デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ   作:カール・ロビンソン

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第弐章『御柱都の怪事件』・中

 絢爛豪華な御柱都の宮でも、蔵は実に簡素な造り。しかし、広さは流石。10年の兵糧を積もうとも、まだ余裕があるであろう。

 そんな中、サクナヒメは実に浮かぬ御様子。それもそのはず、姫はこの蔵に良い思い出がござらぬ。都追放の折にも、ココロワヒメとの諍いの際にも火の手で見事に吹っ飛ぶ始末。

 しかし、それでも調べぬわけにはいかぬ。現場検証は捜査の基本なればこそ。それに、悪いことばかりではない。姫にとって、最も親しい存在が待っておるのですから。

 

「おひいさま、お待ちしておりましたぞ」

 

 蔵の中で待ちたるは、宙に浮かぶ翡翠色の獣。狛犬の愛嬌を10倍したようなそれは、タマ爺と申すサクナヒメ随一の家臣にして、育ての親。そして、ヤナト最強の神剣たる星魂剣の精霊である。悪神オオミズチとの戦を前に、鎌と鍬に生まれ変われど心は同じ。サクナヒメの心の寄り処とする最愛の存在でありまする。

 

「爺、米の搬入の指揮ご苦労」

 

「いやなに、もう慣れたものにございますれば」

 

 サクナヒメとタマ爺は姫と執事の間柄。堅苦しさはなく、まるで家族の如き気安さがございました。

 

「しかし、おひいさま。此度もまた大変なお役目ですな」

 

「全くじゃ。…しかし、我が天穂を奪おうとする輩がおるなら、見過ごせぬしの」

 

 タマ爺の言葉に、不満顔のサクナヒメ。しかし、山と積まれた米俵を前に、御尊顔をきりりと引き締めます。我が子のように慈しんだ、天穂の名を持つ米々。注いだ愛情は華厳の滝の水にも勝る。必ず守ると決意を新たに抱くのでございます。

 

「ライドウ殿にゴウト殿、此度のおひいさまへの加勢、感謝いたしておりまするぞ」

 

『なあに、タマ殿。元々我らの案件。礼には及びませぬ。それより、今後はライドウ共々後輩として指導を願いまする』

 

 言葉を交わすタマ爺とゴウト。都への道中で、彼らはすっかり意気投合。サクナヒメとライドウ。それぞれ、型破りな若者の後見であることから、互いの苦労が察せようというものにございます。

 

「さて、まずは賊の侵入経路を割り出す必要がございます、姫」

 

「うむ! ライドウよ、お主の手並みをとくと見せよ!」

 

「おひいさま、ライドウ殿だけにお任せするのではなく、御自身でも探してくだされ」

 

「えええ…めんどくさいのぅ…」

 

 タマ爺の諫言に、渋々サクナヒメはライドウと共に蔵の中を見回ります。しかし、壁は堅牢。いくら探せど、ネズミの入る穴さえも見当たりませぬ。

 

『ライドウ、感じるか?』

 

「ああ」

 

 ライドウの感覚に微かに触る異界の感覚。間違いない。これは帝都の事件と同じ手口。このような神域に、異界の通路を開くは尋常なことではございませぬ。門を維持する内部犯の手引きなくてはできぬことであろうと思われまする。

 しかし、感じるのはそれだけではありません。首筋をさわさわと逆撫でするこの感触。獣の眼光。それが向けられている気配が確かにするのでございます。

 

 懐より、さっと管を抜きしライドウ。管が開けば溢れ出るマグネタイトの輝き。そして、今また悪魔が来たる。

 

「…久し振りね、私の可愛いサマナー」

 

 闇より出でしは、黒髪の女性。優美な半裸の肢体に、大蛇を絡ませる妖艶なる美女。魔宮パンデモニウムを統べる悪魔の王の妃にして、始原の女性。その名をリリスと言う。

 

「な、なんじゃ!?」

 

 突然現れた美女の姿に戸惑うサクナヒメ。そんな姫を見る悪魔の王妃は嫣然と笑い、言う。

 

「お次はこの可憐な姫君かしら…サマナーも罪作りなお人…」

 

「な、何の話じゃ!?」

 

「周囲の心の声を聞け、リリス」

 

「あらあら、今日も用件だけですのね」

 

 渋い顔のライドウに肩を竦める魔妃リリス。しかし、命ぜられた仕事はしっかりこなす。これがデキる女の作法なり。

 しばし目を閉じ、周囲の心の声を探る。感覚を共有するライドウの脳裏にあるのは、痛いほどの静寂。だが、ほんの微かに感じる騒めき。それは明白なる悪意。

 

「…リリス!」

 

 正体見たり! ライドウの号令と共に、リリスは大蛇を解き放つ。無限に伸びる朽ち縄の顎は地獄の刃。如何なる悪魔とて、食らいつくす。

 

 轟音と共に蔵の壁の一角に穿たれる牙の軌跡。そこから転がり出るはすんでの処で、致命の牙をかわした獣でありました。

 

 虎の体躯に人の面。猪の牙に二尺余りの犬の毛。そして、一丈八尺の尻尾を持つ妖獣。彼の者の名はトウコツ。黄龍ら四神の対極にある存在、四凶と呼ばれる恐るべき怪物でございます。

 

「ググゥ、ヌケメノナイヤツ…マヌケナカミドモダケデナク、さまなーモイタトハナ…」

 

 ぎごちなく喋るこの獣。奸智と妖術に長けたるこの怪物。隠形の印をもって、蔵の中に潜んでおったに違いない。そして、こやつこそが内より餓鬼を招き入れておったに相違ありませぬ。

 

「おひいさま、こやつ尋常ならざる獣にございます!」

 

「…分かっておる」

 

 タマ爺の声に応えるサクナヒメの手には古びた鉄の鎌。実家の蔵の中に転がっていた代物で、普段使いのそれと比べるとあまりに貧相。しかし、それでもどこか妙に手に馴染む。ならば十分。それで十分戦える。サクナヒメの戦意は満ち満ちたり。

 

「ヒンソウデオロカナカミシカオラヌコノチナラ、コンランニジョウジテトレルトオモウタガ…カクナルウエハ、ソナタラヲクロウテ…」

 

「…よく喋るのう。知っておるか? 弱い犬程よく吠えるらしいぞ?」

 

 邪悪なる獣の口上を遮り、サクナヒメが進み出る。涼やかなる声の奥には、業火の如き憤怒。ヤナトの神を愚弄する不届き者を、誅せずにはおれようか。手にする鎌を突き付け、猛き女神は宣告する。

 

「貧相で愚かか。四半刻後に同じことが言えるか、試してやろうぞ!」

 

「グハハハ、ノウグデワレヲウタントハ!」

 

 刹那、嘲る魔物の息が止まる。疾風の如き踏み込み! 銀光一閃!! 魔物が垂らした長き舌を、姫の鎌が断ち切ったのだ!

 すかさず、懐に飛び込み鎌の柄で下からのかち上げの一撃。妖獣の巨体が軽々と宙を舞う。それを追って、サクナヒメもまた空を舞う。

 斬撃、蹴り、打撃の連打! 連打!! 連打!!! それはさながら、天上の舞姫と呼ぶにふさわしき御姿。猛々しさと可憐さを併せ持つ、サクナヒメならではの戦いにございます!!

 

「どうじゃ!!」

 

 渾身の一撃を振り下ろし、愚かな獣を地に叩き伏せるサクナヒメ。見たか、女神の必殺の業! 怒りを込めて、嵐を呼ばん!! これぞ、武神タケリビより受け継ぎし、偉大なる姫宮の武技の冴えよ!!

 

 最早妖獣は立つ力さえもなし。ライドウすかさず駆け寄りて、管をかざして開放する。忽ち妖獣は管に吸い込まれ、しっかと封印されるのでありました。

 

「あらあら…可愛らしいお姫様は随分じゃじゃ馬ですわね。…サマナーは御せるものかしら?」

 

「帰還」

 

「はいはい、また今度」

 

 揶揄う様に言う魔妃を管に帰すライドウ。これにて、悪は滅びた。ライドウは役目を終えた猟犬の如く、姫の御前に進み出て跪く。

 

「お見事でございました、姫」

 

「うむ、くるしゅうない。…しかし、さっきの女子は一体何なのじゃ?」

 

「どうかお気になさらず!」

 

 首を捻る姫に、推し被せる様に言うライドウ。これだから喚びたくはなかったのだ。暗さんたる心中のライドウ。

 

「…まあよいか。強そうではあるし」

 

 しかし、そこは器の広い我らがサクナヒメ。些細なことなど気にも留めぬ。ライドウはホッと一息。

 

「ま、これで一件落着じゃな! さて、化け物を引き渡して帰ることにするか」

 

「そうでございますな。…しかし、これを機に管理部門の見直しを進言いたしまするか」

 

 タマ爺と言葉を交わしながら、からからと笑うサクナヒメの足取りは軽快闊達。面倒と思われた事件はあっさりと解決。これが嬉しゅうないはずもなし。

 しかし、未だ思案顔のライドウ。果たしてこの妖獣はこの事件の黒幕であったのか。いいや違う。ライドウの勘がそう告げておる。真の悪はまだ裏に潜んでおる。そんな確信がライドウにはあった。

 

『ライドウ』

 

「ああ」

 

 ゴウトの言葉に、ライドウは頷く。事件はまだ終わっていない。真の悪を討ち果たすまで、ライドウの戦いは続くのであります。

 しかし、今はひと時の勝利を味わうことにしよう。明朗快活に笑うサクナヒメの姿を見て、ライドウは思わず表情を緩ませるのでありました。

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