ホウエン地方で進路に迷う就活生の話   作:久我山 平地

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プロローグ ~middle~

「えー、この約3000年前の戦争でカロス国は壊滅的な状態となりました。

カロスって聞いて連想するものって何かある?

――――うん、そうですね! カロスの国王がルネシティに巨木を送っている記録が残ってる、一説によると今の目覚めのほこら前のあの巨木がそうなんじゃないかと言われていて――――あっ、もう時間かぁ。じゃあ、今日はここまでとしましょう」

 

世界史の教科書を閉じ、予鈴と同時に会釈をする。

彼のその挙動に合わせ、聴講生たちも一斉に頭を下げた。

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

一度上げかけた頭部を再度下げ、テキパキと荷物をまとめて教室を後にする。

 

「お疲れ様です、ルビー先生」

 

「照れるから止めてくださいよ、ツツジ先生。まだ勉強中の身なんですから」

 

「教壇に立てば皆等しく先生と呼称されるべきでしょう。わたくしも、アナタも」

 

教員室へ向かいながら彼のレポートを記入する。

彼の教育実習が始まってから、今日で3週間が経とうとしていた。

 

「それに勉強中の身なのは、教師だって同様です。学ぶことを止めた人間に、学ぶことを教える資格があるとお思いです?」

 

知識、熱意、人柄。

それぞれが高いレベルで成立している彼の授業は評判がよく、実習生ではありながら彼の授業を聴きたがる人で教室はいっぱいになる。

ジョウトから遥々勉強にやってきたというこの彼は、聞くところによると同い年だそうだ。

余程のミスをしない限り、このまま評価値「最優」で教職の単位を出せるだろう。

教員室に着き、先程のレポートの続きをまとめる。

 

「最初はどんな授業をするか冷や冷やしてましたが、あのジョバンニ先生の教え子だというのであれば、あのクオリティも納得ですわ」

 

「当時はそんな凄い人だと思ってなくて、ホウエンに来てからその名前出すと驚かれるんだって知りました……」

 

彼の爪の垢を煎じて飲みたい、と言う熱狂的な教師は遠く離れたこの地方でも少なくなく、確かに教員室で出すワードとしては刺激的すぎるかもしれない。

 

「で、時にルビー先生。この後はどうされるのですか?」

 

「どう、って……今日はもうボク授業ないですし、いつも通り研究所に帰ろうかと」

 

「成程。でしたらわたくしも準備致しますわ」

 

「……いつもいつもスミマセン」

 

珍しいことに、この実習生は15歳になってもまともにポケモンを持っていないという。

唯一所持しているピカチュウも、全く言うコトを聞かないのでバトルだと使い物にならないらしい。

そのおかげで、トレーナーズスクールがあるカナズミシティから研究所があるミシロタウンまでのボディガードが必要なのだとか。

 

「送り迎えするたびに思うのですが、ルビー先生は免許を持っていらっしゃらない、というわけではないのですよね」

 

「はい、まぁ、筆記と諸々で点数だけなら稼げますし、バトルの試験は聞き分けの良いレンタルポケモンを使わせて貰えるので」

 

「どうにもピカチュウが言うコトを聞いてくれない、と?」

 

「多分アイツ、ボクのことめっちゃ舐めてるんですよね……」

 

「まぁ、ピカチュウは育てにくいポケモンだと言いますし……」

 

雑談をしながらカナズミシティの敷地を出る。

ミシロタウンに着くにはこのまま104番どうろを進み、トウカの森を抜ける必要がある。

途中、アマチュアトレーナーが腕を鍛えるためにバトルをしているが、流石にジムリーダーに野良試合を申し込もうという不届きものはそう滅多にお目にかからない。

皆、大概は遠巻きからわたくし達を物珍しそうに眺めるだけではあるものの、

 

「あっ、ルビーくん! つぎはアタシとデートするやくそくでしょ!」

 

フラワーショップ『サン・トウカ』の末っ子だけは例外である。

ちょうど花に水やりをしていたのか、彼女の手には『ホエルコじょうろ』が握られていた。

 

「デートじゃないよ。ツツジ先生にはミシロまで送ってもらってるだけ」

 

「えー、かたをならべてあるいたらそれはもうラブラブカップルだっておねえちゃんたちがゆってたよ」

 

「その条件だと全部のダブルバトルがラブラブカップル同士の対戦になるよね!?」

 

「うん、おねえちゃんたちはだれがならんでもラブラブカップルにみえてくるんだって」

 

「幼気な少女が知るには早すぎるカプ厨(性癖)!」

 

少女特有の年上への憧れもあるだろうが、実際彼の異性からの人気は高い。

ジョウトという遠い地からやってきた特別感。

若干15歳にしてオダマキ博士の研究を手伝っている程の英傑。

真面目で誠実で勤勉で、顔立ちもそれなりに、ええ、それなりに整っていらっしゃる。

海に囲まれた田舎の地方の住民にとっては、刺激的に、そして魅力的に映るのは無理もない。

 

「ねぇルビーくん、たまにはおみせによってってよ」

 

「うーん、そうだなぁ、また今度ね」

 

「こんどね! ぜったいだよ!」

 

愛想の良い、そして決して上辺の愛想だけではない誠実な笑顔で、彼は答える。

その場のお世辞ではなく、彼は近いうちにあの店に足を運ぶのだろう。

 

「ルビー先生、そういうところですわよ」

 

「? 何がですか?」

 

「ですから、そういうところですわ」

 

「???」

 

単に誠実なのか嫌に鈍感なのか、他人からの評価を正しく理解できていないというのは、法に問われない罪だと思う。

トウカの森に入って彼女の姿が見えなくなった後、護身のためにイシツブテを数匹出す。

 

「時に、ルビー先生」

 

「はい」

 

「あんな幼い子とデートのお約束をされたのですか?」

 

「いえ、その、彼女が一方的に言っているだけで……あの、どうしてボクのレポートをこのタイミングで取り出すんですか」

 

「ああ、いえ、お気になさらず。全く関係ありませんし、先程の授業評価を帰路のついでに済ませてしまおうかと」

 

「全く関係ないんですね?」

 

「全く関係ありませんわ」

 

カナズミシティから向かう場合は段差を一直線に降りるだけなので、野生のポケモンが飛び出してくる危険性も幾らか少ない。

多少手元で何か作業をしながらでも、段差で躓かないようにしておけばある程度は安全である。

 

「……いや、先週あのお店で『かわいいはな』を買ったんですが」

 

「はい」

 

「その、教室に飾ろうと思って一番安いやつを買ったつもりが、まさかヒトの背丈ぐらいあるサイズだとは思いもしなくてですね」

 

「そうですわね、全くかわいくないサイズですわね」

 

「ええ、それで」

 

「それで?」

 

「はい、仕方なく持ち運べるサイズに加工してもらって、持ち切れなかった分はあの子にプレゼントしたんです」

 

「成程、女の子に、花を……ね……」

 

「あのツツジ先生、見間違いじゃなければ今レポートに『減点3』って書いたように見えたんですが」

 

「ええ、先程の世界史の講義内容について不備があったのを思い出しまして」

 

「世界史の授業についての減点なんですね?」

 

「世界史の授業についての減点ですわ」

 

一直線に歩きながら次々と段差を降りていく。

 

「時に、ルビー先生はそういう、年下の方が趣味なんですか?」

 

「あれ、今ボクにロリコン疑惑持ち上がってません?」

 

「疑惑、というのは事実と異なりますわ」

 

「ああ、よかった」

 

「敢えて言うなら、嫌疑ですわ」

 

「社会的抹殺の気配!?」

 

「大丈夫ですよ、ルビー先生は優秀ですし、総合評価はまだまだ貯金ありますから」

 

「点数が高いからまだ減点出来る余地があるって意味にしか聴こえないんですけど!?」

 

ここまで右往左往してくれると、こちらもついからかいたくなってしまう。

お陰でこの片道40分以上の送迎も、いつの間にか毎日のささやかな楽しみにしている自分がいる。

 

「ですが、ルビー先生」

 

「え、また減点ですか」

 

「いえ、――――そういう態度は女性を喜ばせますが、彼女のように勘違いさせることはあまり褒められたことではないですよ、と忠告しておきたいだけです」

 

「そういう態度、って……」

 

「例えば、先程から段差を降りる度に、自然にわたくしの手をとって下さるような、そういう態度ですわ」

 

「……あっ、えっと、ごめんなさい、嫌でしたか?」

 

「いいえ、ちっとも?」

 

森に入ってから何度目かの段差を降り、その手が離されるのを少し惜しいと感じた自分がいる。

 

「時に、ルビー先生。ピカチュウ以外のポケモンを持とうとはお思いになりませんの?」

 

「あー、いえ、決して持ちたくないわけじゃないんですけど、その……」

 

「その?」

 

何気ない疑問に、彼は言い難そうに答える。

 

「……大学通いながら2匹以上は経済的にキツイんですよね」

 

うちお金なくて、と彼は苦笑する。

 

「今のところ研究職に就ければと思っているので、運よく博士になれれば収入も安定するんでしょうけど」

 

一般的に、ポケモンを捕獲することはそう難しくはない。

モンスターボールを買って、それを野生のポケモンに投げれば(確率は高くないが)子供でもポケモンは持てる。

しかし、彼の言う通り、捕まえてから「育てる」コストは非常に高い。

 

ポケモンは生物である。

生物であれば食べ物を欲するし、住む場所も要る。

それは、151種であれば151通りの、386種であれば386通りの生育環境が存在することを意味する。

 

モンスターボールという科学の代物は、ポケモンの生物学的特徴を利用して一時的に保有するための『どうぐ』だ。

ボール内はポケモンにとって快適な環境になっているが、タマムシ大学での研究によると「長期間のボールでの飼育は一部のポケモンの寿命を縮める可能性がある」という一説もある。

人工的な環境が適さないポケモンのために『サファリゾーン』は国費で運営される法律が出来たほど、ポケモンの生態系は不明瞭で不明確なものだ。

本当に、彼らを生き物として尊重するためには、その種族に適した環境を整えなければいけない。

 

そのコストを支払うのは、あくまでもポケモンの所有者本人である。

 

「……不躾な質問でしたわ。ごめんなさい」

 

「いえ、でもこうやって護衛して貰ってるので、そう思われるのは仕方ないですよ」

 

「……もうひとつ、失礼になってしまうかもしれないのですけど、訊いてもよろしいですか」

 

彼の眼は、どうぞ、と言っていた。

 

「勉学と並行して、トレーナーとして研鑽を積む、ということはお考えにならないのですか。

ルビー先生ほどの成績ならば、授業免除期間を取得してポケモンバトルの腕を磨くのも悪い選択肢ではないと思うのですが」

 

10歳になってポケモン取り扱い免許証を取得すれば、最大半年間の授業免除期間が得られる。

多くのポケモントレーナー志望はこの期間を利用してバトルの修業を行い、中には本気でプロのトレーナーを目指したり、ポケモンリーグのチャンピオンを志す者もいる。

 

その最大のメリットは、この期間中に限りポケモンセンターの利用料が無料になったり、フレンドリィショップ等での買い物は90%オフになるという圧倒的な税制面でのバックアップ。

おかげで、定価2千円のモンスターボールは僅か200円で買えるようになる、という破格の優遇ぶりだ。

プロのトレーナーになればその権利を永続的に手に入れられるとなれば、本気で職業としてのトレーナーを目指すものが後を絶たないのも頷ける。

 

「うーん、頑張ってプロを目指しても必ずなれる、って保証はないですし。半年間も勉強しないでプロになれなかったら何のためにスクール休んだんだか、ってなりますし。

それに、ウチの両親が両方とも働きながらプロのトレーナー目指してまして、そのおかげで小さいころから経済的に苦労してきましたから」

 

だから奨学金で進学するためにめっちゃ頑張ったんですよ、と冗談めかして彼は笑う。

 

「……」

 

「ツツジ先生?」

 

もう少し歩けば森を出られる、というところで足を止め、少し先を歩きかけた彼も立ち止まる。

プロのトレーナーとしても、スクールの教師としても、カナズミシティのジムリーダーとしても己を鍛えてきた、今までの人生では出会うことのなかった価値観。

――――いや、出会ってはいたものの、住む世界が違うから、と、見過ごしてきた、目を背けてきた、華やかなだけではないポケモン世界の、オルタナティブな一面。

 

「お気を悪くされたらごめんなさい、ルビー先生は、」

 

これ以上先を聞いても、きっと彼は怒らないのだろう。

そう思って、口を開く。

 

「時に、ルビー先生は、どうしてピカチュウとお別れされないんですか」

 

彼は口をぽかん、と開けた。

 

「一向に懐かないポケモンを育てるくらいなら、決して安くないお金をかけるなら、自然に逃がして、もっと飼いやすいポケモンを手に入れた方が――」

 

彼は、ぽかん、という効果音がとても似合う人だ。

そのどことないあどけなさは、少しも強張ることなく、そのままの温度で言葉を返す。

 

「憧れの人との、思い出のポケモンなんです」

 

憧れの、というのが、どの種類の意味なのか、そこを濁すように彼は言葉を続ける。

 

「5年くらい前、ジョウトでずっと友達出来なくて、一時はスクールに通わなかったこともあるんですけど、お隣に住んでたその人が仲良くしてくれて。

そのとき、その人と一緒に捕まえた、初めてのポケモンなんです」

 

ああ、この人は。

爪が自分の手の内側に食い込むくらい、強く握る。

きっと、思い出の中の記憶を、その時の自分を大事にしながら、その人のことだけを今でも想っているのだろう。

そう気づいてしまって、不思議と心が痛くなった。

 

「――――ごめんなさい、何も知らないのに出過ぎたことを」

 

「いえ、っていうか、こんな辛気臭い話ばっかしちゃってこっちこそごめんなさい。

ツツジ先生くらいですよ、こういう身の上話を真剣に聴いてくれるのは」

 

「……ツツジ、でいいですわ」

 

「え?」

 

「ですから、ツツジ、でいいですわ。ここはスクールの外ですし、よく考えたら同い年でしょう?

仕事でもない時間をわざわざ共有するのですから、教師でもなくジムリーダーでもなく、一人の友人として扱ってくださらない?」

 

彼との距離を一歩ほど縮め、彼の顔を下から見上げるように覗き込む。

 

「友人、ですか?」

 

「わたくしのことは、お嫌い?」

 

「そういうんじゃなく、えっと、ボクなんかでいいんですか、逆に」

 

「あら、少なくともわたくしは、アナタと対等に肩を並べていたいと思うのだけど」

 

更に半歩ほど踏み込み、必要以上に顔を寄せる。

 

「この送り迎えの間、道で目を合わせても誰もわたくしにバトルを挑んでこないの、お気づきでしょう?

ジムリーダーだからという理由だけで距離を置かれる生活、意外と心寂しいんですの。

ルビー先生、いいえ、ルビーさんなら、そういう偏見を持たずに仲良くしていただけると信じていますわ」

 

ああ、わかった。

さっき心が痛くなったのは、この人の世界の中にわたくしがいないからだ。

この人の目には、親切な上司、住む世界の違う人、くらいの存在としてしか映っていない。

その名前もわからない憧れの人とやらに占有されているのなら、せめて、その土俵に上げて貰うくらいはしていただかないと気が晴れないの。

 

わたくし、利益もないのに、こんな送り迎えなんかするほど親切じゃありませんから。

 

「え、っと……じゃあ、ツツジ、さん」

 

「はい、ルビーさん」

 

「よろしく、お願いします」

 

「ええ、こちらこそ」

 

差し出される前に彼の手を握る。

ああ、意外と、硬い手なのね。

 

「……そんなに変ですか? ボクの手は」

 

「……男の人の手ですわね」

 

「この3週間ツツジさんはボクの性別をどう捉えていたんですか!?」

 

軽口を真面目に受け取って対応してくれる彼を愛おしいと感じる。

こんなに人を身近に感じられたのは、こんなに歳の近い友人が出来たのは、ジムリーダーになってからは記憶にない。

 

「ま、冗談はこれくらいにして」

 

「あ、冗談だったんですね」

 

「ええ、減点は本当ですが」

 

「対等とは程遠い権力格差!」

 

「仕方ないでしょう、年端も行かない少女の心を弄ぶなんて、およそ教師として認めるわけには――――」

 

少し彼を揶揄うことが楽しいと思い始めたその時、

トウカの森の奥深くから、声が聞こえた。

 

 

「たっ たすけて くれーっ!!」

 

 

野太く、鋭く、それでいて情けない悲鳴だった。

 

 

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