デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ   作:カール・ロビンソン

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第伍章『残されたる希望』
第伍章『残されたる希望』・上


 何という、何という光景であろうか!? 目の前に広がる光景に、サクナヒメは悪夢を見ているのかと仰天なされたのであります!

 山が火を噴いている! まっこと、まっこと悍ましい風景であった! 彼の邪知暴虐の邪神オオミズチ。きゃつめが復活した時と同じ風景なのだ!!

 このままでは、降り注ぐ火山灰によって、我が子と慈しんだ田んぼが死ぬ。早く、蓆を敷くなどして対策せねばならぬ。

 だが、無情なるかな。農作業の道具や食料を蓄えた納屋は無残にも崩れ落ちているではないか。中の物品が無事とは到底思えぬ暴虐であった。

 

「そ、そんなぁ…」

 

 あまりの事態に力なく肩を落とすサクナヒメ。無理もございませぬ。もう、サクナヒメのお腹はペコペコ。何か腹に入れねば、居ても立ってもいられぬほどにございます。それなのに、肝心の食糧はこの始末。これで落胆しないということは到底不可能なことでしょう。

 

「申し訳ございませぬ…サクナ様…」

 

 母屋から這い出る様にしてやってきた田右衛門が無念を述べて言います。その様子からライドウは事情を察します。あの恐るべき亡霊が我が家を襲ったのだと。

 

「黒い靄が我が家を包んだかと思えばあっという間に…」

 

「…言うな。其方らが生きているだけでも良い」

 

 不明を謝する田右衛門に、サクナヒメは労うように言います。自らとライドウでさえ抗えぬ程に強大な力を持つ悪霊の前に、彼らではどうにもできなかったことでございましょう。空腹に悲鳴を上げる腹をこらえて、そういうことしかできぬのでございます。

 

『だが、不味いな…これでは下手をすれば、敵以前に飢餓と戦わねばならんぞ』

 

 ゴウトの言葉にライドウも苦々し気に表情を歪ませる。ライドウもサクナヒメも飢餓感は限界に達している。正直、立っているだけでも苦しい。腹が唸り、自らを焼かんと酸を吐き出し続けている。

 腹が減っては戦にならぬ。ライドウもサクナヒメも何かを口にせねばとても戦いにならぬ。更に、もうライドウにはマグネタイトが残っておらぬ。仲魔を召喚することさえかなわぬのだ。こんなところを敵に襲われれば、ひとたまりもない。

 

 その折に、不意に地面に落ちる影。見上げれば、まるで鴉程の大きさの雀が急降下してくるではないか。彼の者は雀鬼。このヒノエ島に生息する鬼の一種である。だが、その様子は尋常ではござらぬ。爛々と輝く赤い目と吐き出す赤黒い気焔。それは鬼の御殿で見た連中と同じでありました。

 

「くっ、こんな時に!?」

 

 苦渋の表情でサクナヒメが鎌を構えます。だが、哀しいかな。そこにいつもの勝気な姫宮の姿はござらぬ。あまりの空腹と疲労感。それがサクナヒメの身に重石の様にのしかかっているのです。

 ライドウとて、それは同じこと。赤口葛葉を構える姿にも力がありませぬ。

 だが、敵の来襲に怯みはせぬ。懐から抜きたる短銃を、雹礫の様に降ってくる雀鬼に三連射。当たらずとも、音で逃げてくれれば。そんな淡い期待を寄せての一撃でございました。

 だが、現実は非常であります。雀鬼共は易々とそれをかわし、怯むことさえなくサクナヒメとライドウに殺到するのであります。

 サクナヒメは鎌を、ライドウは刀を振るって応戦いたします。しかし、獲物を振る手は余りにも遅く、その刃はかすりも致しませぬ。すり抜けて容赦なく集り、身に至った嘴がサクナヒメとライドウの肉を抉っていきます。

 

「このっ! 腹さえ減っておらねばこやつらなど…!」

 

 サクナヒメは必死に鎌を振り回して雀鬼を追いながら、悔しさの滲む口調で言います。もはや、空腹と疲労は限界。もう飛び上がる力も気力もありませぬ。辛うじて雀鬼を追い払えはしたものの、奴らには一太刀も浴びせておりませぬ。対し、サクナヒメもライドウも傷だらけ。このままではいずれ力尽きる。最悪の予感が脳裏をよぎり、サクナヒメとライドウの表情に焦燥が滲むのでありました。

 

『来るぞ、ライドウ』

 

「ああ…!」

 

 再び舞い降りてくる雀鬼。迎え撃つライドウの表情は鬼気に満ちております。ですが、萎えた腕はどうにもならぬ。だが、これ以上我が姫を傷つけさせるわけにはいかぬ。刺し違えてでも倒す。その表情には、そんな悲壮な決意がにじんでおりました。

 

 刹那。飛来する木の葉の様な物体。それが飛刀であることに気づくまでに数秒の間がありました。

 怯んだ雀鬼共を続いて飛来したる影が両断していきます。疾い! その韋駄天の如き早業に、ライドウは目を見張ります。奴は一体何者ぞ!

 

 地に降り立ったのは、人の様に直立した鼬の如き獣人。このヒノエに元より住まう民。カムヒツキ様に抗えど、サクナヒメの両親への義理のために戦う烈士、末路わぬ民の戦士、アシグモでございました。

 

「助かったぞ、アシグモ」

 

「一応無事なようだな」

 

 サクナヒメの言葉に、胸を撫でおろしたかのように言うアシグモ。共に戦いし武神タケリビの娘、そしてこのヒノエの地をオオミズチから守った姫の無事を喜んでおるのでした。だが、間を置かずに鬼気迫る表情で彼は続けるのでございました。

 

「すぐに逃げろ! 鬼共がここに迫っているぞ!!」

 

「なんじゃと!?」

 

 アシグモの言葉に吃驚仰天サクナヒメ。これでは、あの山が火を噴いた日、邪神オオミズチが目覚めた日と変わらぬ。悍ましい鬼が我が家を蹂躙した時と同じではないか。

 

「…都に連絡しました。3日で救援の船が来ます…」

 

 そう言って我が家より這い出して来たるは、腰よりも長い見事な黒髪の令嬢。蒼と黒の十二単の衣を身に纏う、麗しき車輪と発明の女神にして、我らがサクナヒメの刎頚之友たるココロワヒメでございます。

 

「かたじけない、ココロワ様……サクナ様、ここはあの洞穴に避難を…」

 

 田右衛門が峠からの撤退を促します。サクナヒメとライドウの意気尽きたれば、最早鬼の攻勢に抗う術はなし。かくなる上は、生あることを希い、都からの救援を待つしか術がございませぬ。

 

「…嫌じゃ」

 

 たが、サクナヒメは俯き、奥歯を噛みしめて言います。我が父タケリビと、我が母トヨハナが暮らした。そして、自身も仲間達と共に暮らした我が家。そして、ミルテもきんたも、またここに帰ってくるのです。それが再び鬼共に蹂躙される。それは、サクナヒメには耐えられぬ無念でございます。しかも、今度戻って来られるかも分らぬのです。

 分かっておるのです。サクナヒメも、もう打つ手がないことは。万全であれば、有象無象の鬼共など簡単に屠ることなど造作もありませぬ。しかし、飢えと疲労に縛られた身では、どうしようもございませぬ。

 

「おひいさま。まず、生き延びることが肝心ですぞ」

 

「……分かっておる。じゃが……」

 

 タマ爺の諫言にサクナヒメは肩を落とし、地を見ます。嗚呼、無力! 我が身の何たる無力なことか!! 悔しい! 余りの悔しさに思わずサクナヒメは涙をこぼすのです。

 

 それを見たライドウ。まるで犬の様に地に這いつくばり、口を用水路につけます。そして、飲む! 飲む!! 飲む!!! 飢えた腹を黙らせるべく、ひたすら水を飲む!!!! そして、傍に生えたる雑草を噛みちぎり腹に納めるのでありました。

 

「ライドウ……」

 

「田右衛門殿、姫をお願いします」

 

 涙の痕の残る御尊顔を上げる姫に背を向けて、田右衛門に後事を託し、ライドウは峠を降りていくのです。無謀な戦いであることは承知の上。だが、男葛葉ライドウ。勝機が一厘でもあれば、黙って戦いに赴くのです。全ては世のため人のため。そして、我らが姫の涙のために、我が命を捧げるのであります。

 

 嗚呼、男が征く。我が姫を辱めようとする巨悪に立ち向かわんと。

 嗚呼、男が征く。束の間の安らぎの日々をくれた、この地を何としても守らんと。

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