英雄《しゅやく》になれぬ筈の槍使いと英雄《しゅやく》に至りし太陽《くろまく》   作:MOGOLOVONIO

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 今回は、原作主人公光堕ち展開になり始めてから構想し、描写できるのが待ち遠しく思っていた場面その1です。当然その分、キャラ崩壊も激しくなりますので、ご了承下さい。
 また、特殊タグやフォントも用いておりますので、その辺りもご理解ください。

 因みに、第29.5話上の終盤である、陽向視点の話を思い出すと良いかもしれません。



第34.5話中 只人の応手と亡者の魔手

 

 

  漸くあの地下の研究室から解放され、普段の腕輪型のみ装着した状態で、俺は校庭に戻った。

 

 見た所、どうやらクラスの皆はランニングを終えており、恐らく休憩を挟んでから、今は2人組になって練習試合をしている様子らしい。

 

「先生、遅れてすみません。」

 

「戻ったか、まずは体を温めてこい。」

 

 大河原先生に声を掛けて、ランニングを開始し__

 

「わわっ、ちょっとタンマです~っ!」

 

ブゥーッ!

 

(「__何だ?」)

 

 3周目に入った時点で、心々杏の悲鳴と変換器のアラーム音が聞こえてきたので、驚いて足を止めてしまった。

 

「痛たた~、ちょっとやり過ぎですよ~」

 

 音の方角に目を遣れば、心々杏が吹き飛ばされたのか尻餅をついていた。

 

 彼女の正面の方へ視線を移すと、相手は陽向であった……が、幻想兵器〈村雨〉が消えても構えを解かず、鬼気迫る空気を放ち続ける姿は初めて見る。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 表情に注目すれば、鋭く険しい感じの眼差しを心々杏の方に向けながらも、その瞳はもっと遠くの何かを追うように、何処か虚ろで脆く思われる……なんてのは、考え過ぎだろうか。

 

 そんな彼女らしからぬ様子に困惑しつつ、一先ず倒れた心々杏に駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

 

「遅いですよ宗次ちゃん~っ!」

 

 心々杏が、漸く助けが来たと言わんばかりに縋り付いてきた、と思えば耳元に近付いて。

 

「陽向ちゃん、2日前からちょっと様子がおかしいんですよ~」

 

 そう告げながら、グラウンドの端を指差した。すると其処には、陽向に倒されたと思しき映助や剛史達が、疲れ切った顔で座り込んでいた。

 

(「本当にどうしたんだ?」)

 

 普段は俺と一緒に皆の先生役となり、厳しくも親切に剣術を教えている彼女らしくない。

 

 訝しんで首を傾げていたら、当人が刺々しい空気を背負ったまま歩み寄ってくる。

 

「宗次君、私と勝負して。」

 

「……分かった。」

 

 思い詰めた様な鋭い視線を受け止めて、静かに頷き返した。

 

「大河原先生。」

 

「分かった、今設定する。」

 

 先生も陽向の異変には気づいていたらしく、直ぐに手元のタブレットPCを操作してくれた。

 

「いいぞ。」

 

「はい、武装化。」

 

 使い慣れた腕輪型の変換器から光が迸り、本来の無意識に適合した名槍、蜻蛉切を生み出した。

 

 そうして獲物を掴んだ瞬間、構えるのも待たずに陽向が飛び掛かってくる。

 

「おおおぉぉぉーーーっ!」

 

 陽向がまるで示現流の如く、雄叫びを上げながら村雨を天高く構えて振り下ろしてきた。

 

 それは確かに速く重い、があまりに雑で、回避も迎撃も容易く__されど敢えて、蜻蛉切の柄で受け止める。

 

「くぅ……っ!」

 

「………」

 

 鍔迫り合いとなり、息が掛かる程の距離になって、陽向と目が合った。

 

 その瞳から流れ込んでくるのは、焦り、そして燃え盛る怒り。

 

 だが、それは周囲にも、俺に対しても当てられていなかった。弱い己自身に向けた、口惜しさからくる自己嫌悪だと悟って。

 

(「あぁ、やはりか……」)

 

 鍔迫り合いを続けながら、懐かしくも恥ずかしい気持ちになって、つい苦笑を浮かべてしまう。

 

 するとそれを侮りと受け取ったのか、刀を押す力が増してきた__瞬間、押し返していた腕の力を抜き、素早く後ろに退く。

 

「あっ……」

 

 勢い余って前のめりとなり、バランスを崩したその右手首を、蜻蛉切の石突で叩く。

 

 引き小手__2度目の模擬試合(俺達2人が初めて戦った時)、陽向が見せた剣技であり、本人曰く最も得意な必勝パターン。

 

 それを敢えてやり返しせば、陽向も理解した風に表情が変わる。

 

「このっ!」

 

 ムキになって繰り出された横薙ぎを、再び槍の柄で受け止めてから、今度は腹を蹴って吹き飛ばした、直後。

 

「……っ、まだ!」

 

(「__くるかっ⁉︎」)

 

 陽向がそう叫びながら直ぐに体勢を立て直し、猪の如く突っ込んでくる__が、然し。

 

「くっ、はぁ、やあっ!」

 

「………」

 

 残念ながら、刀捌きが益々単調で稚拙に衰えただけでしかなく、俺は攻撃を全て容易く防ぎ、穂先でなく石突で突き飛ばす。

 

(「英人ならもっと強まってるか、罠に用いてたろうに……然し、陽向さんも自覚してる筈だ。」)

 

 冷静に戦えていた2日目の試合でさえ、軽くあしらわれた自分が、頭に血が上った状態で俺に勝てる訳がないと衝動を力でなく枷に変換してしまうとは情けない。けれど、頭で分かっても、こういう時は心が止まってくれないものだ。

 

「おおおぉぉぉーーーっ!」

 

 もう何度目かも分からない、今の彼女にとって渾身であろう撃ち落としを、槍の柄で滑らせるように受け流す。勢い止まらず地面に刃先がめり込み、硬直した陽向の肩を石突で打つ。そうやって鋭い穂先の方でなくとも、何十度も打てばダメージが溜まる。

 

ブゥーッ!

 

「__あっ……⁉︎」

 

「………」

 

 試合終了の音が鳴り響き、互いの幻想兵器が同時に消えた。

 

 それでも、陽向は震える膝に手を当てて立ち上がり、戦意と呼んでは彼奴への侮辱かもしれんがに燃えた瞳を向けてくる。

 

「まだ……まだやれるから……っ!」

 

(「言葉自体は似通っていても、こうも違って聞こえるのか……そうか、なら……」)

 

「平坂、其処迄に__」

 

「先生。」

 

 先生が、流石にもう止めようと指示するのを遮って、12番棟へ意識を向ける。

 

「直ぐ戻って来ます。」

 

 そう言うと、陽向達に背を向けて走ってゆき、白浜寮長に突然で悪いが頼み込んで、木の槍と木刀を借り受けて、急いでグラウンドに戻る。

 

「__えっ、それは……」

 

「寮長に借りてきた。」

 

 そう答えながら、戸惑っている所へ竹刀を放り、自らも槍を構えて先生を窺う。

 

「幻想兵器でなければ、構いませんよね。」

 

 元々幻子装甲は、拳銃弾なら何百発と防げるほどの強固さを誇るのだ。アラームが鳴って半減した状態でも、竹刀や木の棒程度ならまだ何百回と受け止められる筈だ。

 

「お前って奴は……次のアラームが鳴ったら、殴っても止めるからな。」

 

「ありがとうございます。」

 

 我ながら無理筋なお願いであったが、先生は溜息を吐きながらも態々許可してくださったので、笑顔で礼を告げた。そして、暫し休んで息が整ってきた様子の陽向を手招きする。

 

「来い、倒れるまで付き合う。」

 

「……上等よっ!」

 

 笑顔を()()()挑発してやれば、漸く白い歯を見せて笑い、普段の姿に戻ってくれた。

 

 外に意識を向けると、離れて窺っていたクラスメイト達も胸を撫で下ろしている様だ。

 

「大丈夫そうですね~」

 

「よ、よかった……」

 

「ほら、お前達も何時までもサボってないで走って来い。」

 

 先生も安堵した様子で呼び掛けており、視線を陽向に戻せば、彼女も格差の理解と勇ましさを感じられる態度になっていた。

 

(「……嗚呼、思い出す。」)

 

 霜を顔に吹き付けながらの面打ちや切返しを防ぎ、引き小手を躱せば構え直して、先生への質問を挟んで槍と刀の応酬の末に決着。手を差し出せば引き込まれて、加減していた事や、CEのレーザー対策で突き技しか使われなかった事に気付いてて。

 

(「日向の様な眩しく優しい笑顔で約束された「今度は本気で試合してね」の指切りは、今でも覚えているから、本気で槍を振るって刀を捌いている。」)

 

 あの試合は爺ちゃんや英人とは中身こそ異なれど楽しいものだったし、相手も今と同じく悔しくも楽しいと感じていた様に思われる。

 

(「……だから、この時だって、俺も楽しんでいるんだ。先生やクラスメイト達同様に、何時もの優しくて負けず嫌いで一生懸命な彼女と打ち合って、喜びと安心を露わにしているさ。」)

 

 ……退屈なんて、失望なんて、微塵も湧く余地などないのだから。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 斯くして1時間近く打ち合い続け、2限終了のチャイムと同時に、陽向の腕輪からもアラームが鳴り、疲れ果てて倒れ込んだので、先生の配慮もあって彼女を両腕で抱えて、無人の保健室の空きベッドへ運んで置いた。

 

「本当に、ごめんね……」

 

 横たわった状態で告げられた、移動中から2度目の謝罪。恐らく自分が暴走し他人へ迷惑をかけたと思っている彼女の、慙愧の念が窺えるその眼を前に、笑って首を横に振る。

 

「俺も、似た経験があるから。」

 

 昔、爺ちゃんと何百回、何千回も槍を交わしたのに、一度も勝つどころか体に触れる事さえできず、自分が惨めで情けなくて、空壱流の教えに反し怒りのままに槍をぶつけた事があった。

 

 なのにその度に、爺ちゃんは怒りもせず、俺がへばる迄何度も稽古に付き合ってくれたのだ。

 

「誰もが通る辛い道だ、そして通らなければ頂きには辿り着けない、そう言っていた。」

 

(「……英人は、どうなんだろうか?」)

 

 兎に角、だから俺も今回、爺ちゃんがそうしてくれた様に、敢えて何も言わず陽向の剣を、溢れる激情をただ受け止めた、それだけだ。

 

「礼なら爺ちゃんに言えばいい。何時か故郷の村へ、クラスみんなで遊びに来た際に。」

 

「__ええっ‼︎??そ、それっ………いや、うん、違うわよね。……何でもない、ごめん忘れて。」

 

「?……嗚呼、分かった。見も聞きもしなかった事にする。」

 

 いきなり起き上がり騒いで、直ぐに落ち着いたのか意気消沈したのか曖昧な態度に戻ったその様は、2ヶ月近く共に過ごして何度も発してきたリアクションと全く違わないから、一先ず安心して……そして改めて、今度は言葉で訊ねてみる。

 

「……何があったんだ?」

 

 俺の知る限りでは、常に明るく元気に笑っており、D組女子の支柱である様に見えていた。そんな陽向が、何の理由もなしに荒れるとは思えない。

 

「……私だけ、宗次君の役に立ててないから。」

 

「えっ?」

 

 そう、陽向が頬を染めながら、驚く程の理由の呟きを皮切りに語り始めた。

 

「麗華先輩も、シャロも、宗次君の力になっているのに、私だけいつも足を引っ張ってばかりで……」

 

「…………」

 

「力になりたいの、強くなりたいの、なのに、私はまた空回りして迷惑をかけて……」

 

 まるで泣き顔を見られたくないかの様に、両腕で顔を隠しているのを、立ち尽くしながら見下ろし__

 

(「……それ、は……」)

 

 __心底つまらん理由だな。

 

(「__っ⁉︎誰だ今……の、は……」)

 

 ……誰かの声でも無くて、幻聴でも無くて、きっと……

 

(「それより、陽向に何か言葉を、だが幻想兵器で2人に負けるのは事実だから、慰めじゃなくて……」)

 

 そう、「頑張れ!やればできる!果たせる迄俺も全力で協力しよう!」と励ませば__

 

(「__っっ⁉︎駄目だろがっ!陽向は既に精一杯努力して、それでもう心が限界なんだ!応援なんかじゃ逆効果だ、理想と現実の差で押し潰れてしまう!」)

 

 それだけ圧迫されているなら、必ずやバネにして覚醒を遂げる筈だ。常の状況では出来ず、試合での不利に置かれて叫んでも足りぬなら、これも陽向への手助けに__

 

(「違う違うっ!そう上手くいくものかっ!大体、根性論だけで直ぐに目に見える成長できる筈、が……」)

 

 実例ならある。俺自身だってそうだ。

 

(「……体も技も磨きを上げてきている。蜻蛉切も幻子装甲も、確かに強まっている。だが……」)

 

 目指すべき指針、届き得る可能性は人を前進へ促してくれる。入学前でも、爺ちゃんという先達のお陰で精進できた。なら彼女にしてやれる事といえば、決まっている。

 

(「……師匠であり親同然でもあり、俺が強くなれた理由だ。然しそれだけじゃない、切羽詰まらぬよう婆ちゃんが安らぎを与えてくれた。美緒ちゃん達ご近所の方々も、前進するだけじゃない穏やかで優しい日常を送らせてもらった。……彼女に必要なのは、理想じゃ、ない……」)

 

 CEの軍勢は段々脅威を増している。英人や俺が頑張れば対応できるだろうが、一握りの強者がリスクを全負担する戦争など如何なものか?クラスメイト含めエース隊員皆も、困難を乗り越える気概と実力を培う事こそ、彼女の為みんなの為だ。

 

(「だとしても、無理強いさせる権利も、無事に成功する見込みもない。そうだ、決意一つ勇気一つで解決する問題で、は……」)

 

 あるだろう?“全ては心一つなり”、それが俺が此処に来て悟った世の真理だ。

 

(「……その、通り、だが……」)

 

 未来を希求し、努力を重ね、 を踏破する。たったこれしきで、人間誰もが光り輝ける。だというのに……

 

(「……そ、その理屈だと、陽向が、必死になっても届かないと泣きそうな彼女が、只の怠け者、という事に……」)

 

 __実際に結果が出ていなければ、そういう事だ。俺だって陽向に生きてほしい、立ち直ってほしい、願いが叶ってほしい。だが結局それは、本人の選択と意思と責任に依るものだ。彼女が惰弱なままである限り、俺にやれる事はない。

 

(「……今の陽向の、本心からの慟哭も……言い訳を自分にも他人にも並べ立てながら、時間を浪費し停滞に甘んじているだけ、だと……」)

 

 __そういう風に、俺は感じ取っているのだ。どれ程常識が、友への甘さが否定しようと。

 

(「………」)

 

 故に、陽向の再起と克服を信じて、虚飾無き本心を伝えるべきだ。

 

(「……そう、すべ、き……な、のか……」)

 

 大丈夫、彼女だって、2度もあの試合を観てきたんだ。()()()()()()()()()()()、立ち上がれるさ。

 

(「……待て。」)

 

 もし陽向が覚醒を遂げてくれたら、彼女の影響でクラスメイト達も今迄以上の決意と鍛錬に励めば、皆が強くなって()()()取り零しを一切合切対処できる様になれば。

 

(「……駄目だ、その動機は、使っては。」)

 

 ()()()安心して、祖国の勝利に専念できる。()()()より早く、確実に、俺や皆の故郷にも家族にも希望を齎せるようになる。だから、英人(誰か)の為に陽向を、励ますんだ。

 

(「違うだろ、「英人(誰か)の為」を振り翳せば、何をやろうがどんな結果になろうが許されると?巫山戯るな、彼奴に要らぬ責任負わせるんじゃない!」)

 

 ……だとしても、陽向を、人間誰もが宿す無限大な可能性を、あの程度の慟哭で閉ざしていい筈がない!そうさ、英雄(あやと)ならできたぞ、英雄(あやと)ならできたぞ、英雄(あやと)なら__

 

(「ライバル(英人)はそんな事言わないっっ!!」)

 

ガンガンガンッ!

 

「__っえぇっ‼︎??そ、宗次君⁉︎どうしたの急に大丈夫っ⁉︎」

 

 __自らの性根(過ち)を戒め否定すべく、付近の壁へ頭を打って、陽向の声に応じる様に向き合い直す。

 

「……あ、嗚呼、心配ない。気の迷いが生じたから消し去っただけだ。幻子装甲も解除してあるから、この通り壁に傷はない。」

 

「いや壁じゃなく宗次君の傷よ!おでこから血が出てるって!直ぐに手当てしなきゃ!」

 

 先程迄の落ち込みぶりは何処へやら、慌てふためき立ち上がって探し物かの如く顔や身体を振り回している。その様子に安堵しつつ、何度か訪ねたり世話になったりした甲斐あって、今の怪我に必要なものの置き場所を知ってるので勝手に拝借させてもらう。

 

「……心配無用だ。血は拭いた。ガーゼも貼った。まぁ今日中に、京子先生が居る頃に改めて診察と謝罪とを行うつもりだ。」

 

「……だ、大丈夫、なの?」

 

「嗚呼、俺は至って健康だ。それにしても。」

 

 まだ不安そうな表情の陽向に、微笑みながら肩へ手を置く。

 

「自分が辛い気持ちで苦悩してたというのに、俺の事を咄嗟にここまで気遣ってくれて、本当に優しい人だ。」

 

「__っんんっ⁉︎あ、えと、これは、んと、その……」

 

「陽向さん、色々と、本当に感謝している。」

 

「__えっ?」

 

「初陣での単独行動に及んでいた時、助けに来てくれて、胸を張れと励ましてくれたのが嬉しかった。」

 

 あの時は建前を並び立てはしたが、その実戦いたいから戦っただけだ。けども避難する人々を救ったのは事実だと、立派な事だと背を叩いてくれた。

 

「黒檜山の時も、俺の無茶な作戦に文句も言わず、付き合ってくれて嬉しかった。」

 

 信用してくれた事もそうだが、俺1人で囮役をしていたら、深い谷に逃げ道を塞がれ、両刃剣型にこの身を切り刻まれていたかもしれなかったのだ。

 

「……え、でも、そんな些細な事……それに、入学日で、私達を命懸けで守ってくれたのに比べれば……」

 

「……いいや、アレは……そんな格好いい話じゃない。」

 

「えっ……?」

 

 当時の俺は、観衆の存在など、英人が叫ぶ迄、ちっとも気にしていなかった。正面以外へ振り向けたのも、親友達を意識できたのも……目先の勝利や闘争心に囚われた末()()の被害を恐れられて踏ん張れたのも、英人のお陰に他ならなず、その上で。

 

「……今は、訳あって真相を話せないけど…… あの日寮棟で感謝を告げられた事は、鮮明に覚えている。」

 

「そ、宗次、君……」

 

 たとえあのお礼を記憶に強く刻み付けた感情が、喜びでなく慙愧だったとしても。

 

「それで、その、何だ。勝手な要望でしかないが……」

 

 たとえこれから告げる言葉に、強さ・正しさを好むが故の我儘や、再起を望むが故の圧力を含んでいたとしても。

 

「……君には、泣き顔じゃあなく、笑顔でいて欲しい。」

 

 目の前の哀しげな少女に、幸せな気持ちになって欲しい。その想いだって、決して嘘ではないのだから。

 

「剣の稽古に付き合うくらいしか、俺には出来ないけれど。」

 

 内心で這い寄ってきた誘惑にも一理あるのだ。何せどうしたって、成長も前進も最後は当人の意思と行動でしか果たせない故。

 

 だけども、転んで(うずくま)る人間を、無理矢理引き上げるのでなく、背後から脅すのでもなく、しゃがんで背丈を合わせ、急き立てず丁寧に見守り支える方法だってあるのだから。

 

 そんな迂遠とも言える手段だろうが、英人ならきっと選べるのだ。ライバルと名乗る以上、俺が許容できなくてどうする。

 

「どうか、俺に恩返しさせてくれないか?」

 

「……宗次君、ありがとう。」

 

 俺が握っている方の、陽向の柔らかく小さくもタコの感触もある右手の力が強まり、同時に彼女がもう片方の手で目元を拭って、可愛らしく微笑んでくれた。すると、何やら深呼吸し始めて。

 

「……あのね、宗次君、私__」

 

バンッ!

 

「いやー、ボクとした事が手首を捻挫してしまったよ。」

 

 勢いよく保健室の扉を開いて現れたのは、俺達1年D組の次に訓練する為にか、3年生としてジャージに着替えていたのだろう麗華であった。その後ろには、深い溜息を吐いている神近生徒会長だけでなく、何故か頬を膨らませているシャロを筆頭に、第32分隊の皆が揃って扉に張り付いていた。

 

「麗華、恋の勝負に反則はないと申しますが、最低に格好悪いですわよ……」

 

「陽向殿だけズルいであります!私も宗次殿と秘密稽古をしたいであります!」

 

「秘密稽古……エロい響きやな。」

 

「映助さん、少し黙っていて下さい。」

 

「陽向ちゃん、私は邪魔するつもりなかったんですよ~?本当ですよ~?」

 

「は、ハレンチです……」

 

「陽向お姉様、愛しています。」

 

(「び、びっくりした……というか、室内に俺と陽向しか居なくて良かった……」)

 

 サッカーチーム1つ分の人数が一同に騒ぎ出して、保健室が喧しくなってきた、一方で。

 

(「……え?ひ、陽向さん?」)

 

 ベッドの前で立ち尽くしていた彼女の表情が、驚きから怒りに変わり満ちてきて__

 

「あんたら全員、叩き斬ってやるぅぅぅーーーっ!!」

 

(「ち、ちょっと嘘だろ⁉︎」)

 

 彼等が虎の尾を踏んでしまったらしく、怒号と共に手元にあった枕を掴んで、扉の方へ躍りかかっていった。

 

「うわっ!子猫ちゃん、顔はやめてくれたまえ!」

 

「うっさい!人が、どんだけ、勇気を、振り絞ったとっ!」

 

「今の内に戦略的撤退ですよ~!」

 

「逃がすかぁぁぁーーーっ!」

 

 先程沢山やってきた試合での最速動作記録を、何倍もの差をつけ更新する位、俊敏に仲間達先輩方の頭を枕で殴り飛ばしている。

 

 まるで鬼神の如く暴れる陽向と、必死に逃げ惑っている皆を眺めているうちに、嗚呼本来なら彼女を止めなければいけない筈なのに。

 

「……ふっ、はははっ、あはははははっ‼︎」

 

「待ちなさぁぁいっ!」

 

「ごめん、ごめんってぇー!」

 

「心配して来るんじゃなかったぞ!」

 

「……好奇心も混ざっていた様に見えましたよ。」

 

「いや面白いのが見れたけどさぁ!」

 

 ……陽向、麗華、神近会長、シャロ、映助、一樹、心々杏、神奈、白穂、春香、剛史、真由里、豊生。皆が元気に走り回る光景が、心底愉快であり、同時に俺が、優しくて賑やかな人達との縁に恵まれているのだと、教えてくれるから。

 

 

 __そうして笑っていたから、当時は気にも留めなかった。されど、この時この場に対しやがて、はしゃいでいた13人よりも、後々目にも耳にも何時の間にか、強く刻まれたのは。

 

「___………」

 

「……せ、先生?」

 

 次の授業に出席させるべく呼びに来た筈だろうに、保健室で騒ぎ暴れる皆を叱り止める立場と性格にも拘らず、何故か俺の方だけに視線を向けながら絶句している大河原先生と、その傍で心配そうに見上げている優太だったのだ。

 

 





 感想や質問に指摘等、何時でもお待ちしております。

 この保健室での出来事ですが、もし月夜に平手打ちされていなければ、彼の理性・危機感が敗北し、正直に激励(パワハラ)かましてしまう可能性が高まっていました。

 その場合、期待(圧力)に苛まれ一層嘆き苦しむ陽向、最初は本気で心配且つ信頼を向けていたものの涙の流れる程に失望が膨らむ宗次、急き飛び出し彼女を慰めつつ宗次を咎めつつ来訪者を追い払いつつしている大河原。そして盗聴内容を慌てて英人や校長に報告する通信隊、授業中に呼び出されトイレを理由に教室を出て「そんなマジか」「どないしよ」と言わんばかりに頭を抱える英人、といった惨状が発生しておりました。

 即ち、微笑ましい短所や恥ずかしい一面を有する神近、その事を宗次に教えてくれた麗華、死中に活を求めた成果を与えてくれた巨大コア型含む擬態CE達、舞い上がり過ぎていた彼の心を冷ましてくれた月夜。彼等に対して、陽向や英人はじめ色々な人達が感謝しなければならない、のかもしれません。

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