デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ 作:カール・ロビンソン
今年は兎角量を重視。まずはがらんどうの倉を満たす必要がございます。
塩選別もほどほどに、苗は厚撒きの方針です。
間隔は疎にして均等に。肥をやっては、草を抜き。水の量と温度を常に注視する。いやはや、大変骨の折れる作業。しかも、昼夜を問わず日々これ精進。稲作の心は親心とはよく言ったものにございます。
そして、巡って来たりまする夏の日よ。太陽が顔を出す前に寝床から起きだしたライドウ。野良着に着替えて、今日も愛しい我が稲のお世話をするなり。
見れば稲穂は既に第三分結。中干の期が来たりますれば、水を抜くことを忘れてはなりません。
忌々しきタイヌビエ共を千切っては投げ、千切っては投げ。額の汗を手の甲でぬぐう頃には、東の空から太陽が目覚め始めるのでした。
「ふわぁ…お早う、ライドウ。今日もご苦労じゃの」
同時にやって来たるは、我らが姫宮サクナヒメ。寝ぼけ眼をこすりこすり。まるで、猫のような愛嬌でございます。
「おはようございます、姫」
「おはようございます、ライドウ殿…おひいさま。ライドウ殿ばかりにお任せしてはいけません」
「むぅ…良いではないか。ライドウは勤勉なのじゃから。全く、頼りになる男子よな」
「…ライドウ殿。あまり働き過ぎはよくありませぬ。おひいさまの怠け癖が戻ってしまいまする」
タマ爺の苦言に微笑むライドウ。確かに我が姫はいささか怠惰の心が強いご様子。しかし、それを受け止めるもまた家来の忠義、そして男の甲斐性でございます。それに可愛らしい姫の笑顔があれば、この程度の労苦はなんでもございません。
「さて、ライドウよ。朝餉を終えたら、狩りに出向こうぞ? わしはもっと魚を採って、あのはや寿司とやらを食べたいからのぅ」
「おお、おひいさま。自ら朝餉の支度をなさりまするか!?」
「いや。ライドウがやってくれるじゃろ?」
「…おお、情けなや、おひいさま…」
「うるさいのぅ! わしが作るより、ライドウが作る方が美味いに決まっておるじゃろうが!!」
『まあまあ、タマ殿。ライドウは勉学中の身故、いい修行にございます』
嘆くタマ爺を宥めるゴウト。ライドウは微笑みながら、静かに台所に向かいます。未だ夢の中におられるゆいとココロワヒメ。お二人の眠りを妨げぬよう、静かに、だが迅速に美味い朝餉を作らねばなるまい、と。さて、献立はいかにするか。ライドウの灰色の脳細胞が閃きます。
そして、数刻後、目玉焼き丼と納豆、そして、ヨモギ汁と香の物の朝餉を食したライドウとサクナヒメは、狩場に出ておりました。向かう場所は水の山の奥、水惑いの谷にございます。サクナヒメの曰く、暑い夏は水の多い場所で涼むと良いとのことでございます。
キィン! 名刀・赤口葛葉が弾かれます。大いなる魔を払う剣であれども、巌の如く頑強な、化け亀の甲羅を切り裂くことは容易なことではございません。手足と首を引っ込めて、甲羅に籠られれば流石に手を焼く葛葉ライドウ。
このままでは埒が明かぬ。焦るライドウの頭上に迫りくる影が四つ。
奇怪! まっことに奇怪なるかな!! 迫りくるは人の子供よりも大きな魚の群れ。しかし、それは水を泳がずして宙を泳ぐ。これぞまさに鬼の所業!
「そこじゃ!」
そこに颯爽と飛んでくる影。あれは誰だ! 誰だ!! 誰だ!!!
鳥かはたまた飛行機か!! いいや違うぞ、そこに見えたる麗しき御姿、それは天穂のサクナヒメであらせられまする。さても見事な空中殺法! その動きの速きこと、まさに飛燕の如し!!
瞬く間に、三匹の魚は三枚おろし。残る一匹もかかと落としで地に落とす。それは化け亀をぶっ飛ばし、哀れ逆さになるなり。そこに躍りかかるライドウ。弱き甲羅の腹の部分。そこに突き入れたる赤口葛葉。それは亀の心の蔵を貫き、見事成敗するのでございます。
鬼を一掃。刀の血を足元に流れる沢で濯ぎ、ライドウはハンカチーフで拭った後に鞘に納めます。すると、何やら面妖な風景が目の前に広がります。浮いた魚は地に落ちて、すぐにアユやヤマメに変わる也。化け亀もまた小さな鼈に代わるではありませぬか。これは一体全体どういうことか。
「この島の鬼は討てば普通の獣や魚に変わるのじゃ。ココロワは邪気に充てられた獣や魚が鬼であると言うておったな」
どこか哀し気な姫の言葉に、ライドウは深く頷くのです。鬼とは疑う心の暗さが呼び寄せるものなり。麓の世の人の陰気の集まりやすき、ヒノエ島においては仕方なきことにございます。
「さて、一休みするかの。丁度昼餉に良い頃合いじゃ」
「はっ!」
姫の下知を受け、ライドウは早速日当たりの良い乾いた地面にて火を起こします。乾いた木を削り、おが屑を用意いたします。しかる後に、取りいだしたるは探偵の必需品、虫眼鏡でございます。おが屑と太陽の間にかざしますれば、なんとおが屑が焦げ煙が上がります。これぞ、陽の光の偉大なる力にございます。
そして、火種に松ぼっくりや乾いた木の枝をくべますれば、見事焚火が出来上がります。後は、狩りで得たる魚肉を串にさし、塩を振りかけ強火の遠火でしばらく炙ります。
そこに取りいだしたりまするは、笹に包まれたる塩握り。素朴な飯なれど、それはまさに天穂の塊。そこに漂う、魚の脂の焼ける香ばしき匂い。これはまことに腹が減る!!
「「いただきます」」
両手を合わせ、一礼をした後、握り飯を頬張るライドウとサクナヒメ。ううむ、美味い! 口に広がる米の甘みと、それを引き立てる微かな塩味。更に、そこに魚の身の旨味と脂の香ばしさ。それらが混然となるはまさに至上の愉悦! 米! 魚!! 塩!!! まさに究極の悪魔的合体よ!!!
「旨いのう…ライドウよ、あっぱれじゃ! お陰で狩りの苦労もどこかに飛んでいくのじゃ」
「いいえ、姫。全ては姫の作る米のお陰でございます」
「謙遜するでない。いかに天穂が良い米でも、其方のような上手い料理人の手にかからねば、その味を引き出せぬわ」
握り飯を頬張りながら、視線を絡め合う女神と英雄。おお! なんと、ロマンチックな光景でありましょう! 二人の男女の心は全てを焦がす夏の日差しさえも、退ける程に熱く燃えているのでございます。嗚呼、朱き夏の眩しきことよ!!
「…それで、姫。その装束は一体…」
ふと、目を伏せて言うライドウ。その声色には微かな恥じらいの色がございます。
「おお、これか」
サクナヒメは自らの肢体に纏う装束を、軽く摘まんで言います。
それは百合の花びらのように純白で、まっこと薄手の衣にございます。姫の身体にぴったり張り付くそれは、光の加減で透けても見えまする。まるで、ルネッサンスの絵画に描かれた水の妖精の如き可憐、そして溢れ出るエロティシズム!! ううむ、未だ若き男子のライドウが、目を晦まされるのも無理はございませぬ。
「これは『すくみず』と言うての。ココロワとゆいがわしのために作ってくれた装束じゃ!」
「『すくみず』でございますか」
「うむ。何でも、水中でも、まるで髪を梳くかのように動けるということで、命名したらしい。確かに、濡れても動きを阻害せぬし、趣のある名前だと思うのじゃ」
ライドウの問いに、我が友と妹分の功を称える様に胸を張るサクナヒメ。完成の暁に、友であるココロワはまっこと感激し、サクナヒメに様々なポーズをお願いいたしました。彼女の手にしたる、光りてパシャパシャと音のなる小さな箱は何だったのか。後に思い出して、首を傾げる姫宮でございます。
「さて、腹も膨れたし。一休みしたら、帰るかの」
「はっ!」
暖かき岩の上にごろりと身を投げ出したるサクナヒメ。そして、それに傅く葛葉ライドウ。女神と英雄の過ごす穏やかな日々は、今が事件の最中であることを忘れるかのよう。しかし、油断するなライドウよ。深淵なる闇の魔の者は一刻、一刻と手を伸ばし、このヤナトの地を覆わんとしておるのだから!!