高校生、最初の秋。
「日向、はしゃぎすぎだボゲェ」
母校である烏野高校からバスと電車を乗り継いで。私たちは仙台へとやってきていました。
「うっせーな、影山ぁ!買い出しとか新鮮だろ!?」
一年生組の中で、一番元気がある日向が先頭に立ちながら、後ろで影山くんが怒る光景はもう見慣れたような気がします。
「確かに実用品って清水先輩か、武田先生が揃えてくれてたからね」
今日、私たちが仙台まで出向いたのはバレー用品の買い出しだ。普段なら学校が契約している業者から清水先輩から武田先生を介して注文がいくのだけれど、今回は特別。
なんと、仙台市民ホールでバレーメーカーの即売があるのだ。ミカサやモルテン、バレーをやってる人なら一度は聞いたことがあるメーカーが出店していて、相場よりも破格の値段でバレー用品を売り出しているのだ。
一年生組に言い渡されたのは、ボールと各種用品を必ず押さえると言うミッション。清水先輩から預かった部費は、私のカバンの中で厳重に管理されている。
ああ、誰かスパイにでも取られたらどうしよう…お腹が痛くなってきた。
「それにしてもはしゃぎすぎデショ。散歩に行く犬じゃあるまいし」
後ろで、山口くんと歩く月島くんがいつもの煽り気味の口調でそう言った。夏の合宿と秋の高校バレーを経て、月島くんは変わったように思えるけど、日向達に対する煽りは変わらないご様子で。
「なんだとぉ月島!」
「まぁまぁ日向、落ち着いて」
売り言葉に買い言葉で振り返った日向。それを嘲笑う月島くん。間に入った山口くんの静止で声を荒げた日向も勢いをおさめた時。
「だぁーっ!!わからへん!!」
肌寒くなり始めた仙台駅で、大声が響き渡った。
え、なに?戦争!?戦争が始まったんですか!?
とっさに身を固くして辺りを見ると、仙台駅の前にある大きなエリアマップの前で、二人の高校生が頭を抱えている様子が見えた。
「そない言うても、スマホ忘れたお前のせいやろ?」
「未だにガラケー使うてるお前に言われたないわ!ガラパゴスか!?進化過程で置き去りにされんか!?」
「うっさいわダボ!ガラパゴス諸島は生命の神秘の島なんですー!俺はスマホのタンタン画面叩くのが苦手なんや!なんやねん、画面叩くって!アホか!割れるわ!」
「指圧強すぎやろ。機械仕掛けかいな」
「せや、俺が浪速のサイボーグってなんでやねん!!」
何でしょうか…あのやりとりは…。
「なにアレ」
私の心中を察したように、月島くんが呆れ口調で呟く。山口くんは驚いた顔で見つめていて、影山くんは興味なさげな目をしていた。
「め、めめめ…目を合わせたらダメだよ。巻き込まれるよ…戦争に…」
うわぁあ…ああいう感じの人、苦手だ。
ブワワと冷や汗が出る。
大丈夫、大丈夫。声をかけなければ害はない。蜂と一緒だ。こちらから仕掛けなければ何の問題もない。息を吐いて、吸って、ヒッヒッフー…あ、これ違うやつだ。
あれ?そう言えば、普段騒がしい日向が静かだ。……静か?
「ねぇーなにやってんのー?」
ハッと目を向けると、そこには怒涛のマシンガントークを繰り広げていた二人に話しかける日向の姿が!?
ひぇっ!話しかけてる!?
「日向ボゲェ!!」
「お前はコミュ力お化けか!!」
思わず影山くんが罵倒し、山口くんが悲鳴のような声を上げた。こちらの戸惑いなど、どこ吹く風で日向は随分と背が高い二人のうちの一人から見下ろされた。
「ん?なんやちんちくりん、中学生かいな」
「失礼な!ちゃんと高校生だ!」
「あっはっは、そりゃすまんかった」
そう言いつつも日向の頭をワシワシと撫でる辺り、かはり肝が座ってるのだろうか、不満そうに手を払う日向を面白がっているようにも見えた。隣いるお連れ様が、疲れたような顔をして親指まで後ろにあるマップを指差す。
「こいつが場所メモしたスマホ、ホテルに忘れてな。行き方どころか会場すらわからんのや」
「ホテルってどこですか?市内なら引き返したほうが」
「残念ながら、神奈川のホテルやな」
「神奈川!?神奈川県!?シティーボーイですか!?」
「日向、田中先輩達の影響受けすぎ…」
随分と遠くから来てらっしゃるようで…。日向がキラキラした目で言う様子を見て、山口くんは賑やかな二年の先輩を思い出している様子だ。「先輩だからな!!ガーッハッハッハ!」と笑う田中先輩達のイメージが簡単にできてしまう…。
「なんやようわからんけど、俺ら大阪から東京に修学旅行の途中で抜け出してな」
「修学旅行!?やっべ…3年生だ…生意気な口聞いてすんませんした!」
咄嗟に頭を下げる日向。慌てて口調も直しているが、二人は特に気にしないで頭を下げた日向に笑いかけた。
「おもろい奴やな!俺らは2年や。ウチの学校は3年は就活忙しいから、修学旅行が2年にあんねん」
「それで抜け出してきたんですか?」
影山くんの問いかけに、二人はしてやったりな笑みで頷く。
「おうよ!東京駅から大阪に戻る時に先生の目を盗んで東北新幹線に飛び乗ったんや。この日のために我慢して貯めた小遣いや貯金の大枚を叩いたんやからな!んなははは!!」
「いらんこと言わんでいいねん、ハルゥ!口滑らしたら…」
そう言った矢先、二人の方から携帯音が鳴り響く。おそらく着信なのだろうが、さっきまで豪快に笑っていた二人の表情がみるみる固くなっていき、汗もダラダラと流れていた。
「ほらぁ!きた!!ハル!お前責任持って出や!?」
「うそやろ…かぁーー…しゃあない」
ハルと呼ばれた方が意を決してポケットから携帯を取り出す。「あ、同じやつだ」と呟く日向。折り畳み式の携帯を開くと、ぶるぶると震える応答ボタンを押して、耳へと押し付けた。
「うっす!!すいません!仙石っす!!」
直立不動。携帯電話からは、かなり離れているはずなのに大きな怒声が聞こえた。なにを言ってるのかはわからないけれど、果てしなく怒っていると言うことはたしかにわかる声だった。
「今どこにいるですか!!仙台っす!!しゃす!!」
ひぇ、その言葉で怒声がさらに大きくなったんですけど!?返事をハキハキとする相方を、もう片方が軽く頭を叩いた。
「返事良いだけやめーやアホタレ!!」
ノリが完全に漫才師のそれだ。月島くんはやりとりを冷めた目で見つめている。というより、反応しようがないと言った様子だった。
「あーすんません!東北だから電波がー!!ブー!!ブー!!」
口を尖らせて声を上げると、耳元から離した携帯を折り畳む。電源落としたから大丈夫!とこちらにVサインを送るけれど、一体なにが大丈夫なのでしょうか、私にはわかりません。
「お前、東北の人ら目の前にしてよう言えるわ。感心せんけど」
「うっさいわ。もう引き返しても、ぶっ殺されるか、しばき倒されるかのどっちかやしええやん。知らんけど」
(よくないと思いますけど…)
(知らないんだ…)
山口くんと私の心情は限りなく近いだろう。なんとなくそう思う。
というより、修学旅行を抜け出して仙台まで来てるのだから、二人は余程の問題児…いや、不良なの?喧嘩!?警察!!警察呼ばなきゃ!!
「で、二人はどこに行くんですか?」
パニック寸前になってる私を置いておいて、日向が出した問いかけに、二人は顔を見合わせて答えた。
「ミカサとモルテンの即売会」
「え、バレーやるんですか!?」
「ポジションはどこですか!?」
言葉を聞くや、日向と影山くんがぐっと前のめりになって問い詰める様子で突っ込んでゆく。二人はバレーになると周りが見えなくなるというか、猪突猛進というか、ブレーキが無くなるというか。
「ウ、ウイングスパイカー」
「俺はリベロや」
さらに質問責めにしようとする二人に、やめなさいと、山口くんが詰め寄る日向たちの首根っこを掴んで引き剥がす。こう言う時の山口くんは頼り甲斐が出るんだよなぁ。
「大阪のバレーかぁー!どんなのだろうな!」
「お二人の学校は?」
大阪のバレーを想像する日向。二人の学校を聞いた影山くんだったが、その質問を聞いた二人が、どこか辛そうな表情をしていように私には見えた。
「まぁ、ええやないか!そう言う反応するっちゅーことは、そちらさんは全員?」
「バレー部です!烏野高校の!!」
元気よく答える日向。その言葉を聞いて、二人は表情を変える。どこか空気が鋭くなったように思えるほど、雰囲気が変わったのだ。
「烏野…」
「高校…」
「知ってますか!?おー!ついに俺たちの名前も全国クラスに!?」
「いや、知らん」
思わせぶりな態度に、思わずズッコける。悪いなノリが良くて、と日向の肩を叩いて豪快に笑う。
「けど、強そうやな。お前ら。ビシビシ感じるわ」
その言葉に、日向達は表情を真剣なものに変えた。相手も一緒だったからだ。相手が判るように、日向達もわかった。目の前で騒がしく、漫才のような会話をする二人とまた、かなり強い選手であると言う事を。
「お前、そう言うとこの感だけは良いんだよな。レシーブ下手くそだけど」
「うっさいわい」
へらへらと笑いながら言う相方にツッコミを入れるように返す。その様子は、イメージは違うがどこか西谷先輩のような心強さが感じられた。
「よかったら一緒に行きませんか?俺たちもそこに買い出しに行くので」
「ほんまか!?いやぁー、まさに地獄に仏とはこのことやで!!俺、仏さんなんて見たことないから知らんけど!」
「知らんのかい。ベリケンさんでも想像しとれ」
山口くんの提案に感謝する二人。大阪の仏様といえば…府外にはなるけれど、奈良の大仏とかだろうか。
(菩薩顔…)
ふと、田中先輩と西谷先輩の菩薩顔が頭をよぎる。
「俺、日向翔陽です!こっちは影山!!こいつは山口で、このいけすかない眼鏡は月島です」
「うるさいよ」
「この子は谷地さん!ウチのマネージャー!!」
目を向けられて咄嗟に顔が強張る。と、とりあえず挨拶をしなければ!!
「ど、どうも!よろしくお願いシャス!」
思いっきり噛んだー!!内心でのたうち回る。二人は全員と握手をしてから全員を見渡す。
「俺は難波 陣(なんば じん)。こいつは仙石」
「仙石 晴海(せんごく はるみ)や。年上扱いとかめんどいから、気軽にハルちゃんって呼んでくれてええで!」
「ちゃん付け自分でするとかアホちゃうか」
「んじゃとぉ!?アホ言う方がアホなんじゃい!」
じ、自己紹介でも漫才をしてらっしゃる。止めることのできないノリとボケの掛け合いに言葉を失う。影山くんと日向は慣れた様子で二人を目的地へと案内し始めている。やっぱり日向はコミュ力お化けだ。
「なんか、賑やかな人たちだね」
「…僕、苦手かも」
山口くんの言葉に、月島くんは答える。けれど、それは嫌な感じというより、どこか警戒しているような印象だった。
「ツッキーは静かだもんね」
「うるさいよ、山口」
「ごめん、ツッキー」
随分な寄り道となったが、私たちと難波さんたちを加えた一行は、無事に即売会の会場へと辿り着いた。まぁ、そこには他校の買い出し要員もいるわけであって…。
「あー!らっきょヘッド!!」
「伊達工もいるぞ!?」
用品の争奪戦が始まったのは、まぁ仕方のないことだった。
日向達が取り合ってる最中、するりと抜けるように目的の品物をゲットした難波さん達はさっさと宅配手配のコーナーへと向かっていく。大阪の人ってこういう感じの空気に強いのだろうか…。
猛者達が荒れ狂う怒涛の即売会。
結果、先輩達から言われていた用品を確保した私たちは、難波さん達を送るために再び仙台駅へとやってきていた。
「おおきにな、日向。この礼は必ずする」
別れ際に言った難波さんの言葉。
私はどこか、ありふれた言葉だと思っていた。
けれど、その言葉の意味を知ったのは、私たちが二年になった後だった。