ーーーー天気晴朗ニシテ、雲海タカシ
「了解っと」
浮遊駆逐艦ル・シャリテで、私は司令部からよこされた電報に返答を打つ。魔法の時代は終わってしまった。けれどもその名残は、魔法と科学が融合した最新の技術である空中戦闘艦にまだ残されている。
ランク共和国とゲール帝国の国境を警備するランク共和国空軍第109警備艦隊の一隻がこのル・シャリテだ。最近はゲールとの対立が高まっていて、警備艦隊の役目は益々重大になってきている。しかし、第109警備艦隊に流れる空気には緊張感はあまり無い。
ゲールは先の大戦で国土が荒廃し、その再建に未だに躍起になっている。それに先の戦争で甚大な被害で、このエウロパ中が戦争を忌避しているのだ。誰も戦争を望んでいるはずがないと人々は考えていた。
更に現実としてゲールは条約によって国債発行に制限が掛けられ、軍事費に資金を割くことが困難である。このように知識人も考えていた。ゲールには戦争をする力が有るから備えなければならない!と語気を荒くして語るのは一部の極右勢力だけである。
「シャリテ、お疲れ様。地上に早くおりたいねぇ」
「まったくリュカったら、そんなことを言っても休暇は来ないよ」
「わかってるけどさぁ。やっぱり揺れない地面と、美味しい食べ物が待ち遠しいじゃん!」
リュカのいうことも正論だけれど、愚痴っているところを上官にでも見られたら面倒なことになってしまう。
「シャリテってさぁ、かの聖女シャリテ様の血を引いてるんでしょ?だったら、休暇を引き寄せるとか出来るかもしれないじゃん!」
「出来ないって……大体、魔法なんて言ってもちょっと物を浮かせられるくらいだからね」
「それでも、羨ましい。いいじゃん」
単純な考えをしているリュカにちょっと呆れてしまう。私にとって魔力はずっと一緒にあるものだけれど、魔力があることを誇ってはいない。魔法を使えるということは異端なのだ。異端者は集団から排斥されてしまう。
この艦の由来となった私の遠い先祖の聖女シャリテはどんな風に、魔法のことを考えていたのだろう。
私がちょっとひねくれた性格になってしまったのも、魔力が有ることも原因だったりするだろう。リュカの実直さというか、私に気を使わない性格には、結構私は救われているのだ。
「ありがとね」
小さく呟いた私の言葉は、リュカには聞かれなかった。
「ふっふっふ~」
「わっ、ちょっ。何!?」
「別になにもないよぉ」
後ろからリュカが私に抱き着いた。香油の甘い香りと、リュカの本来の匂いが混ざり合って私の鼻に入ってくる。リュカの豊満な胸の感触が私の背中にある。一回り背が大きいリュカに頭を撫でられて、私は自分の顔に血が昇っているのが自分でもわかってしまった。
「もう、いいでしょ……」
「うん」
リュカは私の頭を撫でることに満足したのか、にまにまと笑いながら私から離れた。私とリュカは同室なのだ。あんまり、問題だと思わなかったそれを今日ばかりは恨んだ。リュカが同じ部屋にいたらこの顔の火照りが取れそうにない……
一体いつから、私は彼女をまっすぐに見ることが出来なくなったのだろう。二段ベッドの上で、私は悶々としていた。下からはすうすうというリュカの寝息が聞こえる。それが、私の懊悩を一層加速させた。仕返しに寝てる間に唇くらいは奪ってしまってもいいじゃないか、と私の中の悪魔が囁く。
この年になって、しかも同性相手にこんなに悶々するなんて、私はおかしくなってしまったのかもしれない。ハグが切っ掛けだけど、もっと前から私は彼女が好きだったのか?ああ、悶々する。これが恋?
みんなが言っていた人を好きになるっていうことはこういうことなのだろうか。初恋は実らないと聞くが本当だろうか。もう、私の頭の中はぐっちゃぐちゃだ。
そんな私の懊悩は、無粋な警報によって打ち消された。緊急事態が発生したらしい。軍人として叩き込まれた動きで私は軍服を着こんだ。
「どういうこと?」
既に軍服に着換えているが、眠そうなリュカが私に聞いてきた。
「多分、敵艦が国境で異常接近でもしたんじゃないかな」
「そう。はぁー眠い」
私たちが艦橋に向かうべく、部屋を出た瞬間だった。大きな衝撃が私たちを襲った。数秒間か数十秒か私は意識を失った。船体を軽量化するために、艦に柔らかい素材が使われていなかったら、私たちは即死していたかもしれない。
部屋の出口がある廊下から、遥か下にある格納庫まで私たちは吹き飛ばされていたのだから。
「リュカ!?リュカ?」
「はいはーい。シャリテちゃん意外と重いね」
私の尻の下にリュカがいた。無事で何よりだった。
「あちゃー。これはひどい」
軽い調子でリュカは言ったけれど、現状は最悪だった。ラ・シャリテは良くて大破という状況だ。何が起きたかは全く分からない。爆発事故かもしれないし、攻撃されたのかもしれない。穴からは味方の艦が火を噴いている様子が見える。これは事故ではなく明確な戦闘だ。
「少尉殿、戦闘機の用意が済んでおります」
「悪いが人違いじゃないか?私たちは司令部要員だ。戦闘機なんて知らない」
声をかけてきたのはおそらく整備員だろう。私たちを誰かと間違えている。この艦に実験として戦闘機を積むということは聞いていたが、私はその実験のテストパイロットじゃない。
「少尉。頼みます。少尉!」
声を掛けてきた整備員を見て私はぎょっとした。左腕が無かったのだ。整備員と話している間でも艦の高度はどんどん下がっているのだろう。ここにいれば、私たちの未来には死が有るだけかもしれない。それに、整備員の瞳には憎しみと狂気の色しか無かった。
どのみち、ここで断っても死しか私たちに残された未来はないだろう。幸い、士官教育の一環で飛行機の訓練はしたことがある。飛ばすくらいなら出来るだろう。
「こんな状況ってことは、正規のパイロットは……」
「そうだろうね。私は、教官に筋がいいって褒められたんだからな。安心してもらって大丈夫だから」
「強がっちゃって」
自然と、笑いが浮かんでしまった。これから死ぬかもしれないっていうのに、不思議なものだ。格納庫に鎮座する戦闘機は今まで私が見たことのない機種だった。新型なのかもしれない。
「これ、二人乗りなのか。リュカは後部銃座に。私が飛ばすから」
「分かった。よいっしょっと」
風防を閉め、座席に掛けてあった飛行帽を被り、ゴーグルをする。発動機に火が入りプロペラが回りだす。
さて、準備は整った。整備兵が残された右手で手を振り、それからカタパルトを動かす。
猛烈なGが私を襲った。気を失いそうだったが、魔力を回して耐える。役に立たない魔力がこんな時に役に立つとは……
ガタガタと唸る風防。そして夜空を彩る炎。格納庫からでは確信が持てなかったが、味方艦隊は奇襲されたのだ。夜空を割く曳光弾に炎に包まれる敵機。それを私は不覚にも綺麗だと思ってしまった。
背後のル・シャリテには、反撃能力が残っていないのだろう。数本の火線が弱弱しく伸びるだけで、最早浮いているだけだ。敵機は見向きもしない。
そんな沈みかけの艦から、一機の戦闘機が出てきたところで、敵は見向きもしないだろうと私は予想してた。けれども、そうは甘くは無かった。二機の敵機がこちらを視認したのだろう。猛烈な勢いで、こちらに、機銃をばらまいた。
パニックになった私は機体のエンジン推力をあげた。発動機が激しい音を立てて、煙を吐き出し、機体が上昇を始めた。それを好機と見たのか、敵戦闘機はこちらに追随してくる。
ダッダッダッという重い射撃音が、近くから聞こえた、撃たれたのだろうかと思ったが、そうではなかったらしい。それは後部座席の発砲音だった。
「やった!撃墜1!」
どうやら、油断しきっていた敵機が落とされたらしい。こちらも撃たれているのか、機体をガンガンと叩く音が聞こえる。私は、敵機と自機が重ならないように期待を滑らせる。
そして、機体を旋回させ、敵機に攻撃を諦めさせようとした。多勢に無勢だ。勝負以前に逃げなければならない。
「リュカ、敵機は?」
反応が無かった。額を冷汗が伝った。苛立ちで沸いた魔力が機体に吸われるような感触があった。リュカの生死がわからない、その不安が憎しみに変わり、いつの間にか前に出ていた敵機に私は機銃弾を浴びせていた。
火を噴いて落ちていく敵機を尻目に、私は味方の基地が存在する方へ機首を向けた。敵は燃料が切れたのか、撤退命令が下りたのか追ってはこなかった。
頭の中にあった記憶頼りに辿り着いた味方航空基地は、滑走路に穴が開き、対空砲は潰され酷い状態だった。それでも、人間は生き残ったらしく、この機がランク共和国のものと知ると、手を振ってきた。
朝日が照らす中、私は傷だらけの機体で慎重に高度を下ろした。タイヤが滑走路に触れ、そのうちに静態する。
「うぇ、酔ったぁ」
「リュカ、無事だったのか」
「酔ったけど無事」
どうやら、Gにやられただけでリュカはピンピンしている。よかった。死んでなくて本当に良かった。私はリュカに抱き着いた。自然に涙が零れた。リュカが死んでいなくて、本当によかった。
「感動の生還おめでとう。と言いたいところだが、報告が欲しい」
咳ばらいをしながら、こちらに声を掛けてきたのは立派なカイゼルひげを生やした男だった。階級は大佐である。
「はっ、失礼しました。ランク空軍第109偵察艦隊所属、駆逐艦ラ・シャリテ所属、シャリテ少尉です」
「同じく、リュカ少尉であります」
大佐は困った顔をした。
「航空艦隊のか……空軍が戦闘機を内々で開発ってわけか。なるほどな。上層部に報告して諸君らは懲罰房行きだな。よくも、陸軍航空隊の管轄を犯してくれたものだ」
大佐の言に私は怒りを覚えた。
「なるほど。小官としては……」
「なんてね。冗談だよ。平時ならともかく今は戦時だ。と言っても、軍は壊滅してるけどね」
大佐の言によると、中部の森林地帯を突破したゲール軍の進撃が止まらず、ここ南部の部隊は孤立しているのだという。南部の要塞地帯を無視してゲール軍は進行したそうだ。雷が落ちるように、それはもう電撃的に。
第109警備艦隊とこの基地をはじめとする南部の諸部隊は、陽動のために攻撃されただけだったらしい。事実として第109警備艦隊は、戦闘機と雷撃機だけに壊滅させられたそうだ。
やりきれない思いで私は空を見上げた。大佐も途方に暮れた顔をしていた。戦争が始まってしまったのだ。先の大戦の惨禍は人々に何も教えなかったのかもしれない。
この後、一月も経たずに、栄えあるランク共和国は降伏した。あの後、南方大陸に渡ったけれど、結局私は思いを伝えられなかった。戦争が無かったらとは、何度思っただろうか。思いを伝えられぬままリュカは帰らぬ人となり、私の初恋は無残に散った。
数年が過ぎたが、私の初恋の傷はまだ癒えない。未練がましく訪れたル・シャリテの沈没碑に私は花束を置いた。彼女と出会った日と、それからのちょっとした思い出を噛みしめながら。