英雄《しゅやく》になれぬ筈の槍使いと英雄《しゅやく》に至りし太陽《くろまく》   作:MOGOLOVONIO

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 またも1万字超えの話になってしまいました。どうかご了承下さい。




第24話 防げぬ慟哭とさらなる決意

 

「ありがとうございます。……よし、これで、……?」

 

「そんで、あの件って何やねんっ!」

 

「京子先生と何があったのっ!?」

 

  京子先生との話を終えた途端、鼻息を荒くした映助と、泣きそうな顔をした陽向が迫って来た。

 何をそんなに騒いでいるのか、戸惑い首を傾げるも直ぐに戻し、あの日の出来事から語り始める。

 

「初陣の後、俺が1人で馬鹿をやった時の事だ。」

 

「なんや、罰のトイレ掃除が免除でもされるんか?」

 

「違う。あの時、俺は件の正二十面体型と戦っていた。」

 

「何やてっ!?」

 

 いちいち良いリアクションで驚いてくれる映助を見て、思わず苦笑しながら話を続ける。

 

「お前も装甲車で轢いていただろ。」

 

「せやったか?あんまり覚えとらんわ。」

 

「言われて見れば、少し違ったような……」

 

 陽向も必死に記憶を探っている様だが、彼女も周囲で聞いている一樹も心々杏も神奈も朧気らしい。

 まぁ仕方ない。最後の1体は、対戦車ミサイルを浴びて半壊していた所に、装甲車の突撃を受けてほぼコアしか残っていない状態だったので、二十面体と言われても分からなかった筈だ。

 

「とにかく、俺はあれと戦ったんだ。」

 

 そう言って、正二十面体型の動きを事細かに語る。

 

「じゃあ、あの時に宗次君を追い詰めた奴が、また出たって言うのっ!?」

 

「うわ~、ヤバイんじゃないですかこれ~?」

 

 あの時装甲車に居なかった者含めた32番隊の仲間だけでなく、通信で話を聞いていた他のクラスメイトからもざわめきが起こっている。

 

「ど、どうしましょう……っ!?」

 

「僕のスリング石じゃ、手前の六角柱が邪魔して届かないでしょうし……」

 

「ワテ、帰ってもええか?」

 

 みんな脅威を認識してくれた事で、慌てる者、考え込む者、あっさり逃亡を目論む者と騒がしくなるが、その空気が落ち着くのを待ってから、静かに本題を切り出す。

 

「一応、対策は考えてある。」

 

「何や、それ早う言わんかいっ!」

 

 調子良くツッコンできた映助の裏拳を、いつも通り片手で受け止めつつ、あの日から練って来た対二十面体の戦法を語る。

 

 それをみんな真剣に聞いてくれたから、俺は務めて真剣な顔で班員2名を見据えて告げる。

 

「映助、それと剛史、突撃のさいは少し下がっていてくれ。」

 

「何や、ワテらだけ除け者かいっ!?」

 

「待てよ、俺だって戦えるぜっ!」

 

 足手まとい扱いされたのかと憤る2人へ、ゆっくりと首を横に振ってみせる。

 

「違う、2人があれを倒すんだ。」

 

「「えっ??」」

 

 自分達の幻想兵器に、新種のCEを倒せる能力などあったかと言わんばかりに、映助と剛史は顔を見合わせた。

 

 だがな、奴等を倒すのに特殊な力は必要ない。

 求められるのは原始時代から連綿と続く、最古にして最良の攻撃手段。

 それを説明した上で、優しく微笑み想いを伝える。

 

「勝って、皆で帰ろう。」

 

 そのために、今まで厳しい訓練を乗り越えてきたのだから。

 するとみんなが、緊張を吹き飛ばして笑い返してくれた。

 

「よっしゃ、今日は帰ってすき焼きやっ!」

 

「「「おぉーっ!!!」」」

 

 そして、誰がその費用を賄うかはさておき、映助の合図で揃って気合の雄叫びを上げてくれた。

 

 __さぁ、()()()で勝利を掴み取ろう。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 軽井沢、6年前迄は避暑地として賑わっていたというこの地域も、今や無人のゴーストタウンと化していた。

 その中の、嘗てゴルフ場だったと思われる、見通しの良い平野で俺達エース隊はCEの群れを待ち受けている。

 

 そして、出撃後に目撃してから約1時間ぶりに、奴等が現れる。

 

 壁の如く密集した約600体の六角柱と、その背後に隠れた約35体の二十面体。

 

「射撃隊、構え!」

 

 麗華先輩の指示に従い、一樹や優太達約50名のエース隊員が、各々の射撃武器を敵に向ける。

 そして、何時も通り150mの距離まで引き付けてから、一斉に攻撃を開始。

 

 伝説の矢や石球や投げ槍が、初陣や動画で見た時同様に次々と前面の六角柱を倒していくが、背後に控える二十面体には全く届かない。

 

「やっぱり、前の敵に防がれちゃう……」

 

「射撃隊、下がれ!」

 

 スリング石を打ち尽くした一樹が、悔しそうに歯噛みしながらも、麗華の指示に従って退いた。

 

 六角柱は1/4が削られ、残りは約450体だ、もヘッドセットから伝えられた。

 盾隊を含む約240名のエース隊員が突撃すれば、呆気なく蹴散らせる数だと習っていた。

 

 だが問題は、背後で不気味に静観を決め込んでいる、正二十面体型であった。

 再び対峙した強敵を前に、気を引き締めながら仲間達に声を掛ける。

 

「映助、剛史、頼むぞ。」

 

「任せときっ!」

 

「やってやるぜ!」

 

 映助は棍棒を、剛史は幅広の斧*1を掲げて気勢を上げた。

 

「鴉崎さん、突撃の後は二人を守ってくれ。」

 

「は、はい……っ!」

 

 神奈は緊張した面持ちで、それでも懸命に声を出して盾を構えた。

 

「皆には負担を掛けるが、無理はしないでくれ。」

 

「寧ろ、宗次君が一番無茶をしそうで心配なんだけど?」

 

「まったくだ。」。

 

 陽向の軽口に、他の分隊員達が5人共笑って頷いた。

 

「大丈夫、もう無理しない。」

 

「けど、無茶苦茶な真似はしそうですよね~」

 

 心々杏にもからかわれ、そんなに猪武者に見えるかと凹む気持ちと、それで()()を守り英人に近付けるなら安いもんだという気持ちを同時に懐きつつ、隣の30分隊、31分隊の様子を窺う。

 

 みんな、俺の助言を聞き入れてくれたらしく、棍棒や斧を持った者達を後列に回し、出来るだけ温存しておく隊列を組んでいた。

 

 ならば、彼らの信頼に応えられるよう、後は全力を尽くすのみである。

 

「今だ、全員突撃っ!」

 

 遂に麗華先輩から号令が上がり、俺達約240名のエース隊員が雄叫びを上げて走り出す。

 

 30mラインに到達した瞬間、CEが一斉に赤い光線を放ち、それを最前列の盾隊が防ぎ、次の攻撃がくる5秒の間に、白兵隊が距離を詰めて斬りかかる。

 

 そこまでの流れはいつも通りであった。然し警戒すべきは此処からだ。

 

「うわっ!どこから攻撃がっ!?」

 

「何でこのタイミングで!」

 

 最初の攻撃を終え、硬直したエース隊員に向けられたのか、六角柱達の間にできた僅かな隙間を縫って、後方の二十面体から狙い澄ました光線が放たれてきた。

 

 今迄と勝手の違う敵の攻撃パターンと、既存の六角柱との連携ぬ凄まじさ故か、先輩方が配置につく右側の最前列辺りから、一斉に危険を知らせるアラームが鳴り響いてきた。

 更に麗華先輩から発せられた撤退の呼びかけと、❛聖なる加護❜__ロンゴミアントの能力が開放された証となる光が、他所の戦況の厳しさを更に伝えてくる。

 

 それでもそんな中、左翼に配置された俺達1年D組は__

 

「うきゃっ!やってくれるですね~っ!」

 

「豊生君、無理せず下がって!」

 

「ごめん、後は任せた。」

 

 幸運にも、被弾しつつも脱落者無く慌てず攻勢をかけている。

 

「ふっ!はっ!」

 

 そして俺は、立て続けの二連突きで、六角柱2体のコアを正確に貫いた。

 技の硬直する俺の様を視認してか、その隙目掛けて1体の二十面体から狙撃が飛んでくるが__

 

「知っている。」

 

 タイミングに合わせ、膝を抜いて重力に身を任せ、倒れる様に真横へと移動して光線の狙撃を回避する。

 

「やはり、虚実を見分ける目はないか。」

 

 技の硬直はあえて見せた偽りの隙、止まれば撃ってくる二十面体を誘い、わざと撃たせて避けたのだ。

 

「自分、回避は諦めろとか言うとったやん……」

 

 神奈の盾に隠れる様に、後方で見守っていた映助のツッコミが聞こえてきたが、まぁ気にしないでくれ。

 

(「それと、もうのんびりと観戦している暇はないぞ。」)

 

 俺達が六角柱を蹴散らした事で、二十面体までの道が開いた瞬間、後方に合図を出す。

 

「映助っ!」

 

「任せいっ!」

 

「い、行きます……っ!」

 

 盾を構えた神奈を先頭にして、映助と剛史が二十面体に向かって走り出した。

 

 此方の隙を狙い撃っていた二十面体達も、敵の接近に気付いて十本の光線を放ってくる。

 

「う、うくっ……っ!」

 

 盾で6発防いだものの、残り4発が盾で隠しきれていなかった所為で、神奈の足に突き刺さってしまった。

 その衝撃に耐えられず立ち止まる彼女を追い抜き、映助と剛史がついに二十面体に接敵、さぁやってくれ。

 

「吹っ飛べやっ!」

 

 棍棒を振りかぶった映助の前で、二十面体は反時計回りに高速回転を始めた。

 矢や投石の射撃、剣の斬撃や槍の突きなど、軽い攻撃は容易く弾いてしまう回転防御。

 

 然し悪いな。映助が繰り出すのはただ硬く重い物をぶつけるという、単純ゆえに防ぐ方法が困難な、原始時代から続く最良の攻撃、棍棒による殴打。

 

「ホームランっ!」

 

 全力の野球スイングで放たれたヘラクレスの棍棒が、反時計回りの二十面体と衝突し、そして結晶を粉砕した。

 

「おらっ!」

 

 剛史の方も幅広いマサカリを振り被り、刃が付いていない反対の方をハンマーのように叩き込み、回転する二十面体を無理やり砕いてみせた。

 結晶の破片をバラ撒きながら、傾く二体の二十面体は、まだコアが生きて赤く輝いていた、が厄介な回転さえ止まれば、最早良い的でしかない。

 

「はっ!」

 

 後ろから素早く駆け寄って、電光石火の二連突きで2体のコアを貫いた。

 

「また横取りかいっ!」

 

「くるぞ!」

 

 ずるいと叫ぶ呑気な映助へと、鋭く注意を促した直後、残っていた二十面体の内、12体から光線が放たれた。

 

「ぎょぼっ!」

 

「くっ……」

 

 映助と剛史が4発ずつ喰らった所為で、2人の幻想変換器から最初の警告音が鳴り響く。

 

 俺はというと、3発は避けたが、1発が右足に命中した。幸いにも装甲の集中は間に合ったお陰で軽微な衝撃と消耗で済んだが、兎に角撤退させねば!

 

「2人とも下がれっ!」

 

 そう呼び掛けた直後、巨大な炎の柱が二十面体達の中心に生まれ、10体以上も焼き尽くしてゆく。

 

「何やっ!?」

 

 恐らくは、3年生の誰かが放った幻想兵器の能力。

 

 そう察し、2人に一先ず撤退の余裕ができたと判断し、熱風が吹き荒れる中で残った二十面体に向かって駆ける。

 炎の光を浴びて赤く染まった結晶体に向けて、石突で突きかかる。

 

 当然、二十面体は回転してその攻撃を弾いてきたが、そんな事は想定済み。だからこそ、初撃は敢えて石突で行ったのだから。

 

 回転で弾かれた勢いに逆らわず、そのまま槍を半回転させる。

 そして、丁度回転を止め、こちらに反撃の光線を放とうとする二十面体に、クロスカウンター気味に蜻蛉切を見舞う。

 

❛我流・虚実転身❜

 

 二十面体を倒すためだけに、夜の校舎裏で編み出した、空壱流には無い新たな技。

 止まった蜻蛉さえ切り裂く鋭利な穂先は、あの時と同じように光線すら断ち切り、二十面体のコアを貫いた。

 

 直後、残った二十面体から3本の光線が飛んでくる。

 今度は流石に避ける余裕がなく、硬直した身体に全て突き刺さらんとし__

 

(「好都合っ、だっ!」)

 

 然し身体は反応できずとも意識に於いて対処可能なその攻撃に対し、俺は前回の逆転劇の如く、3()()()()()()()()()

 当時の危機的状況、死線を前に研ぎ澄まされた思考と昂る決意__それを再現すべく意識し集中すれば、光が微細な衝撃だけ与えて余さず逸れてゆき、そして__

 

「はぁーーっ__!?」

 

 反撃の突きを、と蜻蛉切を放てば、何故か貫く筈の鋭利な穂先がまだ回転していない結晶に刺さらず弾かれた!しかもその蜻蛉切も薄くなっており、いやそれよりも!

 

 と次撃に備え直ぐ様後退し、槍を構え直して3体と向き合う。先の光線による装甲の消耗は皆無と言ってよい位だが、何かしらの副作用の有無すら不明な以上再使用は止そう。その上で、光を充填させながら迫り来る3体は、地道に躱しつつ機を窺うべきか、被弾覚悟で突撃すべきか__

 

「今だーっ!」

 

「せいやっ!」

 

「喰らえぇっ!」

 

 その時視界にいきなり、奴等の側面や背後から人の声と姿が現れ、殴りつけられて充填中の光が3つとも霧散する光景が映ってきた!

 

「………あれは。」

 

 その3体を一斉に取り囲んで攻撃し続けているのは、他班の同級生達や3年生だった。

 ……恐らく、あたっていた六角柱の始末を終えたのだろうか。映助達の様な鈍器系幻想兵器使いが重い棍棒や斧、ハンマーを当てて回転防御を止め、槍や小剣使いがコアにトドメを刺してゆく。

 流石に初めての連携とあってか、止めが遅れて再び回転されたり、反撃の光線を受けて退く者も居るのが見えたものの、六角柱という壁を失った狙撃手が、多数に囲まれては無駄な足掻きでしかなかったらしく、1分と掛からず二十面体は全て打ち砕かれていった。

 

「おっしゃ、勝ったでぇーっ!」

 

「「「うおぉぉぉっしゃぁぁぁーーー!!!」」」

 

 どうやら既に大局を決していたらしく、真っ先に勝利の雄叫びを上げた映助に釣られ、荒い息を吐いていた他の生徒達も、揃って武器を掲げ声を張り上げていた。

 

(「……想像だが、あの時偶然にも俺が囮の形で3体の注意を引き付けていて、その隙に皆が包囲して倒してくれた、という流れだろうか。」)

 

 ……強力な単騎でなく、集団戦故の、多種多様な武器を揃えるエース隊だからこその、みんなで掴んだ勝利、という事になる訳で。

 どうも最後は、俺独りの戦い、俺が個人的に試す場という意識に陥ってしまったので、其処は猛省すべきだが、取り敢えず。

 

「……勝てたか。」

 

「やれやれ、一時はどうなるかと思ったよ。」

 

 感慨深く呟いておいた所に、ロンゴミアントを手にした麗華先輩が歩み寄って来た。

 

「さっきの動き、君はあれを知っていたんだね?」

 

「すみません。」

 

「いや、責めている訳じゃないんだ。先生達にでも口止めされていたんだろう?」

 

 頭を下げた自分へと、麗華先輩は慌ててそう告げてくれた。

 

「新種のCEが現れたなんて、世界的な大事件だからね、伏せておくのも当然さ。」

 

「よく分かりますね。」

 

「これでも、成績は3年のトップなんだ。」

 

 白い歯を見せて笑顔を浮かべる麗華先輩に、何と返せば良いか分からず苦笑を見せる。

 

 そして、皆で帰ろうと振り返り__

 

「やだ……洋太、目を覚ましてっ!」

 

 少女の悲痛な叫びが耳に入り、同時に勝利に湧いていた戦場を引き裂くのを感じてしまった。

 

 冷水を浴びせられたように、ゾッとして目を向けた先では、2年生用の制服を着ている女子が目に涙を浮かべ、地面に横たわった同じ2年の男子を揺さぶっていた。

 

 注視すればその男子の目は焦点を失っており、瞬きも呼吸も忘れたように体がピクリとも動いていない。

 

 __そう、魂を奪われて人形と化した様に。

 

「やだよ……洋太、洋太ぁぁぁーーーっ!!」

 

 その娘がいくら名前を呼んでも、「洋太」の目覚める気配は伺えなかった。

 

 __後に聞いた話だが、彼は2年A組の草壁洋太(くさかべようた)

 特高の設立から数えて4人目になってしまったという、エース隊員の戦死者だそうだ。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 特高に帰り着くと同時に、「洋太」は待ち構えていた救急車に乗せられ、外の病院へと運ばれていった。

 

「何で、何で洋太が……」

 

 まだ泣き止まないあの少女を、同じ分隊の仲間と思わしき2年生達が慰めるのを横目に、彼等へ何もできる事なく、ただ教室に向かうしかなかった。

 

「恋人だったのかな……」

 

 俯きながら呟いた陽向に、根拠なくとも内心何故か同意する。

 1年間、共に戦った仲間の死とあれば、あれほど嘆くのも当然であるが、彼の名を呼ぶあの声には、戦友以上の深い絆が感じられた。

 

 だからこそ、余計に胸を痛めながら、俺達は1年D組の教室に入っていく。

 

「よく無事に戻った。」

 

 教壇に立って待ってくれていた大河原先生は、ただそれだけ言って教科書を開くよう命じる。

 

 心配してくれた担任に「無事に帰れなかった人が居たのに」と、毒を吐き返す者はいなかった。然し授業の内容をまともに聞ける程、平然と気持ちを切り替えられる者もいなかったらしく、呆然と白紙のノートや虚空を見詰め、それぞれの感情に翻弄されている様子のクラスメイトを、先生は叱ったりはせず、ただ淡々と教科書を読み続けている。

 

 ……そんな周りの態度に、何1つ悪い所はない。

 他所はどうあれ、1年D組はCEとの戦争の当事者になってまだ1ヶ月も経たない。しかも、少なくとも俺の居る第32分隊には、戦争による経済や生活への圧迫こそ感じていてもCEからの直接的被害と__誰かが心を殺される様と身近に接した事はないそうだ。きっと今回の出来事は、エース隊員が今迄伝聞だけだった人の死や離別と隣合わせの立場だと突き付けてくる悲劇でもあったのだろう。

 

(「……にしても、単なる疲労物質だと家の本で書いてたアレに、こんな面があるとは……」)

 

「~~、……、これで今日の授業は終わりだ。ご苦労だった、明日は今日の振り返りで更に理解を深めるからな。」

 

「はい。ありがとうございました。」

 

「……ありがとうございました。」

 

 何時も委員長として最初に返しの掛け声をハキハキ発する優太も、今日ばかりは弱々しかった。

 すると先生は、罰のトイレ掃除に向かうべく席を離れた俺へと近寄ってくる。

 

「……空知、掃除はいいから少し来てくれ。今回の戦いの件だ。」

 

「あ、はい分かりました。」

 

 一体何なのかと疑問に思いつつ、先生について行くと……其処は。

 

「此処で、殆ど毎晩鍛錬しているそうだな。」

 

「はい、そうですが……」

 

 連れてこられたのは校舎裏、何時も1人で槍を振るい、2度音姫が訪ねてきた場所だった。

 

「毎日コツコツ練習して、立派だな、お前は。」

 

「……ありがとうございます。」

 

「それはそうと、だ。今回の戦闘で、新種の攻略法を編み出しクラスに共有してくれて、本当に感謝する。1年D組が勝利し、全員無事に帰還できたのは、お前の働きが大いにある。」

 

「はぁ……、あ、いえ前の対正二十面体戦もいう機密相当の情報についてクラス内へ公開する事を許可してくれた保科先生の判断や、俺の案を信じて実現してくれた皆の奮闘あってのものです。決して俺1人だけの功績ではありません。」

 

「実に謙虚な姿勢だ、それも含めて皆からも信頼される理由だろうな。」

 

 ……俺への労いか?でもそれだけの話を、こんな屋外の人の来ない片隅でするのか?

 

「買い被りですが、兎に角俺の事を其処まで評価してくれて、ありがとうございます。……その、お話は以上でしょうか?罰のトイレ掃除に向かって、気分の沈んでる映助達の分までしっかり取り組んでおきたいのですが。」

 

「……お前は今日、トイレ掃除しなくていい。というのも校長から「此度の勝利に多大な貢献をしてくれた礼に、今日と明日の掃除は免除するから代わりに激励しろ。」と命じられてな。感謝の言葉は俺の本心でもあるが、まぁ2日間しなくてよくなった訳だ。彼奴等の事も気にするな、業者にやってもらうから簡単に付近の掃き掃除でもするようにと指示したから態々手伝う必要はない。」

 

「そ、そうですか……」

 

「ところで、だ。」

 

 その時、先生から微笑がなくなり真剣な表情を向けてくる。

 

「無理してないか空知?恐らく初めて、CEにより心を殺された人間を直接目撃して、ショックを受けていてもおかしくない。その上でお前は、授業も普段通り……いや普段以上に真摯に学ぼうとする姿勢が見られた。この会話でも、トイレ掃除も5人の分まで頑張ろう、なんて事言ってたが、気分を紛らわそうとしたり過度に気負ったりで、只でさえ心身共に疲弊しているところを更に追い込まれては此方としても困るからな。」

 

(「……嗚呼、成程。これが本題か。」)

 

 先生の目も声も、俺を労り心配する想いに満ちているのが感じられて、気遣いへの嬉しさと申し訳無さを懐きながら然し。

 

「ありがとうございます。ですが安心して下さい、俺は無理していませんし、悩みも苦しみも別に抱えてはいません。」

 

「自分では大丈夫だと思っていても、気付かぬ内にストレスや疲労を溜め込んで、精神の異常が表に現れた頃にはもう手遅れだった。そんな事は鍛え抜かれた自衛官でも有り得る話だし、実際それで心を病み退官や戦死した者達を6年前からしょっちゅう見てきた。」

 

「お心遣い感謝します。ただ現状では健全健康だと自負しておりますので、何か些細な事でも異変を感じ次第、大河原先生なり保科先生なりに相談するよう心掛けます。」

 

「……上級生が精神喪失に陥った姿を見たのだろう?」

 

「そうですね、人の死を見たのはこれが最初です。両親は亡くなりましたが、俺が家に居る間の交通事故ですし、そもそも顔も思い出も全く覚えていないので、初めての衝撃でした。」

 

「………」

 

「ですが、いいやだからこそ、俺は打ち拉がれる事なく前進していきたいのです。」

 

「というと?」

 

「あの2人は俺にとって、特高の先輩というだけの見知らぬ人間です。然しそれが、他人事として風化させてよい理由にはなりません。俺がもっと強ければ、対策を共有できる影響力があれば防げたのではと。」

 

「空知、それは自惚れだ。お前1人がどうだろうと__」

 

「無論、承知しています。否定できるだけの責務も力も権限も、俺には持ち合わせていません。然し、無関心でいてよい話ではありません。偶々斃れたのが彼だっただけで、或いは俺自身かもしれず、クラスの仲間かもしれず、合同訓練した3年A組かもしれず、不幸にも取り残された民間人かもしれない。手の届く範囲で犠牲が出かねなかった故に、不徳を覚えざるを得ません。」

 

「………」

 

「それに個人的な我儘かもしれませんが、俺はあの2人の懐いてきた決意も、培ってきた成果も、突き付けられた絶望も、奪われた未来も、若輩者とはいえ同じエース隊員として背負って征きたいのです。」

 

「__っ待て空知、其処まで思わなくていい。たかが一兵卒の子供が、そんな重荷背負えば確実に潰れるぞ。」

 

「ならばその重荷を背負って尚、より速く進める様に成長するだけです。将来に役立てさせる為の勉学も戦を勝ち残る為の鍛錬も、()()()()()()()()()()()()()()べく、今迄以上に真摯に取り組む所存です。」

 

 何せ、英人(英雄)なら必ずや斯様な苦業を実行してのけるから。

 生じた犠牲と嘆きを胸に刻みながら、歩みを止めることなく寧ろ更に強く前進し、努力と勝利を積み重ねて2人に報いてみせんとするだろうから……

 

「__おま、え、は……」

 

「ご心配して頂き、改めて感謝します。すみませんが映助達が気掛かりですので、この辺りで失礼させて頂きます。」

 

「……嗚呼、解った。再度忠告しておくが、僅かにでも不安や悩みがあれば気軽に相談してくれ。それと、「今日と明日のトイレ掃除は無しだ」と()()()()()事伝えておけよ。」

 

「ありがとうございます。それでは。」

 

 何やら奇妙な様子の先生を後にして、俺は校舎内へと戻ってゆく。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 話が長引いた所為で、トイレ掃除は5人共、既に8割程済ましていたが、やはりと言うべきか暗い雰囲気を醸し出しており、普段何だかんだで丁寧に務めていた掃除の粗も随分見られた。

 そんな彼等へと、対正二十面戦の功績に関して褒められ免除された旨を伝えれば、また一緒に罰を受けられないにも関わらず、有難いことに、なら仕方ないと納得してくれた。 

 

 そうして、男子トイレも女子トイレも全て、一応終わって校舎から寮棟への道のりを歩いている時に__

 

「あいつが洋太を殺したのよっ!」

 

 突然ヒステリックな怒鳴り声が、手前の寮から響いてきた。

 

「何やっ!?」

 

 驚き駆けだした映助につられ、俺達もそちらに向かった。

 何と、怒声の発生源は英人がいるであろう1年A組の9番棟で、その入口を封じるように立つ音姫含めた女子達に対して、「洋太」と親しかったらしきあの2年生が、血走った眼で叫んでいた。

 

「彼奴なら、CEを簡単に倒せたでしょ!?そうすれば、洋太だって死なずに済んだのに、何で戦わないのよっ!」

 

「おい、よせって……」

 

(「彼奴って、まさか英人の事か!?」)

 

 叫ぶ彼女を、同じ分隊の仲間と思わしき2年生達が止めようとしているが、その声は力なく弱々しい。

 

 ……きっと彼らも、本当は心の中で同調しているのだろう。

 英人が、最強の英雄があの聖剣を振るえば、新種のCEすら容易く蹴散らして、仲間が死ぬ事はなかったのだと。

 __つまり、英人が、あの人達にとって大切な仲間を殺したようなものだと。

 

「出てきなさいよ、この卑怯者!人殺しっ!」

 

 巫山戯るな英人には戦えない重大な訳があるに決まってる!

(「黙っているんだ俺!否定できる確固たる証拠がないくせに下手に擁護して約束破りするつもりか!」)

 

 彼女の訴えは、果たして本当に寮に居るのかも分からない英人へ届いているのか。

 確実なのは、それを寮棟前で立ち塞がる彼奴のクラスメイト達が聞いた事であり、更に何かを叫ぼうとしている彼女へと、最前列の音姫が動いた事位だった。

 

「__黙りなさい。」

 

 音もなく2年生の目の前に踏み込んだかと思うと、首の横に目で追えぬほどの鋭い手刀を放った。

 

「かはっ……」

 

 直後、彼女は白目をむいて地面に倒れ込んだ。

 音姫はそれを冷酷な顔で見下ろし、唾を吐くように言い捨てる。

 

「英人はこの日本を救ってくれる救世主なのよ、その悪口は私が許さない。」

 

「お、お前っ!」

 

 あまりの事に唖然としていたらしき2年生達が、怒声を上げて掴みかかろうとして、然し音姫の背後に控えていた1年A組から、一斉に鋭い殺気と共に何時の間にか用意してた木刀や木の棒を突きつけられ、慌てて立ち止まった。

 

「これ以上、英人の悪口を言うつもりなら、容赦しないわよ。」

 

「この野郎……っ!」

 

(「……何か、色々と、釈然としないな……」)

 

 掴み掛かるのは止めた様子の2年生達だが、傍から見ても分かる程の、呪い殺すような憎悪の眼差しで睨み付けていた。

 

 相手が武器を持っていようと、構わず殴りかかろうとする彼らの敵意を感じ取ったのか、音姫が急に視線を2年生達から、野次馬達の中にいる俺達__いいや俺を睨んでくる。

 

「ちょっとあんた、邪魔だからこの馬鹿女を片付けておきなさいよ。」

 

「なっ……ふざけんのも大概にしなさいよっ!」

 

 横にいた陽向が怒ったものの、音姫達はそれを無視して素早く寮の中に入り、玄関の分厚いシャッターをおろして鍵をかけ、怒りも反論も全て遮断する。

 

「こら、逃げるなっ!」

 

「平坂さん、いいんだ。」

 

 激怒してシャッターを叩く陽向を抑え、音姫に言われた通り、気絶した例の2年生の体を担ぎ上げる。

 

「保健室に運びます。」

 

「あ、あぁ、頼むよ。」

 

 すると2年生達複数人も、毒気を抜かれた様子でついてくる。

 

「本当、何なのよあの女っ!」

 

「頭に隕石が落ちて死なないですかね~」

 

 陽向達はまだ怒りが収まらない様子だったが、倒れたこの娘の方が心配で、俺の後を追ってきた。

 

 そうして保健室に向かいながら、ふと暴言を吐く音姫の姿を思い出す。

 言葉や態度は英人を妄信する、恋に狂った苛烈な少女を()()()いた。

 

 あれにどの程度の本音本心が籠っているかは不明だが、然し一方で妙に印象に残ったのが、泣きながら叫ぶこの娘を見詰めるその瞳で、まるで__

 

(「羨ましかった、のか?」)

 

 真剣に1人の少年を愛して、彼を失った事を心から悲しむ。

 その姿が眩しくて、羨ましくて、憎くて、隠しておかなければならない、暗殺者めいた手刀を見舞ってでも黙らせた。

 

 何の証拠もない話だが、心の底から英人を好いているとは到底思えない音姫に対し、そう感じられて仕方がなかったのだ。

 

(「……なら何故、お前は演じている?」)

 

 音姫が居る9番棟を見上げながら、宗次は心の中で問い掛けた。

 例え口にして、あの性格が悪い少女は、絶対に本音を明かさないと知りながらも。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 保健室は無人で、京子先生の姿もなかった。

 

(「地下で仕事中か、仕方ない。」)

 

 一先ず、この娘を空いていたベッドに寝かせると、2年生達の内恐らく分隊の隊長だと思われる少年が声を掛けてくる。

 

「悪いな、助かったよ。」

 

「構いませんよ。ところで、彼女の名前は?」

 

雨宮水樹(あまみやみずき)、俺達第13番分隊の一員さ。……ついでに、病院へ運ばれて行ったのは草壁洋太。2人は、付き合ってて…いた、んだ。」

 

「そうだったのですね。」

 

「……なぁ、雨宮もさ、本気であんな事を思っているわけじゃないんだ。」

 

 自分の恋人を殺したのは英人だ、なんて所詮ただの言いがかりで八つ当たりに過ぎず、あくまでCEに殺されただけだ、と。

 たとえ頭では分かっていても、それでも、激しい怒りと悲しみに耐えられず、ぶつける先が欲しかった。

 

 彼の言葉から、そう語ってくれた様に感じた。

 

「洋太も馬鹿でさ、「新種だろうと何だろうと、俺のエッケザックスで蹴散らしてやる」って、雨宮の前で格好つけようとして、俺達がいつも「危ないから退く事を覚えろ」って言ってるのに、無理して突っ込んで……」

 

 その先は、嗚咽で言葉にならなかった。

 

 恋人だという雨宮だけではない、分隊の全員が仲間を守れなかった己の無力さにこそ、激しい怒りと後悔を抱いているのだと分かる。

 だからこそ、自分達の存在意義を揺るがす程に強大な力を振るう英人に向けて、八つ当たりと知りながらも憎んでしまうのだろう。

 

 ……それは、自分本位な印象だが、先程大河原先生から心配された俺に対し、()()()()()()()()()()()()()()を知らしめる様に視えてしまってもいる。

 

「…………」

 

 泣き崩れる先輩方に、掛ける言葉が見当たらず、黙って背を向け保健室を出る。

 一緒についてきた映助達も、やはり何も言えず後ろに続く。

 

 そうして、無言で寮まで帰ってきて、それぞれの部屋に戻ろうとした時、陽向が俺の裾を弱々しく掴んでくる。

 

「宗次君は、いなくならないよね?」

 

 普段の勝気な彼女からは窺えない、泣き出しそうな顔で見上げられ、困って苦笑する。

 

「努力はするが、保証はできないな。」

 

「……本当に、君はロマンが無いんだから。」

 

 初陣の時同様の返答に、陽向も呆れて苦笑を返してきた。

 

 そして、右手の小指を差し出し口を開く。

 

「じゃあ約束して、ちゃんと無事に帰ってくるよう努力するって。」

 

「あぁ、約束する。」

 

 剣道で鍛えているとはいっても、男よりは遥かに細い指に、俺の太い小指を絡める。

 

「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本呑~ますっと!」

 

 歌って指を切ると、陽向は名前通りの温かい陽光の様に__英人とは違う笑顔を向けてくる。

 

「私も頑張るね。神奈達を泣かせたくないし……3年の誰かさんに盗られたくもないから。」

 

「えっ?」

 

 何の事か訊ねる前に、陽向は顔を真っ赤にして駆け去ってしまう。

 

 理由も分からず1人廊下に残されて、首を傾げること暫し、顔を叩いて気合を入れると、自室に向かって歩き出す。

 

「……約束、2つもできてしまったな。」

 

 英人にやがてライバルとして挑み越える為、だけじゃない。

 英人の不在分を可能な限り補い、そして陽向に仲間の喪失という悲劇を味わせない為に。それが俺の勝利条件なのだから。

 

 部屋に戻ると、忙しくて段ボールに入れたままだった、実家から持ってきた本を取り出す。

 

 皆で無事に生き延びるためには、槍を磨くだけでは足りない。

 

 第13分隊にも陽向にも英人にも、本気で報いるべく本を開き、目についた項目をノートに書き写し、己に出来る限りの努力を始めてゆく。

 

 

*1
〈『金太郎〉のマサカリ』(日本の童謡、坂田金時の斧)





 感想や指摘に質問等、何時でもお待ちしております。

 原作キャラの草壁と雨宮の分隊番号は本作オリジナルとなります。

 それと、次回は作中作回を予定しております。ただ、更新には1週間以上の日にちを要するかもしれません。

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