デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ   作:カール・ロビンソン

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第壱章『サクナヒメ邂逅』
第壱章『サクナヒメ邂逅』・上


 闇ある所に光あり。悪ある所に正義あり。

 

 この大和の国に文明開化の鐘が鳴り響いてから、はや半世紀と十数年。我らが天皇陛下のお膝元たる帝都はまさに春爛漫。

 薄紅花景色。舞い散る桜の花びらと道を行くハイカラな袴に身を包んだ女学生達の華やかなること。電気屋の軒下に流れるラジオからは、様々な歌謡曲や落語、ラジオドラマが流れており、耳さえも彩る。

 まさに大和は順風満帆。富国強兵のスローガンと共に、新調していく国力はまさに日が没することを知らぬほど。今や欧米の列強とも肩を並べ、いずれは世界の強国として名を馳せる日も近い。この国に住む誰もがそう信じております。

 

 しかし、好事魔多し。華やかなる帝都の春の中にも、邪悪なる者の魔の手は密かに迫り、それはゆっくりとですが、確実に帝都を、ひいてはこの大和を蝕んで行くのです。

 

 これから皆様に語りまするは、帝都の裏で邪なる者の企みを看破し、人知れず悪を滅ぼし正義を成す者。世紀の快男児こと第十四代目葛葉ライドウ。そして、この大和から限りなく近くそして遠い地で、人々に恵みをもたらし、悪と戦う女神の一柱、天穂のサクナヒメの物語でございます。

 

 皆様の前で今日、この物語を披露できることをありがたく思い、最後まで役目を果たしていきたいと存じます。何卒宜しくお願い致します。

 

 さて、帝都中心からほど近い矢来区の通りを歩く少年。彼こそがこの物語の主人公。弱きを助け、強きを挫く、悪を滅ぼし、正義を成す。快男児こと第十四代目葛葉ライドウでございます。

 黒い学帽と黒い外套を身に纏う、如何にも書生らしき彼が他人の目を引き付けるところと言えば、その端正な容姿にあるでしょう。

 黒い髪を刈り上げた散切り頭に、富士に積もった雪の如く白い肌は、透き通るかのよう。整った顔立ちは、まるで一級の職人の手で作られた人形使節以上とも言え、若い女学生の間では、絵草子からそのまま抜け出してきた王子様と呼ばれるほどであるとか。長身痩躯に見えるその身体も、過酷な訓練で鍛えられており、生中な兵卒などとは比べ物にならぬほど。

 

 そのような非の打ちどころのない快男児ライドウも腹が減っては戦はできぬ。今は近所のパン屋にて、昼食のサンドウィッチを買い求めてきたところである。この魔女と砂以外何でも挟んで食べられる、と言う南蛮の食物。ライドウは常にこの店で買うこととしている。何せ、好物の大学芋サンドはここにしかないのですから。

 

 さて、所望の品を買い求めたライドウは帝都に立つビルヂングの一つ、銀楼閣に戻るのでございます。そこには探偵見習たるライドウの勤め先、鳴海探偵社があるのでございます。すると、何やら珍しい自動車が入り口の前に停まっているではありませんか。

 ビルヂングに入り、廊下を歩くライドウ。我が職場まで数歩と言うところで、ライドウは足を止めるのです。何故なら、向かう部屋の中から何やら騒がしき問答が聞こえてくるからでございます。

 

「ここにはデビルサマナーとやらがいるんだろう!? 早くそいつを出して解決してくれ!!」

 

「はぁ……デビルサマナー、などと言う与太話に当社はお付き合いするつもりはございません。出口はあちらです。どうかお引き取り願います」

 

「なんだと!? しかし、ここは怪奇な事件を取り扱う探偵社だと…」

 

「それもまた、無責任な噂にすぎません。警察と明智探偵にご相談なさい。それがきっと事件を早期に解決することになるでしょう。では」

 

 憤る聞き慣れない声と、それを受け流す涼やかな聞き慣れた声。その問答は四半刻ほど続き、やがて半開きのドアが乱暴に突き明けられました。中から現れた恰幅の良い御仁-老年に差し掛かる彼の着ているのは上等な洋服だが、その様子にはいささか品を欠いている様が見受けられる-とその秘書と見られる人物が現れます。彼らはライドウを一瞥して去っていきました。表の車はどうも彼らの物と思われます。

 

『ふむ…成金、と言う手合いかな』

 

 肩に乗る黒猫がライドウに語り掛けて参ります。正確には念を通しての会話で、ライドウ以外にはただの鳴き声にしか聞こえません。

 彼の者の名は業斗童子(以下ゴウト)。未だ若きライドウのお目付け兼指南役の式であります。

 ライドウを陰に日向に支え、共に幾多の難事件を解決した彼は、少々過保護で口うるさい存在ですが、理解者の少ないライドウにとってはかけがえのない相棒でもあります。

 

 件の成金と入れ替わる形で部屋に入るライドウ。そこには椅子に座る優男だけが存在しておりました。

 整った容姿に仕立ての良い洋服。伊達男と呼んでいい彼には、どこか軽薄な遊び人のような雰囲気が漂っております。一見すれば、遊び人のようなこの男。彼こそがこの探偵社の主、鳴海。その本名はライドウすら知らぬ食わせ物である。

 

「おお。お帰り、ライドウちゃん。今回は俺が淹れたから、さっさと飯にしようぜ?」

 

 伯剌西爾産の豆が云々と語る鳴海は、先の成金を全く意に介さぬ様子。それもそのはず、彼は弱者を食い物にする輩を許せぬ熱き魂の持ち主。その風体に見合わぬ硬骨漢でもある。傲慢な成金など歯牙にもかけるはずもなし。

 

「さっきのは?」

 

「依頼人だよ。断ったから、元ってことになるのかな?」

 

 ライドウの問いに、フラスコから天使の如く甘く、悪魔の如く黒い液体をカップに注ぐ鳴海は、それをライドウに突き出して言う。

 

「上客だったのでは?」

 

「ま、金払いはよかろうよ」

 

 カップと引き換えに紙袋を受け取る鳴海は答えて言う。そして、中からサンドウイッチめを取り出して続けるのでした。

 

「だが、庶民の生き血を啜る成金の依頼なんざ受けられんね。むしろ、いい気味さ」

 

 吐き捨てるような一言の後、鳴海はサンドウイッチを一口。塩で漬けた牛肉とキャベツ。それに白きマヨネーズなるタレを絡めた具が舌で奏でる味わいはまさに絶品。牛の塩気と旨味、キャベツの酸味をマヨネーズの脂が包み込み、それはまさに天にも昇る愉悦。しかし、鳴海の顔色は冴えず、ライドウには机の新聞を投げ渡し、ため息交じりに続けるのでした。

 

「俺やお前がガキの時にあったろ、米騒動って奴。あれがまた最近起きかけてるんだってさ」

 

 鳴海の言葉に、ライドウは渡された新聞に書かれた記事を見る。そこには米騒動再びの文字が躍っていた。

 ライドウはおろか、鳴海さえほとんど覚えておらぬ10数年前、この国には米騒動なる事件が起きておりました。凶作とそれに付け込んだ成金による米の買い占めによって起こった騒動でございます。それが今また起ころうとしているのか。ライドウは情けなく思ったものにございます。

 

「今年は近年稀に見る凶作の模様。んで、馬鹿な成金がまた買い占めに走ってるってさ。あいつらは猿以下だね」

 

 大仰に肩を竦める鳴海はここにはおらぬ愚か者共に悪態を吐く。あの騒動から人は何故学ばぬのか。何故同じ過ちを繰り返すのか。ライドウもまた、鳴海と同じく深いため息を吐くのでありました。

 

「で、さっきの御仁が駆け込んできたのは、その買い占めた米がそっくり無くなったって案件なわけよ」

 

 そう言って鳴海は珈琲を一口飲み、微かに笑いました。そこには痛快とほんの少しの悲しさがありました。法でさばけぬ悪党の目論見が崩れたことを喜び、さりとて貴重な米が失われたことへの悲しみだったことでしょう。そうして、また軽いため息を吐いたのち、鳴海は続けました。

 

「倉の鍵はあれが肌身離さず持っていて、警護の者も10人は雇っていた。だが、彼らは物音一つにすら気づかず、賊の侵入を許し、大量の米は一晩にして影も形もなし、さ」

 

 大袈裟に言い過ぎじゃないのかね。そう言って再びサンドウィッチを齧る鳴海。ライドウはその言葉に思考を巡らせるのでした。

 いくらなんでも、大勢の見張りのいる倉庫から鍵も外さずに大量のコメを盗む、などは人間の業ではありませぬ。何らかの怪異の仕業か。ライドウが疑ったのは当然、と言えることでございます。

 

「ま、そんな真似ができるのは巷で噂の怪人二十面相ぐらいなもんだろうけど、あいつ米なんか盗まないよなぁ」

 

 鳴海はそう笑って言います。

 怪人二十面相とは世紀の大怪盗。変装が飛び切り上手で、どんなに明るい場所でも、どんなに近寄って眺めても、少しも変装とは分からない、と評されるほどの手際を持ちます。西洋のアルセーヌ・ルパンと並び称される彼であれば、或いはそのような不可能犯罪を成し遂げられるのかもしれません。

 しかし、彼は美術品を主に狙う怪盗。以下に米の値が吊り上がろうとも、志を曲げるとは思えません。石川五右衛門のような義賊的な所があるわけでもなし。

 

「ま、こいつは明智君にお任せして、俺達はゆっくりお昼を過ごそうぜ?」

 

 そうお気楽に言う鳴海は、もう一口でサンドウィッチの半分を飲み下したのでした。神は天にいまし、世は事もなし。依頼を断った以上、探偵としての鳴海とライドウに出来ることはない。だが…

 

『…何やら、大事件の臭いがするな』

 

 一人ごちるゴウトに、ライドウは微かに頷いて同意を示す。飢饉と米泥棒。結びつくようでつかない事件には、何か関係がある。ライドウの勘がそう告げておりました。

 事件の幕開け。大学芋サンドを齧るライドウの灰色の脳細胞が生き生きと働き始めるのでした。さあ、快男児よ! 第十四代目葛葉ライドウよ!! 快刀乱麻に悪を断て!!!

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