デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ   作:カール・ロビンソン

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最終章『異郷の空の下で』・下

 嗚呼、東の空から顔を覗かせたる太陽の、今日は何と哀しいことよ。あんなに一緒だったのに、今朝はまるで違う色でございます。

 昨日の夜は、一睡もできなんだライドウの顔色は優れぬ。しかし、どんなに身体が重くとも、どんなに心が辛くとも、旅立たねばならぬ日はやってくる。いざ今日こそが、出征の日であるのだ。

 

 身支度を整え、肩にゴウトを乗せたライドウは、短い間過ごした我が家に、そして、姫と共に農作業に勤しんだ田に一礼をする。ありがとう、我が家よ、我が田よ。我がなくとて、春を忘れず、大いに栄えて欲しい。

 

 そして、その入り口に並びたるは、農作業を共に頑張った田右衛門と、料理を互いに教え合ったゆい。そして、絆を結んだ女神の一柱、ココロワヒメでございました。

 

「お世話になりました、田右衛門殿」

 

「いやいや、こちらこそお世話になりっぱなしでござった。…忠を全うなされよ、ライドウ殿」

 

「ライドウさがすかふぇでけだ料理、絶対さ忘れねじゃ」

 

「こちらこそ。ゆい殿の料理、大和の地にも伝えさせていただきます」

 

 二人と言葉を交わすライドウ。過ごした時間は短けれど、共にした苦楽は万年にも勝るもの。二人の事は忘れはせぬ。ライドウは瞼に二人の姿を焼き付けるのです。

 

「ココロワ様、ありがとうございました。今日、この日があるのは、ココロワ様の助力あっての事です」

 

「それは、こちらの台詞です。ライドウ様、ヤナトを、サクナさんを助けてくださって、まことにありがとうございました」

 

 帽子を取って、頭を下げるライドウに、ココロワヒメもまた優雅にお辞儀をして返す。此度の決戦の勝敗は、まっことココロワヒメの頭脳と器量にかかっておった。彼女とライドウを結ぶ縁がなければ、勝利を得ることはなかったであろう。彼女もまた、ライドウの大切な姫の一人でもあったのだ。

 

「…それにしても、サクナ様はお見えにならぬのか…」

 

 田右衛門は母屋の方を心配そうに見つめます。ライドウと一番心を深く交えたるサクナヒメが、この別れの場にやって来ないとは。

 

「…おら、神様呼んで来るっちゃ」

 

「…いえ、ゆい殿。お心遣い感謝します」

 

『ライドウ…』

 

 ゆいの言葉に、ライドウは首を横に振るのです。結んだ絆が深いほど、離別の苦しみもまた甚だしいもの。そして、ライドウは姫の御心を傷つけた。もう、自分には姫の御目にかかる資格がない。そう思うておるのです。その苦しみが、ゴウトにも分かるのです。

 

「……いいえ、来ます。サクナさんは、必ず」

 

 ですが、誰にも聞こえぬ小さな声で、ココロワヒメは呟きます。彼女は信じておるのです。我が親友サクナヒメが、そんなに弱い神ではないことを。そして、それは直ぐに現実になるのです。

 

「待て、ライドウ!」

 

 母屋の中から、利発な声が響きます。そして、颯爽と現れたるは、我らがサクナヒメ。その御身を包むのは、かつてライドウと初めて出会った時の、赤と白の天上人の装束。そこに、光り輝く羽衣を纏えば、まさにそれは眩い大神そのものでございます。

 

「全く、主に挨拶もなしに行こうとするとは、其方は不忠者よの?」

 

「…申し訳ございませぬ、姫」

 

「まあ良い。…さて」

 

 お目見え一番に、軽口をひとしきり叩かれたサクナヒメ。一息ついて、そして威儀を正してライドウに正対するのであります。咄嗟に跪くライドウ。それは、忠義の侍と尊き姫宮の姿でございました。

 

「…我が臣、葛葉ライドウよ! 本朝をもって、其方の任を解く! これまでの忠義、大儀であった」

 

「はっ! お世話になりました、姫!!」

 

 よく働いた忠臣に暇を告げるサクナヒメ。骸骨をありがたく頂戴するライドウ。嗚呼、絆は切れてなどおらなんだ。例え、惜別の時なれど、堅き縁が尽きることはない。

 例え世を隔てても、例えそれぞれの身が異郷の空の下にあろうとも、我らが結んだ絆は不滅である。我が父母がそうであったように。

 

「やれやれ…これでは、おひいさまの花嫁姿は当分お預けでございますな…」

 

『申し訳ございませぬな、タマ殿』

 

「何の、わしらにとって時間はいくらでもありまする。腰を据えて待つのみですぞ」

 

 苦笑するタマ爺とゴウトが言葉を交わします。共に若き英雄と神を見守るものなれば、いつかまた、共に花道を歩くことを信じるのみでございます。

 

「ライドウよ、別れは言わぬぞ。次は、わしが大和に会いに行くからの」

 

「はい。その時は、サクナさん共々お願いいたしますね、ライドウ様?」

 

「はっ! 精一杯、御案内仕ります!」

 

 二人の女神の言葉に、力強く頷くライドウ。共に縁を結びし仲なれば、そんな日ももしかすると、訪れるやもしれませぬ。なれば、さよならの言葉は野暮というもの。再び出会えることを信じて、今は一時の別れでございます。

 

 そして、いよいよライドウが征く時が参りました。峠の入り口に、次元の門が開いたのでございます。それは、まるでライドウが共にあった女神達に、別れを告げるのを待っておったかのようです。

 

「後、これは餞別じゃ。…初めて作ったのじゃから、少し変でも笑うでないぞ!?」

 

「はっ! …ありがとうございます、姫」

 

 サクナヒメの差し出した、大きな包みを受け取りライドウは笑う。我が姫の初めてを頂けるとは、こんな光栄が他にあろうか。

 そして、視線を絡ませるライドウとサクナヒメ。語りたいことは、いくらでもある。共にいくらでも過ごしたい、という思いもある。だが、未練を断ち切り、ライドウは姫に、仲間に、我が家に背を向ける。そして、雄々しく去って征くのであった。

 そして、それを見送るサクナヒメ。その目の端には、涙が潤む。しかし、それをこぼさず、莞爾と笑って男の出征を見送るのです。かつて、戦場に赴く我が父タケリビに、我が母トヨハナがそうしたように。これぞ、ヤナトの女神の心意気!

 

「「「…う~えよ~♪ ね~づけぇ~よぉ~~♪」」」

 

 そして、背中に響くヤナトの田植え唄。ライドウの出征を、皆が祝してくれておるのです。歌声に力を貰い、ライドウは一歩、また一歩、峠を降りていくのです。

 嗚呼、さらばヒノエよ! 我が愛しき姫よ!! 僅かな間でも、心に安らぎをくれたこと! 感謝! 大いに感謝!! 決して、この地を忘れはせぬ! 必ずここへ帰ってくるぞ、と心に誓い、ライドウは見えてきた次元の狭間に足を進めるのです。

 

「らいどぉ~~!!」

 

 その時、突如背中に聞こえた大音声。涙の混じるその声は、まさに我が姫サクナヒメのもの。

 

「いつか、戦いが終わったら…ここに帰って来い!…わしは、わしはいつまでも、そなたを待っておるからなぁ!!!」

 

 その声に、思わず振り返り、峠を見上げるライドウ。嗚呼、姫よ。いつか、またいつかお会いしましょう! 今はただ、一時期の別れにございます!!

 心の中でそう叫び、ライドウは征く。快男児葛葉ライドウは、涙を流さぬ。ただ、背中で泣くのが男の美学。未練を振り切り、尽忠報国の志を思い出し、ライドウは大和へ続く、夢幻の門をくぐったのでございました。

 

 光に包まれた視界に色が戻ると、そこは銀閣楼からほど近い、小さな公園でございました。舞い散る桜の花びらが、今がヤナトに出てすぐの時間であることを教えてくれました。

 

 目の前には、桜の木。傍らには小さなベンチ。そして、手にはサクナヒメからの餞別の包みがございます。ライドウはベンチに腰かけて、早速包みを解くのでございました。

 竹の葉に包まれたるは、大きな大きな握り飯。そのやや不格好な三角形に、ライドウは微笑むのです。姫が一生懸命、炊いた米を握る様が目に浮かぶようでありました。

 

 一人花見にしゃれ込んだライドウ。見事な染井吉野を眺めつつ、一口おにぎりを頬張ります。塩に多少の偏りはあれど、姫と共に育てた天穂の味は格別。ヤナトの日々を、姫と過ごした日々を思い出し、ライドウは米を噛みしめるのです。

 

 大和の空を眺め、ライドウは思いを馳せます。ここより、近くて遠いヤナトの地。安らぎの我が家であるヒノエ島。そして、いつまでも待つと仰った我が姫の御姿に。

 いつか。嗚呼、いつの日か。自分は帰るのだろうか。あの地に、愛しき我が姫の下に。その時は、どんな顔をして帰ればいいのだろう。どんな顔をして出迎えてくれるのだろう。そんなとりとめのない思いが浮かんでは、消えていった。

 そして、顧みてライドウは苦笑する。そんな先のことなど、誰にも分からない。今はただただ、大和の平和を冀い、ただ事件に立ち向かうのみぞ。

 

 やがて、思いを胸に、米を腹に納めたライドウは立ち上がる。一つの事件は、大和とヤナトを揺るがせた大事件は、ここに終わりを告げた。だが、明日には明日の風が吹く。

 世のため、人のため、大和の平和のために、か弱き人々の涙を背負って、莞爾と悪に立ち向かう! 東奔西走何のその! 明日に待ち受けるは、鬼か蛇か!?

 何も恐れぬ勇者の様に、颯爽とライドウは征く! 嗚呼、快男児こと第十四代目葛葉ライドウは、今日もまた己の道を、ただ征くのでありました!!

 

       ---『デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ』・完---




 嗚呼、快男児こと第十四代目葛葉ライドウは、今日もまた帝都の、そして大和の危機を救ったのでございました! 嗚呼、葛葉ライドウよ、サクナヒメよ、永遠なれ!!

 皆様、長きに渡りご清聴ありがとうございました! この物語に最後まで付き合った下さった皆様に、感謝感激雨あられ!! これ以上に、申し上げる言葉もございませぬ。

 さて、いざ惜別の時を迎えた英雄と女神、ライドウとサクナヒメは、再び出会うことはありますのでしょうか。それはまた、別の物語をもって、語らせていただきとうございます。

 最後に、皆様に天穂のサクナヒメの御加護があらんことをお祈り申し上げまして、『デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ』の物語の幕を閉じさせていただきたいと存じます。

 それでは、別の舞台でまたお目にかかりますことを願いまして、さよなら! さよなら!! さよなら!!!

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