今では世界総人口の約八割の人間が‟個性”という何らかの特異体質を持つ超人社会が日常となっているが、まだ個性が‟異能”と呼ばれていた超常黎明期、今までの常識からかけ離れたその力によって突如として人間という規格は崩れ去った。
そして異能を持つ者たちは持たない者たちによって迫害された。
例えばある青年は内気だが老いた両親の世話を欠かさない優しい男だったが異能が発現したことによって彼を知る者からは病人として、彼を知らない者からは化け物として隔離された。
またある女性は異能を持つ子供を産んだことで道行く人に石を投げられ、親族や愛する夫から罵詈雑言とともに見限られ、挙句の果てに殺された。
またある人は、またある人は、またある人は…
黎明期には差別と迫害が溢れていた。
そしてそれらは黎明期以前の世界にとってもありふれたものだった。
男と女の間で、金持ちと貧乏人の間で、宗教の違う者同士の間で、肌の色が違う者達との間で、異能を持つ者と持たない者との間で。
そして異能が個性として扱われた今でさえそれは変わらない。
むしろ、異能として大雑把に一括りにされていた頃よりも種類は多くなった。
無個性はもちろんのこと、人の姿から離れた異形型の個性、盗みや透視、洗脳といった犯罪に使えそうな個性などなど。
人間の歴史は常に差別と迫害によって紡がれてきた。
そしてこれは差別される個性を持って生まれたある転生者の物語である。
朝の通勤時間帯、田等院駅で暴れた怪物化の個性を使うひったくり犯のヴィランをデビュー日のMt.レディが逮捕した。
その容姿と‟巨大化”という派手な個性から人気が出るであろうが、街への被害を大きく出してしまう。
実際今回のひったくり犯を捕まえるだけで2000万円という被害を街に出している。
その被害は道路や線路の公共施設だけではなく、民間人の個人資産にも被害を出してしまう。
今回の場合だと彼女がヴィランを攻撃した際に飛び散った瓦礫が事件現場の近くで停まっていた車に小さくない傷をつけた。
その車の持ち主達はヴィランが逮捕された後、敵災保険を受けるため警察官から事情聴取を受けなければならない。
「まだかよ~アイツ…」
今回、車に傷をつけられたドライバーが警察官に事情聴取を受けている中、その車に残っている同乗者は苛立ちを隠せない。
ただでさえ朝の通勤時間帯に事件が起きたため会社に遅れるというのに事情聴取のせいでさらに時間を食わされることにイライラしている。
すると、「あの、」と控えめな声とともにコンコンと彼が乗っている席の窓が叩かれる。
顔を上げると高校生、或いはまだ中学生くらいであろうか、儚げでありながら知的な雰囲気を醸し出す美少女がいた。
用件を聞くために窓を開ける。
「警察の方が呼んでますよ…」
「ええっ…俺も!?」
車の持ち主でもないのにわざわざ事情聴取を受けねばならないことに、更に苛立ちを募らせながら車から出ると力任せに扉を閉め、事情聴取を受けている仲間の方に向かっていく。
すると、男が車から離れていったことを確認した少女は男が開けっぱなしにした車の窓から車内に手を伸ばし、手慣れた手つきで車内を漁るとすぐに手を抜き今日の戦利品であるブランド物の長財布を手にしその場から去っていく。
そして少女に言われ警官と車の持ち主のもとに向かった男は彼らに悪態をつく。
「車の持ち主はコイツだろ…俺は中で待ってろってさっき!…は?呼んでない?」
彼が少女に騙されたと気づいたころには既に少女はどこにも見当たらなかった。
オッスオッス、初めまして読者諸君、俺いや今では私になるのかな?私の名前は芳村
見えるかどうかは別として、こう見えて私は転生者だ。
前世は偏差値が高くもなく、かといって低くもない高校に通い、どのクラスにも一人か二人はいそうな平々凡々な人生を送っていた。
漫画はアニメを見て気に入ったのがあれば単行本を集める感じで読んでいた。
そして私が集めた漫画の一つに『東京喰種』がある。個人的にはreのアニメの作画は許せない。
話が少しそれたがそんな私は気付いたら死んでいた。
というか気付いたら幼女になっていた。
車に轢かれて死んだのか、心臓発作やなにかしらの病気で死んだのか、雷や植木鉢、大穴狙いで隕石でも降ってきたのか、とにかく死んでしまったらしい。
赤子の時から一応ちゃんとした意識はあったのだが、そんな小さいころの記憶はほとんど覚えていない。世間一般的にも3歳ごろまでの記憶は幼児期健忘っていうやつでほとんど覚えてないみたいだし仕方ないよね。
しかも私の場合はちょうど3歳の誕生日に嘉納先生似のマッドサイエンティストに拉致られたせいで今世の親の顔さえも朧気だ。
そして転生当初は気付かなかったが、成長するにつれて自分が『東京喰種』の『エト』というキャラクターになっていた。
名前や自分自身に発現した個性で薄々気づいてはいたのだが…
女性になってしまったのは、一度も女性経験がない元男として悲しくもあるが、作中ではだいぶ好きなキャラクターだったし、手術痕フェチの変態喰種や「ごるぱ」されるオカマ喰種に転生しなかっただけ御の字だ。
ちなみに私には本物の『エト』のような文章力は微塵もなかったことで凹んだが、元々ただの平凡な高校生に過ぎなかったし、一応勉強はできたものの拉致られたせいで受験楽勝みたいな転生者ムーブはできなかったし、個性のせいでもはや完全に日陰者だ。
まあ女性になってしまっても心は男のままだし、男をそういった目で見るのはだいぶ抵抗があるからもう真っ当な恋愛が出来ない。
それに享年10代とはいえ一度人生を経験したから今世は自由気ままにヴィラン生活を謳歌しようと思っている。
いきなりだが季節変わって12月。
今年は例年より寒いらしくそろそろ雪が降ってもおかしくないらしい。
そんな寒いなか私は全身に包帯を巻きその上から赤紫色のローブを身に纏い首元に花柄のスカーフ姿という原作リスペクトの服装で路地裏を歩いている。
寒いが靴も履くのを我慢して裸足の上から包帯を巻いている。
ちなみにただコスプレのためこの格好をしているというわけではない。
この個性ありきの超人社会、ヴィランである犯罪者を見つけるため捜査にどんな個性が使われても不思議じゃない。
犬など、常人離れした嗅覚を有する個性、天才的な頭脳で犯人を追い詰める個性、もしかしたらその現場にいた人物をリプレイする個性なんてものもあるかもしれない。
ヴィランにとっては元の世界よりだいぶ生きづらい世界だろう。
本来、身バレを防止するために顔を隠す為のこういった行為がこの世界でどこまで意味があるのか分からないが、それでも少しでも証拠を残さないように肌が少しも見えないように、抜けた髪の毛が現場に落ちないように入念に包帯を巻いている。
このスカーフやローブだって本当はこだわって揃えたかったのだが、そこから足がついてはいけないと踏み止まり、ブランド物や限定商品は使わず全国区で売られてるものだけで揃えた。
そんな格好でなんで夜の路地裏なんて危険地帯を歩いてるかというと食料調達のためだ。
もちろん、夕飯や明日の朝ごはんの食材を買い出しにきたのではない。
お肉だ。人間のお肉、そう人肉。
個性で喰種になってんだよ?人間の肉食べなきゃ死んじゃうよ。
でも幸いなことにエトしゃんになってるからそこまで味覚は変化していない。
変化しているところを挙げるとすれば、五感が強化されているから味や匂いを他の人より強く感じるぐらいだ。
食戟のソーマなら『薙切えりな』の神の舌と『葉山アキラ』の鼻の良さを足して2で割らなかった感じだ。
転生先が違ったら最早チートなんじゃないか?
だからレストランの前なんか通ると、ダクトとかでわざと匂いを外に漂わせてる店じゃなくても凄いいい匂いがする。
だからサンドイッチ食べても、パンを無味無臭のスポンジに喩えないし、チーズは若干、乳臭いものもあったりするが粘土みたいな食感なんて暴言は吐かない
だが残念なことに私は普通の食事をとることができない。
有名レストランのシェフが作ったカレーの匂いを嗅げば、数多の香辛料によって作られた調和のとれた美味しそうな匂いを十二分に感じる。
ルーを飲めばじっくりと煮込まれたことで生まれる深みのあるコクも十二分に感じる。
だがそんな美味しそうな匂いにも関わらず、その匂いを嗅ぐと猛烈な吐き気を催す。
そのとろっとろなルーを舌に乗せれば、どうしようもなく胃酸が喉から込み上げてくる。
街を歩くと、外国人が営むインドカレー屋の前で、TVで特集を受けたベーカリーの前で、全国展開してる焼肉屋の前で、学生達が足繁く通うコッテリが売りのラーメン店の前で、美味しそうな匂いが漂ってくる場所全てで悉く吐き気を催す。
ということでやっぱり人肉が必要になっちゃうんだよね。
だからといって見境なしに人を食べたりはしない。
転生してからだいぶ倫理観が歪んでる自覚はあるのだが、だからといって公園で無邪気に遊んでいる子どもや、毎日一生懸命働いている大人達のような罪なき一般人を食べようとは思わない。
余りにも美味しそうだと我慢出来なくなる時もあるが…
食べるのはもっぱらヴィランや、路地裏でたむろするチンピラもといヴィラン予備軍、そして私を捕まえようとする警察やヒーロー達、といってもこれに関しては正当防衛だし死なない程度に手足の1、2本貰うだけだから別にいいよね?
という訳で食料を確保しようと思ったのだがどうしたことだろう。
路地裏のだいぶ奥まできた。
チンピラ達を見つけたんだが、いかんせん人数が多い。
普段なら一箇所に多くて3、4人なのだが今日に限って何故か20人くらいいる。
「おい、嬢ちゃんも参加するのかい?」
「うん、友達に一緒に参加しよって言われてきたんだけどこれって何の集まりなの?」
よく分からないけど話を合わせておく。
これで関係ないですなんて言ったら下手したらここにいる全員に襲われるかもしれない。
かといってチンピラなんかに負けることはないけど、騒ぎ起こしてヒーローが駆けつけてきたら正直面倒くさい。
「何も知らされてないのか、ヒデーなその友達くん。まあいい俺が教えてやるよ。俺たちはヴィランとして一旗上げる為に集められてんだ」
集められた?ってことは元から仲間同士じゃなくて誰か上司がいるのかな?
ヴィランとしてって言ってるからヴィラン予備軍としてヴィラン扱いされるのが嫌いなヤクザではないだろう。
すると突然、黒いモヤ状の何かがチンピラどもの中心に現れた。
「今回はお集まりいただきありがとうございます。では時間ですので場所を移しましょう」
黒いモヤから声がした。
するとチンピラ達はその言葉を合図に次々とそのモヤの中に消えていく。
さっき話してたチンピラの後ろに続いて私もその黒いモヤに入っていく。
黒いモヤを抜けると何処かの廃工場の中にいた。
恐らくさっきの言葉も合わせて考えると個性による異空間や夢の中なんかではなくワープの個性だろう。
まあ異空間とか夢の中は流石に考え過ぎかもしれないが、どんな個性があるか分からない。
いくら考えても意味が無いのかもしれないが…
それにしても埃臭い。もう帰りたくなってきた。
個性の影響で強化された嗅覚で他の人より何倍も強く感じるからだいぶキツい。
そしてこの廃工場の中は思っていた以上に人が多い。
先程までいた路地裏にいたチンピラの数より明らかに多い。
パッと見70人弱居るだろうか。
廃工場の中を見回すとこの工場で昔使われていたであろう機械の上に若い?男が立っていた。
恐らく今回の集会の主催者なのだろう。
艶のない少し青みがかった白い髪に上下真っ黒の長袖長ズボンのラフな格好。
そして異形型の個性なのだろうか?顔や腕に掌が沢山ついている。
これがファッションなら評判の良い病院を紹介したほうがいいのかな?
さっきの手だらけマンこと死柄木弔くんの演説が終わった。
話を要約すると、「暴力がヒーローとヴィランでカテゴライズされる」、「オールマイトはただの暴力装置」、「オールマイトを殺して世界に思い知らしてやる」みたいな事を語っていたが、なんとなくゲームの悪役のセリフを演じて喋ってるように感じた。
表情は顔についている掌で見えなかったが目が嗤っていたので多分本心からの言葉ではないのだろう。
だが子供が親に将来の夢を自慢げに語るような無邪気さが彼の目に気付いていない、人生設計を失敗した大人達にはうけたらしい。
彼の演説をチンピラ達はまるで童心に帰ったように目をキラキラさせながら、食い入るように聞いていた。
女性の中には彼に庇護欲や母性といったものを感じていそうな人が見える範囲で何人かいた。
そして彼にはカリスマ性があるのだろう。
教師はもちろん、ヒーロー科最難関の国立高校に受かるほどの実力者が何人もいる、いわばヒーローの巣窟である雄英を襲撃などと普通に考えれば無謀な話だ。
だがそんな無謀な作戦をチンピラ達に乗り気にさせているのだから。
そして話では襲撃後は「ワープゲート」の個性を持つ黒霧がゲートで全員回収して帰ると宣っているが、ハッキリ言って疑わしい。
雄英から撤収する時は目標達成をした場合か、他のヒーローが駆けつけてきた場合の2パターンある。
前者の場合ならまだしも後者の場合は施設内に散らばった人を全員回収など不可能だ。
しかもただ散らばっているのではい。
意識が無い者も居れば、個性によって拘束された者もいるだろう。
加えて此方の出入り口は黒霧1人だけ。
チンピラ達を回収するためには必ず何秒間か、ゲートを拡げなければならない。
そしてゲートを拡げる時間が増えれば増える程、ヒーローに捕まる確率も増えていく。
そんなリスクを態々そこら辺にいるチンピラ達の為に背負う筈がない。
チンピラ達は自分達を軍隊やレジスタンスみたいに思っているのかもしれないが、死柄木達にとって私含めたチンピラ達はただの捨て駒でしかない。
だから参加しないとはならない。
確かに死柄木達に置いて行かれたら逃走は困難になるが私の個性ならば逃げ切ることは可能だろうし、私自身のルールで決めた食べていい人間がこんなにも沢山集まる機会は滅多にない。
この身体は毎月1人か2人食べれば腹が保つようにできているが、満腹になるという訳ではない。
むしろ月に1人しか食べないとなると狂うほどではないにしろ腹が減って仕方ない。
何も食べてない時にお菓子を食べたら、異様にお腹が空いてしまう時に似ている。
だから我慢出来ずに食べるのが増える月は割とあるのだが、それでもお腹いっぱい食べれていない。
なので多少危険はあるが、この機を逃すつもりはない。
その前に捕まっては元も子もないのでそれまでは食べ過ぎには気をつけなければ。
東京喰種の原作で、金木達のような人工的な半喰種は普通の食事を食べれないですが、金木の子どもである一花はプロローグに普通の食べ物を食べれると書いていたので、一花と同じ天然の半喰種であるエトは普通の食事を食べることができると解釈してます。