自動手記人形と先生   作:幻の犬@旧名は赤犬

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自動手記人形と先生 前編

今も嬉しく思います。

貴方の成長を間近で見守れたことを。

 

今も後悔しています。

貴方の道を決めてしまったことを。

 

あの時別の道を示すことができていればと、取り返しのつかないことを取り返す妄想で息継ぎをしながら。

私は今日も貴方のいない現実を空っぽのまま生きているしかないのです。

 

 

「エカルテ島……ですか。それってどこでしたっけ?」

 

 C.H郵便社の社長室。依頼書を片手に社長のホッジンズが口にした地名に、書き終えた書類から顔を上げたラックスが聞き覚えがないと首をかしげる。彼女の疑問に答えを返したのは、呼び出しを受け社長室を訪れていたヴァイオレットだった。

 

「エカルテ島はライデンから鉄道と定期船を乗り継いで三日ほど。大陸の北東に位置する小さな島です。先の大戦時にはガルダリクの支配下にありましたが戦後独立を果たした、と記憶していますが」

 

 セリフの最後はホッジンズに向けた確認も兼ねた言葉で、それを受けたホッジンズはうなずくことでそれを肯定する。

 

「うん。それで合ってる。敗戦のごたごたでガルダリクも小島一つに構う余裕がなかったみたいで独立自体はあっさり認められたという話だ。結果南部連合からの支援物資はほとんど回されなかったみたいだけど、元々自給自足で成り立っていたのと直接戦火に巻き込まれたわけでもないことから、特に問題にはならなかったみたいだね」

「そうなんだ。……あれ?でもそんな島からヴァイオレットに依頼がきたんですよね。それって大丈夫なんですか?」

 

 ラックスが心配するのも無理はないだろう。

 大陸間戦争の際ガルダリクの側にあったということは、つまり先の戦争の時には、ライデンシャフトリヒとエカルテ島は敵同士だったということだ。

 今は和平が成立しその上ガルダリクから独立しているといっても、人の感情というものはそう簡単に割り切れるものではない。元敵国の人間がのこのこ顔を出してはいらぬ騒ぎに巻き込まれるかもしれない。ラックスの懸念はホッジンズも抱いたものであるらしく、深刻な面持ちで一つ頷くとヴァイオレットに向き直った。

 

「そこなんだ。わざわざヴァイオレットちゃんを指名しているということは彼女がライデンシャフトリヒの人間だということを分かったうえで依頼を出しているはずだし大丈夫、とは思うんだけどね。万が一のことを考えると即答もできない。だからヴァイオレットちゃん自身の意見も聞きたくて呼んだんだよ」

 

 どうかな?と真剣なまなざしで彼は問いかけた。

 

「いろいろと面倒なことが絡んでいて断るのは難しいけど不可能ではない。依頼自体は旧北部連合のどこかに回せば済む話だしね。少し時間はかかるだろうけどきちんと片付くだろう。だからそういうことは気にせずに正直に言ってくれ」

「お気遣いには感謝します。ですが大丈夫です。問題ありません」

 

 ヴァイオレットの様子はいつもと同じ落ち着いたものだった。そこには少しの恐れも戸惑いも感じられない。彼女のことをよく知らない者が見れば、きちんと話を聞いていたかと疑問に思いそうなほど冷静に、いつも通りの面持ちでヴァイオレット・エヴァーガーデンは答えた。

 

「お客様がお求めなら世界のどこにでも赴く。それが自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)の仕事であり、現在の私が選んだ務めです。危険が予想される依頼ということに関しても、そういった依頼は今回が初めてではありません。過去にそういった依頼を受けてきた以上、今回に限りそれを理由に依頼を断るというのは、理由としては弱く、また商売として不誠実であると思います」

「そうか……。うん、ヴァイオレットちゃんならそういうような気がしていたよ」

 

 やや気まずげに額を描きながら、はあ、とホッジンズは大きく息を吐いた。そこに含まれている安堵と心配の比率は四対六、いや。三対七くらいだろうか。

 彼女のことを信じてはいる。自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)としてはもちろん、その危機突破能力に関しても。だがそれとこれとは別の話だ。どんなに人間離れした強さを持っていたとしても、ヴァイオレット・エヴァーガーデンは不死身の怪物などではない。傷つけば血を流すし、ひとの心に共感して自分の気持ちを揺らせる、少し変わっているだけの少女なのだから。

 これではギルベルトのことを笑えないが、だからなんだ。心配して何が悪いものか。奴は彼女が愛する人だが、それを言うならこちらは保護者なのだから。なんとなく脳裏に浮かんだ、自分を過保護だと笑うベネディクトのにやにや顔を蹴っ飛ばしながら、ホッジンズは改めて口を開いた。

 

「分かった。じゃあこの依頼はヴァイオレットちゃんに任せるけど……念の為島では元軍人ということは言わないほうがいいだろうね。あくまでただの自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)として振る舞うんだ。それと可能な限り連絡を欠かさないこと。それだけ守って、気を付けていっておいで」

 

 君に万が一のことがあったら、俺はショックで寝込んじゃうしギルベルトに何をされるか分からないからね。

 最後に冗談めかしてそう言うと、ヴァイオレットは「はい」とうなずいた。 

 曲がりなりにもかつて敵地であった場所に単身赴く。そうと決めながらヴァイオレットの様子にはやはり緊張も気負いも浮かんでいない。内心は違うのかもしれないが自分ではそれを見抜くことはできそうにない。そんな彼女の強さが頼もしく、そしてなんだか悲しくて。なにより自分が不甲斐ないなとホッジンズは気づかれぬように苦い笑みを浮かべた。

 

 

 ライデンを出て二日目の夕方。取り立ててトラブルが起きることもなく、ヴァイオレットは船上の人になっていた。このまま何事もなければ、明日の昼過ぎにはエカルテ島につくだろう。

 喉の渇きを覚えて売店に足を運んだヴァイオレットは、その帰り道の途中、ふと立ち止まるとゆっくりと過ぎていく景色に目を向けた。

 眼下に広がる海はまるで泥を溶かし込んだように灰色に濁って見え、空には分厚い雲が立ち込めている。いまにも雨が降りそうな天気の中、それに気づいているのかいないのか、一羽の海鳥が船に並走するように飛んでいた。

 もしかしてこのままエカルテ島までついてくるつもりだろうか。そんな埒もない考えがふとヴァイオレットの頭をよぎる。

 エカルテ島。大陸間戦争においてライデン他南部連合が戦火を交えた北部連合の中核、ガルダリク帝国の一部だった――かつての敵国。

 もしかすると、先の戦争で自分が殺した兵士たちの中にこの島の出身者がいたかもしれない。ホッジンズたちが心配した通り、それはヴァイオレットの心になんともいえない心地悪さとでもいうものをもたらしていた。

 だけどそれは怒りや憎しみの類ではない。ヴァイオレットは手すりに置いていた右腕を目の高さまで持ち上げた。黒い手袋に覆われたその奥を見通そうとするかのように目を細め、生まれついてのものではなくなった機械の腕をじっと見つめる。

 確かに自分が暖かい生身の腕を失ったのは彼らとの戦闘の結果だが、それについて彼女は彼らに何の遺恨も抱いていない。ギルベルトの右目と左腕が奪われたことについてもだ。

 敵も味方も大事な何かを守るために戦って。殺して。奪い合う。それが戦争というもので、そうして奪われた中に自分の体の一部があったというだけだ。何もかも失った者すら大勢いたことを考えれば自分はむしろ幸運であったとすらいえる。

 だが他の奪われた者たちも同じように考えるとはかぎらない。

 ヴァイオレットが手すりを握る手に力がこもる。

 自分自身が他人のかけがえのないものをいくつも奪いとり踏みにじったということを今のヴァイオレットは知っている。そのことに対する罪悪感と心臓を絞り上げるような痛みは終生自分にまとわりつくだろうことも。そして自分がかつての敵国の者たちに恨まれても仕方のない人間であることも彼女は理解していた。

 なのになぜ自分は今回の依頼を受けたのだろうか。軍歴がばれなくても元敵国の人間というだけで敵意をぶつけられる可能性はあるのに。起こさなくてもいい嵐を起こしてしまうかもしれないのに、なぜ?

 それはこの依頼を受けてライデンを発ってからここに至るまで考え続けてきたことだった。

 ホッジンズに伝えたように自動手記人形としての使命感があったのは間違いない。だが本当にそれだけか?あるいは恥知らずにも、彼らのために働くことで、僅かでも自分の体に刻まれた火傷が消えることを期待したということはないか?

 自問自答をするが答えが浮かんでくることはなく。吹き付けてくる風に小さな雨粒が混じってきたのに気づいたヴァイオレットは部屋に戻るため歩き出す。いつの間にか海鳥はどこかに消えていた。

 

 

 ライデンを出てから三日目の午後。

 ヴァイオレットが乗る定期船は予定通りエカルテ島の港に錨をおろした。

 いつも多くの人でにぎわっているライデンの港と異なり、この辺鄙な島では船が到着していても辺りに人影はほとんどない。島の名産だという葡萄の収穫時期ともなれば買い付けの商人などでもう少しにぎわうのかもしれないが、今日のところはヴァイオレット一人が降りるだけ。あとはわずかな積み荷の積み下ろしを行う水夫と、その中身の確認や次の取引について話し合う島の人間と業者がちらほらいる程度だ。

 依頼人らしき者の姿はどこにもない。

 それを見てとると、ヴァイオレットはココアブラウンのブーツを鳴らしながらトラックに荷物を積み込んでいる老人に近づき声を掛けた。

 

「あの、すみません。少しよろしいでしょうか」

「なんだね」

 

 作業の手を休めて振り返った男は、ヴァイオレットの姿を見て驚き目を見張った。それも無理はないだろう。

 一目で金も手間もかかっていることが見て取れるプルシアンブルーのジャケットにスノーホワイトのリボンタイワンピース・ドレス。ビロードのような髪は午後の日差しを受けて金色に輝き、碧い瞳は磨き上げた宝石を埋め込んだよう。白い(かんばせ)は作り物のように整っている。どこかの宝物庫に収められた芸術品が歩いてきたのだなどと出鱈目を吹き込まれても思わず信じてしまいそうな、浮世離れした雰囲気を彼女は纏っているのだから。

 そんな辺鄙な島ではまず見かけない着飾った麗人に、一体何者が何のために来たのかと、男が警戒感と好奇心がないまぜになった視線を向けてくるが、ヴァイオレットは気にすることもなく、自分の身元とここに来た理由を伝えた。

 

「C.H郵便社より派遣されてきたヴァイオレット・エヴァーガーデンと申します。ユーカリプタス様がどちらにおられるかご存じでしょうか」

「郵便社ということは、あんたが先生が依頼した自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)か。遠いところをわざわざご苦労だったね」

 

 よほど人望があるのだろうか。ユーカリプタス――依頼人の名前を耳にした男の目から警戒感が消えうせ、深い皺が刻まれたいかつい作りの顔立ちに人好きのする笑みが浮かびあがった。

 少し話を聞いてみると、依頼人はこの島でただ一人の教師らしく、今の時間だと学校で授業の最中だという。途中まで同じ方向に行くからよければ載っていくかと、トラックの荷台を示されたヴァイオレットはありがたくその好意を受けることにした。

 農機具や木箱を積み込んだ荷台に上がり、運転席側の空きスペースにそっとトロリーバッグを置いて、その脇に車体に背中を預けるようにして腰を下ろす。

 声を上げて準備が済んだことを伝えると、程なく車は動き出した。かろうじて車同士がすれ違える程度の広さしかない道をゆっくりとした速度で進んでいく。

 

「評判の自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)だからと先生が言っていたからどんな人が来るのかと思っていたんだが、まさかこんな若い娘さんとはなあ。まあ手紙を書くのに体力なんざ関係ないだろうし何より先生が提案した人だ。心配はしていないがね」

「ユーカリプタスさまの人を見る目を評価されているのですね」

「んー?ああ、そうだな。人を見る目というより先生という人間を信頼しているという方がしっくりするかね」

「なるほど」

 

 好奇心が抑えられなかったのか元々話好きなのか、運転席の男の話に時折相槌を返しながらヴァイオレットはその内容に耳を傾けた。

 依頼人の人となりについて知ることは自動手記人形の仕事の上では大事なことだ。もちろん本人と顔を合わせて得る情報が一番だが、周囲の人間からの評価や印象なども決して馬鹿にはできない。任務遂行に必要な情報収集は、素早く大量に集めることが第一段階であり、正確さの精査は第二段階だということをヴァイオレットは経験として知っていた。

 男の話によると、ユーカリプタスは元々この島の人間ではないらしい。10年ほど前に当てのない旅とやらでふらりとこの地を訪れ、学があって字の読み書きができるということで代筆屋の真似事をしながら滞在しているうちに、乞われて島の学校の教師になったのだという。

 

「それまでは手の空いた島の大人が持ち回りで教師の真似事をしていたんだがね。その大人もきちんとした教育なんて受けてない上に、どうしても仕事やら家のことを優先しなきゃならんから学校のことは後回しになりがちでな。毎日学校で子供らがいろんなことを教われるようになったのは、先生が来てからなのさ」

「それは、とてもいいことですね」

 

 知識は武器だ。

 簡単な計算や読み書きができるというだけでも日常生活で不利益を被る可能性は大きく減るし、何より将来を見据えた場合選べる道の数もまるで違う。

 自分自身がまともな教育を受けられる環境になく、戦後になってからその分を取り返すのに苦労した覚えがあるだけに同意を返したヴァイオレットの声は実感がこもったものだった。

 

「それだけじゃない。島のためにいろいろと働いてくれるし、何よりいい人だ。いつも穏やかで誰にでも優しくてな。島の若いのであの人に懸想したことのないのはいなかっただろうし、あの人が嫁に来てくれればと考えなかった年寄り連中はいないんじゃないかね。少なくとも俺はそうだった。……まあ、あれだ。うちのバカ息子にはもったいない人だったし脈はなかっただろうがね」

 

 幸福な夢を見ている途中でいきなり現実に放り出されたように、弾んでいた男の声が急にトーンを下げた。ヴァイオレットもあえてそれを確認しようとはせず、車のエンジン音と車体が奏でる振動音だけが辺りを包み込む。

 舗装されていない坂道を上る中古のトラックの荷台はおせじにも快適な乗り心地とは言えなかったが、ヴァイオレットは気にする素振りも見せず、ゆっくりと流れていく島の景色に目をやった。

 島の気候が関係しているのだろうか。乱雑に積まれた石垣の向こうに広がる野原には背の高い木はほとんど見えず、その代わりとでもいうように低木の茂みと下草のコロニーがそこかしこにちらばっている。そしてさらにその向こう、岸壁の下に広がる青い海の上では、海面に反射した光と白い波頭が気まぐれに踊っていた。

 

「本当なら海に出ている漁船の群れが見えたんだ。目印にと鮮やかな色に染め上げた布を結び付けて、それを風にたなびかせる船の群れがな。でも漁に出られる若いのはみんないなくなってしまって、ここから見えるのは海の青だけになってしまった」

「……」

 

 独り言のようにつぶやかれた老人の言葉にヴァイオレットはやはり何も答えず、ただ胸元のブローチをそっと撫でた。いや、あるいは答えられなかったのか。幸いにというべきか、老人も特に返事は求めていなかったようで再び口をつぐみ無言で車を走らせる。

 やがて差し掛かった分かれ道でヴァイオレットは男と別れた。教えられた道を歩いていくと、ほどなく学校と思しき建物が見えてきた。

 高い塀や立派な門が備え付けられているのが当たり前のライデンの学校とは異なり、塀代わりであろう石垣は腰までの高さしかない石を積み固めただけの簡素なもので、門は素朴な木製で鍵や閂の類は見当たらない。ライデンの基準で考えればあり得ないほどに不用心だが、島民が少なく互いに面識があるようなこの島では問題ないのだろう。

 そんな事を考えながら門を押し開ける。ちょうど授業が終わったらしく、甲高い鐘の音が響き、次いで歓声をあげながら子供たちが建物を飛び出してきた。巻き込まれないよう脇によったヴァイオレットの前を、まるで子犬のようにじゃれ合いはしゃぎながら子供たちが駆け抜けていく。その中の三人がヴァイオレットの横を駆け抜けようとして立ち止まった。

 

「あれ?おねえさん誰?誰かのお姉ちゃん?」

「もしかして郵便屋さん?そのかばんの中に手紙が入っているの?」

「いえ。私は自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)です。依頼を受けてきたのですが、ユーカリプタス先生はどちらでしょうか」

「自動手記人形……って、手紙を書くのを手伝ってくれる人のこと?先生が言ってたよ」

「先生ならまだ教室にいるんじゃないかな、そこの階段を上がった先の、角を曲がったところにある建物。分かる?」

「あちらですか。ありがとうございます、お坊ちゃま方」

「えへへ。どういたしまして」

「じゃあ、またねー」

 

 笑いながら走り去る子供たちの背中を見送ってからヴァイオレットは教えられた方に向けて歩き出す。目的の建物はすぐに見つけることができた。古びた木の扉を少し強めにノックすると程なく室内から返事が返ってくる。子供たちの言ったとおり、依頼人はまだ残っていたようだ。

 

「どうぞ。開いていますよ」

「失礼いたします」

 

 ドアを押し開け中に入ると、埃臭い空気が微かに鼻をくすぐった。

 それなりの広さのある部屋はどこか薄暗く冷たい空気をはらんでいるが、壁一面に貼られた子供たちが書いたと思しき絵とささやかな花が生けられた花瓶が彩りとなり陰気な感じはしない。室内には長机がいくつかと手作りと思しきキャスターが取り付けられた大きめの黒板が置かれ、向かいの壁際には小さな本棚が二つと大きめの机が一つ。そしてその机に向かって作業をする女の後姿が見えた。

 

「聞き覚えのない声ですが……もしかして、依頼の件でこられた方ですか?」

 

 そう言いながら机で作業をしていた人影が振りむいた。

 歳の頃は30に届くか届かないかといったところだろうか。

 腰のあたりまで伸ばされた赤い髪が、頭の動きに合わせてまるで明々と燃える焚火の炎のようにふわりとなびく。首元には明るい翠の石がはめ込まれた首飾り。そしてこの島の住人としては珍しい、鮮やかな同色の手編みのワンピースドレスを自然に着こなす姿は、服の上からも見てとれる恵まれたプロポーションもあっていかにも大人といった感じで垢ぬけていて、それでいて柔らかい光を湛える青い目が印象的なその顔つきはどこか幼い子供のようでもある。

 そして何より特徴的なのはその印象だろう。顔を合わせて少し話せばみんなに好かれそうな、まるで穏やかな陽だまりのような雰囲気が全身からあふれているような、そんな女だ。

 

「はい。お初にお目にかかります。お客様がお望みならばどこでも駆けつけます。自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」

 

 いつものようにスカートをつまみ、足を引いて優雅に礼をすると、女は「よく来てくれました」と笑みを浮かべた。

 

「ようこそ、エカルテ島へ。この島で教師と、あと雑用係のようなことをしているアニーラ・ユーカリプタスといいます。どうかアニーと呼んでください。その方が呼ばれ慣れていますから」

「了解いたしました、アニー様」

 

 かつての敵国の人間を前にしても、アニーの態度には敵意や警戒心のようなものは見えない。その事に安堵と居心地の悪さが入り混じった複雑な感覚を覚えながら、ヴァイオレットは小さく息を吐いた。そんな彼女の内心を知る由もないアニーは、にこにこと笑いながら依頼について話し始める。

 

「じゃあ、早速今からと言いたいところなんですけど……もうみんなも帰ってしまいましたから今日はお休みで。ゆっくり休んで明日からお願いします。お祭りの日まではまだ余裕がありますし大丈夫でしょう」

「お祭り、ですか?」

 

 依頼書には島に住む子供たち20人分の手紙の代筆とあったが、それと祭りと何の関係があるのか。あるいはライデンシャフトリヒの航空祭のように、祭りの中で手紙を何らかの形で使うのだろうか。

 

「ええ。毎年行われる海への感謝祭……。今年はその時に手紙も海に捧げてはどうかってそんな話になったんです」

 

 ――ああ、これは。

 目に見えて曇ったアニーのその顔に。隠そうとしても隠し切れない沈んだ声には覚えがある。二度と取り戻せない失った何かを思う人の表情。自動手記人形として何年も働くようになって、数えきれないほど見た顔で、聞いた声色だ。

 聞きたくない。聞かねばならない。止めたい。止めてはならない。止められない。いくつもの感情、いくつもの相反する気持ちがぐちゃぐちゃに混じりあって頭の中で渦を巻きヴァイオレットの体を縛り付けていく。

 まるで射撃訓練に使う案山子のように、彼女は立ち尽くしたまま次の言葉の弾丸が放たれるのを待つことしかできなかった。

 

「ここに来る途中気づいたかもしれませんが、この島には若い男の人がいないんです。先の戦争の際にガルダリク側として出兵して、ライデンシャフトリヒの軍と戦って、そしてだれ一人帰ってきませんでした。だから今島にいるのはお年寄りと女の人と、そして子供たちだけ」

 

 形のない弾を心臓に撃ち込まれた気がしてヴァイオレットは小さく肩を跳ね上げた。

 あの戦争でギルベルトが指揮するーーヴァイオレットが所属していた部隊が、エカルテ島の部隊と交戦したという記録はない。つまりヴァイオレット自身はこの島の住人を殺したりはしていないはずでーーしかしそんなことはなんの言い訳にもならないと今のヴァイオレットは理解していた。ライデンシャフトリヒ軍の一員としてあの戦争に加わっていたというだけで、この島を襲った悲劇の原因、その責任の一端は自分にもあるのだ。

 まるで体が芯から冷えていくようで、ヴァイオレットは半ば無意識に手を硬く握りしめた。そんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、アニーは淡々と話し続ける。

 

「時が経って、私達大人はまだ完全にとは言えませんが徐々に立ち直ってきています。でも子供たちはなかなか割り切ることも整理することも出来ないみたいで……」

 

 それは仕方のないことで、でも黙って見ているだけでもいたくないのだと、アニーは続けた。

 

「せめて何か、子供たちの気持ちを落ち着けるお手伝いができないかと考えていた時、ライデンシャフトリヒの航空祭の話を聞いて。私や家族にも言えずにため込んでいる気持ちを、手紙という形ででも表に出せれば子供たちの気持ちも少しは安らぐかと思ったんです」

「それは……分かります。分かる、気がします」

 

 送り先のない手紙を書き続けていた日々のことを思い出しヴァイオレットはつぶやいた。

 それはギルベルトと引き離されていた時のこと。置いていかれたという悲しみ。帰ってこない人を待ち続ける不安。そしてかけがえのない大切なものを失ったという絶望とそれでも再会を信じたい希望。

 伝える相手のいないまま積もっていく混沌とした感情を、手紙に記して吐き出せば少しだけ楽になった。濁った感情はすぐにまた湧き出して心を満たしてしまったけど、それでもその度描き続けて。それは生きる助けと呼ぶには無力なものであったかもしれないが決して無意味なものではなかったと、今のヴァイオレットは理解していた。

 

「……プロの自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)の方にそう言っていただけると心強いです。私も頼まれて代筆をすることはありますけど、今回のような『重い』手紙は書いたことがないので」

 

 だからどうかよろしくお願いします、と頭を下げるアニーに、ヴァイオレットは「お任せください」と答えると頷いてみせた。

 この島の人たちのために自分ができることーー自動手記人形としての使命を果たすという決意を秘めた眼が、きらきらと力強く光っていた。

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