デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ   作:カール・ロビンソン

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第陸章『乾坤一擲の秘策』・中

 さてさて、日もどっぷりと沈み、世界を闇が支配する時刻となりました。夕餉を終え、湯に浸した手拭いで身体を拭き終えたサクナヒメ。

 日中は、鬼共相手に八面六臂の大暴れ。アシグモと共に、鬼を千切っては投げ千切っては投げの大立ち回り。腹が満ちれば、有象無象の鬼共など相手にもなりませぬ。さしたる怪我もなく、多数の肉を持っての凱旋でございました。

 お陰で夕餉は大変に豪勢。ライドウの作る肉料理を堪能したれば、疲れも吹き飛ぶというもの。いよいよ明日は決戦の時。鬼共の牽制は絡繰り人形とライドウの仲魔に任せて、早めに休むことと相成りました。

 

 すると、部屋には先客のライドウがおりました。彼もまた己の身体と、赤口葛葉、それに愛銃の手入れを終えて休む前でございました。

 ココロワヒメとの作業を終えたライドウは、気に満ち溢れております。ココロワヒメと心を通わせ、神気が満ちておる様子が手に取るように分かります。ほんの少しだけ、むっとするサクナヒメ。しかし、これも勝利のために親友ココロワヒメが決断なされたこと。そのことをぐちぐちと言うように、サクナヒメの度量は狭くはござらぬ。いやいや、これぞまさに女の鑑でございます。

 

「どうじゃ、ライドウ。ココロワの発明は凄かったであろう?」

 

「はっ。あのような物をいとも簡単に作ってしまうとは…感服いたしました」

 

「そうじゃろうそうじゃろう。ココロワはヤナト随一の賢い神じゃからな」

 

 我が友を自身の様に自慢するサクナヒメ。両者の間に結ばれた固い絆を、ライドウは感じるのであります。

 

「しかし、明日はいよいよ決戦じゃのう…」

 

 サクナヒメは遠い目をして、ぽつり、とつぶやくように言います。その目は件の火山の深淵で行われた、先の決戦を思い出しておるのでございました。

 父母の仇である悪神オオミズチ。羽衣の力を全て用いた死闘の軍配は、サクナヒメに上がったのでございました。

 オオミズチの力があれを上回っているとすれば、いいや同じであっても、今の自分は勝てるのか。サクナヒメの心に一抹の不安がよぎるのです。自身の片腕と呼ぶ程に頼りにした羽衣はもうない。その分、自身の力は大幅に弱っているのでございます。

 

「姫。このライドウが我が身に代えても、姫をお守り致します」

 

 そんなサクナヒメの不安を感じ取ったライドウが、肩に手を置いて言います。その言葉に、ふと表情を緩めるサクナヒメ。契りの儀式などなくとも、サクナヒメとライドウの心は通じておるのです。この若き侍との絆。その力があれば、負けるわけがないではないか。サクナヒメはそう思いなおしたのでございます。

 

「我が身に代えて、などと言うでない。二人で勝って、またここに帰って来ようぞ」

 

 であれば、思う悩む必要などなし。軽くライドウの言葉を窘めたサクナヒメは、いつもの勝気な笑顔を浮かべるのでありました。サクナヒメ自身の最後の準備も先ほど終わった。後は、明日ライドウと共に、悪神めを再び鎮め、勝利の美酒に酔うことにしよう。きっと、そうなると未来を信じられるのでした。

 

 さて、もう床に就こうか、と思ったサクナヒメはふと思い出します。そういえば、先に述べた言葉をまだ実践しておらぬことに気が付いたのでございます。

 

「そういえば、ライドウよ。初めて会った時、褒美は後で取らす、と言ったな?」

 

「はっ。そういえば…」

 

 サクナヒメの言葉を聞いて、ライドウはふと微笑むのです。あの時は助けた姫宮とこんなに親しくなるとは思っておりませんでしたし、米泥棒の件がここまで大きな案件になるとは思っておりませんでした。たった十数日前のことであるのに、随分と昔の事の様に思い出されるのです。

 

「折角じゃし、今取らすことにしよう。どれ、ここに来て寝るがいい」

 

 サクナヒメがそう言って、布団のところに正座します。そして、自らの膝を叩くのです。ライドウは首を傾げますが、姫の仰せでございます。彼女の側に寄り、とりあえず近場の床に寝転がることにしました。

 

「そうではない。こっちじゃこっち」

 

 サクナヒメは苦笑してそう言い、ライドウを引っ張って布団の上に乗せ、再び座ると膝の上にライドウの頭を乗せたのでございます。

 

「姫、これは…?」

 

「どれ、気を楽にするがいい。今耳かきをするからの」

 

 そう言ってサクナヒメが取りいだしたりますは、耳かき棒でございます。心通わせた女性の膝枕で、耳かきの施術を受ける。おお、これぞ男子にとって至上の幸福。しかもお相手は、天上の姫宮サクナヒメ。嗚呼、ライドウはなんと果報な男であろうか。

 

「…はっ。しかし、姫。某少々耳が弱く…」

 

「大丈夫じゃ、ゆっくりしてやるからの。さあ、横を向くのじゃ」

 

「…はっ」

 

 サクナヒメの言葉に、覚悟を決めた表情で寝転がるライドウ。まずは、顔を外側に向けて左耳からでございます。サクナヒメはうきうきとした表情で、ライドウの耳を中指と人差し指で挟むようにして持ち、親指で耳たぶの上を押さえて、少し上向きになるように持ちます。そして、孔を覗き込みます。

 ふむ、このライドウ耳の中は少々、いや、かなり汚れておる様子。しかし、サクナヒメはそれに嫌悪することはない。むしろ、掃除し甲斐があっていい、と心を弾ませるのです。

 

 そっと、耳かき棒を耳孔に入れて軽く入り口付近の垢を搔きます。すると、ライドウの身体が無意識に跳ねました。なるほど、確かに耳が弱い。サクナヒメは笑みを深くします。英雄の弱点を見つけるのは、さても楽しいことでございますれば。

 

「これこれ、動くでない。危ないではないか」

 

「…申し訳ございませぬ」

 

 可笑しそうに笑うサクナヒメに、やや頬を赤くして言うライドウ。その様子が妙に可愛らしくて、サクナヒメの心はますます躍るのでございます。

 これはもう少し優しくする必要がある。そう考えたサクナヒメは、まず耳の外側から、耳かきの平たい部分である面を使って、なぞるようにしていきます。そして、時々軽く押してやりながら徐々に徐々に耳の内側に持っていくのです。こうすると、同じように耳が弱いココロワヒメも驚いたりせずに、心地よい思いができるとのことらしいのです。

 

「これならどうじゃ?」

 

「…これは心地良いです」

 

「そうかそうか」

 

 ライドウの答えに、機嫌をよくしたサクナヒメは今度は耳孔のすぐのところを、まだ面を使って掻いていきます。驚かせぬように、ゆっくりゆっくりとしていく様はどこか母性を感じさせる施術のように思われます。

 ライドウが刺激になれ、身体の力を抜いたことを確認して、サクナヒメはいよいよ垢を掻いていきます。まず、壁に張り付きたる垢の根をカリカリとしていきます。ライドウの脳裏には、リズミカルな心地よい音が響きます。同時に、痒い部分を掻かれる、得も言えぬ快感が押し寄せて参るのであります。おお、これぞまさに至上の幸福よ!

 これにはライドウも表情を緩ませ、うっとりとしております。ライドウも人の子。そして、施術は心を通わせた乙女が行っているのであります。柔らかく暖かな膝枕の感触も相まって、身も心も解れてしまうのは当然のことでございましょう。

 

 嗚呼、これが我が家の安らぎというものか。ライドウはふと、そんなことを思ってしまうのです。

 修行と戦いに明け暮れている葛葉ライドウ。鍛えられた心身は、それに耐えられども、どこかで安らぎを求めておったのでございましょう。ライドウは今、これまで感じたことのない安らぎの世界の中におるのでございます。

 

 ふと、瞼が落ちて参ります。そして、いかんいかん、と自らを心の内で叱るのです。姫の褒美を賜っておる最中に、寝てしまうとは何事か、と。

 

「よいぞ、眠っても。…其方は疲れておろうしの」

 

 そう言って、サクナヒメはライドウの頭を撫でるのです。嗚呼、ライドウは思うのでした。これが母の安らぎなのか、と。サクナヒメの小さな手。だが、それはとても柔らかで温かく、豊穣神の慈悲に満ちたものであるように思えるのでございます。

 

 それに安心したのか、ライドウの瞼はゆっくりと落ちていくのであります。その寝顔は無防備で、大変に安らか。嗚呼、快男児よ。今はゆっくり休むがいい。女神の膝で、安らかに。そして、明日の戦に備えるのだ。

 

「可愛いのう、可愛いのう…」

 

 そして、そんなライドウを慈愛に満ちた表情で見つめるサクナヒメ。明日の戦、必ずやこの愛しき男と生きて帰ってくる。そんな決意を新たにし、飽きることなくライドウに慈愛を注ぐのでございました。

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