FGO5周年の記念映像で話題になったあのシーンの、私なりの解釈です。本当の意味はスタッフさんしか知らないんでしょうけど、多分こんな感じだったんじゃないかな、と。
ピチョン、パタ。ピチョン、パタ。パタ、ピチョン。
滴り落ちる気泡を含んだ透明の粒が、不規則に水音を奏でる。顔から落ちたものは、目一杯注がれたグラスの液面を、グラスの底を離れたものは、床に敷かれた絨毯を、それぞれ打つ。
全身を甘い匂いの立ち昇る液体―――シャンパンで濡らした褐色の肌の男性は、額にはりついた黒髪を気にも留めず、底冷えのするような低い声で、それを自分に注ぎかけた張本人に問いかけた。
「……どういう…、つもりだ、カルナ。
貴様ともあろう者が、まさか祝いの喧騒にあてられたか?」
射抜くような黒い視線が見据える先に立つのは、異様なまでに白い肌と白髪、そしてサファイアの如き青い瞳を持つ美丈夫。
カルナと呼ばれたその男性は、半分ほど中身を吹き出してしまったシャンパンを片手に持ち直すと、ふっ、と笑みを漏らした。
「……そうかもしれん。マスター曰く、今日はとてもめでたい日のようだからな。生前は決してできなかったことを、やろうという気持ちになった」
脳裏に刻まれた、かけがえの無い誰かの言葉を意識しているのか、その言葉は、足りていた。そんな宿敵の変化が、もしくはあっさりと自分の言葉に頷いたことが、青年―――アルジュナは気に入らなかったようで、苦々しげに顔を背ける。
ただ、何よりも不愉快だったのは、ほんの一瞬、王になった兄を囲む兄弟の中に、長兄だったはずの彼が混じっている光景を、想像してしまったことだ。
「王になったのは、私ではない。それぐらいは知っているだろう」
だから、そう吐き捨てた。ふざけた妄想を振り払うために。その先を、それ以上を。まかり間違っても、王となった彼を祝う自分などを幻視しないために。
「そう、だったな。だが、この場にいるのはお前だ、アルジュナ」
その言葉を、唾棄すべきものと認識しながらに、僅かな高揚を感じる自分がいることに、彼は苛立ちを覚えずにはいられなかった。
心の奥底で、自分はこの男を認めているのだと、そう突きつけられているようで。
故に、彼は奥歯を噛み締め、声を荒げて、こう言った。
「もっと、相応しい相手がいるだろう!」
これは間違いなく失敗だった、と、後にアルジュナは振り返ることになる。
怒気を孕ませた叫び声、噂をすれば、影が立つ。
「ちょっ、喧嘩!? うわ、びっしゃびしゃじゃん! とりあえず二人とも落ち着いて!!」
背後から響いた、切迫した女の声に、アルジュナは弾かれるように振り返り、困惑の滲む声でその人物の肩書きを呼んだ。
「マ、マスター……?」
「え、ホント何があったのこれ? とりあえず拭くもの―――わぴゃっ!?」
あわあわとアルジュナの状態を検分する立香が、突然に奇声を発した。いつの間にか彼女の背後に近づいていたカルナが、残っていたシャンパンの中身を、おもむろに振りかけたからだ。
「おめでとう、マスター」
「いやマジで訳わかんないだけどぉっ!?」
聖人君子を擬人化したような彼の性格からは考えられない凶行に、立香が悲鳴を上げる。すでに彼女の脳は処理落ちを起こし、完全にパニックに陥っている
「ひぃっ!?」
ついで発される、今度は恐怖からくる悲鳴。容赦なく降り注ぐ甘い匂いの液体から逃れようと身体を反転させた彼女の眼前に、不快げに顔を歪めたアルジュナが仁王立ちしていたからだ。
彼の中に渦巻く感情の名は、嫉妬。そしてそれは、ひとときのみ仕えるべき主に向き、即座に目の前の仇敵へのものへと変じていた。
「おめでとうございます、マスター」
言って、彼はいつの間にか手にしていた、すでに開栓されたシャンパンを、恭しく立香の頭上に掲げると、躊躇うことなくその中身をぶちまけた。
「だからなんでぇ〜〜〜っっ!!」
繰り返される絶叫に、一体何事かとサーヴァント達が集まってくる。
大部分は、はじめその行為の意味が理解できないようだったが、少し間を開けて理解すると、引きつった笑みを浮かべた。
例外は、数人。パールヴァティーはあらあらと顔を綻ばせ、アシュバッターマンは呆れたように息を吐く。
ガネーシャは羨むべきか感動すべきかを思い悩み、ラーマは懐かしさに頬を緩めた。
目を輝かせ、便乗しようとしたアルジュナ・オルタは、しかしバーテンを務めるモリアーティの英断によりシャンパンを確保できず、遠目に見つめることを選択したようだ。
パシャリ、と唐突に鳴り響くカメラのシャッター音。興が削がれた、と、その音の発生源に視線をやろうとして、アルジュナは自分が、無意識の内に笑みを浮かべていたことに気づく。
ベストショットを探し求めるゲオルギウスは、その瞬間を待ち構え、ずっとカメラを構えていたのだ。
「フッ」
自らが生きた時代には無かったその技術によって、すでに切り取られてしまったであろう場面を想像したアルジュナは、可笑しくて堪らないといった様子で吹き出した。
―――どうやら自分も、祭りの喧騒にあてられているらしい。
そのことを自覚した彼は、いっそのことと開き直ったように笑い続ける。そうして、思うのだ。
これもまた、悪くはない、と。
「…………で、結局なんだったの、あれ?」
未だ消えぬシャンパンの香気を漂わせる立香が、苦笑するマシュに問いかけた。
「えっとですね、先輩。実はインドには、王位を継ぐ者に飲み物をかけるという風習があるようで……」
「嘘でしょ……」
やっぱインドぶっ飛んでんなー、と、いつもどおりの感想を抱きつつ頷く立香。すると、マシュがハッとして懐をあさり、一枚の写真を取り出した。
「あ、そうだ。これ、撮った写真だそうです」
「ん、どれどれ……」
―――これは、夢想たるべき絵画。
―――一度も交わること無く、生涯をかけて争いあった二人が、同じ一人の主をともに祝った、決してありえぬ筈の、未来の姿。
―――それでも君は成し遂げた。幾人もの聖仙も、数多の大神も、実の母さえもなし得なかった、その兄弟の和解を。
結構気になってたんですよね、あのシーン。本当にこういう意味だったのかは分かりませんけど。
一応、補足です。
私が読んだマハーバーラタで、アルジュナの兄が王になったとき、兄弟が水と牛乳とはちみつを、頭にかける、という場面がありました。
そこから私は、インド神話では王位を継ぐ者に飲み物をかける風習があるのかな? と思ったのですが、注釈には何も書いていなかったので、どうか鵜呑みにしないでもらえると幸いです。誰か裏付けをとってくれたら嬉しいです。
インド兄弟書くのが難し過ぎて、今更投稿する羽目になりました。何ヶ月前だよっていう話ですけど、そこにはどうか目を瞑ってください。申し訳ありません。