デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ 作:カール・ロビンソン
何ということであろうか! 峠の入り口に出てきたライドウが見たものは、押し合いへし合いで押し寄せる鬼の群れ。我先に我先に、と寄せ来る獣共は目を血走らせ、もはや正気とは思えませぬ。なんと、恐ろしい光景ぞ!!
ライドウ、赤口葛葉を抜きたれば、白刃を振るい敵陣に突撃を敢行せん! 突き出す槍をひらりとかわし、先頭の兎鬼に袈裟斬りの一撃を見舞うのです。
見事、刃は兎鬼の肩口を捉え、まるで紙の様に切り裂くのでした。まずは一体。ライドウがそう思った矢先、異変に気付きます。血を吹き出す兎鬼は、倒れるどころか大傷に怯むことさえなく、前に出てくるではありませんか。そして、無造作な槍の一突きをライドウに見舞うのです。
何とかこれをかわしたるライドウ。しかし、そこに豚鬼の棍棒がうなりを上げて襲い掛かるのです。かろうじてこれも刀でいなしたるライドウ。しかし、足がよろめき態勢を崩してしまうのです。
そこに殺到する無数の矢。ライドウは地面に伏せてこれをかわし、地を転がって間合いを取ります。吐く息は荒く、表情には焦燥が滲んでおります。
そう。多少持ち直したとはいえ、未だ飢えと先の戦いの傷の癒えぬライドウ。とても本調子とは言えぬ様子。
最早、ライドウに雲霞の如き鬼共を蹴散らす力はありませぬ。戦局を変える一手は、ずばり悪魔召喚。されど、マグネタイトが尽きたれば、悪魔を呼び出すことさえかないませぬ。
そこで、ライドウは考えたのです。このヒノエ島の鬼共は倒れた際に、木魄なる翠玉色の物体を落とすのであります。それは、マグネタイトと同様の物。鬼を幾らか討ち果たし、木魄を回収して、それを用いて悪魔召喚を行う目論見なのでございます。
しかし、やはり現実は無情。鬼共は余りにも多勢。しかも、多少の傷では怯みさえせぬ始末。対して、ライドウの力や残り少なし。嗚呼、いかな英雄ライドウもこれほどの重荷を背負っての戦は厳しゅうございます。
急遽、左右より突撃してくる影があります。それは鹿鬼と猪鬼。普通の鬼より上位の手強きこやつら。しかも、普段ではあり得ぬ禍々しい気を放っております。これは油断ならぬ相手!
馬車よりも速い猪鬼の突進を、横に飛びのいてかわすライドウ。しかし、そこに襲い掛かる衝撃。鹿鬼のかち上げた角がライドウの身体を抉り、その身体を大きく吹き飛ばしたのでございます。
血をまき散らしながら、地面に叩きつけられるライドウ。辛うじて受け身はとったものの、傷は決して浅くない。だが、負けじとライドウは刀を構え、敵を睨み据える。
しかし、戦局は圧倒的に不利。このままでは敗北は必至。嗚呼、せめて後一手、後一手の攻め手があれば。しかし、鬼共は情け容赦なし。傷だらけのライドウに、止めを刺さんと追いすがるのです。
そこに飛び出したる赤い影。猪の牙と鹿の角を払いのけ、振り下ろしたる鍬から放たれる蒼い波が鬼共を大きく吹き飛ばすのでございます。これぞ、秘技高波返しの一撃でございます。
「全く、其方は。無理ばかりしおって」
苦笑して宣う、その颯爽たる御姿は我らが天穂のサクナヒメ。愛しき我が家を守るため、例え我が身が果てるとも、お前ひとりを行かせはせぬ。それがヤナトの女神、ヒノエの民の心意気!!
「姫…」
「さて、どうすれば勝てるのじゃ、ライドウ。考えを申してみよ」
「はっ! 鬼を幾らか倒し、木魄を集めたれば…」
「よし! ならば、出し惜しみはなしじゃ!」
ライドウの言葉を信じ、サクナヒメは鬼共に突撃を敢行します。彼の言葉を信じればこそ、決死の戦いにも挑めるというもの。互いを信じあう、男女の間に迷いはございませぬ。
ライドウもまた抜刀突撃を敢行。ここが正念場。さあ、奮い立てライドウよ! 今こそ最後の力を振り絞る時だ!!
天高く舞い上がり、敵陣のど真ん中に舞い降りたるサクナヒメ。だが、しかし大上段からの一撃は余りにも大振り。鬼共は包囲するようにそれをかわすのです。
しかし、それこそサクナヒメの思う壺。鍬を頭上高くに掲げて回転させれば、忽ち巻き起こる大竜巻!! 巻き込まれた鬼共は、まるで木の葉のように宙に放り出されるのであります。見たか! 必殺旋風圏の一撃を!!
強固な鬼共も宙に舞いあげられてしまっては無力。それを見逃すライドウではありませぬ。先ほどはよくもやってくれたなと、赤口葛葉唐竹割り! 見事にっくき鹿鬼めを真っ二つにするのであります!
そして、地に落ちてもがく猪鬼にも突きの一撃。これも見事に止めを刺す。これで幾らかは木魄も出ようはず。さあ、それを手にして逆転の悪魔召喚だ!!
しかし、そこで驚愕に目を見開くライドウとサクナヒメ。木魄が、木魄が出ぬ! 鬼は確実に絶命したというのに、欠片程の木魄も出ぬではないか!!
これは一体全体どういうことか!? 訝るライドウに襲い掛かる豚鬼の棍棒。間一髪かわして後ろに飛び退きたれば、何とか我が身は無事なり。しかし、これでは起死回生の一手はならぬ。
『もしや…奴らの尋常ならざる状態は…木魄を奪われているからか…?』
ライドウの肩に乗るゴウトが推測を述べるのです。この鬼共は飢餓に取りつかれ、暴走しておるかのよう。なんと、奴らもまたヒダル神に取り憑かれて、飢えと渇きに突き動かされて、ライドウ達を襲っているのでございます。
「くっ…! これではどうしようもないではないか…!」
ライドウの側に降り立ったサクナヒメも落胆を隠せませぬ。もはや、体力は限界。立っていることさえままならぬ有様でございます。最後の希望が尽きたれば、戦意が萎えるのも無理はなし。
嗚呼、もはや万策尽きたか葛葉ライドウよ! 常勝無敗の葛葉ライドウが今日、ここで敗れ去るのか!? どうするどうなる、ライドウにサクナヒメ!!
しかし、ライドウの目に未だ諦めの色はありませぬ。そう。ライドウの胸に秘策あり。最終最後の禁じ手で、掴んで見せよう輝く勝利を!
『…やるのか、ライドウ』
「…ああ」
気遣わし気なゴウトに短く応え、ライドウは決意の表情で管を抜く。もはや、マグネタイトは零。しかし、ライドウは構わず祝詞を紡ぐのです。
途端に浮かぶ脂汗。流れる血は勢いを増し、目からは生気が消え失せていきます。嗚呼、これぞまさに禁断の秘術! 自らの命を生贄に、悪魔を召喚する業にございます。本来、葛葉ライドウたるものが行うようなことではない。上手く行けども寿命が縮み、悪くすれば命そのものを食い潰される。まさに下策も下策の大博打! だが、もはやこれが最後の手段。名を捨て、命を懸けても今日の勝利を掴む。それが男葛葉ライドウの心意気!!
歯を食いしばり、足を踏ん張り、腰を入れて立つライドウ。薄れゆく意識を繋げ、祝詞が完成する! いざ、乾坤一擲の悪魔召喚!! 血のような、赤黒いエネルギーが管から迸り螺旋を描けば、闇より悪魔がやってくる!!
「あら、これは余程旗色が悪いようですわね、サマナー」
涼やかな春風のような玉音と共に現れたるは、若草色のドレスの亜麻色の髪の貴婦人。欧羅巴に押し寄せた
煌めく粒子を放ち、透空の羽で宙に舞い、鬼共を睥睨したる女王の御尊顔には冷たくも妖艶な笑み。その姿は華奢なれど、力はまさに神にも通じる。蟻がいくら集まろうが、月の高みに至ることはできぬのです。
まるで舞うように、天高く昇った女王が両手を頭上に掲げ、その力を開放します。右手には荒れ狂う暴風。左手には極寒の吹雪。それを一気に地に放ち足れば、忽ち巻き起こった絶対零度の嵐が、世界の全てを包み込んでいくのです!
狂い猛る鬼共も、零下二百七十三度の旋風の前には成す術もなし。瞬く間に氷の彫像と化し、忽ち砕け散っていくのです。嗚呼、美しくも恐るべき、冷たき夜の女王に敵はなし!
鬼を全て砕けども、嵐は収まらぬ。空気が凍り、氷柱が立ち並び、風が収まったころには峠の周りは全て氷の壁に覆われていたのでありました。それはまさに氷の要塞! これでは、鬼共も滅多に侵入できませぬ。
「凄い…流石ライドウじゃ!」
これにはサクナヒメも大歓喜! 鬼共は払われ、後の備えも抜かりなし。一石二鳥のこの壮挙。何と頼もしき男であろう。サクナヒメは愛らしき御尊顔を輝かせて、ライドウに近づくのです。
しかし、そんな姫の言葉にも、ライドウは応えぬ。そして、その身体がゆらりと揺らぎ、刹那どう、と地面に倒れ伏したのです。
「ライドウ!!」
先の喜びはどこへやら、サクナヒメは顔面蒼白! 鎌も鍬も放り投げ、遮二無二ライドウに駆け寄り、その身体を抱き起すのです。幸い呼吸はまだあれど、それはまっこと細く頼りない。限界をとうに超えたライドウの命の灯火が、今にも消えようとしているのが分かるのです。
嗚呼、遂に! 遂に矢尽き刀折れ、倒れ伏したる葛葉ライドウ! 鬼共に襲撃は退けど、もはや明日食うものさえもない。絶体絶命の大ピンチ!! 嗚呼、ライドウよ。サクナヒメよ。その運命はいかに!?