英雄《しゅやく》になれぬ筈の槍使いと英雄《しゅやく》に至りし太陽《くろまく》   作:MOGOLOVONIO

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 (旧)西暦2023年最後の投稿となります。来年も引き続き執筆作業を頑張ってゆきますので、どうかお付き合い願います。

 感想や指摘に質問等、大晦日だろうが正月だろうが遠慮なくお送りください。




第22.5話 急昇せし凶星と蒙昧故の絶望

 

「……今日も、誰もいないな、よし。」

 

  今夜も俺は人気のない校舎裏で、訓練用の槍を握り締めた。

 先ずは今週火曜から再開させた、練る様にゆっくりと突く事を繰り返し、且つ並行して思考を巡らせる。

 本来なら槍術の鍛錬に雑念は持ち込むべからず、なのだが然し初陣で理解した事がある。

 

(「雑念如きで槍を乱していては、戦場で取り零しかねない。考え事をしながら練習をこなせる位でなければ。」)

 

 非礼を承知で結論付ければ、恐らく自分以上に強いエース隊員は英人と、実態は不明だが千影沢音姫のみであろう。

 3年生にしてエース隊全体の指揮官兼白兵最強だという麗華先輩を含めても尚、空壱流槍術を受け継いだ者としての優位性は揺るがぬ存在らしい。

 

 ……正直な気持ちだが英人の如く、聳え立つ格差を乗り越えてみせる強者と相見える事が無かったのには残念に思うが……兎も角、弱兵だろうがたとえ見知った顔でなかろうがエース隊の仲間と協力し時に助ける為にも、そして民間人や戦場になってしまった土地・建物の被害を防ぐ為にも、配慮できるだけの余裕を有しながら戦い抜く必要がある。

 

(「……それにしても、英人といえば一昨日昼の食堂は……」)

 

 集中力を決して途切れさせぬよう同じ動作を正確に重ねつつ、どんよりとした先輩達を想起する。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 当時の食堂の空気といったら、破裂する寸前の風船を思わせる程にピリピリと張り詰めており、それでいて濁った沼の如き重苦しさも同居していた。

 その源が先に来ていた2年3年の先輩達なのも、最奥にある畳座敷の1年A組だけが断絶されている様に食事を賑やかに愉しんでるのも、俺達1年D組の目には明らかだった。

 

 もしや誰かが戦闘でCEにより昏睡状態となってしまったのでは、と心配していたところに、麗華先輩がまたやってきて教えてくれた。

 

 手合せ後に突然俺の……兎に角、先日の件を全く窺わせない普段通りの笑顔を浮かべて現れたものだから、少し面くらいつつも隣の椅子を引けば、先輩は着席し、まるで奥の方にまで聞こえないよう声を抑えて話し出したのは。

 

「……今日の戦闘で、ボク達上級生はまるで活躍できなかったから、それでヘコんでいるのさ。」

 

 その一言で、俺達は特高で待機し授業を受けていた間に何が起こっていたのか理解したのだ。

 __失意の原因が1年A組に、もっと言えば英人にあるのでは、と。

 

「聖剣のビームを地上に拡げて消し去り終了、カップ麺が出来るより早かったんじゃないかな。」

 

 タケコプターで空を飛んで接近し、射程30mの光線が届かぬ上空から、一方的に広範囲の攻撃で一掃する。

 それは最早戦闘ではない、ただの蹂躙、若しくはゴミ掃除だと、きっと先輩達全員が感じていたと苦笑いから察してしまった。

 

 流石英人、1ヶ月も経たぬ内にそれ程大きく光を発射できる様に成長したのか。

 今まで命を賭けて戦ってきた先輩達が目の前の如く深い絶望と無力感を覚えてしまう位に、あっさりと呆気ない結果だ。

 

「…………」

 

 俺達は、まだ1度しか戦場に赴いていない1年生は押し黙る他なかった。

 

 そんな俺達と、上級生達は違うのだ。

 汗水を垂らし厳しい訓練を積み、死の恐怖に震えながらも、必死にCEと立ち向かってきた筈なのに。

 

 恐らく心一つで経験も常識も凌駕できるのだと証明する輝かしき現実を努力も友情も積み重ねた日々も、全て取るに足らぬ掃けば吹き飛ぶ塵だと嘲笑われた気分に塗り潰してしまう、絶望的な光景を見せつけられたのだろう。

 

 たった1人でCEの大軍を薙ぎ払う、英雄の次元が違う意志の表れ圧倒的火力を。

 

「俺達は、いったい何の為に……」

 

 誰かの漏らした呟きが、本来小声であるというのに静まり返った食堂の中へと響き渡っていたのが昼休み時間にて最も印象に残ってしまった。

 理由なんてあの光を目指して為した偉業に報いる為というだけで十分じゃないのか?

 

 そして、その些細な儚い嘆きが、高級料理が並んだ豪華な机を取り囲み、1年A組女子全員の賞賛を浴びている様子の英雄には果たして届いているのか__当然だと内心に留めて判断する根拠は、俺がそう思い込みたいだけなのかと悩みながら、みんな沈黙して鯖味噌定食に手を付けていった。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「……此処までにするか。この練習は。」

 

 当時を思い出すのも、と迄は口に出さず槍を降ろし深呼吸してから、再び槍を拾う。

 

 そうして再開当日より新たに始めた空壱流槍術にない独自の技にして練習法*1だが、俺にとっては今後の対CE戦に必要と考え、試行錯誤の上に編み出した動きなのだ。

 

 それを続けていく内に体感時間1時間に達し、明日は土曜で外出予定もないのでまだ暫く勤しもうと__

 

「__っ!」

 

 突然反射的に、振り返りもせず背後に向かって槍を突き出したと、遅れて認識した。

 

 其処に手応えはない。だが直ぐ地面に着地する軽い音と、聞き覚えのある笑い声が響いてきた。

 

「あはっ、今日は冴えているのね。」

 

 口の端を三日月のように吊り上げて不気味に笑う。

 そんな顔をして、人の背後を取る趣味のある人物など1人しか知らない。

 

「千影沢音姫……夜中に会うのは3度目だな。」

 

「こんばんは、空知宗次君、そうなるわね。ほんっと偶然ってあるものね。」

 

 今回もまた白々しい声で親し気に挨拶してきた音姫に向き合いながら、槍の穂先を下げつつ警戒した眼差しを送る。

 

「何の用だ?」

 

「別に、貴方が面白い事をしていたから、見ていただけ。」

 

「…………」

 

「本当よ、何なら手伝いましょうか?」

 

 再戦前夜と同様の台詞を吐きながら、バレリーナのように片足立ちとなって、クルクルと反時計回りでターンを決める姿に思う。

 

(「知っている、という事か。」)

 

 俺が磨いていた技の意味も、それを編み出す事になった原因も。

 京子先生に口止めを頼まれ、映助達にすら喋っておらず、英人以外の生徒は本来知らない筈の情報を此奴は知っているのだ。

 

 ……だが、その件よりも先に問うべき事がある。

 

「……日曜に頼んだ伝言、天道寺英人に伝えてくれたか?」

 

「………ええ、ちゃんと話したわ。貴方の名前は伏せてだけど。」

 

「そうか、ありがとう。」

 

 想い人であろう筈の英人に感謝を示された日の事を思い出したのか、何故か音姫の顔から笑みが失せていった。

 ……彼女が余りにも不可解で、明らかに普通の生徒ではない様を前に、自然と口が開く。

 

「お前は、何者だ?」

 

 俺の槍を避ける見事な体術といい、まるで多重人格の如く全く違う性格や振舞いを使い分ける所といい、誰だって疑惑の目を向けるしかない。それに、何で俺にそんな姿を晒す?

 

「私は千影沢音姫、天道寺英人の幼馴染、そう言ったでしょ?」

 

 音姫はまた作り物めいた笑みで答えたが、要するにそれ以上は話す気がないらしい。

 仕方ないから正体の追及を諦め、話の矛先を変えることにしよう。

 

「天道寺英人の傍に居なくていいのか?」

 

 彼女は何時もコバンザメの如く、四六時中休むことなく英人の横に立っては、腕をからませ胸を押し付けていた。そんな素行を踏まえれば、俺なんかに構いやしないだろうに。

 

「いつも同じ女が付きまとうと、いくらアレだって飽きるでしょう?だから今日は他の子に替わって貰ったの。それに……嫉妬するフリって、意外と疲れるものよ?」 

 

 「アレ」とは何だその言い方は?

 ニヤリッと口だけは笑みの形を作りながら、目は不快な虫でも見たように細められた。それは初めて見掛けた表情であった。

 

「今のお前を見るに、まるで天道寺英人の事を本当は好きじゃないと暗に主張していると感じられるのだが……?」

 

「あら?そんな事ないわよ、“千影沢音姫”は“英人”を心から愛してやまないんだから。それは間違いないわ。」

 

 自分は「千影沢音姫」の役を演じているだけだ、と聞こえてしまうのは穿ち過ぎか?

 

「……やはり、都会の女子は怖いな。」

 

「そうよ、女は魔性なんだから、貴方も気を付けないと。」

 

 心から愉快そうに笑ったらしき音姫に辟易しながら、頭に3つの疑問が浮かぶ。

 

(「第一に、彼女は、どうして英人の傍に居る?」)

 

 まるで恋人のように、命さえ捧げるほど献身的に愛しているという顔で。だが、今この瞬間に見せている、月明りに浮かんだ顔こそが本性だと言うのなら、そして臆測が万が一にも的を得ていたら……。それに、仮に何者かの指示でそう振る舞っているのだとすれば、誰が何故そう命じて何故彼女が従うのか。

 

(「第二に……英人は此奴の今の顔を知っているのか?」)

 

 突飛な設定だが、自身の幼馴染である“千影沢音姫”が偽者で嘘の愛を捧げながら何らかの企みに関わっていると仮定して……ライバル(彼奴)が気付いていない、なんてことがあるのか?いやその可能性も無くはないが、どうも自身の頭脳や「醜態」を音姫含め誰にも知られたくなかったのが、今更ながら妙に思えてきてしまう。

 

 第三に、此奴が何らかの事情や秘密を抱えているとして__

 

「どうして俺に話す、と思っている顔ね?」

 

「……よく分かったな」

 

 内心を言い当てられ、少しだけ驚いたが素直に頷いて認める。

 

 すると音姫は、また愉快そうに笑って語る。

 

「貴方は都合の良い井戸だから。」

 

「井戸?」

 

「そう、王様の耳はロバの耳だって、時々叫びたくなるでしょう?」

 

 つまり、秘密を喋ってストレス発散したい時の、都合の良い話し相手という事か。

 

「井戸に話したら、国中に知られるんじゃなかったか?」

 

「そうだっけ?……それも楽しいかな。」

 

 隠したいのか広めたいのか、その胡散臭い笑顔から音姫の本心は窺えない。

 ただ、たまに発散せねば耐えられないほど、多大なストレスが溜まっているのは事実のようだ。

 ……あの英人と共に過ごす中で、どんなストレスがあるのか気にはなる。或いは俺の見てない時の彼奴は、自称幼馴染にストレスを与える様な男なのだろうか?

 

「ストレス発散なら、ゲームか運動でもしたらどうだ?」

 

「だからこうして、貴方で遊んでいるのだけど?」

 

「俺にぶつけられても困るのだが。」

 

「えぇ、困る貴方を見るのは楽しいわ。」

 

「性格悪いな。」

 

「うん、知ってる。」

 

 ニヤニヤと性悪な笑みを浮かべる態度は、本当に性根が曲がっている。

 だが、英人を不自然な程に妄信し、口を開けば賞賛しか言わず、クラス外の者には狂犬の如く噛みつく、昼間の異常な姿よりは遥かに普通の少女だった。

 

「どうして__」

 

 そんな真似をしている、という疑問が声になるより早く、音姫の表情が一変する。

 

「__っ!?都子、どうしたの?」

 

 急に左耳を手で押さえ、刃のように冷たい表情となって、小声で呟き出した。

 そして、目を見開き驚愕した表情を浮かべると、弾かれたような勢いで学生寮の方を振り向き叫ぶ。

 

「止めてっ!いっそ殴ってでも__」

 

 その瞬間、カッと眩い光が寮の方から発せられたかと思うと、流星のような黄金の光が、西の空に向かって飛んでいったのだ。

 

「あれは、まさか……」

 

 見覚えのある黄金の輝きが、夜の特高で発せられた事態に嫌な予感を抱き、ふと音姫の方に視線を戻せば、顔を右手で覆い、汎ゆる負の感情がこもった声で吐き捨てる。

 

「最悪よ、あの✕✕野郎……っ!」

 

 凡そ女子らしからぬ罵声を漏らし、そのまま5秒程固まったかと思うと、直ぐにまた顔を上げれば__其処には、一瞬前の驚きも怒りもなく、見慣れた偽物の笑みが張り付いてる。

 

「またね、空知宗次君。」

 

 親し気にそう言い残すと、背を向けて風よりも早く駆け出して、あっという間に夜の闇に消え去った。

 

 宗次にはそれを呼び止める間も、呼び止める気もなかった。

 

「何が起きた?」

 

 問いかけても、音姫は絶対に答えなかっただろう。

 つまり、彼女が悪戯で口を滑らす事すら許されない、重大事が起きたのだ。

 今の俺に分かるのはといえば、事の大きさと、それを起こしたのが何者かのみ。

 

「……英人、お前は……」

 

 あの黄昏で誓って別れて以来、一言すら言葉を交わした事がない俺の英雄(ライバル)

 

 彼奴に退っ引きならない事態が襲い掛かってきたのか、或いは英人こそがその事態を自ら引き起こしたのか、俺には窺い知ることはできない。だからせめて__

 

「……信じているぞ、大丈夫だと……」

 

 巻き込まれたなら、必ず無事に解決してくれる。自発的になら、日本の勝利に繋げる意図あってのものだと。

 応援する様に呟きながら、渦巻く不安を信頼という蓋で押し留める。

 

 

>――――――――――――――――――<

 

 

「__っ、どうした。」

 

「天道寺英人がタケコプターで寮から脱走、恐らく長野ピラーに向かいました。」

 

 校舎の地下3階にある自室で仮眠中、枕元に置いた通信機の音で夢の世界から引き戻されたと思えば、千影沢音姫の感情を消した平坦な声を聞いた所為で、目が覚めてしまったのを感じた。

 

「……間違いないんだな?」

 

 驚愕を飲み込み、努めて冷静に聞き返せば、どうしょうもなく迷惑な原因を知らされてしまう。

 

「はい、犬塚霧恵が唆したようです。同行していた竜宮都子を昏倒させてトイレに閉じ込めた上で及んでいました。」

 

「……飼い犬に手を噛まれたか。」

 

 激しい頭痛と目眩を覚え、掌で顔を覆ってしまう。

 

 本来、A組女子は天道寺英人がこのように唆されないよう、見張るのが役目であった。

 英雄の振るう聖剣の力は凄まじく、だからこそ誰かに騙され悪用されぬよう監視する必要があるからだ。また、同級生や上級生に紛れて、“敵”が英雄を害さないという保証もない。

 そんな、見張りと護衛の任務を果たすべく、発案者の影山が主体となって4年前より密かに候補者を探し、幻想兵器の使い方や戦闘法、そして男を手玉にとる話術や、本心を隠して媚びる演技を教え込んで此処まできたのに。

 

「犬塚霧恵は確か、新飼議員の親戚だったな……ちっ、だから言ったものを。」

 

 思わず舌打ちしてしまうが仕方ないだろう。

 

 [機械仕掛けの英雄]に向けて第3期生のA組構成員を集める際、孤児のみを対象に検査し確保するだけでは、予備を抜いても約30名も見つけ出すのは困難だ__との理由から、政府が「プロジェクトの内容を知る政治家や自衛官の子供、または信頼できる親戚の子供からも適応者を探そう」と命令したのだ。

 無論、私達計画に携わる現場は強固に反対した。 信頼できる親戚と言っても、人の口に戸は立てられない以上、何処から機密が漏れるか分からない。何より、計画の柱である“英雄・天道寺英人”の傍に立つ者に、政治的な思想を絡めたくないと__まさに今回のように、私利私欲に駆られて英雄を操り、プロジェクトを崩壊させられては堪らないと懸命に主張した。

 

 だというのに、結局政府は強行し、孤児以外からも募る決定を下してしまった。それこそ、私利私欲を剥き出しにした、政治家達とその背後で金を動かす者達によって。

 

(「新飼議員は与党だが、野党の議員や米露の大使と接触した疑惑が有ったな。」)

 

 金か女で落とされたか、自分や家族の命を盾に脅されたか、それとも最初から野党や外国のスパイだったのか。何にせよ私には関係ない。政治家の始末は政治家に任せるしかない。

 だから今は、自らに出来る事に専念する。

 

「犬塚霧恵の身柄は?」

 

「確保済みです。」

 

「よし、そのまま目を離すな。間違っても死なせるなよ。」

 

 生きたまま防衛省の諜報機関に引き渡し、洗いざらい吐かせなければならない。新飼議員やそのバックを暴き、二度と同じ馬鹿な真似をさせないように。

 そう言明して通信を切ると、一つ深呼吸してから部屋の壁を全力で殴りつける。

 

「何故邪魔をするのか、貴様らは……っ!」  

 

 憤慨と憎悪を発露し__それでもって頭を冷やして部屋を出る。

 

 駆け付けた2階の指揮所では、既に天道寺英人の行動を知った職員達が、混乱しながらもその行方を追っていた。

 

「天道寺英人はどこに居る?」

 

「現在、妙義山の上空を西に飛行中です。このままでは……」

 

「ピラーを倒し行くつもりなんだろう。」

 

 馬鹿な真似を、と口の中だけで呟き、オペレーターに命じる。

 

「相馬原駐屯地に連絡、第12ヘリコプター隊に天道寺英人の追跡を求めろ。」

 

「しかし、ヘリ隊を出しても……」

 

「捕まえられないのは分かっている。だが、何もしない訳にはいくまい。」

 

 いっそ、ミサイルで撃ち落として貰いたい気分だが、とは冗談でも言わない。小娘に誑かされて無断出撃するような馬鹿でも、大切な英雄には変わりない。

 

「やはり、ロック機構をつけておくべきだったか……」

 

 無意味な後悔と知りつつも、愚痴らずにいられなかった。

 

 エース隊員が腕にはめた幻想変換器には、外部からの信号で幻想兵器や幻子装甲を停止させる機構が内蔵されている。

 だが天道寺英人の物だけは、その機構が物理的に組み込まれていない。今回の様に、幻想兵器の使い手が暴走した時、それを止めるための安全装置が無いと危険だと、重々承知していながらも。

 

「嗚呼、思い出すだけで忌々しいっ……!」

 

 停止装置が誤作動を起こして勝手に止まる事、“英雄”の活動を阻もうとする存在が停止コードを用いて日本の命運毎潰しに掛かる事。そんな万が一の懸念を根絶するべく、安全装置を排除し野放しにするとして、此方も政府がゴリ押ししたのだ。

 あの巫山戯た指針を示された時の、反論を受け付けない頑なな態度といったら……もういい、過去の話だ。

 

「色鐘三佐っ!」

 

「遅いぞ、京子。」

 

 遅れて現れた京子の声が、今の拙い現実へと意識を戻した。

 

「彼は?」

 

「ピラーに向かっている、止めようもない。」

 

 時速50キロ以上で飛行する人型の物体を、空中で捕らえる方法があるなら教えて欲しいと、諦めの溜息を吐く。

 

 そして、誰もが焦れて衛星からの映像を見守る中、ついに天道寺英人は長野ピラーと対面し、その聖剣を振り被る。

 荒い衛星の映像でもハッキリと分かるほど巨大な光が、一文字に大地を削る__が、全長7百mを超すピラーは揺るがない。

 

 開戦当時、日本の陸海空自衛隊の総力をぶつけた時と同じように、一片も欠けることなくそびえ立っていた。

 

 それは、この指揮所に集まった者ならば、誰もが知っていた事だった。先日、前橋市に出現した小型ピラーを破壊した時のデータから、聖剣の威力、長野ピラーの強度、破壊に必要なエネルギーを概算し、今の2万倍は必要であろうと。だから、分かっていた結果なのだ。それでも__

 

「聖剣が、効かない……」

 

「私達の作り上げた、英雄が……」

 

 天道寺英人では長野ピラーを破壊できない。

 その疑いようもない現実が、職員達の心を突き落とす。ひょっとすれば、もしかしたらと、微かな希望を抱いていた分、絶望の闇は濃い。

 

 こうなると分かり切っていたからこそ、我々はピラーを破壊しに行けと命じなかったのだし、音姫達は殴ってでも天道寺英人を止めようとしたのだ。

 

「これで何歩後退だ?」

 

「考えたくもないですね。」

 

 京子は嫌そうに首を振って見せた。

 幻想兵器の原動力となる認識力は、期待や賞賛といった強化に繋がる想いだけでなく、不安や失望等の弱体化を齎す想いも根源となってしまう。それ故に__

 

「天道寺英人君は、〈機械仕掛けの英雄〉は長野ピラーを破壊できない……そう私達は知ってしまった、思い込んでしまった。これがどこまで影響するか。」

 

 今この場に居る職員だけでなく、政府や自衛隊の高官にもこの報告はいく。知るのは全部で千人程度だろが、天道寺英人の顔や名前までハッキリと知る者が少ない今、どれほどの悪影響が出るか。

 ただ、こちらは時間と努力によって挽回できる範囲ではある。

 

 入学当初はまだ、ネット上の微かな噂でしかなかった天道寺英人の存在は、前橋市を救った天を翔ける新たな英雄として、その認知度は爆発的に上昇している__そうなるように、特高の職員達が画像や噂をバラ撒いたのだが。

 ともあれ、このままネットで情報が拡散され、人々の関心がピークに達した所で、テレビや新聞というメディアでも情報を開示すれば、英雄の幻想は確固たるモノとなるだろう。

 

 日本人・1億2千万人が認め、そして世界人口・70億人が存在を知った英雄。その膨大な想いのエネルギーが、聖剣の光となった時、必ずや長野ピラーを破壊して、この長く辛かった戦争を終わらせてくれるだろう。

 時も金も人も罪も、何もかもをそのためだけに積み重ねてきたというのに、苦労の結晶が脆くも崩れ去ろうとしている。

 

「……天道寺英人、ピラーから離れていきます。」

 

 呆然としていたオペレーターが告げる通り、衛星写真に記されたマーカーが、東に向かって移動を始めた。

 

「ヘリ隊に連絡、安全な所まで来たら地上に降りるよう誘導し、できれば回収してくれ。」

 

「はい。」

 

 指示通り連絡を始めるオペレーターや、関係各所への通達を始める職員達を横目に、親友へ問いかける。

 

「平気だと思うか?」

 

「分かっているくせに、聞かないでくださいよ。」

 

 京子は深く溜息を吐きつつも答えてくれたが、その通りだ。

 

「自分は誰にも負けない英雄だという()()が、()()によって砕かれてしまった。それに耐えられる屈強な精神の持ち主なら、そもそも自分が最強だなんて幼稚な()()を信じ込める筈がないんですから。」

 

 辛辣な台詞に反して、京子の声は蔑みではなく、同情と罪悪感に満ちていた。

 当然だ、天道寺英人が__刹那の大切な弟がそんな人物になるよう仕向けたのは、他ならぬ我々なのだ。

 

「厄介なモノだな、幻想兵器も、その使い手も。」

 

 今更だがやはり愚痴らずにはいられず、聞いた京子が天井を仰いだ姿を見て、影山から話された幻想兵器と認識力の説明が想起される。

 

 奴によると、幻想兵器の原動力は使い手の精神力でもあるのだが、これは一般的に想像される、苦難を乗り越える意思の強さや忍耐力とは違うもので、感情の激しさ__より正確に言えば思い込みの強さが、”自らの幻想を認識する強度“に繋がり形成されるという。その為自分がこの世の誰よりも最強で優れていると、心の底から思い込んだ者が、本当に最強の幻想兵器を使えるという事となる。*2

 

 __その理論に基づいて、幼稚な()()を打倒ピラーの切札に据えて人類の命運を託したリスクが、或いは罰が今の無情な現実だとでもいうのか。

 

「はぁ……心を折られた天道寺英人は、暫く戦えん。」

 

 どんな手を使っても立ち直らせるが、それが幾日かかるかは分からない。

 

「それまでは、今まで通り3年と2年を中心に、CEと戦うしかない。」

 

 聖剣の力をまざまざと見せつけられ、心にヒビが入った上級生達に、再び時間稼ぎの戦いを背負わせ__

 

「空いた穴は、他の1年達で埋める。」

 

 実戦経験が浅い新人達まで、たった1人の英雄を守るために使い潰す。

 

「分かったな。」

 

「「「はい。」」」

 

 非情な命令を通告すれば、指揮所の全員が重く頷き返した。それしか道が無いと分かっていても、罪悪感が胸に重くのしかかりながら。

 

「……本当に、滅ぼして貰いたくなる。」

 

「……………」

 

 そんな破滅を望む心さえエネルギーとなって、幻子は伝えるのだろうか。

 

 天井を仰ぐ自分の手を強く握り締めてくれた京子の顔を見て、そんな事を考えているのかもしれないと、ふと思ってしまう。

 

 

 

*1
最初に突きを繰り出し、それを弾かれたように右上へ振って、勢いに抗わずそのまま槍を半回転させて、反対の方で再び突く、という動作を繰り返す。

*2
また反例として、怒りやすく我儘だった少女が、厳しい訓練と躾で自制心を鍛えられた途端、幻想兵器を使えなくなったという実験結果もある。





○原作との変更点:刹那の敗因に於いて、英人主導で実施された売国奴探しのお陰で中露は謀殺に動けず米国も暗躍を自粛した為に、変換器の強制停止が生じておらず人の手の関与しない形になった。⇒“英雄”の停止装置未導入が政府上層部(を通じた迦具土神機関)の強引な判断で決まっており、色鐘や保科は導入すべきと主張し跳ね除けられた。


 因みに宗次の内心を描いた地の文について、透明文字ではなく取り消し線を用いることにしました。理由としては、宗次の変容した感性が前以上に自覚できる位光狂い寄りに傾いた一方で、そんな見方を無意識の内に訂正し表に出さない位に自制心も強くなった、といった事情と、透明文字では読者に気付いてもらえないのではと判断した作者自身の判断によるものです。

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