デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ   作:カール・ロビンソン

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最終章『異郷の空の下で』
最終章『異郷の空の下で』・上


 春の曙。やうやう白くなりゆく、山際の少しの明かりの中、田に出でては苗を植える。土筆や七草が萌出て、梅の花を楽しみつつ、その実の漬け物を楽しみとする。

 

 夏の夜。新月の夜に蛍の灯が飛び交うのを眺めつつ、夜語りを楽しみたれば、土用干しの田んぼにて稲が強くなり行く様を見守る也。

 

 秋の夕暮れ。夕日が山の端に近こうなりたるに、鴉の寝床に飛び急ぐ様を見て、金色の稲穂の海をかき分け、稲架に掛けつつ、収穫を楽しみとする。

 

 冬のつとめて。既に脱穀を終えたれば、田や野に積もる雪を眺め、焼いた餅を頬張れば、やさかな春の匂いを待ち望む也。

 

 ヒノエの年が一巡り。米の倉に満ち満ちたれば、ありがとう田の神様よ。今年は万作じゃ。明年もそのまた明年も、宝の米が満ち満ち足りますように。

 

 そして、また春が来て田植えを終えたライドウとサクナヒメは、手の甲で額の汗を拭うのです。白い額に薄っすらと、黒い泥の筋が這うのも、もう慣れっこ。泥だらけの互いを見て、英雄と女神は笑い合うのです。

 

「さて、今日の作業はここまでじゃな」

 

「はっ!」

 

 田に水を張り、サクナヒメとライドウは縁側に座る。傾く日を眺めつつ、今日の仕事が終わったことを実感する二人。今日も疲れた。だが、それは任務の中で、命を奪い合うのとはまるで違う、まっこと心地よい疲労と言うべきか。命を育むことの、なんと遣り甲斐のあることよ。

 

「去年は万作じゃったのう。今年もきっとそうじゃろう」

 

「そうですな。姫の稲ならば必ず」

 

「うむ! ならば、あやつがいつ腹をすかしても、大丈夫じゃな」

 

 仄かな風に揺れる苗の葉を見つめ、サクナヒメは満足そうに微笑みます。今や福の神となった、彼の疫神。サクナヒメは、その約束を忘れることはありません。あやつが返してくれた種籾を育て、いつ来ても満足させられるように、倉を米で満たしておこうと誓うのでございます。

 

「お茶をお持ちしましたわ」

 

「おお、ココロワ。其方もこっちに座らぬか」

 

 サクナヒメに促され、湯呑を乗せた盆を持ったココロワヒメが、サクナヒメの隣に座る。そして、三人でお茶を啜って一息。嗚呼、乾いた喉にぬるめのお茶が染み渡る。今日は良い日だ。そう思えた。そして、明日もきっと良い日になるだろう。そう信じられた。

 

「都はどうであった、ココロワ?」

 

「ええ。奪われた米も帰ってきて、更にサクナさんから新米が届いたことで、カムヒツキ様は大層御喜びでしたね」

 

「そうかそうか。まあ、あやつが神に生まれ変わった時に、これに免じて都に住まわせてもらえればいいのじゃがのう」

 

「サクナさんの推挙があれば、大丈夫でしょう」

 

 都に行っておりましたココロワヒメに、サクナヒメはその様子を尋ねます。どうやら、都は太平であり、カムヒツキ様もご機嫌な様子。そして、あやつが神としての姿を持った折のことも心配しておるのです。

 しかし、此度の働きでサクナヒメの勇名と功績は、もはや頂の国に並ぶ者がありませぬ。功績一番のサクナヒメのことを、カムヒツキ様でも疎かには扱えますまい。要請があれば、すぐに通ることにございましょう。

 

「それに、都も麓の世も、ようやく豊作の予兆が認められたそうですね。これでようやく、世は太平となりますわね」

 

「それはまことか!?」

 

 ココロワヒメの言葉に、サクナヒメは喜色を露にします。ようやく、ようやく苦しき世が終わり、楽しき世が来ようとしておるのです。これが嬉しゅうないはずがありません。

 もしや、これも彼の神の与えた福であるのかもしれませぬ。世を恐怖に陥れた大疫は、今は世に安寧を齎す大福に転じたのでございます。

 

「ですが、豊作になる、と言うことは、米もサクナさんの専売特許とはいきませんよ?」

 

「なあに、わしの天穂に敵う米など、この世にありはせぬ! 横綱相撲で受けて立ってやるわい!」

 

 ココロワヒメの悪戯っぽい言葉に、がっはっは! と呵々大笑するサクナヒメ。その自信に満ちたる御姿は、いつでもココロワヒメの憧れ。世を遍く照らす太陽のように眩い物でした。

 

「それに、わしにはライドウもおる! わしとココロワ、それにライドウがおれば何も心配することはないわ!」

 

 ご機嫌に笑い続けるサクナヒメ。そう、この三名の力があれば、あの世を滅ぼす大疫神でも退けられたのだ。何も恐れることなどない。そして、こんな楽しい日々がずっと続く、サクナヒメはそう信じて疑いませなんだ。

 

「…姫、少々お話が」

 

「うむ! なんじゃ、ライドウよ? 何でも言うが良い!!」

 

 そう。席を立ち膝を折りて、目の前で畏まる、このライドウの言葉を聞くまでは。

 

「…お暇を、頂戴いたしとうございます…」

 

「…………え?」

 

 サクナヒメの表情が凍り付く。湯呑を持つ手の力が抜け、石の上に落ちて砕ける音。それは、この楽しき日々の終わりを告げるものでございました。

 

「な、何故じゃ!? な、何か不満があるのか、ライドウよ!?」

 

「…いいえ。姫とのヒノエでの暮らしは、まるで夢のようで。不満など、あり得ませぬ」

 

 サクナヒメの御言葉に、ライドウは首を横に振って答えます。そう。ヒノエ島で過ごした日々は、ライドウが今まで得たことのなかった、安らぎの日々。優しき仲間達と、麗しの姫君達に囲まれた、そんな楽しい日々に不満などあるわけがない。

 

「ならば…ならば、どうして…!?」

 

「…某は、大和の守護者、葛葉ライドウであります故」

 

 戸惑う姫に、ライドウは歯を噛みしめて言うのです。そう。ライドウは古より続く、葛葉ライドウの十四代目。その名が負いし責務は、帝都を、ひいては大和を守護することでございます。その任を投げ出すことは、先人達の名誉を、自身が今まで生きてきた意味を、亡き者にするということになるのです。

 喜びに流されてはならぬ、怒りに流されてはならぬ、悲しみに流されてはならぬ、楽しみに流されてはならぬ。全ては、我が葛葉ライドウの使命を果たすためにありますれば、このヒノエに、ヤナトの地に留まるわけにはならぬのでございます。

 

「…ライドウ様は、侍でございますものね……」

 

 ココロワヒメは首を横に振りながら、そう仰います。その顔には、ある種の諦観の色がございました。こうなることは、おおよそ分かっておった。その日がついに来たのだ、と言わんばかりでございます。

 忠と愛は並び立たぬものでございます。ライドウほどの侍であれば、祖国への忠義を捨てるわけがない。いつか別れる日が来ることは必定、と心得ておったのでございます。

 

「…いやじゃ! 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!!!」

 

 だが、サクナヒメはそうではござらぬ。いつまでも、ずっと共にいられると、そう信じておったのに、この始末。このようなことが、受け入れられるはずもございませぬ。涙を流し、首を横に振って、耐えがたい現実を拒絶するのです。

 

「何故じゃ!? 何故、わしの好きな者は、わしを置いて行ってしまうのじゃ!? 父上も、母上も、そして、其方まで!?」

 

「サクナさん…」

 

 サクナヒメの慟哭を聞いたココロワヒメは、思わず彼女の肩を抱くのでございます。そして、同時にライドウのことも、気遣わし気に見つめるのでございます。

 ライドウは頭も上げられず、ただただ唇を嚙みしめるのみ。ただただ、姫の御心を傷つけた自分を責めておるのです。ライドウとて、姫と共に居りたい。心を通わせた姫を、傷つけることなど言いとうもないのです。しかし、それもまた宿命であれば、いつまでも先延ばしにはできませぬ。断腸の思いで、今日切り出したことが、ココロワヒメにも痛いほどに分かるのです。

 

 やがて、ココロワヒメの手を抜け出したサクナヒメ。まるで幽鬼のようにおぼろげな足取りで、家の中に入ってしまうのです。そして、部屋に閉じこもり、夕餉の時にも出てくることはございませんでした。

 

「…ライドウ様……サクナさんは、きっと分かってくださいます」

 

「……はっ」

 

 ライドウもまたココロワヒメの気遣う言葉に、ただ跪いたままそう答えるのが精いっぱいでございました。

 嗚呼、無情! ここに来て、英雄と女神の心はすれ違い! このまま哀しい別れとなってしまうのか!? 嗚呼、運命は何と残酷なことか!? 

 

 陰で見守るゴウトとタマ爺のため息が闇に溶けて、夜は更けていくのでございます。

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