英雄《しゅやく》になれぬ筈の槍使いと英雄《しゅやく》に至りし太陽《くろまく》   作:MOGOLOVONIO

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 お待たせしました、宗次視点回です。
 今回は5月30日の夕方の時間帯が舞台ですが、中・後半は回想シーンが主になっており、その構成も①当日1限目終盤→現実→②昨日の放課後、との順番で描写致しますので、ご理解ください。



第32.5話 図書館と回想

 

  金曜の放課後、食堂で早めの夕食を済ませた俺は、寮に戻っていく皆と離れて、書物複数携えて構内2階へと上がってゆく。

 

(「今日は色々勉強だ。騎兵の運用について、イギリスについて、それから……」)

 

 と考えている内に、目当ての図書室へ着いたので、引戸を開けて入室する。

 

「すみません、此方返却願います。」

 

「了解しました。」

 

 カウンターへ本を置いた所で司書の顔を見ると……1週間近く前に会った覚えのある顔付き、「柳井」と記された名札が気になって。

 

「……?如何なされましたか?此方を見詰めて。」

 

「あ、いや済まない、最近、同姓の人間に助けられた事があって、それをふと思い出してしまったので。」

 

 すると今度は向こうから凝視され、首を捻ったと思えば。

 

「……嗚呼!もしかして空知さん、日曜に救助された隊員でしたか?」

 

「そうですが、それが何か?」

 

「私、柳井真白(やないましろ)と申しますが、実は兄が、空自の救難団所属でして。黒檜山に潜むピラーを見つけた勇士に出逢えたと大層喜んでおられましたよ。」

 

「それって、柳井一等空曹の事ですか?クラスメイトを「勇士」と評価して下さり、大変光栄です。」

 

「違いますよ、確かにもう1人のエース隊員についても褒めてましたけども、勇士は貴方の事ですよ?」

 

「……え?」

 

 __俺が、勇士?

 

「美しい槍捌きで見た事のないCEを粉砕したとか、そのもう1人の少女が生存や発見は貴方のお陰だと感謝していたとか、語ってくれたんです。」

 

「そ、それは違います、大袈裟ですよ。俺はそんな大した男じゃありません、生還は仲間が一緒に居てくれたからですし、CEを倒したのもご大層な動機のない勝手な判断でしたし、過大評価ですよ。」

 

「まぁ、それはつまり、私の兄が嘘吐きだとでも?」

 

「い、いえそんなつもりは……」

 

「でしたら、一先ず称賛を素直に受け取って下さい。和宏兄さんの、救難団の為にと思って。」

 

「……わ、分かり、ました。ありがとうございます。」

 

 納得できた訳ではないが、柳井空曹の為だと持ち出されては否定し辛い。これがこの場での落とし所なのだろう。

 

「……ふふっ、すみませんね揶揄う様な言い方で。貴方の態度が兄さん、いえ柳井和宏一等空曹に少々似ていたもので。」

 

「あ、いえ、お気になさらないでください。」

 

 そう言って、むず痒さと不甲斐無さを感じながら、俺は目的の書籍がある本棚へと向かってゆく。

 

 

 本を数冊取り出して、机の上に置いて1冊目を開き__

 

「あ!宗次殿!」

 

「……クロムウェルさんか、奇遇だな。」

 

 シャーロット・クロムウェル、彼女が横に近寄っていた。

 

「迷わず此処に来られたか?」

 

「Yes!お姉様に教えてもらったのです。」

 

「お姉様……嗚呼、神近生徒会長か。仲良くやっていけそうか?」

 

「はい!お姉様だけじゃなく、この学校のみんなが親切に接してくれて、嬉しいであります!本当に素敵なとこでありますね。」

 

「……そうだな。」

 

 それは同感だ。色々裏があるものの、槍術を活かす機会、勿体無い位の仲間や先輩、誰かを救えた経験、何より__

 

「……?どうして、見詰めてくるでありますか宗次郎?……ちょっと、恥ずかしいであります……」

 

「いや済まない。その、名前を呼ぶ際に「殿(どの)」と付けるのが珍しいと思ってな。」

 

「え?日本ではこれが普通だと学んでたでありますが……。確かに、みんな「殿」と付けずに呼び合っていたであります。失礼だっのでありますか?」

 

「いいや、俺は別に構わないし、皆も言及してこないなら不快に感じていない筈だ。まぁ、ひょっとしたら嫌がる人もいるかもしれないが、あまり気にしなくてもいいぞ。」

 

 そう言うと、自身の言動を省みる様に俯いていたクロムウェルが、顔をゆっくり上げて近付けてくる。

 

「……ほ、本当でありますか?」

 

「断言はできないが、相手が不快感を滲ませていたり気分を伝えてきたり、或いは状況に不相応でない限り、好きに呼称しても構わないだろうな。」

 

「あ、ありがとうございます宗次ど……、どう呼べばいいでありますか?」

 

「別に、俺はさっきも言った通り気にしないから、クロムウェルさんの好きにしてくれ。」

 

「……了解であります!これからも暫く、“宗次殿”、と呼ばせて頂くであります。……それと、私の呼び方について……」

 

「?……変えて欲しいのか?なら遠慮せず教えてくれ。」

 

「で、では、“シャロ”、と呼んでもらいたいであります!」

 

「嗚呼、分かった。そう言えば、クラスだと俺だけ苗字にさん付けで読んでたな。今後とも宜しく、シャロ。」

 

「こちらこそ、よろしくであります、宗次殿。」

 

 と、互いの呼称が定まった辺りでふと2ヶ月前のあの日が過ぎる。

 

(「それにしても、やはり入学日の夕方を思い出すな。「空知殿」と呼ばれていたのが懐かしい。」)

 

 最初は「空知殿」と、俺が出した幻想兵器の銘に関する尋ね方含めてやけに古風で堅苦しく、然し発言者が発言者故至極様になっていた。

 次に、俺の技を喰らって倒れて、其処から再起した時、雄々しい笑顔で叫んだ宣言では、「空知宗次」と呼んでくれて、あの感激や闘志に危機感は生まれて初めてだった。

 それから直ぐ、発動されたエクスカリバーの特殊能力たる光線を前に、俺が愚かにも観客の誰1人として、村の外で初めてできた親友さえ気にせず__

 

「……宗次殿?黙り込んでいたと思えば顔を強張らせて、どうしたのでありますか?」

 

「……嗚呼、済まない。以前誰かにクロムウェルさん、いや、シャロと同じ呼び方をされていたのを思い出したんだ。尤も、その人がシャロの好きだというアニメを観ていたのかは知らないが。」

 

 そう伝えれば、彼女は安堵した様に微笑を浮かべた。

 

「なら良かったであります。ところで、宗次殿は何を読んで……、Birmingham?もしかして、私の出身地についてでありますか?」

 

「嗚呼、シャロの国イギリスに関してよく分かっていないから、自分で調べてみようと思ってな。」

 

「では、この私が宗次殿に教えるであります!」

 

 自慢げに胸を張ったシャロに対し、俺は首を横に振る。

 

「いや、申し出はとても有難いけども、先ずは俺なりに予習しておきたいんだ。そういえば、シャロはもうクラスの皆に話したか?」

 

「いえ、今夜ロビーで語る予定であります。」

 

「そうか、早くもクラスに馴染めたらしく良かった。それはそうと、シャロの方は何しに此処へ来たんだ?」

 

「日本の図書館がどんな場所か、見に来たであります!序でに、騎馬戦の勉強する本や、何かアニメかマンガの本があればとも思ったのでありますが、宗次殿はご存知でありますか?」

 

「いや、馬についてはまだ探し始めた所だから答えられないな。ただ、アニメや漫画本は流石に無いと思うぞ。此処特高は自衛隊の施設__まぁ、自衛隊の基地を見学した事はないから、その観点から有無を判断するのはできないが、学校でもある以上、精々業界への就職関連か、技術や歴史の分析・解説位だろうな。少なくとも学習漫画以外の分類がそのまま置いてある筈がないか。」

 

「えっ、それは……残念で、あります……」

 

 シャロが、寂しそうに落ち込んでしまった。拙いな、流石にフォローしておくべきだ。

 

「大丈夫さ、確実に且つ直ちに通る訳じゃないが、大河原先生に外出許可を申請して認められたら、街に出て自分の欲しい本も買えるさ。」

 

「そ、それなら良かったであります。でばその時、よければ__」

 

「ありますよ。漫画も、アニメのノベライズも。」

 

「「__えっ??」」

 

 突然横から投げかけられて、シャロ共々カウンターの方へ振り向けば、柳生司書が此方のテーブルの傍へ来ていた。

 

「ほ、ホントにあるのでありますか⁉︎」

 

「えぇ、あの辺り、○○番の棚にね。とはいえ何でも揃ってはいないから、もし無ければ要望として司書の下へ届けてね。」

 

「はい!」

 

「……あるのですか?教育に役立つ様なタイプ以外も?」

 

「えぇ、学校なら普通に置いてある筈よ?先週甥が来た時には、学校の図書室で借りた漫画とライトノベル持ってきてたのよ。」

 

「……意外だ。」

 

 元々興味を持っていない俺だが、小学校だけでなく中学校も、それに村の図書館にも、その手の書籍は見かけた事がなかった。やはり都会は違うという事だろうか。

 

「それと、2人共、もうちょっと静かにして下さいね。」

 

「「あ、……はい。(Yes, sir.)」」

 

 と注意して、柳生司書はカウンターへと戻って行った。俺は、シャロと顔を見合わせて、思わず苦笑し合う。

 

「ごめん、シャロ。騒いでしまって。」

 

「謝るのは、先に話し掛けた私の方であります。……あ、もし良かったら、宗次殿も一緒にその棚へ来てもらえないでありますか?」

 

「構わないぞ。」

 

 という訳で、○○番の棚へ向かえば、成程確かに。

 

「おぉ、マンガだけでなく、アニメみたいなイラストの表紙の小説も揃っているでありますな。友達がこんな本を、「ラノベ」と呼んで持っていたのであります。」

 

「……初めて見たな。クラスメイトが聞いた事のないジャンルの小説について話していたが、これだったのか。」

 

 特高に来てから初めて知った「ラノベ」について、シャロもそれなりに詳しそうだと感じつつ眺めていたら。

 

「あ、これ、委員長お気に入りの本であります。」

 

「どれどれ……」

 

 彼女が手に取って俺へ見せてくれたのは、アニメ調で幼く可愛らしい感じに描かれた女の子が載ってある、“ラノベ”であった。

 

「……初版2025年1月、ピラー出現の2ヶ月前に刊行された本か。」

 

「委員長が絶賛していたであります。ただ、その時みんなの顔が変な風になって委員長を睨んでたでありますが。」

 

「そうなのか。もっと評価されててもおかしくない男なんだが。」

 

「朝はちょっと悪いことしたであります……」

 

 俺もシャロも、今日の2限目の頃を思い出す。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 その時は、普段よりも早めに授業が切り上げられて、大河原先生からエース隊としての話をされた。

 

「次の時間はまた3年A組に協力して貰い、分隊での戦闘訓練を行う。だがその前に、クロムウェルの所属する分隊を決めようと__」

 

「「「はいはいはいっ!!!」」」

 

 その途中で、男子の大多数が一斉に手を挙げて叫んできて、先生が頭を抱えるながらも話を続けた。

 

「うちのクラスは丁度12名ずつの3個分隊だったからな、どこに入っても構わんのだが……」

 

「Sir!それなら、宗次殿の隊がよいでありますっ!」

 

 当のシャロはというと、席を立って俺の元まで走り寄ってきた。

 

「宗次殿、いえ宗次隊長殿のお傍で、忍術を学びたいでありますよ!」

 

 シャロが正面近くでむふーっと鼻息を荒くしていたが、俺としては困惑する他なかった。

 

「クロムウェルさん、1つ言っておきたいのだが。」

 

「何でありますか?」

 

「俺は分隊長じゃないんだが。」

 

「「「えっ!?」」」

 

 そう告げた途端、転入したばかり且つ俺の印象が最も鮮明になった故に分隊長だと決めつけていたであろうシャロは兎も角、何故か32分隊の、優太以外の10人全員からも驚きの声が上がった。

 

「宗次君が隊長じゃなかったの?」

 

「ワテはってきり、兄弟が隊長やと……」

 

「ち、違うんですか……?」

 

(「……まさか、誰も彼もが優太でなく俺如きを分隊長だと思い込んでいたというのか……⁉︎」)

 

 一様に困惑の表情を向けられて驚きながら、本当の第32分隊の分隊長も務めている、我等がクラス委員長を指差した。

 

「分隊長は俺じゃない、優太だ。」

 

「みんな、酷すぎる……」

 

 その彼は、余程存在を忘れられていたのがショックだったらしく、さめざめと涙を流していた。

 

「そういえば、隊長になりたいとか言ってましたね~」

 

「でも正直、宗次さんに比べると頼りないですよね。」

 

「同感やけど、それ言うたらあかんて。」

 

 あまりに可哀想な位の言われよう、分隊全員からの印象がこうも薄かったとは……

 

「俺だって、先生からのプリントを配ったり、寮の玄関掃除をしたり頑張っているのに……」

 

「全くだ、俺なんかより遥かに分隊長として相応しい男だぞ。皆少しは敬ったらどうだ?」

 

「「「__えっ???」」」

 

 俺がそう発した途端、優太も仲間達も驚いていた。

 

「日頃のこまめな気遣い、生活環境や授業遂行への貢献、たとえ簡単でも目立たずとも、皆が気にならない程日常的にコツコツ励んでいるんだ。唯戦いが強いだけの、何度も命令違反や独断行動を繰り返してきた、兵士としては落第な俺が、優太の代わりなんか務まるものか。平時ではクラス委員長らしく先生を助け同級生を引き締め、戦時では常に忠実に役目を果たす、そんな彼こそが、この第32分隊の分隊長に適任だと、俺は主張するがどう思う?クロムウェルさん。」

 

 当時部外者だった彼女へ話を振れば、感銘を受けたかの様な表情で、俺の意見に賛同してくれた。

 

「す、凄いのでありますね!分隊長殿はunsung hero*1なのでありますか!」

 

「嗚呼、弓月分隊長は俺より敬われて然るべき人間だ。」

 

「ち、ちょっと止してくれ2人とも、特に宗次君!」

 

「……え?」

 

 シャロに力説していたら、まさか当の本人に制止を言われ、驚いてしまった。

 

「……言われてみれば、そうだよな。」

 

「確かに、委員長だというのに、今まで軽んじ過ぎてました……」

 

「ごめんよ弓月、お前のこと忘れてて。」

 

「僕も、ずっとすみません、弓月分隊長。」

 

「い、いや、みんなありがとう。うん、覚えてくれたらそれで十分だからさ。」

 

 漸く弓月分隊長の立場と美徳を理解してくれたのか、皆が彼に頭を下げた。一方の彼は、照れ臭そうに一歩下がり困ったような嬉しいような笑顔を浮かべながら、視線が隅の心々杏に移っていたが、すると。

 

「……でも、正直ロリコンのリーダーはね〜」

 

「うぅっ⁉︎」

 

「風呂でのアレコレ*2、今も忘れちゃいないんですよ〜」

 

「ぐ、ぐぅっ⁉︎そ、それは……」

 

 優太から救援を目線で求められたが……あの前科には、流石にどうしようもなくて、擁護できなかった。

 

「………」

 

「じぃ〜……」

 

「あ、あの時は本当に、ごめん……」

 

 心々杏に睨み付けられた優太が、彼女へ頭を下げていた一方で。

 

「ロリ、コン……?」

 

「せやで、シャロちゃん。委員長はな……」

 

「ストップ、こんな所で変な事シャロちゃんに吹き込まないでよ。」

 

「たとえライバル候補でも純真さを守ろうとする陽向お姉様、素敵です……!」

 

 と、シャロ達が何やら盛り上がっており、また神奈と春香*3はというと。

 

「こ、これは……!幼女趣味の爽やか分隊長な優太君と、宗次君の組み合わせ……新発見で……ぐふふっ。」

 

「神奈ちゃんもここでそういう事言わないの。」

 

 片や例の気味が悪い反応を発露させ、片や呆れた様子で抑えていたのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「……まぁ、お陰で弓月分隊長の立場と評価が確り認識されたから、ある意味俺としては助かったが。下手すれば、秋を迎える頃迄勘違いが続いていたかもしれないと危惧したものだ。」

 

「そう言ってくれると、少し気が楽になったであります。」

 

 本棚から、あの敬礼の元となる作品を探しているシャロへ、午前の出来事という話から思った、気掛かりな点を再確認する。

 

「シャロ、改めて問うが、本当に実際の戦場に立って、生命の危険を理解した上でCEと戦う覚悟なんだろうな。数週間前に先輩が1人、新型のCEに撃たれて昏睡状態にある。2年前には麗華先輩や神近生徒会長と同学年だった隊員が3人倒れた。」

 

「………」

 

「君は英国から来た身だ。もしかしたら、特高へ要望を伝えれば、最前線に出させないでいてくれるかもしれない。安全に幻想兵器使いの戦い方や種類を学び、生きて故郷へ、家族や友人の下へ帰って母国を脅かすピラーに対抗するなら、そうするのが最善だ。今からでも、決断を変えて頼みに行くか?」

 

「………」

 

 沈黙が十数秒、そうしてシャロが口を開けば。

 

「宗次殿、気遣ってくれて、本当に感謝するであります。でも、サムライに二言は無いと言うように、先生に告げた私の決意も揺るぎないであります。」

 

 覚悟を示すように見せられた敬礼は、隙も弛みも窺えぬ程整っていた。

 

「死ぬのも、家族や友達と会えなくなるのも恐いでありますが、それでもこの特高にいるみんなと共に生命を賭けずに、独りだけ安全に守られる訳にはいかないであります。ノブレスオブリージュ、歴史あるクロムウェル家に生まれて、グルファクシスに選ばれて、国を背負って憧れのニッポンにやって来れたのなら、そんな選択取るなんてできないであります。」

 

「……そうか。」

 

 確固たる勇気と責任感を感じ取った俺は、彼女へと一歩近づき、両手を掴む。

 

「__っえっ⁉︎」

 

「愚問だったな、非礼を詫びる。シャロ、これからも共に、弓月分隊長の下第32分隊として、そしてCEから人々を護るべくエース隊として励んでいこう。」

 

(「だから英人、此方の事は安心してくれ。彼女が撃たれて日本が英国から非難されぬよう守ってみせるし、日本に害を為す行動へ及ぼうものなら止めてみせる。」)

 

 そう決意を固めていると……なんと、正面のシャロの顔が赤くなり身体も震え出していた⁉︎

 

「__ッッ〜〜〜‼︎イ、yes, sir!」

 

「だ、大丈夫か?保健室にでも連れて行こうか?」

 

「も、問題無いであります!」

 

「そ、そうか。ならいいんだが。国や家族に友達と離れて、他国の特高という特殊な環境で暮らし始めたばかりだし、体調や気分に少しでも異変を感じたら、俺にでも付近の誰かにでも相談しておくようにな。」

 

「Yes, sir!」

 

(「……まぁ、陽向さんも麗華先輩も時折こんな状態になるが、俺が把握している限りで体調を崩した事はないしな。」

 

 忙しなく顔を横に振る彼女を前に、一先ず不安を落ち着かせる。

 

「……ムゥ、無いでありますな。」

 

「目当てのアニメに関する本がか?なら申請してみよう。」

 

「そうでありますね。でもそれは明日にするであります。」

 

「そうか、この後クラスの皆とアニメ鑑賞会があるんだったな。まぁ、分からない事があれば司書の方に聞けば教えてくれるさ。」

 

 と、○○番の本棚から離れた直後に。

 

「……そういえば。」

 

「?」

 

「昨夜の、ハレンチなクノイチも此処には来るのでありますか?」

 

「……さぁな。4月序盤辺りから、この図書室を利用しているが、見掛けはしないな。」

 

 シャロからの質問で、その時の出来事が思い出された。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 昨夜、午後の授業が終わり夕食を皆早めに済ませてから一度、シャロと共に12番棟へ戻ったのだが、彼女をクラスメイト達がアニメ鑑賞会へ誘い、彼女も乗り気な様子で応じていた。

 そんな皆を尻目に、一旦自室に戻って木の槍を取って、日課の為校舎裏に向かい、練るような突きの練習を、その日も普段同様に約1時間繰り返し、そこで動きを止めて休憩していた。

 

(「……むぅ、後もう少しなんだが……」)

 

 千の稽古より一の実戦という事か、命懸けの戦いを幾度も切り抜けた事で、田舎で祖父と槍を交えていた時とは違う、何かが掴めそうな感覚があった。

 然し、そこに到達するためにこそ、万の訓練が欠かせない。

 石ころを積んで天を目指すような愚行を成し遂げてこそ、『(から)』へと至る奥義が開けるのだから。

 そんな事を考えて、思考を止めて鍛錬を再開しようとした時だった。

 

「………」

 

「はわわっ!?」

 

 急に後方から視線を感じたので振り返ってみれば、慌てて校舎の影に隠れた金髪が視界に一瞬映った。

 

「クロムウェルさん、あまり見られると気が散るのだが。」

 

「うぅ、申し訳ないであります……」

 

 声を掛ければ、シャロが大人しく姿を現し謝罪してきた。

 

「ニンジャの極秘訓練をどうしても見たかったのであります。決して口外しないので、セプクだけは勘弁して欲しいであります……」

 

「別に忍者でも秘密でもないのだが。」

 

 外国人から見ると自分はそんなに怪しく見えるのだろうか、そう思い首を傾げつつ否定したら、シャロがパッと顔を輝かせていた。

 

「では、見ていて良いでありますかっ!」

 

「いや、気が散るから__」

 

「修行が足りない証拠じゃないかしら?」

 

 またもいきなり背後から放たれた声に、振り向くことなく後ろに突きを繰り出してみれば、音姫が軽やかに飛んで避けていた。

 

「こうして、また簡単に背中を取られた所とかね。」

 

「そうだな。」

 

 三日月のように口元を吊り上げて笑っている彼女に向けて素直に頷き返せば。

 

「あら、怒らないのね?」

 

「事実だしな。それに、殺気があれば当てている。」

 

「ふふっ、怖い怖い。」

 

 音姫から茶化すように笑われたが、その瞳に嘲りの色は見られなかった。

 彼女が俺の背後を取れたのは、害そうという敵意が無かったからであるし、俺の攻撃は彼女なら避けられるとある意味信頼した上での挨拶代わりだと分かっているだろうから。

 そこでふと横を見れば、シャロが呆気に取られており、やがて口を開けば。

 

「凄い、貴方もニンジャでありますかっ!」

 

「女の場合、忍者じゃなくてクノイチが正解ね。」

 

「おぉ、ジャパニーズ・クノイチっ!ゲイシャ・サムライでありますな!」

 

「……この子、頭大丈夫なの?」

 

 俺との試合後時同様に、キラキラと目を輝かせて迫っていたシャロには、流石の音姫も鼻白んで頬を引きつらせており、その珍しい光景に、思わず吹き出してしまった。

 

「ははっ、お前もそんな顔をするんだな。」

 

「貴方の笑い顔の方が、ずっとレアじゃないかしら?」

 

「お前以外の前では、普通に笑っていると思うが。」

 

「……何かムカつくわね。」

 

 普段の嫌らしい笑みを引っ込め、眉をひそめるその表情も珍しかったのでまた笑っていたら。

 

「……むぅ~」

 

 シャロが何故か、唸りながら俺の腕を引っ張り、それを見た音姫が、普段の笑みに戻ってシャロを見詰め、話し掛けてきた。

 

「それで、イギリスは好色な英雄を諦めて、唐変木をスカウトしに来たのかしら?」

 

「スカウト……何の事でありますか?」

 

 惚けているのか本心なのか、首を傾げたシャロに、音姫が変わらぬ笑みを向けたまま今度は俺の方を指でさした、と思えば。

 

「だから、そこの空知宗次君を猪娘から寝取る気なのかしら、と聞いているの。」

 

「ね、寝取っ!?」

 

「貴方、どこかのまな板と違ってスタイルも良いし、揉ませてあげたら彼も喜ぶと思うわ。」

 

「な、ななな何て事を言うでありますかっ!」

 

 ……まさか、俺を、そんな形で話題の中心に据えられるとは思いもよらず、シャロも驚きながら、顔を真っ赤にして声を張り上げてきた、が。

 

「結婚前のヤマトナデシコが、そんな事を言っては駄目でありますっ!」

 

「別にカマトトぶらなくてもいいのに。英国って十代の妊娠率が凄く高いし、貴方も故郷じゃ男をとっかえひっかえ遊んでき口でしょう?」

 

「失敬な、私はちゃんと神様の教えを守って、結婚まで清い体を守っているでありますっ!」

 

 ……内容は兎も角、売り言葉に買い言葉と叫び返してきたシャロを見て、音姫が作り物めいた笑顔ではなく、本気で愉快そうに腹を抱え出した。

 

「あはははっ!そんな力いっぱい処女だと宣言されたら、流石の唐変木も困るじゃないの。」

 

「あっ……」

 

「………」

 

 ……色々気不味くなってきた中で、隣から視線を向けられて、何も言えずただ眼を逸らした、直後。

 

「い、いやあぁぁぁ―――っ!!」

 

 シャロが赤面した状態で、悲鳴を上げながら校舎の影へと逃げ去り、すると10秒と経たず戻って来て、音姫を睨んで罵声を浴びせた。

 

「貴方なんかヘソを雷神トールに盗られればいいでありますっ!」

 

 そう言い捨てると、今度こそ12番寮棟の方に駆け去っていった。

 

「あははっ!それを言うなら「ヘソ噛んで死ね」でしょうが!」

 

 また腹を抱えて笑った音姫を見て、溜息1つ吐いて尋ねた。

 

「それで、クロムウェルさんの何を探りに来た?」

 

「あら、気付いてたんだ。」

 

 音姫が普段の不気味な笑顔に戻りつつ、俺の指摘を素直に認めた。

 

「英雄狙いの色欲丸出し3人娘と違って、あの子とイギリスの狙いが分からなかったから、少し鎌をかけに来ただけよ。」

 

「そうか。」

 

 暗に、俺の見立て通り転校生が外国からのスパイで、自分はそれを探る立場に居る、日本政府側の工作員だと告げてきた音姫。彼女を前に思案していると、更に詰め寄ってきた。

 

「知りたいのなら、教えてあげてもいいけど?」

 

「何をだ?」

 

「全部。」

 

 言い切ったその瞳は、見た事も無い真剣な光が宿っていた。俺が望むならば、彼女は言葉通り知る限りの全てを話すだろうと思わせてくる程の。

 

 然し、矢張りタダでとはいかず。

 

「貴方がこちら側に来るならね。」

 

 そう言って、音姫は右手を差し出した。

 

「………」

 

 __それは、エース隊員としての分岐点であったのだろう。

 もし彼女の手を取れば、俺はあの日の晩から特高の裏側に、人類対CEの絶滅闘争の闇に身を置く事になった筈だ。

 その闇とは即ち、英雄(英人)が雄々しく煌めいて誰かを救っている一方で、誰にも気付かれずに深く長く浸かり背負ってきた、どす黒く腐臭を放つ様な世界であると想像できて。

 

「どこかのギリギリ20代も、喜んでくれると思うけど?」

 

「………」

 

 差し出された白い手を、あの時無言でじっと見詰めながら、思考が渦巻いていたのは今でも覚えている。

 

 __入学前の俺だったら、音姫や京子先生を特別気に掛けてでもいない限り、確実に断っていた案件だ。

 幼い頃から磨き上げつつも、師匠でもある祖父から常々否定されてきた空壱流槍術の本懐を果たす傍ら、強敵との戦いを味わう為。その面は間違いなくあるが、それ以上に。

 

(「俺は、皆を守りたくてここに来た、余計な物を背負うと穂先が鈍る。……そう、応えただろうな。」)

 

 祖父母や隣近所の人々という、故郷の親しい人達。特高にて出逢い過ごしてきたクラスメイトや先生方に先輩方。街で出会ったラーメン屋の店主と娘、谷底まで助けに来てくれた柳井一等空尉達救助隊。

 そんな人々を守りたいと、そのために槍を振るいたいと願う以上、彼女の手を取った先にある闇を抱えるのは、手を鈍らせ守りたい者を取り零す羽目になる。だから、音姫達の下へ行きエース隊の裏を共に背負う選択は取れない__と、辞退していただろうが、然し。

 

(「……今は違う、そんな思いは理由にならない。何故なら、()()()()()()()()であるが故、だろう?。」)

 

 世の闇迄抱え込めば、身近な人達を守れなくなる?ならば腕を無理矢理にでも伸ばして、取り零さず支え切れる様努力と工夫を重ねれば済む話だ。

 故郷の皆やクラスメイト達が大切だから?音姫や、同じく裏に携わっている筈の京子先生達特高教職員だって、唯暗部や責務を任せっ放しにできる程どうでもよい人達じゃない。しかもその裏が、日本や人類の勝利に関係してくるなら尚更助けになって、身近な人達への安寧を確保しておくべきだ。

 よって、決意を固めさえすれば、この提案は難しくない話であり__何より。

 

(「この先に行けば、英人の事を、英人の為に……!」)

 

 知りたい。英人が如何なる秘密を抱え、日本の勝利の展望を描いているか。

 支えたい。英人の偉業を、挑戦を、重責を、勝利の果ての理想を。

 

 故に、彼女からの誘惑は、大変甘美な響きを宿し、きっと少しでも気が緩めば、自然と足が進んで右手が上がってしまっただろう。

 

「………」

 

 __嗚呼、けれど。

 

「済まない、やめておく。」

 

 あの選択で良かったのだ。音姫の手を取るのに、ライバルを理由にしてはいけない。

 

「何故?」

 

「如何なる大言壮語だろうが、何度でも宣い、実現させようとも。何故なら己は決めているのだよ、如何なる障害を踏破し、難業を達成し、勝利を掴み取ると。そう決めたからこそ成し遂げる、決意しているが故決断を信じられる。心一つで為せば成ると信じ抜く限り、己に不可能など存在せんのだ。」

 

「それは__」

 

「俺は__お前の隠し事を問い詰めない。その代わり、元々望んでいた方の勝利を果たした暁には……俺と闘え。」

 

「……言えない。」

 

 何よりも大切な、約束だから。

 

「えっ?言えないって、断った理由?どうしてなの?」

 

 __あの日の保健室、2人っきりな黄昏時に、尊敬する英雄へ、大義と使命と期待を背負う秘密の多い彼奴へと、俺の方から言い出した事だから。

 

「……済まない、それは話せない。」

 

 そんな秘め事、誰にも漏らせやしない。自ら課すと誓ったその禁忌を、俺が勝手に破ってしまえば、その時点で英人に迷惑が掛かる。

 __英人の影を詮索した瞬間から、俺は英雄のライバルとは名乗れなくなってしまうから。

 

「……悪いな、折角誘ってくれたのに、理由も明かせず断ってしまって。」

 

「……そう、残念ね。まぁいいわ、内緒話なんて、私も一杯持ってんだし、気にしないで。」

 

 音姫は、乾いた無表情になり、右手を降ろした。がっかりさせたかなと感じ、代案、になるかは怪しいが、微力だとしても支えてやりたいので提案する。

 

「ありがとう。その代わり、と言っては何だが……、何時でもこんな風に、相談や愚痴には乗るぞ。以前、俺の事を「都合の良い井戸だ」と言っていただろう。今後も、王様にロバの耳が生えているなんて誰にも言わないから、困り事悩み事を抱えたら気軽に話し掛けて、ストレス発散してほしい。それに、内容にもよるが、頼んでくれたらできる限り応じてみせる。」

 

「……へぇ。」

 

 すると音姫は普段の、いや普段以上に意地悪そうな笑みを浮かべてきた。

 

「なら、貴方があのヴァージン娘を監視してくれるか、いっそ誑し込んで英国を裏切らせてくれない?そしたら、私の仕事が減って助かるのだけど。」

 

「任された。尽力しよう。」

 

「でしょうね、あ………、は?」

 

 元々、シャロは警戒対象だった。所謂ハニートラップは掛けるのも掛かるのも未経験など素人で、ジゴロなんて存在には程遠い身故、誑し込める保証など微塵もないのだが、そこは()()()()()だ。努力して何とか達成してみせる。

 それに、もし英国からの転入生を日本の有利に動かせたら、英人の助けにもなるだろう。仮に、グルファクシスの強さの秘訣が彼女の変換器、金色の腕輪に備わっており、黒色の日本産より高性能だとすれば、ひょっとしたら上手くいけばその秘密を掴める可能性だってあるのだ……、と考えて承諾した、つもりだったのだが。

 

「取り敢えず、クロムウェルさんにもクラスメイトにも疑われずに親交を深めつつ、逆に取り込まれないよう注意すればいい、ってところか。……流石に浅過ぎたか?何かアドバイスでも頂きたいのだが。」

「………」

 

「?どうしたんだ、変な顔で黙り込んで。」

 

「……いえ、何でもないわ。それより、彼女への誘惑はしなくていいわよ。素人が下手な真似して失敗されたら困るもの。」

 

「それは確かに最もだが、大丈夫なのか?」

 

「ええ大丈夫よヴァージン娘へのハニートラップなんて必要ないわだからお節介でそんな事しないでちょうだい。」

 

「わ、分かった、言う通りにする。」

 

 冗談半分で口にしただけ、との予想も一応あったので拒まれたのは構わないが、それにしてもあの時はいつに無く早口だった。

 それから音姫は、安心した様に息を吐き、此方へ背を向けて忠告を1つ残してきたが、その内容はというと。

 

「あの子に裏はないわ。けれど、あの子の裏には何者かが居る。注意だけはしておいた方がいいわよ。」

 

「覚えておく。」

 

 感謝を込めて頷けば、彼女が無言で姿を消した。

 

「クロムウェルさん自身に裏はない、か……。まぁ、鵜呑みにせず今後も自然体で接しながら見張っておこう。」

 

 今後の付き合い方を決めて、ふと夜空を見上げれば、屋上で麗華先輩と共に見た時より感動は劣るし故郷よりは少ないが、瞬く星々に視界を埋め尽くされており__

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「……どうしたのでありますか、宗次殿?」

 

「……あ、いや済まない。彼女は一体何なんだろうと思ってな。そうだ、悪いが彼処で出会った事も、俺が何度か彼女と会話した事も、誰にも内緒にしてくれないか?恥ずかしがり屋なのか、どうも他人には知られたくないらしいから。」

 

「分かったであります。」

 

 そうして俺とシャロは、他の棚で其々目当ての本を見つけ出し取って、柳井司書の下へ行き貸出手続きを済ませて退室し、一旦本を抱えて2人で出た。それからロビーで別れ、彼女がクラスメイトとアニメ鑑賞に向かった一方で、俺は日課の鍛錬へ赴くべく、木の槍を携え校舎裏へ走ってゆく。

 

(「……嗚呼然し、あんな心残りが俺にあったとはな。」)

 

 先程の会話や、今から向かう場所の為か、どうしても思い起こしてしまうのだ。

 

(「「クロムウェルさんとなら、仲良くなれそうだったのにな……」、か。まさかそんな独り言が漏れ出ようとは。」)

 

 何故か内心、何様のつもりで侮蔑しておきながら英雄への恋に狂った少女を演じて他クラスの大勢からの憎しみを一身に集め、月の下でも露悪的な笑みしか浮かべない彼女の姿が、脚の動く今も脳裏に浮かんでくる。

 

(「音姫も、普通の友達を作って、普通の少女のように笑えばいいのに。」)

 

 そう告げればどうせ、またチャシャ猫のように嫌らしく笑って拒否するのだろうが。

 

 

 

 

*1
「縁の下の力持ち」の英語版だ。

*2
入学2日目の晩、映助達が女子風呂を覗こうとした際、優太は初め反対していたものの、やがて年齢より幼い体付きの心々杏がタイプだと告白し、共に覗こうとして発覚、お仕置きされた。

*3
フルネームは長谷川春香(はせがわはるか)、第32分隊所属のクラスメイトで、幻想兵器はフランスで11世紀頃成立したという叙事詩『ローランの歌』にて、主役ローランの仲間オリヴィエが扱っていた、鍔が金で柄が水晶で飾られていたという剣〈オートクレール〉。





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