ホウエン地方で進路に迷う就活生の話   作:久我山 平地

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1st Report「ミシロタウン」

日は既に沈み、閑静な住宅街は静まり返っている。

 

ホウエンの中でもさらに過疎地であるミシロは、売店どころかポケモンセンターもない。

タダでさえ「どうしてあの博士はこんな不便な場所でわざわざ研究をしているんだろう」と近所からは白い目で見られているというのに、

 

「おおっ、くる、くるぞぅ! ルビー君、キミも観なさぁい!」

 

――――――――――

 

「キノガッサ、『スカイアッ――』」

 

「ウインディ、『かえんほうしゃ』ァーッ!」

 

『キノガッサ、戦闘不能』

 

「くっ……ゆけっ、ライボルト!」

 

「ハッ、ウインディ!『だいもんじ』!」

 

――――――――――

 

「ほら、この押せ押せスタイル! カブ先輩の『力こそパワー戦法』の前には、そんじょそこらのエリートトレーナーじゃ歯が立たなかったんだから!」

 

がはは、と大きく口を空けて笑うと、オダマキ博士は何杯目かの芋焼酎を喉に流し込む。

酒の肴はテレビに映し出された、数十年前のポケモンバトルの映像。

若かりし頃のカブと思わしき青年が、バトルフィールドを燃やし尽くさんと容赦なく攻め続けていた。

 

「……昔の話だよ」

 

あまり思い返したくないのか、当の本人はお湯割りにチビチビと口をつけて画面から視線を外す。

 

「いーえ、今もバリバリ現役でしょお! ホウエンみたいな田舎に敵は無いっつって、海を渡って移籍までしちゃう戦闘狂は後にも先にもカブ先輩だけですってぇ!」

 

「あの、オダマキ博士?声は抑えめで……」

 

助手のルビーさんが声をかけるも、当の本人は気にせずグラスを空にする。

 

「すまない、酒が入ると古いホウエンの人間はこうでね……」

 

「いえ、カブさんは常識的な飲み方をされているので」

 

『豊縁』が由来とされるこの地方は、豊かな水源と農産を活かした酒造りでも有名だ。

地域性なのか遺伝なのか、大人たちは酒飲みが多い。

静かに飲んでくれる分にはいいのだけれど、このように酒癖が悪いのは手に負えない。

 

「なぁに、研究者たるもの、今更変わり者扱いされたところで気にすることはない!」  

 

空になったグラスに博士が手酌で酒を注ぐ。

 

「そうじゃなくて、研究所で飲んでるのが奥さんにバレるとまたひどい目に遭いますよ?」

 

「……あ」

 

注がれた酒がちょうどグラスの口に届き、表面張力で溢れる一歩手前で留まる。

 

「……ルビー君、すまないが先に帰って、ママの様子を見てきてくれないか」

 

「お断りします。仕事が残っているので」

 

そう言うと彼は加工されたナッツのおつまみを皿に盛り、「お水も程ほどに飲んでくださいね」とコップにお冷を注ぐ。

 

「カブさん、今日は研究所にお泊りでしょうから、客間に布団出しておきます」

 

「いや、それくらい自分でやるよ」

 

「お客さんですから、もてなされて下さい」

 

「すまない、いや、ありがとう」

 

先程からスローペースではあるものの、博士とほぼ同量のアルコールを摂取しているカブの顔色は赤くない。酒に強いのか、自制心があるのか、どのみち『古いホウエンの人間』の気性は感じられない。

 

「……ちょっとお手洗いに」

 

博士はそう言って席を立つも、何故か玄関へと向かった。

羽目を外して奥様に怒られるのも、ここではあまり珍しい光景ではない。

 

「ツツジさん、もう暗くなってますし、帰るときは気を付けてくださいね」

 

「ありがとうございます。ですが、もう少しこのおじ様に用がありますの」

 

ナッツを口に含み熱いお茶で流す。

 

「ぼくに?」

 

意表を突かれ、目を丸くする。

 

「ええ。ホウエンのジムリーダーとして、少しお伺いしたいことが」

 

ジムリーダー、という単語に空気が少し引き締まる。

コップの水を飲み、カブは軽く息を吐く。

 

「なんだろうか」

 

視線を対面のトレーナーにではなく、画面の彼に向ける。

そこには変わらず、『かえんほうしゃ』や『だいもんじ』で相手を圧倒する姿があった。

 

「この映像のバトルのことです。高威力の炎技のみの戦術――――いえ、戦術と呼べるような策ではないですわね。よく言えばパワー押し、悪く言えばレベル差とタイプ相性に依存した、あまりにも旧世代的な戦闘スタイル。わたくしが以前見た、貴方のガラルでのバトルとは大違いですわ」

 

「……知っていたのかい」

 

「これでもトレーナーズスクールを首席で卒業していますので」

 

不安げにこちらを見るルビーさんを横目に、質問の続きを口にする。

 

「わたくしが気になっているのは、このスタイルがいつまで通用していたのか、ということです。

レベル、タイプ相性、技の威力が重視されたバトル第一世代。

複合タイプによる相性の複雑化がなされたバトル第二世代。

『とくせい』を加味した戦略と、同種族でも個体ごとに能力の優劣が存在することが明らかになったバトル第三世代。

物理技と特殊技の組み合わせや天候に合わせたチームでの戦法が次々と開発されたバトル第四世代。

情報ネットワークの近代化により、一般トレーナーでも気軽にハイレベルな戦術を学べるようになったバトル第五世代。

 

そして、メガシンカ、フェアリータイプの発見により、一層ポケモンのストロングポイントを強化する必要が出てきたとされる現代のバトル第六世代。

この映像当時は第二、あるいは第三世代の始まり頃とお見受けしますが、」

 

「向こうに行ってからはすぐダメになったよ。あっという間だった」

 

懐かしむように、それでいて悔やむように、初老のトレーナーは口を挟んだ。

 

「ツツジくんと言ったね。きみの言う通り、この策とも言えない策はぼくが若い頃に傾倒していたものだ。

いつまで通用したか、という質問には『プロになるまでは』という答えになる」

 

この世界でいう『プロ』とは、何千人ものトレーナーが挑戦する試験をクリアした僅か20パーセントの存在を意味する。

 

「ぼくの場合はね、それでもチャンピオンに手が届くか、というところまで戦えてしまったんだ。火力だけで押し切る。見た目も派手だからファンも増えやすかったし、苦手なタイプにだけ気を付けていればなんとかなって――――気づいたころには、時代に取り残されていた」

 

古びたトレーナーカードを取り出し、それを撫でる。

 

「勝つためならなんでもする、そう腹を括って、プロには相応しくない戦法で戦ったこともある。それで少し勝てるようになったけど、ファンは離れていった。バトルには勝てるけど食べていけない、そうしてお客さんにウケるような戦法ばかりを研究して……」

 

顔のシワをクシャッと歪め、ぎこちない顔で笑った。

 

「いつの間にか、自分にもポケモンにも向き合っていないことに気づいた。

だから、今はしがない、マイナーリーグのトレーナーだよ」

 

「……ホウエンには、どうして?」

 

それまで口をつぐんでいたルビーさんが訊ねる。

 

「知り合いに勧められたんだ。しばらくジムチャレンジは休んで、地元で修行してみるのもいいんじゃないかって」

 

「成程。そのために来たはいいものの、免許が失効していることを思い出してこの有様、と」

 

「いやはや、その通りだよ。お恥ずかしい」

 

酒ではなく図星を突かれたことで顔を紅潮させる。

 

「それで、具体的に修行って何をするんです?」

 

「ううん、特に決めていないけど、ゼロから鍛えなおすつもりだよ。炎タイプに拘らず、色んなタイプのポケモンを扱ってみるとか、スクールで戦術を学んでみるとかね」

 

「ご冗談を。元とはいえジムリーダーが生徒だなんて、他の子どもたちが委縮してしまいますわ」

 

「は、はは、そうだね」

 

笑顔の微妙な引き釣り加減を見るに、半ば本気だったらしい。

 

「ちなみに、こちらにはいつまで?」

 

「期間は決めていないよ。少なくとも3カ月は有休が溜まっていたから、それが終わるまでには帰らないといけないけど」

 

「それであれば、ホウエンを巡る旅などされるのが一番かと。おじ様――――カブ様がいらっしゃった頃とはポケモンの生態や街の作りも変わっていますし、ポケモンではなくトレーナーの修業には持ってこいですわ」

 

「それはそうなんだけど……」

 

カブは苦い顔をして肩を落とす。

 

「多分、路銀が足らないんだよねぇ」

 

マイナーリーグの給料安くて、と気落ちした言葉が続く。

 

「失礼ですが、貯金などは」

 

「……若気の至りで」

 

テレビに映った若かりし頃の彼を見るに、金遣いが荒くなる未来は想像に難くない。

 

「……例えばなんですけど」

 

それまで存在感を消していたルビーさんがおずおずと手を挙げる。

 

「実は、この研究所、人手が足りていないんです。

博士の研究はフィールドワークが主なので遠くの街の分布研究もしないといけないんですが、博士もボクもバトルは不得手で……。

ボクと博士の他に、遠征調査のための臨時研究員、或いはボディーガードを募集しようか、この間博士と相談していたんです」

 

遠征調査、それはミシロ、トウカ、カナズミといった近隣以外の土地へのフィールドワークのことを指す。

カイナシティなど市街地の近くはともかく、フエンタウンやヒマワキシティといった自然と共生するエリアでは凶暴な野生ポケモンも多く出現するため、単に調査と行っても身の危険を伴う。

 

「それはアレかい? 調査と言う名目でホウエンを巡り、資金も出してくれると?」

 

「結果的にはそうなりますね。勿論、調査が優先なので単独行動などは控えて頂きたいのですが」

 

ううん、と唸り、彼はそのまま考え込んでしまった。

境遇を考えるに願ったり叶ったりの条件なのだろうが、好意に甘えるだけなのは後ろめたいものでもあるのだろうか。

 

「時にルビーさん、その調査とやらは、オダマキ博士だけで行かれるのですか」

 

「ううん、ボクも助手として着いて行くことになってる。『フィールドワーク』の単位も取らないといけないから、それも兼ねて」

 

「……いつから?」

 

「そうだね。もうすぐスクールでの実習が終わるから、再来週くらいには出発しようかと」

 

「わたくし、初めて伺ったのですが」

 

「? うん、初めて言ったから」

 

「わたくし、初めて伺ったのですが」

 

「う、うん、初めて言ったから……」

 

「わたくし、初めて伺ったのですが」

 

「ごめんツツジさん、どうして急にオニスズメよろしく『オウム返し』を繰り出したのか至急説明が欲しい」

 

何たる失態。実習が終わってからもボディーガードの名目で通い詰めて距離を縮めようと考えていた作戦が20パターンほど無に帰すことになるとは。

 

――――ん……? ボディーガード?

 

「すまないルビー君。ありがたい申し出なのでぜひ受けさせていただきたいのだが、一つぼくからも頼みたいことがある」

 

「はい、なんでしょう」

 

「調査の中でポケモンを捕獲した場合、そのうち何匹かはぼくの手持ちにしても良いだろうか。勿論乱獲などはしないし、他の地方への持ち込みが禁止されているポケモンはガラルへ行く前に逃がすことを約束する」

 

「ええ、そのくらいなら」

 

「ありがとう。では――」

 

「――――では、わたくしがそのボディーガードに立候補いたしますわ」

 

「「……はい?」」

 

 

 

 

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