英雄《しゅやく》になれぬ筈の槍使いと英雄《しゅやく》に至りし太陽《くろまく》   作:MOGOLOVONIO

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 第5章、開幕です。今回も宗次視点を主に進行してゆきます。



第5章〜日常を阻む剣の山脈〜have ups and down by boy & girl✦
第27話 次の戦いと謎の女難


 

  六角柱と正二十面体型の混成群相手に作戦勝ちし、再び姿を現した英人が御代田町の小型ピラーを破壊した、との報せを教室にて伝えられた土曜日から2日後。CEの襲撃がない平穏な日曜の休息を経て21日の月曜を迎えた。

 俺達1年D組は、始業のチャイムで始まるホームルームにて早々、大河原先生から今後の予定を告げられる。

 

「数日後、諸君は黒檜山に入り、そこに潜んでいると思われる、小型ピラーの探索にあたって貰う。」

 

「はぁ?そんなんあるんか?」

 

(「黒檜山……彼処にも、御代田町へ初出陣した際に生えてきた様に、ピラーがいるのか?」)

 

 初めて限界を超えて、仲間の大切さを思い知らされた初陣の地を想起しながら、先生の話に集中する。

 

「諸君らの初陣となったCEの群れが、黒檜山方面から現れた事は覚えているな。長野ピラーから出現したCEの群れが、衛星の監視網にも引っかからず、東側に回り込むなど不可能だ。よって、黒檜山のどこかにピラーが有ると判断したのだ。」

 

「せやけど、あんなデカ物、直ぐ見つかるんと違う?」

 

 御代田町は勿論、戦後見せてもらった前橋市の街中のピラーも、両方とも全長15m以上の巨大な結晶柱なのは覚えている。仮に同程度のサイズだったとして、彼処で生えたとしたら、背の高い木が生えた森の中でも、流石に隠し切れない筈だが。

 

「その疑問はもっともだが、衛星写真をいくら精査しても、ピラーの姿は地上には見つからなかった。」

 

「なら、そもそも無いんやろ。」

 

「映助、先生の話を良く聞け。」

 

 投げ槍に答える親友を、後ろから注意すると先生が話を続ける。

 

「地上には見つからなかった。つまり、地下に埋まっているという事だろう。」

 

「何やてっ!?」

 

(「まぁ、そういう推測に行き着くのは必然だな。」)

 

 驚愕したのは映助のみ、他のみんなも同じ事を考えていたらしく、しきりに頷いている。

 

「そうよね、ピラーって地面からいきなり生えてきたし、なら地中に埋まっていても不思議はないわよね。」

 

「だいたい、あれってどういう仕組みで生えてきてるんですかね~?」

 

「い、いきなり生える、ぐふふっ……」

 

 また何を連想したのか知らないが笑っている神奈は兎も角、陽向や心々杏が口にした疑問には、俺も内心同調した。然し、大河原先生の返答__即ち、現時点で俺達エース隊に知られても構わない程度でのCE研究の進捗状況に於いては、前の解説で聞いた分以上の情報はなかった。

 

「ピラーが出現する仕組みは、謎だらけで全く分かっていない。小型ピラーの破壊された跡を詳しく調査したが、めぼしい物は何も見つからなかったしな。」

 

「………」

 

「ともあれ、黒檜山にピラーが埋まっている可能性は高い。そしてCEが出現してきた以上、地上部分にも露出している箇所はある筈だ。」

 

「それで、そのピラーが恐らく森に隠れている所為で、上空の衛星からでは見付からなかったから、俺達エース隊によるローラー作戦で調べてもらう、という訳でしょうか。」

 

「流石だな委員長、その理解で合っている。幸い、4月29日に黒檜山から進軍してきたCEの動きを、衛星がいくらか捉えており、そこから逆算して範囲を絞り込めたので、何事もなければ1日から2日で終了する予定だ」

 

「何事もなければ、か……」

 

 つまり、ピラーを守るためにCEの群れが出現しなければ、という事だが、間違いなくその何事は起きるであろう。

 その辺りに突如ピラーが出現した、というのが先月末の話になるが、既に3週間が経過しているにも関わらず、まるで警戒し続けていたエース隊(此方)を焦らすかのように、其処からの襲撃も、北東方面への出動も一度たりとて起こらなかった。

 それを見て、黒檜山のピラーが単に俺達や英人の撃退を把握して恐怖のあまり暴れられなくなった、などと楽観視はできやしない。敵が闇雲にCE(尖兵)を放って返り討ちにされながら消耗し目立ってしまうよりも、何らかの機を窺いつつ戦力を溜め込んでいる、そう考えるのが自然だろう。

 

「それ、めっちゃ危険って事やんっ!?」

 

「だから、山岳部隊ではなく諸君らに行って貰うしかないのだ。」

 

 そうして説明されたのは、自衛隊で対処できない装備・環境面での事情だった。

 曰く、戦闘車両が入り込めない森の中に、年代階級職種問わず須く幻想兵器の適性を宿さぬ故に、個人で纏える防具の内唯一CEの光線を弾けるという幻子装甲を持てない通常の自衛隊員が、もし徒歩で入ろうものなら容易に撃たれ山中で生きた屍と化すのが必定だと。しかも、幻想兵器でなく通常の銃火器で挑むことになるしかないが、小銃弾ではCEにまるで歯が立たないため、最低でも84mm無反動砲(B)・カールグスタフM3を使用しなければならず、唯それ以上の強力な武器を持ち込み使用すれば、山火事が起き、黒檜山を禿山に変えてしまう恐れが高い、という。

 

「いっそ、山を焼いた方が早いんと違う?」

 

「色鐘先生が提言したが、政府の許可が下りなかったそうだ。」

 

「綾子先生、過激やな……」

 

(「まぁ、仕方ない話だ。エース隊(俺達)の危険と秤に乗せなきゃいけない状況とはいえ、一度傷付けられた土地や環境を再興させるのはどうしようもなく困難だからな。」)

 

 田畑にせよ草原にせよ森林にせよ、決してゴミを投棄したり無頓着に踏み荒らしてはならないし、火を扱う事が必要になった際は細心の注意をもって点火から消火後の後始末迄気を抜いてはならない。そうやって小さい頃から、人の行いが自然に齎す悪影響の規模を丹念に教え込まれたものだ。

 であるからには政府も、市や県に麓の住民も、ピラー退治の大義だけで簡単に認める訳がない。

 

「まぁ安心してくれ。仮にCEと遭遇しても、敵の数が多く危険と判断した場合は、無理に戦わず退却して構わない。山中での戦闘は不利だからな。

 

「「「………」」」

 

「だから一度退いて、有利な平地でCEを撃退する。その上でもう一度、ピラーがあると予想される範囲の焼却を提言する事になる」

 

(「……即ち、黒檜山の環境破壊を最小限に抑える為には、CEとできる限り遭遇せずに探索して、ピラーの位置を正確に特定し、焼却範囲を狭めなければならない、か。」)

 

 無論、探索に取り掛かるエース隊員の誰一人として、戦死も行方不明にもさせない前提で。

 

「ピラーの正確な位置さえ判明すれば、あとは1年A組に任せればいい。」

 

(「……「1年A組」とは言うが、実際は英人単独での排除となりそうだな。」)

 

「はいはい、大物は遅刻スケコマシに譲ったるわ。」

 

(「__はぁ、みんな揃って、同じ印象か。」)

 

 映助のみならず、陽向も優太も、まるでもう怒るのも疲れると言わんばかりの、そしてそれを取り繕う気もない様なな顔で呆れており、そんな空気に不安・不満・を掻き立てられてしまう。それに、目立ってやる気が落ちていないものの、果たしてこれが健全な状態なのかも怪しく感じてしまう。

 

「先生、その山岳ピクニックはいつやるんですか~?」

 

「悪いが明確な日時は決まっていない、天候やCEの襲撃に合わせる形になるからな。」

 

 心々杏の質問にそう答えた先生が、窓の外に目をやって、それにつられて視線を窓の奥に向ければ、 黒い雲で覆われて、朝だというのに薄暗い空が見えた。

 

「今日の夜から明後日まで降り続くそうだ。雨の降る山中を歩くのは流石に嫌だろう?」

 

「そうですね。」

 

 雨が降ると、ただでさえ滑りやすい山道がより危険になるし、下手をすれば土砂崩れや鉄砲水が起きかねない。そして何より、雨は体温を急激に奪うため、夏が近づいてきた五月下旬といえど、油断すれば凍死の危険性がある。幻子装甲にしたって、衝撃に対しては強固に防いでくれるが、寒さ暑さに耐えて内部へ通さない様な力はない__

 

(「……いや待てよ、ひょっとしたら、❛幻装変化❜で何とかなるのでは?」)

 

 幻子装甲に断熱性は備わっていない、という情報は、先生から教えられただけでまだ試して実感した訳ではない。既に検証された上でそう結論づけられた可能性は高いが、もしかしたら、強く意識してそういった性質を付与することができるかもしれない。それが可能となれば、極論、山火事だろうが極地だろうが変換器を装着してさえいれば裸でだって平然と活動できる筈だ。

 ……❛滑衝甲❜と同様に、試す価値は十分あるが、挑戦する為の機会に恵まれないだろうな、恐らく。

 

「雨が明ける木曜日は、まだ地面がぬかるんで危険だろう。できれば金曜日に探索を行いたい所だが、おそらくその前後にCEの襲撃があると予想される。」

 

 授業で習い、1ヶ月3週間近く迄特高で過ごして体感したことだが、CEは4日から7日程度の間隔で襲撃を繰り替えしてくる。つまり黒檜山のピラーもまだ同様の生態であるならば、今週木曜から土曜辺りにCEをけしかけてくることになる。逆に言うと、襲撃後の1日から3日の間は安全であり、その日を狙って黒檜山の探索を行う算段な筈だ。

 

「待って、それまた休日出動する事にならんっ!?」

 

「流石に振替休日をやるから安心しろ。」

 

 先生苦笑して告げた言葉で、教室内の空気が安堵で和らいだ様に感じた。エース隊(俺達)が属する陸自の正規隊員に関する休暇制度についてはあまり知らないが、一応高校生でもある為だろうか、それよりは甘い待遇に思われる。

 

「他に何か質問はあるか?」

 

「装備は?」

 

「水、食料、地図、コンパス、それらを入れるバックパックは此方で用意する。ジャケットとブーツは陸上自衛隊で使用している物を支給するので、後でサイズを報告して貰う。」

 

「ふむ……」

 

 告げられた装備は、山中を歩くのに必要最低限な物だけであり、万が一を考えると幾つも足りない物がある。恐らく、万全の装備を目指すと、荷物が重くなりすぎて負担になるからだろう。エース隊員(俺達)はカリキュラム制度の下体を鍛えているとはいえ、本物の自衛隊員の如く、何十㎏もの装備を担いで山中を何十㎞と走破する、本格的な訓練は行っていない。それに想像だが、自衛隊員なら武器が小銃で、遮蔽物に隠れての射撃が主な戦法故に、重い荷物で多少足が鈍っても問題なく戦える一方で、エース隊員の大半は剣や槍という白兵武器であり、CEとの距離を素早く詰めて武器を振り回す戦い方を取らねばならぬ以上、重い荷物は邪魔でしかない。

 

(「疲労と機敏さ、それらを考慮した上で、敢えて最小限に抑えたのだろうが、遭難の恐れを考えると……、ん?」)

 

 俺の反応を見た先生が、苦笑して話を続ける。

 

「作戦行動に支障をきたさない範囲でなら、自費で好きな物を用意して構わんぞ。」

 

「いいのですか?」

 

「構わん、自衛隊でもヘッドライトやスコープを自費で購入して、持っていく奴は多いからな。」

 

「成程。」

 

 安堵して頷けば、先生が笑って付け加える。

 

「それに、せっかく給料が出たんだ。少しは気晴らしに散財したいだろう。」

 

「何やってっ!?」

 

 エース隊の制度は配布されていた資料から読んで給与についても把握していたが大して気にしていなかった俺と違い、映助が大声を張り上げた。

 

「ワテらの給料、もう出てたんか!」

 

「あぁ、自衛隊員と同じ18日だが、その日は日曜日だったからな、16日の金曜日には出ていたぞ」

 

「そんな、早く言うてやっ!」

 

 映助が何やら悔しそうに嘆き、頭を抱えて悶絶して叫ぶ。

 

「知ってたら、万札握りしめて駅前のメイドカフェに突撃しとったのにっ!」

 

「お前みたいな馬鹿がいるから、敢えて言わなかったんだがな。」

 

 尤も、先週は殉職者(草壁先輩)やら正二十面体型やらと大変な出来事が多過ぎて、どうせ給料の事を気にする余裕は持てなかっただろうが。

 

「買い物か、次の休みには作戦が始まってしまうが……」

 

「安心しろ、装備の調達など、しっかりとした理由があるなら、放課後の外出許可は出るぞ。」

 

「大馬先生様、今日外出してもよろしいでしょうかっ!」

 

「お前は駄目だ。」

 

 そんなにメイド喫茶だかへ行きたかったのか、机に突っ伏す映助の後頭部を視界の端に収めながら、登山に必要な装備を考えて、メモ帳に書き出してゆく。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 放課後、そろそろ終了となる罰当番のトイレ掃除を済ますと、直ぐに陽向と共に特高を出て、前橋市の駅前に向かうバスに乗る。ふと横を向けば、陽向が随分嬉しそうにしている。

 

「宗次君は何を買うの?」

 

「軍手、帽子、ライト、救急セット、ナイフ、ライター、固形燃料だな。」

 

「凄い重装備ね。」

 

「遭難する可能性は、ないと言い切れないからな。平坂さんも軍手と帽子くらいは買っておいた方がいい。」

 

「うん、そうしておく。」

 

 陽向が素直に頷き返した__と思ったら何やら考えている様子を少し見せて。

 

「はぁ~……」

 

「?」

 

 どういう訳か溜息吐いた直後、彼女の体というより衣服から、スマホの着信音が響いてきた。

 

「心々杏からだ、どうしたの?」

 

 友人からの連絡に、軽く疑問を抱いた様子で電話を繋げた、その直後。

 

「__死ね。」

 

(「えっ!?」)

 

 何故か、急激に冷えた声色を発して、通話3秒も経たずに切ってしまった。

 

「今の、いいのか?」

 

「大丈夫、心々杏は後でちゃんと絞めておくから。」

 

 心配に清らかな笑みで答えられ、困惑しつつも探れなかった。 そうしていると、再び彼女の手に持つスマホから着信音が聞こえてくる。

 

「今度は神奈か、どうしたの?……買って来て欲しいのね。いいわよ、何て本?」

 

 どうやらお遣い頼みに来たらしいな、書店にも寄って__

 

ピッ。

 

(「なっ、今度は何も言わず!?」)

 

 陽向が突然電話を切ると、スマホの電源を落としてポケットの奥深くに仕舞う。

 

「大丈夫か?」

 

「平気よ、どんな世界に旅立っても、あの子は私の友達だから。」

 

 疲れた顔で笑う彼女の肩を、よく分からないが心配して叩いてあげた。

 

 そんな事をしている内に、バスが駅前に到着したので、降りて少し先のデパートまで歩く。最初に向かった先は、大概の物がワンコインで買える意外に便利なお店、久々に訪れることとなる百円ショップだ。

 

「凄いな、何でも揃っている。」

 

「宗次君、まさか百円ショップまで初めてとか言う?」

 

「いや、これで2回目だ。」

 

「う、うん……」

 

 確か中学1年生の頃だったか、珍しく爺ちゃん婆ちゃんと遠出して通りかかって来てたっけか、何てぼんやり思い出しながら、逸れない為か陽向が隣に引っ付いた状態で共に商品を探す。すると一通り廻ったところで__

 

「おや、奇遇だね。」

 

 声の掛かった方を向けば、笑顔の麗華先輩が其処に居た。

 

「麗華先輩、こんにちは。」

 

「…………」

 

「こんにちは、宗次君。それと子猫ちゃん、女の子がしちゃいけない、殺し屋みたいな目で睨むのは勘弁してくれないかな。」

 

 隣を向けば、何故か陽向が忌々しそうな顰めっ顔をしていた。一昨日もこんな感じだったが、これが虫の好かないというものだろうか……

 

「先輩も黒檜山に行く準備で?」

 

「うん、軍手と虫よけスプレーくらいは用意しておこうと思ってね。」

 

 ふと先輩の手元を見れば、その2点に加えて、分隊の仲間から頼まれたと思しきスナック菓子も、籠の中に大量に放り込まれていた。

 

「おやつは300円まででは?」

 

「いや、これは普段食べる分だと思うよ。」

 

 先輩がまた苦笑した、と思えば俺の隣に目線を向けて、口を開く。

 

「さて、お邪魔虫になる趣味はないから、この辺で失礼するよ」

 

「はぁ、そうですか」

 

「ほっ……」

 

 何か安心するようなことでもあったのか、陽向が息を吐いて胸を撫で下ろしていた。すると、背中を見せて立ち去ろうとしていた先輩が、数歩先で振り返り、満面の笑顔を向けて__

 

「ところで宗次君、今度ボクと一緒に夜明けのコーヒーを飲んでくれるかな?」

 

「さっさと帰れっ!」

 

 陽向が突然怒鳴ると、何が可笑しいのか先輩はクスクスと笑ってその場を後にする。

 俺は、コーヒーは特別好きでも嫌いでもなく、出されたら普通に飲む程度だが……

 

「麗華先輩はコーヒーが好きなのか?」

 

「うん、そう、でも絶対に付き合わなくていいよ。」

 

 ……先輩も音姫もそうだが、全く訳がわからない。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 その後は何事もなく百円ショップで小物の購入を済ませ、続いてアウトドア用品を扱っている店に向かおうとし__

 

「あら?空知君達も買い物に来てたのね。」

 

 向かいから歩いてきた京子先生と、ばったり出くわした。

 

「こんにちは。」

 

「京子先生も何か買い物ですか?」

 

「えぇ、礼服を新調しておこうと思ってね。」

 

「へー、何か良い事あったんですか?」

 

 とその瞬間、先生が急に虚ろな目をして、遠くを見詰めながら呟くのは。

 

「大学時代の友人がね、結婚するって……」

 

「「…………」」

 

 ……流石に、「京子先生は結婚しないんですか?」等と、俺も陽向も不躾な言葉を投げるつもりはない。

 

「……ごめんなさい、奢るから、ちょっと付き合って貰っていいかしら。」

 

「「……はい。」」

 

 暗い顔で誘われて、それを断れる程俺も陽向も非情にはなれない。

 

 というわけで、コーヒーショップに入った俺達3人なのだが。

 

「聡美の奴、「今時、男に養われる女なんてダサい」とか言ってたくせに、いきなり結婚するとかどういう事よっ!」

 

 残念ながら予想を違えず、先生は頼んだキャラメルマキアートを一気飲みしながら、盛大に愚痴ってくる。

 

「しかも、相手は10歳年上の実業家とか、養われる気満々じゃないのっ!」

 

「そ、そうですね。」

 

「…………」

 

 陽向が曖昧に相槌を打ちつつ抹茶クリームを飲む一方、俺はアイスコーヒーを飲みつつ、ただ無言で耳を傾ける。

 

「なにが「京子もそろそろイイ人を捕まえたら?」よっ!私だって結婚を考えた事はあるけど、出会いが無いんだ仕方ないでしょ!」

 

「は、はぁ……」

 

「周りは既婚者か、歳が離れたオジさんばかりだし、機密があるから下手に部外者と付き合えないし、もうどうしろって言うのよっ!」

 

「京子先生、もうちょっと抑えて……」

 

 周りの客から送られてくる、訝し気な視線にそろそろ耐え切れなくなったようで、陽向が恐る恐る注意してくれた。お陰で、先生は2杯目のキャラメルマキアートを飲み干して、ようやく普段の落ち着いた顔を取り戻す。

 

「ごめんなさいね。同僚や先輩に言ったら、余計に飛び火しそうだからって、生徒の貴方達に愚痴るなんて。」

 

「いえ、それで京子先生の気が晴れるのなら、何時でも言って下さい。」

 

「ふふっ、これじゃあ君と私、どちらが大人か分からないわね。」

 

 その気を見計らい、ストレスの緩和に少しでも役立ちたいと微笑めば、先生も嬉しそうに笑い返してくれて、親し気に話を続けてくる。

 

「愚痴のお詫びって訳でもないけど、何か質問とかして欲しい事はある?教師として問題のない範囲でなら何でもしてあげるけど。」

 

「そうですね……」

 

 折角の機会故、何を要望しようか顎に手を当てて考え込む。

 幻想兵器や幻子装甲の事は、前にもう聞いているし、一応周りに一般人が居る以上、あまり機密に関わる話もできない。

 そう考えながら、何気なく腕時計を見て、ふと思いつく。

 

「幻想変換器って、腕以外には着けられないんですか?」

 

「……えっ!?」

 

 直後、先生がまるで幽霊でも見たかのように、目を見開いて固まってしまった。

 

「すみません、拙い話でしたか?」

 

「い、いえ、大丈夫よ、人に聞かれたからって、どうなる話ではないし。」

 

 しまったと思い周囲を見合わしたが、先生こら慌てて手を振って否定され、何やら気持ちを落ち着ける様に、深呼吸してから訊ね返してくる。

 

「腕以外に着けたいって、その理由を教えて貰えるかしら。」

 

「右腕にだけ装備していると、重心がズレるので。」

 

 幻想変換器の重量は約500g、文庫本3冊程度とそこまで重くもない。唯、僅かながらも左右のバランスが崩れれば、刹那の差ではあるが体の動きが鈍り、真の一突きが遠くなってしまう。そうでなくとも、武器を振るう腕に余計な重りを負うのは、誰でも嫌なものだろう。

 

「確かに、片手だけ小手を着けているみたいで、ちょっと気持ち悪いよね。」

 

 元剣道部の陽向も、強い同意を示してくれた。

 幻想変換器とはこういう腕輪状の物だ、という先入観に囚われて、別の場所に装備しようという発想迄出てこず、せいぜい左腕にも同じ物を着けて、バランスを取ろうと考えた位だが。

 

「あと、幻想兵器を消す時に、常に両手が塞がるのも少し気になって。」

 

 右腕の変換器についたスイッチを、左手で3回押す。1秒程度で済む動作だが、戦場では致命的な隙になりかねない。蜻蛉切を1度捨てて身軽になり、距離を詰めて集中幻子拳で殴ってから、再び蜻蛉切を呼び出して突く、という動作を多用する身としては、どうしても邪魔になる。

 

「重心がズレないよう丹田の辺りにくる、ベルト状の物だと都合が良いのですが。__?」

 

 要望を告げた途端、先生がまたも驚きの目で見つめきたら、何かを懐かしむ様に、儚む様に寂しく笑い、答えたのは。

 

「……あるわ、ベルト状の幻想変換器。」

 

「既にあるんですか?」

 

「えぇ、君と同じように、片腕だけ重くなるのは嫌だからっていうのと、ベルト状の方がヒーローみたいで格好良いって言う子が居てね、試しに一つだけ開発を進めていたの。」

 

(「……“ヒーロー”、か。俺にはその手のテレビ番組も漫画も全く触れてきてないから、その人が何をモデルに提案したか分からないが……。」)

 

 ベルト状の変換器から聖剣を取り出し、逆光を纏って宙を舞いながら振り翳す()()を脳裏に描けば、至極様になっていて__

 

「「……宗次(空知)君??急にニヤけてどうしたの??」」

 

「__あっ、いや、何でもない。気にしないでくれ。」

 

 思わず顔に漏れてしまったらしく、誤魔化せば2人共納得したのか、顔の向きも話も戻してくれた。

 

「兎に角、それで折角だから、別の機能も追加しようかって話になった所で、色々あって完成前で放置されていたんだけどね。」

 

「それ、借りる事はできませんか?」

 

 思わず真剣な眼差しで身を乗り出すも、流石に申し訳なさそうに首を振られてしまう。

 

「ごめんね、私の一存では決められないわ。」

 

「そうですよね。」

 

 当然かと肩を落としつつも、納得する。 俺1人だけ、特別な幻想変換器を使うなんて依怙贔屓は、認められる筈がない。

 

(「……特別、扱いか。ではもしかしたら、エース隊史上最大の武功をあげた、奴ならば……」)

 

 今度は表情に表れぬよう意識しながら、夢想していると、誤解されたのか心配そうな顔と声を掛けられる。

 

「保証はできないけど、君に渡してもいいか聞いてみるわね。」

 

「えっ、いいんですか?」

 

「えぇ、埃を被ったままよりは、使われた方があの子も喜ぶと思うから。」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 予想外の返答を聞かされて、思わず感情を露わにして、身を乗り出して先生の手を両手で掴んだ。

 

(「__ん?先生の頬が赤くなっ、て……、いや待て拙いぞお__」)

 

「ごほんっ!」

 

 突然、隣から咳込む音がして、急遽手を離す。

 

「あっ、すみません。」

 

「いえ、いいのよ。」

 

 失礼な真似をされたというのに、寛容にも微笑み返してくれた先生が、奇妙な表情でその手を撫でていると、今度は陽向の方を向いた。

 

「平坂さんは何か聞きたいが事あるかしら?」

 

「そうですね。」

 

 他にも役立ちそうな発想や疑問が発せられるかもと期待しながら2人を見つめ、陽向が少し考え込んで、真顔になって__

 

「京子先生は何時になったら結婚するんですか?」

 

「貴方、結構イイ性格してたのね。」

 

 今度は京子先生と、異様に剣呑な雰囲気を発展してしまった。火花を散らす両者に対し、俺の出来る事など1つしかない。

 

「……お代わり、貰ってきます。」

 

 即ち、前回同様の戦略的撤退である。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 コーヒーショップでの胃が痛くなる遣り取りが終わり、京子先生と分かれた後、アウトドア用品店で買い物を済ませて、最後の目的地であるドラッグストアに来ていた。

 

「ついでだし、シャンプーとか買ってくるね。」

 

「あぁ、俺は薬品の所に居るから。」

 

 陽向が日用品の補充に、俺は救急セットを求め、其々の置き場に向かい離れる。そして、携帯に適した小型の救急セットを見つけ、レジに向かおうとしたその時__

 

「あっ。」

 

 驚いた声の先を見れば、英人の自称幼馴染(千影沢音姫)が其処に居た。 今日は珍しく1人のようで、英人も他のA組も傍にいなかったが、それでも人に見られては拙いと思ったらしく、素早く周囲に目を配り、そして遠くでシャンプーを吟味しているだろう陽向の方を向いた。その直後、何を思ったのか、月光の下だけでしか見せない、あの口の端を吊り上げた、性格の悪い笑みを浮かべた。

 

(「一体何を思いついた?」)

 

 嫌な予感がして身構えるも、音姫は意外にも俺から目を逸らし、近くの棚に手を伸ばした。そして、綺麗な箱を1つ取ると、歩み寄って来てそれを俺の手に押し付けた。

 

「はいこれ。」

 

「何のつもりだ?」

 

「この前はヅカ顔の味方をしたし、今度は猪娘を手伝わないと不公平でしょう?」

 

「何を言っている。」

 

「修羅場って、余所から見ている分にはとても愉快よね。」

 

 クスクスとまた性悪に笑うと、音姫は背を向けてサッサと立ち去ってしまう。

 

「彼奴だけは、本当に分からんな……」

 

「宗次君、どうかしたの?」

 

 1人困惑していると、背後から買い物を終えた陽向に声を掛けられた。

 

「いや、何でもない。」

 

 そう言って誤魔化したが、俺の手に握られている箱を見下ろして、陽向が首を傾げる。

 

「宗次君、マニキュア使うんだ。」

 

「えっ?」

 

 驚き、改めて箱を見るが、それは確かに爪化粧品であった。

 

「訓練が厳しいから、爪が割れると大変だもんね。」

 

「あっ、いや、これは……」

 

 陽向は何故か、不審がる事もなく受け入ているが、慌てて弁解する。男の癖に化粧をするなんて恥ずかしい事だから、何としても誤解を解きたいが、秘密多き音姫と接触した旨を説明するのも憚られる。悩んだ末に思いついた言い訳は__

 

「平坂さんに、プレゼントしようと思って。」

 

「えっ、私にっ!?」

 

 驚きながらも嬉しそうな顔をする陽向を見て、英人の件といい嘘や隠し事の多い自分を心苦しく思いつつも、それを呑み込んで改めて告げる。

 

「何時も助けられているから、そのお礼に。」

 

「そんな、助けられているのは私の方よっ!」

 

 ……嗚呼、確かに外部から見れば、結界や事実だけから判断すれば、そう過大評価されるのだろう。だが実際は違うのだと、ゆっくりと首を横に振り告げる。

 

「君や映助達が横に居てくれるから、俺は戦えるんだ。」

 

 ただ1人の槍使いとして、命の遣り取りに興じたい。 その想いに取り込まれ、戦を望む修羅に堕ちれば、必ず破滅が訪れる。

 そうならずに踏み留まっていられるのは、対等で在りたいライバルが、守りたい仲間が、帰りたい場所があるから。それを教えてくれたのは、勝利だけに固執して親友も皆も忘れていたあの時に助けを求めてくれた英人であり、殿の名目で馬鹿をやった時に駆け付けてくれた、陽向達なのだから。

 

「お礼に、受け取って欲しい。」

 

 微笑み重ねて告げると、陽向が頬を真っ赤に染め、そして英人とは違う意味で、去れど同様に眩しい位な、太陽の如く笑って__

 

「うん、ありがとうっ!」

 

「__っ、じゃあ、会計を済ませてくる。」

 

 瞬間、妙に照れ臭くなり、その感情を隠すようにレジへと向かい__しかし、そこで1つの事実を思い知る。

 

「お会計、12032円になります。」

 

「…………」

 

 あの性格が悪い少女は、俺の財布を考慮するどころか、積極的に打撃を与えてくる奴だという事を。

 





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