強大な人類の敵『ヒュージ』に唯一対抗しうるのは、マギの力を持った十代の少女たち『リリィ』のみ。
アサルトリリィの世界で繰り広げられる、マギの力を持たない防衛軍による熱き闇の戦いとは……!?

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アサルトリリィ・防衛軍ぢごく編

 百合ヶ丘女学院前駅の周辺は常に静かだ。駅舎には執銃した防衛軍の歩哨が立っているが、少し離れれば人気など全くなくなる。駅から学院までの間に連なる廃屋は立入禁止地区に指定されており、住民などいないのだから当然だった。

 そして閑散としたその夜道に、その獣は潜んでいた。

「ハァハァハァ……」

 初夏の夜の生ぬるい空気に、一対の血走った目が浮かんでいる。異様に荒い呼吸と脈動。素肌の上にコート一枚を羽織って液体入りのビニール袋を握り締めながら、道路脇の藪にひとり潜み続けていたその野獣は、数時間にわたって待ち望んだ獲物の接近を見て、歓喜に打ち震えていた。警備を掻い潜ってここまで来た血のにじむ努力が間もなく実るのだ。

 何も知らずに夜道をひとり歩いてくるのはリリィ名門校、百合ヶ丘女学院高等部の少女である。

 科学と魔法を融合させた超兵器『CHARM』を自在に操り、超人的な身体能力をもって人類の敵『ヒュージ』と戦う超戦士『リリィ』。現在リリィたりうるのは多感な十代の少女のみであり、そのため彼女たちリリィを組織し、教育と訓練を与える『ガーデン』と呼ばれる女子校が、人類の対ヒュージ戦における実戦部隊となっていた。

 数あるガーデンの中でも名門として知られる百合ヶ丘女学院のリリィを遠目に捉え、獣は涎を垂らしながら身を乗り出していく。

 ヒュージが出現してから半世紀が経過してなお、人類はリリィとCHARMの組み合わせ以外の有効な対策手段を開発できていない。そして人類社会には圧倒的な戦力を持つリリィを危険視するもの、利用をもくろむもの、そして神聖視するものたちが入り乱れている。

 いま藪に潜んでいるこの獣は、後者における過激派であった。

 リリィの眼前で己のすべてをさらけ出し、欲望を叩きつけて神聖な戦闘美少女を汚したい。命を賭けて世界と戦友のために戦う彼女たちの無垢で美しい心に深く、己の存在を刻みつけたい。そんな歪んだ欲望の情念が、この狂獣をここまで導いてしまったのだ。

 生暖かく濁った体液入りのビニール袋を握り締めながら、獣は何も知らないリリィへ向かってにじり寄っていく。

 リリィの身体能力は常軌を逸する。たとえCHARMを持たない素手のままでも、常人が太刀打ちできる相手ではない。獣がいかに狂っていようと、リリィに反撃されれば即死もあり得る。

 だが狂った獣はむしろ、それこそ強く望んでいた。

「絹を裂くような悲鳴とともに決してパンツを見せない鉄壁のミニスカートから繰り出す超音速の蹴りで、僕の上半身を瞬時に破裂させてほしい。そのとき跳ねた僕の返り血と肉片が艶やかな長い髪にこびり付いて、共同浴場で泣きながらどれだけ髪を洗ってもにおいが取れない気がしてほしい。僕の投げた白濁液袋をかわした後、道ばたで破けた体液のにおいが鼻腔から抜けなくなってほしい。腰から上が爆散した僕の下半身に屹立する、ガーデンでは決して見ることのない異性のシンボルを否応なく目撃して、脳を破壊された僕が機械的に発射する飛沫を毎晩夢で見てほしい。シュッツエンゲルやレギオンの仲間たちから優しく励まされても何があったのかをうまく話せずに、すべてをさらけ出した僕を脳裏にフラッシュバックさせては一人で怯えて深く悩んでほしい……」

 すべてをさらけ出した己の姿をリリィが瞼に焼き付け、ヒュージとはまったく異質の理解不能な狂気との遭遇という一生消えることのない烙印をその魂に刻んでくれさえすれば、それで良い。

 たとえリリィの制服ミニスカートから伸びる脚線美の蹴りで、瞬時に跡形なく自身の肉体を粉砕されようと一片の悔いもない。

 否。神聖なリリィの魂に己を焼き付けることで、永遠の存在となって生き続ける――そのときこそ自分はリリィという現代の女神にこの身を捧げる、殉教者となるのだ。

 そう堅く信じているから、この狂獣は今ここにいるのである。

 潜む獣に気づかないまま、リリィは無防備なまま、さらに近づいてくる。ここなら逃さない。

 チャンスは、今。

 声にならない奇声を発しながら、獣は夜道へ飛び出した。距離2メートル。リリィが驚きの表情を浮かべる。

「おッ……お嬢さァァァん!!」

「きゃっ!?」

 おそらく一瞬の後に自らの命を奪うであろうリリィの正面でコートの前を開き、ビニール袋を投げつけようと振りかぶる。

 だがその一瞬で、強烈な違和感が獣の脊髄を貫いた。

 彼女が身を包んでいるのは紛れもなく、百合ヶ丘女学院高等部の制服である。だが、この距離で真正面から彼女を見て、獣は言いしれぬ不安感を感じた。そう。それは一言で言えば「少し無理をしている」のではないか、というものだった。

 その一瞬が勝負を決する。

「キエーーーッ!!」

「ゲボッ!!」

 彼女は踏み込み、強烈な突き蹴りで獣の鳩尾を撃ち抜いていた。

 それは獣の肉体を赤い霧にして蒸発させるリリィ級の破壊力にはほど遠い、しかし、獣からそれ以上の行動能力を奪い去るには十分すぎる一撃だった。

「に、偽リリィ……!? 卑怯なっ。ぼ、僕を騙したのかっ」

「変態不審者め。その言葉、そっくり返す」

 絶望に染まった表情で呟く獣へ冷たく言い放ちながら、彼女は懐から出したテーザー銃を向けた。地面へ転がる獣の全身へとたっぷり十発以上の連射を終えて、『偽リリィ』は肩で息を整えながら獣の末路を見届けた。感情のない声で平板に呟く。

「仕留めたか……」

 朝市しおりは24才の元リリィである。

 百合ヶ丘女学院のリリィとしてヒュージと戦い続け、やがてマギの力を失ったのち、しおりは防衛軍への入隊を選んだ。その目的は通常兵器でヒュージと戦い続けるためではなく、この獣のような、リリィを神聖視するあまり狂った欲望を抱いてヒュージ迎撃用の危険地帯まで侵入してくる変態不審者集団を撲滅するためであった。

 獣の無力化を確認したしおりが携帯電話で通報すると、駅から防衛軍の車両がやってきた。大量のテーザー弾でハリネズミのような有様になった獣をぐるぐる巻きにして拘束し、荷物のように荷台へ雑に放り込むと、しおりも乗り込んで撤収していく。

 基地まで帰る道すがら、ツタに覆われた自販機の周囲に、ラムネを買う3人ほどの現役リリィの姿が見えた。一歩遅れていれば、獣は彼女たちに接触していたかもしれなかった。

「お疲れさまでした、朝市少尉。さすがに暖かくなってくると多いですね」

「疲れてなんかいない。あの子たちはこんな『闇』の存在など知らないままでいい……あの子たちが世界と仲間を信じてヒュージと戦い続けられるように、私たちはマギを失ってもなお、これからも戦い続けるの……世界の悪意とね」

 労いの言葉をかける部下に言いながら、しおりは手元で開けたラムネを呷った。

 多くの現役リリィたちは防衛軍のことを、あまり役に立たない、何のために存在しているのかよく分からない組織、ぐらいにしか思っていないだろう。かつての自分がそうだったように。

 だが、それでいいのだ。

 防衛軍が戦う真の「闇」の存在など、リリィたちが知る必要はない。いや、むしろ、知ってしまってはならない。

 しおりたち防衛軍が敗北するとき、リリィたちは心に深い傷を負い、ヒュージと戦うことも出来ずに倒れていくであろう。

 百合ヶ丘女学院OGの元リリィにして防衛軍少尉、朝市しおり(24)の戦いはまだ始まったばかりである。


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