デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ 作:カール・ロビンソン
身体を包む柔らかな感触を自覚するライドウ。嗚呼、自分は布団で寝ているのだ。生きておるのだ。目を閉じたまま拳を握り、確かな生を実感するライドウ。身体はまだ鉛の様に重く、息が萎えそうになりますれども、重石のような瞼を開いて、意識を覚醒させるのです。
かすむ目に見えたのは、何と我が姫宮の御尊顔。その心配に満ちた表情は、ライドウが目を覚ますのを、ただ待っておられたのでございましょう。
「ライドウ!!」
ライドウの目が開くのを見て、サクナヒメの御顔が綻びます。それはまさに大輪の向日葵の様な明るい可憐さがございます。
ですが、その途端。盛大に腹の虫が鳴り響くのは、御愛嬌。自身もこの上もない飢えに苦しめられておる身で、ただライドウの目覚めを待っておられたとは、何といじらしいことではございませぬか!
「…ご心配をおかけしました」
「…全く、其方は無理をし過ぎじゃ! ほとほと、世話の焼ける男じゃのう!」
身を起こし、頭を下げるライドウに、恥隠しの様に頬を朱に染めてそっぽ向くサクナヒメ。まるで猫のような愛らしさに、ライドウはふ、と表情を綻ばせるのでございます。
ふと、ライドウの目にあるものが入ります。サクナヒメの傍らに置かれた小さな椀。その縁には米粒の欠片らしいものが付いておりました。更に、自身の唇に、微かな米の味を感じるのです。どこに米があったのか、ライドウは思わずサクナヒメの顔を見つめます。
「あ、え…と、その…こ、これはじゃな…」
途端にサクナヒメはしどろもどろになって俯くのでした。見れば、その顔は林檎の様に真っ赤。これは一体全体どういうことなのでしょうか?
「その…お守り代わりに持っておる種籾をな…粥にしたのじゃ…」
サクナヒメの言葉を聞いて、ライドウは仰天します。恐らく潰れた納屋の中の種籾は無事ではないはず。なんと、姫はライドウのために貴重な種籾を粥にして、食べさせてくれたというのです。
これにはライドウも感謝感激雨あられ! しかし、それにしても姫宮の態度は不可解。何も、顔を真っ赤にして恥じらう必要なござらぬはずですが。
そこで、あることに思いつくライドウ。意識のないライドウに粥を食わせる方法、それはつまり………
「…姫、御馳走様でした」
「わーわーわーわーわー!!! こ、これはお、お、お、応急処置じゃ!! せせせせ接吻の勘定には入らぬぞー!!!」
物凄くいい笑顔のライドウに、サクナヒメは叫びながら手を振り回します。嗚呼、なんと光栄なことでございましょう。このライドウと言う男、まさに三国一の果報者ではございませぬか。
「…しかし、これからどうするかのう、ライドウよ」
ひとしきり叫んだところで、サクナヒメは途端に肩を落とし、途方に暮れたように言うのでございます。今の我が身が置かれた状況を思い出したのでございましょう。
蔵は崩れ、蓄えていた食料は奪いつくされ、周囲には雲霞の如き鬼の大群。そして、恐るべき邪神オオミズチの復活の予兆。それに対し、こちらは既に飢えに苛まれ、都からの援軍も今しばらくの時間がかかる模様。そして、それらも悍ましきヒダル神の力を得たオオミズチにどれ程抗し得ようか。嗚呼、まさに絶望的な状況でございます。
「母屋が残っているだけマシじゃが…これではオオミズチが目覚めた時と同じ……いや、今は毒団子さえ食えぬのう……」
以前の逆境を思い出し、力ない笑顔を浮かべるサクナヒメ。そう。あの日はテクサリ団子を食らって再起を誓ったものだった。しかし、今やその団子を作る曼殊沙華さえもないのでございます。
そんな姫の御姿を見て、ライドウは悔しさに奥歯を噛みしめるのです。嗚呼、何と情けない! なんという無力!! いかな英雄ライドウも、悪魔の力を借りずして、虚空から食物を得ることなどできないのです。
加えて、周囲はまさに四面楚歌。今こそ氷の要塞が鬼共を食い止めておりますが、春になればすぐに溶けてしまうことでしょう。そして、季節の巡りの早いヒノエ島の冬は、もう後2日で終わってしまうのです。
更に更に、もはやライドウもサクナヒメも飢えと疲労はもう限界。仮に峠から出られたとしても、食料を得るべく獲物を狩ることもできませぬ。
おお、神よ仏よ! 何という無慈悲な仕打ちか!! 貴方達はどれ程の試練を、この若き英雄と女神に与えるというのか!? 最早、希望は残されていないのか!?
そう思われた矢先、
「神様ぁ! 食べ物がありますたぁ!」
ゆいが転げる様に家に入ってきて言うのです!
これにはライドウもサクナヒメも吃驚仰天! 一体どこに食べ物があったのか!? あの貪欲な災厄の神に食らわれぬ食べ物などがあるのか!? しかし、今はその言葉を信じるよりほかにありませぬ。ライドウとサクナヒメは重い身体を引きずり、ゆいについて家を出るのでありました。
さあ、絶望の四面楚歌! 八方塞がりのこの状況!! 得られた食物とは一体何か!? 果たしてライドウとサクナヒメはその一縷の希望を手繰り寄せ、見事疫神を払って見せるのか!? それは次回第陸章『乾坤一擲の秘策』で語ることと相成ります。
それでは、皆様のご期待を希いながら、一度幕引きとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました!!