デビルサマナー葛葉ライドウ 対 天穂のサクナヒメ   作:カール・ロビンソン

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第参章『ヒノエ島の日々』
第参章『ヒノエ島の日々』・上


 山の端月は満ち、息づく数多の森。繭たる蛹たちは七度身を孵す。つくしや七草が芽を出して、生命の息吹が冬の大地を満たし、春の風景に塗り替えようとしております。

 姿を隠そうとする、地を見下ろす夜の冷たい女王の見下ろす中、薄闇に響くはザクッ、ザクッと小気味のいい音。大地を統べる神、サクナヒメの鍬入れの音であった。

 

 嗚呼、何と素早き稲作の業の冴え! 人の子では不可能な鍬捌きと、散らばる石を砕く剛力!! これぞ、まさに豊穣の女神の力!!!

 

「完璧じゃ! これ以上ない働きっぷりよ!!」

 

「おひいさま、すぐ隣が全く耕せておりませぬぞ!?」

 

「むぅ…分かっておるわい…」

 

 されど、持ち前の怠惰は隠せぬサクナヒメ。文句をこぼしながらも鍬を振るいます。これも世のため人のため。愛する我が天穂とそれを待つ者のために、母なる神は今一度力を入れるのです。

 

「はぁー…終わった終わった…さて、ライドウが作業を終わらせるまで、一休みするかの」

 

「神様ぁ、お茶ばなんぼぞ」

 

「おお、ゆい。すまぬのぅ」

 

 夜空が既に開けた太陽が空に生まれた頃、縁側に腰を下ろすサクナヒメにお茶を渡す少女の名はゆい。腰まで届く美髪の持ち主の、儚げなる類まれなる美少女は、姫の妹分にして絹織の神の卵。その美貌と腕前で、天上を騒がせるのはまた後の話になります。

 

「はて? もう田起こしは終わったのかの?」

 

「んだ。ライドウさがもう終私らかきやちゅーはんの準備ばよろしぐと言ってますたぁ」

 

「はぁ!? そ、それはまことか…?」

 

「んだ。ライドウさ、たげ作業早いし、指揮も適切だたじゃ」

 

 ゆいの言葉に、サクナヒメは吃驚仰天! 近頃、ゆいは動物と心通わせるかいまるより受け継いだ牛を操り、耕車でサクナヒメの担当しておらぬ田畑の大半を耕しておりました。それが、お役御免など信じられぬことにございます。

 

「ほう…ライドウ殿は農作業にも通じておりまするか」

 

『然り。歴代葛葉ライドウは修練の社で自給自足の生活を行うのです』

 

「なるほど、一からの稲作の経験があるということですか。これは心強い」

 

 傍らでタマ爺とゴウトの話が聞こえます。そう。葛葉ライドウは孤高の存在。飯炊きはおろか、米を作るところから自力でやるべきという思想で教育が行われているのであります。熱く、寒く、痛い修行の日々。今は猫の身のゴウトは人の子であった時代を思い出し、黄昏るのでした。

 

「そうか。しかし、残念じゃのう。ビシバシ教えてやりたいところじゃったのに」

 

「ライドウさは何だばできらはんで、必要ねべさ」

 

 実に残念そうなサクナヒメに、ゆいは苦笑して言います。姫はまっことライドウを構いたい模様。自身もきんたがいた頃は、このようであったことが思い出されます。嗚呼、春を待たずに咲いた恋の花のまっこと可憐なることよ!!

 

「ただいま、戻りました」

 

 そう言ってやってくるのはライドウと、それが小さく見えるような巨体の男。食らう飯の量は20人前。そして、気は優しくて力持ち。それがかつての桂右衛門尉瑞月朝臣高盛。今は田右衛門と名乗る男にございます。

 

「おう。ご苦労じゃな、ライドウに田右衛門よ」

 

「いやはや、ライドウ殿はまさに百人力。まさか、昼前に終わるとは思っておりませんでした」

 

「田右衛門殿や河童達の力があってのことです」

 

 田右衛門の言葉に、応えるライドウの姿は上半身はランニングシャツ、下半身は柿渋色の百姓袴。されど、自らはまだまだ勉学中ゆえ、学帽だけは外しはせぬ。それが若武者ライドウの心意気!

 

「ふむ。ライドウ殿は、まさに類まれなる新気鋭。おひいさま、ゆめゆめ疎かに扱ってはなりませぬぞ」

 

「むぅ。爺に言われぬでも、分かっておるわ」

 

 妙に深刻なタマ爺の言葉に、渋面のサクナヒメ。しかし、爺は気が気ではござらぬ。

 元よりタマ爺はおひいさまの嫁入りを危惧しておりました。サクナヒメは勝気なお転婆娘。しかも、邪神オオミズチを討伐した勇名は、頂の世に遍く知られておりまする。都の男神は裸足で逃げていく始末。

 加えて、おひいさま御自身の高望み。嗚呼、これではおひいさまの花嫁姿を、亡き我が主に報告することはかなわぬか。そう諦めかけておりました。

 そこに現れし、異郷の英雄葛葉ライドウ。容姿端麗、英俊豪傑、天資英邁。おひいさまのお相手として、これほどの者は他に見つからぬ。しかも、ライドウもまたまんざらでもない模様。これを逃がしてはならぬ、と思うのでございます。

 

「では、籾の選別は昼餉の後にするか。ライドウよ、其方は壺を持つのじゃぞ?」

 

「かしこまりました、姫」

 

 春の息吹が聞こえ始める蒼天の下、笑顔を交わし合う女神と英雄。いやはや、何とも甘酸っぱい恋の風景にござりませぬか。

 

「それじゃ、ちゅーはんば作ってくるだ」

 

「拙者も河童達にきゅうりを与えて参ります」

 

 ゆいと田右衛門が去った縁側。不意に空いた時間。サクナヒメの心にいささかの悪戯心が芽生えて参ります。

 

「さて、ライドウよ。せっかく時間が空いたのじゃ。わしの足でも揉むが良い!」

 

「おひいさま! ライドウ殿の如き武士に、何ということを!!」

 

 座ったまま御足を差し出すサクナヒメに、タマ爺は思わず諫言を述べます。かような無礼に、ライドウが愛想をつかしてはどうするのか。

 

「はっ。では、少々お待ちを」

 

 しかし、ライドウは気を悪くする様子もなし。軽やかな足取りで台所に走り、タライと湯で満ちた薬缶を持ってまいります。

 沢で水を汲み、湯を注げばいい加減の微温湯。それをサクナヒメの前に据えて、手を差し伸べて言います。

 

「さあ、姫。御足を」

 

「うむ、くるしゅうないぞ」

 

 まるで沼の中の睡蓮のような姫の御足を手に取り、ライドウは優しく丁寧に泥を落としてまいります。真っ白な肌に青黒い血管が浮かぶ土踏まずを親指でさすり、もう片手でアキレス腱やふくらはぎを揉み解してまいります。

 

「ぶっはっはっは! ちょっとくすぐったいが、気持ち良いぞライドウ」

 

 言い様のない愉悦に、サクナヒメは大層ご満悦。血流が促され、疲労物質が洗い流されるのは人でも神でも至高の快楽。しかも、揉んでいるのは世紀の美男子ライドウ。これで悦びを覚えぬ女子は居りますまい。

 

「はっ。姫は実にお疲れの御様子。足も凝っております」

 

 カモシカの如き姫の御足を丁寧に揉み上げるライドウ。中都、築賓、三陰交等の経絡を巧みに指圧して参ります。その愉悦はまさに天に上るかのよう。ライドウも気を悪くする様子もなく、むしろ楽し気に揉んでおります。サクナヒメはまさに幸せの絶頂におりました。

 

「さて、姫。今しばらく御辛抱を」

 

「うん?」

 

 しかし、それは急転直下。土踏まずを強く押すライドウ。そこから伝わる電流のような激痛!

 

「ぎゃあああああああああああ!!!」

 

 思わずサクナヒメは絶叫。思わず足を引いて逃れようとするも、そこはライドウ。足をがっしりと押さえて放しませぬ。

 

「いだだだだだだだだ!? ら、ライドウ、そなた何を…!?」

 

「これぞ、葛葉流足裏按摩。さて、姫はどうも胃が悪い様子でございますな」

 

 涙目のサクナヒメを意にも介せず、按摩を続けるライドウ。疲労物質をごりごりと押し出してまいります。走る激痛と奥に潜む微かな愉悦に、サクナヒメは悶絶しながらも逃れることはできませぬ。

 

「ら、ライドウ、わ、わしが悪かった!! せ、せめて、もっと優しく…」

 

「確かに肝も悪いようですな。これは心を鬼にして、務めさせていただきます」

 

「そ、其方、無茶苦茶嬉しそうな笑顔…ぎいやああああああああああ!!」

 

 春を待つヒノエ島。雲一つない満天の青空。うららかな日の下で、昼餉を待つ一刻と少々の間、サクナヒメの絶叫が高らかに響き渡るのでした。

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