デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ 作:カール・ロビンソン
「ミィタァサレヌウウゥゥゥゥ!!!!」
開幕一番、疫神の咆哮が深淵に轟き渡る。刹那、サクナヒメとライドウの肩に重石がのしかかる。恐るべき飢餓感が、不意に襲い掛かってきたのだ。
だが、それは先刻承知。ライドウとサクナヒメは即座に腰につけた巾着袋から、焼き飯を一つまみ口にする。それで身体の活力が戻るのだ。鮨を漬けたる米なれど、それはサクナヒメが育てた天穂、神の力の宿る米なれば疫神を退けるに足るのだ。
すぐさま、ライドウとサクナヒメに、左右の首がそれぞれ襲い掛かる! 鋭い牙を剥きだしにして、食らいつくさんと顎を向ける!
左の顎を地を転がりかわすライドウ。岩に突っ込んだそれを目掛けて、葛葉赤口一閃突き! 狙うは鱗が剝げ、肉が剥き出しになった一点!
ズシャ! 見事、銀刃の切っ先は、肉を引き裂き悪神めを貫いた! 吹き出るどす黒い、腐臭漂う血液。それが飛沫となり、ライドウの手に数滴付着する。するとどうであろう! そこから煙が噴き出しておる! 熱い! ライドウは咄嗟に刀を引き寄せ、後方に飛んで返り血を避ける。
見れば、手の皮膚が爛れておるではないか! なんと、あやつの身体に流れる血は全て恐ろしい毒であるのだ! まともに浴びていれば即死であった!!
「姫!」
「分かっておる! ならば!!」
ライドウの声に応じ、右の顎を跳躍してかわしたサクナヒメが鍬を振り上げる。斬撃では血が噴き出す。打撃でも接近すれば、血液に触れる危険がある。それならこれだ!
サクナヒメが鍬を振り上げたれば、迸る力の奔流! 巨大な三発の理力の蒼い弾丸が、右の顎を打ち据え大きく吹き飛ばす! これぞ、サクナヒメが稲作殺法、登鯉の秘技よ!!
悪神に痛打を与えたサクナヒメ。奴めの身体が大きく傾いだ。だが、まだ深追いはできぬ。追撃に最も適する鎌での飛燕の一撃は、奴の流血を招く。もしあんなものをまともに浴びてしまえば、サクナヒメとて無事ではすまぬ。奴の態勢が崩れた隙に、ライドウと合流を果たすのだ。
「無事か、ライドウ!?」
「大丈夫です、姫。かすり傷です」
サクナヒメの言葉に、ライドウは静かに応じる。多少手が爛れただけ。戦闘に支障はない。刀を握りなおすライドウ。鍬を構えなおすサクナヒメ。そして、体勢を立て直し、再び二人を睨む悪神。多少ダメージを与えようと、倒すに至るには未だに遠い。戦局は振り出しに戻ったのでございます。
「ミタサレヌゥ!!! ミィィタァァサレヌウウゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
そして、再び天地を揺るがす疫神の咆哮! 再びライドウとサクナヒメを、猛烈な倦怠感が襲う! 米を食わねば動くことさえままならぬ。すぐさま、腰の巾着袋より米を一つまみして、口に入れる。
だが、そこに隙が生じた。米を口に運ぶライドウとサクナヒメ目掛けて、右の首が火焔を吐き出したのだ!
どす黒い毒煙の混じる悍ましい火焔は、容赦なく英雄と女神を飲み込まんと襲い掛かる! かろじて、米が間に合った二人は、咄嗟に後方に飛びのき、難を逃れる! だが、ライドウは不意に肩に衝撃を覚えた。サクナヒメがその手で突き飛ばしたのだ。
刹那、サクナヒメに左の首が襲い掛かる。その大顎が地面に転がるサクナヒメを捉えたのだ! その大槍の如き牙がサクナヒメに迫る!!
ガッ! と、鈍い音が響き、サクナヒメは足場の岩ごと大顎に飲み込まれる。嗚呼、なんということか!! 我らが姫宮がついに、悪神に食らわれてしもうたか!?
いいや、まだまだ! サクナヒメはその口に鍬をつっかえ棒にして難を逃れる。そして、その腐臭漂う口の中より転がり出るのであった。哀れ、星魂の鍬は柄をへし折られ、その金具部はペッと吐き出されて地面に転がる。
しかし、悪神は手を緩めぬ! 未だ倒れたままのサクナヒメに、今度は左右両方の首が火焔を吐きかける! 何とか身を起こそうとするサクナヒメ。しかし、身体に力が入らぬ。悪神の毒を浴びた身体が、いうことを聞かぬのだ! 嗚呼、万事休すか!?
だが、そこに飛び込むライドウ! 我が身を盾に姫を守ろうとするのです! しかし、いかにライドウとて、己が身のみで毒混じりの火焔を防ぐ手立てはない。だが、ライドウとてそれは先刻承知! 犬死をするわけがない!
ライドウは懐より鏡を取り出し、投げる! 忽ち構築された結界は、赤熱の火焔を、毒煙ごと跳ね返したのであります! 砕け散る魔反鏡は、見事ライドウとサクナヒメを守り抜いたのでございます!!
そして、すかさずライドウはサクナヒメの背に、札を貼りまする。すると、忽ち毒が抜けて、動けるようになるではありませんか。おお、金王屋特製の解毒符は今日もよく効くことよ!!
「…厄介じゃの。せめて、羽衣があれば…」
立ち上がったサクナヒメが、苦々し気な口調で言います。確かに力や火焔は、以前に比べて弱っておる。しかし、腐った血と毒の息、何より怨嗟の咆哮が厄介極まりない。せめて、我が半身たる羽衣さえあれば、とサクナヒメが願うのも無理はありませぬ。
ライドウもまた悪神の強大さに、奥歯を噛みます。刀で斬れば、腐った血によって危うくなり、拳銃も鱗で弾かれます。そして、悪魔召喚に頼ろうにも、怨嗟の咆哮で、マグネタイトを奪われて維持できなくなるだけでしょう。
腰の焼き飯もいつまでもは持たず、腐った血を浴びてしまえば、もはや食らうことはできますまい。そうなれば、もはや勝機はありませぬ。ここに来て、悪神の力に圧倒される英雄と女神。何とかならぬのか!? 知恵を巡らせようとするライドウとサクナヒメの表情に、焦燥が浮かびます。
「ミタサレヌゥ!! ミィタァサレヌゥゥ!!! ミィィィタァァァサァレェヌゥウウゥゥゥゥゥゥゥぅぅぅ!!!!」
だが、悪神は待ってはくれませぬ。怨念に満ちた咆哮を、曇天に目掛けて吐き出し、世を呪いで覆いつくさんとするのです。
同時に襲い掛かる左右の首! それぞれが左右から挟み撃ちにする形で、ライドウとサクナヒメ目掛けて、地獄の炎を浴びせようとするのです! もはや、飯を食うて避ける暇はなし! ライドウとサクナヒメは、咄嗟に前方目掛けて飛ぶ! 後方を炎が薙ぎ払い、火柱が聳え立ち、毒煙が立ち込める。
辛うじて、危機を脱したライドウとサクナヒメ、地面にうつ伏せに倒れながらも必死に手を腰に伸ばし、米を食らわんとする。だが、身体に纏いつく怠さが動きを阻む。
無様に地面でもがく二人に引導を渡さんと、中央の首が動く。その大顎を開き、そこから最大の火焔を地面にぶちまけたのだ!
最早、ライドウとサクナヒメに避ける術も防ぐ術もなし! 嗚呼、何ということであろう!! 二人の姿は忽ち紅い火焔と黒い毒煙に包まれ、見えなくなってしまったのです!! おお、まさかまさか! ライドウとサクナヒメは敗れたのか!? 正義がついに悪に屈してしまったのか!?
だが、次の瞬間! 眩い光が深淵を照らします! それは、火焔と毒煙を弾き飛ばし、再びライドウとサクナヒメの姿を露にするのです!!
彼らを守るように、宙を舞うもの。それは、光り輝く天女の羽衣! そう、サクナヒメの半身ともいえる、父母と共に消えたはずの羽衣であった!
『…サクナ、羽衣を真に託す時が来たようですね』
サクナヒメの耳に聞こえる優しい女性の声。サクナヒメは、その声に目を見開く。嗚呼、それはまさに逝ったはずであった母神トヨハナの声であった!
刹那、黒雲の合間が光り、雷光が閃いた! それは、狙いを過たず、まるで帝釈天の放った矢の如く、悪神めを打ち据えた! 悍ましい悲鳴をまき散らし、大蛇がのたうった!
『さあ、立て! お前の、このタケリビの娘の、真の力を見せてやれ!!』
そして、サクナヒメを励ます頼もしき男性の声。それは、まさに父神タケリビの声であった! 猛き武神の放った怒鎚が、悪神を打ち、我が子が立つ時間を稼いだのだ!!
嗚呼、二人は見守ってくれておったのだ! たとえ世を隔てども、たとえ同じ空の下におらずとも、親子の絆が切れることはなし! その絆が時を場所を越える羽衣に力を与え、今ここに顕現したのであった!!
「父上、母上…サクナは、勝ちます!!」
父母の魂の声に応え、サクナヒメは雄々しく立ち上がる! 母の幽世の羽衣を身に纏い、父の星魂の鎌を手にし、再び悪神に立ち向かう。嗚呼、今全ての力を取り戻した天穂のサクナヒメの前に、もはや敵などなし!!
疾風の様に、サクナヒメは空を駆ける! 目にも止まらぬ飛燕の業にて、右の首の懐に飛び込みたれば、鎌より放たれた無数の真空刃が悪神の頭部を切り刻む!!
苦悶の叫びと共に、毒の血が噴き出せば、すぐさま羽衣が左の首に伸び、それに張り付いて縮む。それによって、サクナヒメは返り血から離脱し、左の首の懐に飛び込んだのだ!
そして、左の首にも鎌と打撃の連打! 連打!! 連打!!! 天空の舞姫の空中殺法が、悪神を圧倒しておるのです!
これはたまらじ、と首を後退させる悪神。逃がしてなるものか! サクナヒメは羽衣を最大に伸ばし、それを大剣の様にして、三つの首を薙ぎ払うのです! その光の筋はまさに天河の如し!!
今だ! 今こそ、決戦の時だ! ライドウは立ち上がりつつ、靴下に潜ませていた管を抜くのです! さあ、これが最後の悪魔召喚! 今こそ切り札の使い時だ!! 管が開かれ、マグネタイトの螺旋が、闇より悪魔を呼び出した!!
「おーい、ニンゲン。さっさと決めようよ!」
現れたるは、朱き衣の少女、その髪を翼のようにして空を舞う鳥乙女の名はモーショボー。蒙古の悪霊たるこの少女、本来は低級な悪魔なれど、ライドウの薫陶を受けておれば、他の仲間達にも引けは取らぬ。
朱き少女が手をかざせば、忽ち真空の大刃が、のたうつ右の首を撥ね飛ばす! それはまさに、命を刈り取る死神の鎌の如し!
少女を払わんと、左の首が牙を向ける。しかし、そこに殺到したるはサクナヒメ! 飛燕の一撃を首に叩き込み、その鱗を剝ぎたれば、そこに目掛けて天河の刃を突き立てます! そして、逆袈裟に振り上げられた光の大剣は、見事にそっ首を撥ね落としたのです! 返り血を浴びせて一矢報いようにも、羽衣が光の防壁を形成したれば、全く通用せぬのです!!
「ライドウ!」
「姫!」
互いに呼び合う女神と英雄! 今二人の心は一つに重なれり!! さあ、今が決着の時ぞ!!!
モーショボーが二人に風を送る。それに乗って空を駆ける二人! その素早さは、まさに神風! 韃靼人の矢よりも速く、暗き空を切り裂く!
二刀両断! 赤口葛葉! 星魂の鎌! 二つの刃が一つになって振るわれ、見事悪神の首は宙を舞う!! そして、その身体はついに倒れ伏し、やがて黒き靄となりて、砂上の楼閣の如くに四散していくのでありました!
ついに巨悪を倒したライドウとサクナヒメ! だが、油断なく残心の構えをとっております。滅びゆく悪神の中に、未だ何かよからぬ気配があればこそ。
「…みたされぬぅ……みたされぬぅぅぅ………」
やがて、悪神の身体が空に消え、そこに取り残されたるは諸悪の根源たる疫神のみ。だが、その姿は余りにも惨め! 瘦せ衰え、腹だけが無様に膨れ上がった、小さな餓鬼の姿で地面でもがくのみにございます。
「みたされぬ…みたされぬぅ……みたされぬぅぅぅ………」
そして、ただただ恨み言を、か細い声で吐くばかり。ライドウは思わず目を伏せる。飢えに苦しみ、渇きにもがき、弔われることさえなく、遺骸さえも食らわれる。そんな無惨な餓死者の霊。その怨念が消えることなどないのだ。
ライドウは赤口葛葉を構え、哀れな疫神に近づいていく。ことここに及んでは、ただ介錯をして祓うのみ。そうするしかないのだ、とライドウは心を鬼にして刀を振り上げるのです。
「待て、ライドウ!」
しかし、そこにサクナヒメの制止の声。その音声は穏やかで、しかし断固とした意志に満ちておる。ライドウは我が姫の命に従い、刀を下ろす。そして、無造作に疫神に歩み寄る、サクナヒメを見守るのです。
「…みたされぬぅ……みたされぬぅぅぅ………」
「…満たされるわけがなかろう。炊いてもない米など、いくら食ってもな」
疫神の呻きに応え、サクナヒメは懐に手を入れます。そして、取りいだしたるは、小さな小さな竹の包み。それを解いて、その手で疫神の前に差し出すのです。
「食うが良い。…炊いた天穂は、美味いぞ?」
そして、ニコリとほほ笑むサクナヒメ。その手の中にあるのは、小さな小さなおにぎりであった。どこに米があったのか、それを一瞬考え目を見開くライドウ。それは何とサクナヒメのお守り代わりの種籾であった!
ライドウに渡そうとした種籾の袋は、粥にしてライドウに食わせた。もはや、これが最後の種籾。それを全て使い果たして、サクナヒメはこのおにぎりを作ったのだ! 今まで育てた米を無にしてでも、疫神を救わんと、サクナヒメは冀ったのだ!!
それが何かわからぬ。疫神はそう言いたげな目で、おにぎりを見つめていた。サクナヒメはただただ笑顔で、それを見守る。やがて、疫神の手がのろのろと伸び、白い手の上の白い握り飯を手に取った。
食らう。握り飯を食らう疫神。貪るようにではなく、ゆっくりと、ゆっくりと、噛みしめるようにそれを食らう。
満たされた。嗚呼、満たされた。飢えて渇いた心が満ち足りた。
消えていく。嗚呼、消えていく。その顔に笑顔を浮かべ、目から涙を流して、疫神の身体が光になって消えていく。
そして、全ての米を食べつくした時、その身体は光の粒子となり、やがて天に消えていったのだ。
するとどうであろう! 天が、嗚呼、天が晴れ、深淵に光が差し込んだ! 見るが良い、世界に光が取り戻されたのだ!
嗚呼、奇跡! これを奇跡と呼ばすしてなんと言う!? 全ての世の怨念を溜め込んだ大いなる疫神は、サクナヒメの心によって、大いなる豊穣神の与える慈悲の心によって、救われたのだ!!
「また腹が減ったら、わしの下に来るが良い! 食いきれぬほどの米を、用意して待っておるからな!!」
天に向けて、サクナヒメは手を振る。天に還る神への餞に。揺らめいた光は、彼の神の笑顔であったのかもしれない。
「…さて、帰ろうか、ライドウよ」
「はっ!」
もはや、戦いは終わった。身を翻して家路につく女神サクナヒメ。そして、それに寄り添う英雄ライドウ。二人の間に言葉は要らぬ。ただただ、今日見た奇跡を噛みしめて、静かに家族の待つ家に、勝利を手土産に帰るのだ。
嗚呼、ついに。嗚呼、ついに疫神を祓いて、ヤナトを、そして大和を救ったサクナヒメとライドウ! これにて事件は一件落着! 十全十美の大団円でございます!!
さあ、いよいよ物語は終幕! 見事事件を解決したライドウはどうするのか!? サクナヒメの恋の行方はどうなるのか!? 次回の終章にてそれを語り、この物語を締めくくる次第であります。皆様がどうか最後まで、お付き合いして下さいますことを希いまして、今一度幕引きとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました!!