デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ   作:カール・ロビンソン

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第弐章『御柱都の怪事件』
第弐章『御柱都の怪事件』・上


 高し! 貴し!! 尊し!!!

 創世樹の麓に住まいし人の子の世。それを見下ろす頂の世の神の御殿。立ち並ぶ、朱塗りの柱。煌めく絹の簾に錦の衝立。その荘厳なること比類なし。大和の京の都でも、比肩するものがあろうかと。ここはまさに神の国、天上楽土。

 その頂点に君臨するは、創世の女神、カムヒツキの神にあらせられまする。その威容は泰山の如く、その威厳は深海の淵さえにも及ぶ。また、その美しさは春の花園でさえ恥じらうほど。

 

「サクナヒメよ」

 

 主神の玉音が、天上の座に響く。それはまさに大鵬の如し。何人にも有無を言わせぬ威厳と、冷徹なまでの美しさを備えた声よ。

 

「天穂の奉納。まことに大儀である。しかし、此度は道中鬼の襲撃を受けたとか。…そして、何故にまた都に人の子を伴うて参ったのじゃ?」

 

「ははっ、恐れながら申し上げます、カムヒツキ様」

 

 主神の言を受け、面を上げるサクナヒメ。その表情は朝露に濡れた竜胆の如くに気高い。主への礼は弁えど、退かぬ媚びぬへつらわぬ。それがヒノエの女神の心意気!

 

「此度の鬼の来襲。この異郷の侍、ライドウの助力なくば我が米、天穂を守ることはできませなんだ」

 

「ほう…人の子ライドウとやら、面を上げよ」

 

「はっ!」

 

 主神の言に従い、サクナヒメの隣に控えるライドウがその面を上げる。神妙なるライドウの面構えは、主神を前にしても畏れる色もなし。全身これ胆、これぞライドウ!

 

「ほぅ…これは稀に見る美丈夫…」

 

 カムヒツキ様もこれにはにっこり。その微笑みたる顔は、咲き乱れる桜の花々もかくやの美しさ。

 

「ライドウよ。その方、朕の奉物…そして、サクナヒメを守護せしこと、まことに大儀である」

 

「ありがたきお言葉にございます」

 

「…わしは奉物より下か…」

 

 カムヒツキ様より下賜されたるありがたきお言葉に、ライドウは恭しく応じるのみ。サクナヒメの小声の不満はさらりと流さるる。

 

「して、ライドウよ。その方は何者か? 見れば、この世には見ぬ気を放っておるようじゃが」

 

「はっ。某は大和の民にありますれば」

 

 主神の御下問に、ライドウは言葉少なく応える。そう、ここは大和より近くて遠いヤナトの地。ライドウの住む世とはまるで違う場所。

 

「ヤナトとヤマト…ふむ、別の創世樹より生まれし国のようじゃな」

 

 カムヒツキ様は深く頷き、一人ごちる。主神たるもの別の世の事も察しておられる。ヤマトとヤナト。それは近い姉妹の世と認識されたのでございます。

 

「して、ヤマトのライドウがヤナトの地に何用じゃ?」

 

「ははっ。実は某、さる事件を追ってこの地に辿り着きました」

 

 ライドウは包み隠さず率直に語る。大和で起きている奇妙な事件、そして、この地にやってきたあらましを。貴人を前に、嘘偽りは身を危うくする元なり。正直に洗いざらいを話、助力を求めることこそ上策なり。

 

「ほう…それは我が都で起きている事件にも絡んでおるやもしれぬな」

 

「事件でございますか?」

 

「然り。実は先日より蔵の米が何者かに奪われる、という事件が起きておる」

 

 ライドウはカムヒツキ様の言葉に眉根を寄せる。事情を聞けば、それは帝都の事件とそっくりそのまま。米が誰の目にも触れず忽然と消えるのだとか。

 

『ふむ…これは妙だな、ライドウ』

 

「ああ」

 

 肩のゴウトにライドウは答えて言う。ここは神聖なる地。このような場所に、悪魔は易々とは侵入できぬ。一体如何なる絡繰りか。ライドウの灰色の脳細胞が、答えを求めて働き始める。

 

「おわぁ! 猫が喋った!?」

 

「ほう…そなた、式であるか」

 

『はっ。吾輩は業斗童子。このライドウの目付け役にございます』

 

 驚くサクナヒメと、感心するように言うカムヒツキ様に、ゴウトは名乗る。そして、彼からも協力を願い出る。

 

『このライドウ。今までも幾度も大和の危機を救った実績がありますれば、必ずやヤナトの地で起きている事件の解決に役立つことでしょう』

 

「…なるほど。その働きの対価として、身柄の保証と協力を求めておるのか」

 

『ははっ。流石、大神。御慧眼でございます』

 

 流石は話が早し。後は返事を待つばかり。ライドウ、ゴウトは固唾を飲んで、主神の言を待つ。

 

「相分かった。サクナヒメよ」

 

「はっ!」

 

「其方はこのライドウと共に事件を探り、見事解決して見せよ」

 

「ははっ!…って、はぁ!?」

 

 主神の言葉に傅くサクナヒメ。だが、突如素っ頓狂な声が上がる。

 

「お、お言葉ですが、カムヒツキ様。こ、米作りが忙しく、事件に携わる暇が…」

 

「何を申しておる? 鬼退治と米作をつい先日まで並行しておったではないか。今更何の懸念があろう?」

 

「しかし、その…わしもオオミズチを鎮めたばかり…少しは休息を…」

 

「朕が統べる世の事件を、異郷の人の子ばかりに任せては、ヤナトの神の名折れじゃ。サクナヒメよ、よき報告を楽しみにしておるぞ」

 

「う、うぇ!? そ、そんなぁ~」

 

 カムヒツキ様の命に、肩を落とすサクナヒメ。その様子にライドウも苦笑い。

 ライドウもまた、事件に次ぐ事件で東奔西走の日々。気苦労は絶えることがありません。いやはや、英雄稼業も楽なものではありませぬなぁ。

 

「姫、よろしくお願い致します」

 

 ライドウめはサクナヒメに向き直り、恭しく礼をします。旅は道連れ世は情け。これからはサクナヒメと二人三脚で歩んで、事件を解決せねばならぬ。共に立つ淑女に礼を尽くすのは当然の事でありましょう。

 

「ふ、ふむ…ま、まあよい…其方には恩もあるでな…」

 

 微かに目を逸らすサクナヒメの頬は、桜のような薄紅色。思わず、先に彼の胸に抱かれた感触が脳裏に蘇ります。恋の萌芽に戸惑いを隠せぬ御様子。

 

「な、ならば、其方はわしの家来ということじゃな! わしを敬え! へつらえ!」

 

 しかし、そこは負けん気旺盛サクナヒメ。強気な態度で打って出ます。さてさて、我らが快男児、ライドウはこれをいかに受けるのか。

 

「はっ。ならば、我が忠義を示す所存。つきましては、お手を拝借願います」

 

「うん? こうか?」

 

 ライドウの申し出に、右手を差し伸べるサクナヒメ。ライドウ、恭しく御手を頂き奉り、その甲に顔を寄せまする。

 ふわり、と甲に伝わる柔らかな感触。サクナヒメは目をぱちくり。茫然とした脳裏に目の前の光景と感触が殺到し…

 

「…んぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 天を衝くような大音声を上げ、一目散に後ずさるのでありました。

 

「な、なななななな、何をしておる、お主!!」

 

 顔を熟した林檎のように染めるサクナヒメ。狼狽しながらそう言うので精一杯。

 

「驚かせて申し訳ありませぬ、姫。しかしながら、某はそれが淑女に忠誠を誓う作法と習っております」

 

 対するライドウは謹厳至極の態度を崩さぬ。愛らしい姫の様子に、微笑を浮かべる余裕さえありまする。ううむ、このやり取り、サクナヒメ一本取られたり。

 

「はははは! 良いではないか、サクナヒメ。異郷の作法を受け入れるも、また度量であるぞ」

 

「う…ま、まあ、悪い気はしませぬが…」

 

 カムヒツキ様の執り成しを受け、サクナヒメは頬を染めたまま俯きます。

 恋せよ乙女! その胸中には、確かに恋の蕾が結ばれたのでした。それが可憐に花開くのか。恋の果実が実るのか。はたまた空しく散り行くのか。全ては、快男児の心次第。

 

 いやはや、この葛葉ライドウ。まっこと隅に置けぬ男ではありませぬか!!


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