んで花実が咲くものか、泥を食ってでも生き延びて、敵の喉笛を噛み千切れ。

それが実戦武術たる空壱流の理念が一つ、だしな。

 

「宗次君が気にしてないようで安心したよ。」

 

「そうだ、一つ聞いていいか?」

 

 安堵する豊誠達に、ふと疑問を思い出し問いかけた。

 

「結局、どんな悪口を言ったんだ?」

 

「いや、本当に大した事じゃねえんだけどよ。」

 

 剛史がそう前置きしつつ、制服のポケットからスマホを取り出し__暫し操作してから首を傾げた。

 

「あれっ?見つからねえぞ。」

 

「本当だ、もう消されたのかな?」

 

 豊誠までスマホを弄り出したが、やがて2人とも諦めた顔で手を止めた。

 

「いや、もともと俺と豊誠はよ、ネットで面白いニュースを見つけて、その事を話してたんだよ。」

 

「それがさ、入学式の事件の写真を、誰かが掲示板に上げてたんだ。」

 

「事件って、スケコマシのか!?」

 

「まぁな。具体的には、俺達まで切ろうとしやがった、あの忌々しい光の剣さ。」

 

「それが空に伸びている所が、バッチリ映ってた*2んだよ。」

 

 ……あの件で英人を悪く言われるのは不快だが、本人に口止めされたので黙って聞いておいた。

 

「それを「特高の新兵器だ」とか皆で噂してる中によ、「あれは天道寺刹那の弟だ」って書き込んでる奴がいたんだよ」

 

「何だと?」

 

 それは聞き捨てならなかった。何故ならその話が本当なら、特高の情報が外部に漏れていたことに他ならないからだ。

 

「マジだって、俺達だって驚いたんだぜ、何で知ってんだよって。」

 

「ひょっとして、うちの学校の誰かが書いたのかと思ってさ。」

 

 確かに、外部からの侵入者よりも内部からのリークの方が可能性が高い。それで2人が気になって書き込んだ人物を追跡したらしく、それで。

 

「そいつがよ「天道寺刹那の弟は凄い!」とか「彼こそCEを倒す英雄だ」みたいなウゼー事ばっか言いやがってさぁ。」

 

「それで腹が立ってきてさ、音姫さんに言ったような事を書こうと思ったんだ。」

 

 ……的外れな罵倒を書き込もうとしたのは良い印象を抱かないが、それでも音姫が男子相手に暴力を振るう動機としては納得し切れない。

 

「何やそれ、ご褒美貰うほどの事と違うやん。」

 

「だから最初から言ってるだろ、そんな酷い悪口じゃねえって。」

 

「なんかA組の女子ってさ、天道寺の事になると気持ち悪いよね……。」

 

豊誠が、間違ってもA組に聞かせたくない様子で呟いた。

 

「せやな、みんな可愛い子ちゃんやのに、スケコマシが絡むと妙にヒステリックになるもんな。」

 

 確かに初試合でもそうだった。試合途中で現A組の女子達が映助に詰め寄り騒ぎ立てていた。

 映助の発言を皮切りに、同級生達から彼女らの問題行動が次々と語られた。

 

「噂によるとさ、天道寺に話しかけたC組の女子を、校舎裏に呼び出してシメたんだって。」

 

「それどころか男子にまで嫉妬するらしいぜ。男一人じゃ気まずいだろうって、B組の親切な奴が寮まで遊びの誘いに行ったら、木刀を振り回して追い返されたんだと。」

 

「ホンマかっ!?恐ろしいな~」

 

 ……そんなに無茶苦茶なのか。

 

「やはり、都会の女子は怖いな……」

 

「いやいや、あれが異常なだけやって!優しい女子かている……かもしれんやろ。」

 

「ちょっと、何でこっち見た?」

 

「あれあれ~、映助ちゃんってば何が言いたいのかな~」

 

「心々杏はともかく、私はA組連中ほど性根は腐ってないわよ。」

 

「そ、そうだよ、心々杏ちゃんはともかく……」

 

「私はともかくね~」

 

「認めるんかいっ!?」

 

 映助が陽向と心々杏に目くじらを立てた状態で詰め寄られ引いたが、心々杏の腹黒さを黒髪巨乳の盾使いである神奈も本人さえも反論しないことにツッコミを入れた。

 

「話は聞いていたけど、A組の連中は明らかにおかしいって。幼馴染だっていう千影沢はともかくさ、他の女子なんて会って数日であれでしょ?」

 

「まるで神様扱いですもんね。いくらイケメンでもあれじゃ怪しい宗教ですよ~」

 

「わ、私も睨まれて、怖かったです……」

 

「そんな事になっていたのか……」

 

 世間話への興味が薄いせいか初耳の話が、それも女子からも聞くことになって驚いたが、そんな俺の肩を映助が呆れ顔で叩いてきた。

 

「他人事やないで兄弟、自分なんてA組女子の間じゃ悪魔扱いなんやで。」

 

「悪魔?」

 

「「私の英人君を傷つけた、許せないっ!」って感じで、背中から包丁で刺しかねん勢いらしいで。」

 

「…………」

 

 いや流石に冗談だろ、と皆を見回したものの、全員が揃って気の毒そうに頷いていた。

 

「今度の試合で勝ったりしたら、本当に刺されるんじゃ……」

 

「私は寮に放火だと思いますよ~」

 

「しょ、消火器の用意しておきます……」

 

「背中は俺達が守るからな!」

 

「俺達の責任だし、それくらいはさせてよ。」

 

「兄弟……葬式には必ず行くで。」

 

「勝手に殺すなっ!」

 

 

_____________________

 

 

「……さて、雑念はここまでだ。」

 

 記憶の振り返りに用いていた思考を止め、練習を開始。

 ___そして1時間が経過、突きの回数三百回、そこで息を吐いて槍を置き、びっしりと汗の浮かび上がった額を拭う。

 

「今日はここまでだな。」

 

普段であればもう1時間は費やすところだが、明日は授業に加えて大事な試合があるので無理はできない。

それに、もう一つ練習しておきたい事があったのだ。

 

「すぅー……はぁー……」

 

 夜空の下で仰向けに寝転がり、大きく深呼吸を繰り返しながら全身の力を抜いていく。

 素人が見ればただ寝ているように見える体勢だが、これも重要な武術の鍛錬。

 強めよと思えばまず弱め、閉めよと思えばまず開ける。

 力を最大に入れるための、力を全て抜く方法、完全脱力の訓練だ。

 

「…………」

 

呼吸を平常に戻しながら、指先から順に力を抜きさっていくと、まるで体が溶けて消えていくようになってゆく。

 己の“我”が消えて“空”になるような感覚。

 その中で俺は、敢えて右手だけは“有る”と、“色“を持って存在すると意識せんと心掛ける。

 体は消え去り、右手が脳にでもなったように、そこにだけ意識が宿る。

 

「……よし」

 

 満足のいく感触が得られたので、脱力を解き、槍を手に立ち上がる。

 それじゃあもう帰るか。

 

「本番でも上手くいけばいいが。」

 

「面白い事をしてるのね。」

 

「__っ!?」

 

 __真後ろから女の声⁉

 

 恐怖や驚愕や思考が湧き上がった時点で、既に身体が動いていた。

 

❛空壱流槍術・柳風車❜*3

 

 身体に刻み込まれ無意識に発動した武技だが然し、槍は何の手ごたえもなく空を切り、飛び退いて地面に着地する軽い音と共に、女の笑い声が響いた。

 

「あはっ、流石は実戦派の古武術、エグい技を隠しているのね。」

 

 天に輝く月と同じように、大きな弧を描く口で、嘲笑のような賞賛を囀る。

 その姿は、昼間見たモノと同じでありながら全くの別物だ。

 

「千影沢音姫。」

 

「こんばんは、空知宗次君。」

 

 昼間とは異なり、まるで夜道で偶然出会った友人の如く、音姫は親しげに挨拶を告げてきた。

 

「何の用だ。」

 

「別に、貴方が面白い事をしていたから、話しかけただけ。」

 

「…………」

 

「本当よ、貴方に危害を加える気はないわ。」

 

 両手を上げて無害を主張する音姫を、額の冷や汗を拭いながら一先ず信用することに決めた。

 彼女が本気で自分を害する、たとえ殺す気であれ、気配も無く背後を取られたあの一瞬で、決着はついていたのだから。

 だからといって、警戒を緩める気にはなれない。

 昼間、あれほど敵意を剥き出しにしていた女が、愛する男に泥を塗った相手に、笑顔で話しかけてくるなんて、誰が見ても異常すぎる。

 

「お前は、本当に千影沢音姫か?」

 

 変装した別人か、双子の妹だとでも言われた方がまだ納得がいく。

 そんな感情からふと言葉を零したら、音姫は何故か目を大きく見開き、そして天を仰いで笑い出し__

 

「あはっ、あはははっ!そうよ、私は千影沢音姫、天道寺英人の幼馴染で、彼の事が大好きなの。」

 

「…………」

 

「父が銀行員で転勤が多く、小学校3年の時に英人と離れ離れになったけど、特高で運命の再開を果たしたの。嫉妬心が強くて英人が他の女の子と話していると、怒って暴力を振るったりもするけれど、2人きりの時は子供みたいに甘えるの。」

 

「何を……」

 

「好きな食べ物はイチゴ、嫌いな食べ物はアスパラガス、好きなアーティストはルナティック・ブルー、勉強や読書は好きじゃないけど、英人が子供の頃からよく読んでた『世界の偉人伝』や『誰もが楽しめる図鑑』だけは集めているわ。」

 

「何を言っている!」

 

 もう訳が分からず聞いていられなかった。

 音姫が自分のプロフィールを語るのが趣味な、痛い少女ならまだよかった。

 しかし、台本でも読むように語る彼女の口は、あくまで笑みを形作りながらも、目だけはまるで虫のように、全く感情が宿っていないのだ。

 一体どうしたというのか、最早眼前の人物が“千影沢音姫”なのかさえ確証を持てなくなる程の、得体の知れない恐怖がそこにいる。

 

「ごめんなさい、貴方が本当に愉快だから、少し嬉しくなっちゃって。」

 

「…………」

 

「楽しませてくれたお礼に、一つだけ忠告してあげる。」

 

 その声には、昼間の様な恫喝する暴力の色がなく、代わりに雪のような温かさが微かに滲んでいた。

 そうして発せられる言葉と声色は、希望でも予想でもなく、決まった事を語るような断定の如し。

 

「貴方は、天道寺英人に勝てない。貴方は強い、全学年のエース隊員を見ても、真正面から勝てる者はおそらくいないでしょう。」

 

「背後からでなくとも勝てそうな奴が、目の前にいると思うが。」

 

 皮肉の意など籠っていない素直な感想に対し、“音姫”はさらに笑みを深めながら告げ続ける。

 

「貴方は天道寺英人よりも強い、けれど勝つ事はできない。何故なら、望まれていないから。」

 

「…………」

 

「勝者は、絶対無敵の英雄は、たった一人でいい。」

 

「………」

 

 最後にそれだけ言って、彼女は背を向け立ち去っていく。

 

 分からない、分からない。“千影沢音姫”のことも、何故夜中に1人で俺に会いに来たのかも。

 そして、恐らく実力云々ではない領域に於いて、俺では“天道寺英人”に勝てないと語ったその根拠も動機も。

 

「………どうでもいいか。」

 

 もう夜も遅いし、心身共に疲労が溜まっているので早く寮に帰って休もう。

 

 そうだ、関係ない。音姫の発言に確証があろうと、実際に明日の試合で“天道寺英人が空知宗次に勝利する”結果が運命論的に確定していようと。

 そんな程度で試合前に勝負を諦めては、空壱流の名折れだ。爺ちゃんや代々の継承者達に顔向けできない。

 俺自身も、はいそうですかなら負けても仕方ありません、なんて自らを慰めるつもりも、言い訳を宣う気もない。普段通り、全身全霊で闘い、本気で勝利を狙う方が性に合っている。

 

 何より、第一に__

 英人は、試合前から格上だと見抜いた俺相手に挑んでみせたじゃないか。

 

 英人は、自分ならどんな相手でも()()()と慢心したから申入れを承諾したのか?否だ。

 相手との隔絶を事前に理解した上で軽率も萎縮もなく精一杯の分析と工夫で斬り掛かり、隔絶を実感すればする程より一層警戒心と闘争心を増幅させ果敢に向き合ってのけた。

 

 英人は、エクスカリバーの覚醒とそれによる逆転勝利の展開を事前に把握した上で対戦したのか?否だ。

 確かに彼奴の底知れない叡智と発想力を鑑みれば、予め予測していたとしても得心がいくが、戦闘での観察や、顕現させた後の反応・言動・行動から、彼奴にとっても予想外の現象だと思われる。即ち隔絶を凌駕する程の切り札を有していない前提で闘いに臨んだのだろう。

 

 天道寺英人は、勝ち目のない勝負に挑戦し、考えて足掻いて立ち上がって覚醒し見事逆転勝利(ジャイアントキリング)を成し遂げた。

 だったら俺が、勝利を諦めて敗北に甘んじる訳にいかないさ。

 

 勝利を望まれていない?外野の願望如き、揺るがぬ実力差を乗り越えた挑戦者の様に覆してみせる。

 絶対無敵の英雄は一人?ならその絶対無敵さえ、経験と技と体を心一つで打ち破った挑戦者の様に否定してやる。

 そうでなければ、俺は、英人の好敵手(ライバル)足りえないのだから。

 

 本人の意図はどうあれ、音姫のお陰で改めて決意が固まったと感謝の念を胸に秘めながら、俺は木の槍を携えて寮に戻ってゆく。

 

 

*1
内容自体は、唯真っ直ぐ槍を敢えて亀の如き低速で突くことを、時間をかけて何度も何度も繰り返すだけの単純なもの。但しその動作は、手・肩・背中・腰・太もも・足首からつま先まで、全身に意識を張り巡らせて継続する難行だ。その為俺が爺ちゃんからやり方を聞いた時には楽そうに感じたが、実際にやってみれば相当な体力を、何より神経を疲弊させる修行だ。

*2
特高は、高い壁に囲まれているので外部から中を覗き込むことはできない。おまけに周囲には監視カメラまで設置されており、興味本位の不審者やマスコミが入り込む余地はないのだ。唯、それでも壁の外からでも目に入ってしまう、聖剣の巨大な刃は隠しようもなかった訳だ。

*3
真後ろからの奇襲を避けながら、逆に相手の背骨を叩き折るカウンター技。動作は、右横に飛びながら回転し、槍を片手で薙ぎ払う。





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