ハイキュー‼︎浪速 夏の陣   作:紅乃 晴@小説アカ

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第二話 境目の群雄割拠

 

 

 

 

 

兵庫県、尼崎。

 

 

駅から程近い市民ホールの一角は、夜になれば契約している社会人のバレーチームが独占することになる。

 

チームとしては、烏野町内会チームのような高校時代バレー経験者が集まると言ったアマチュアバレーだが、ここは大阪と兵庫の境目。

 

関西の強豪校が軒を連ねる中で、立地が混在する一頭地。

 

もちろん、高校バレーを終え、懐かしき青春の詰まった母校の体育館を使えなくなった三年生も、疼く身体とバレー熱を解消するために社会人チームへと参加するわけであって…。

 

 

 

 

 

「北ぁ!」

 

 

 

 

 

2対2。

 

ボールを拾い、トスを上げ、スパイクで返す。

 

粗末でも、不恰好でも、3回ボールを触って相手コートに返す仕事を2人でやらなければならない練習形式は、普段ポジションに縛られている選手をよりアグレッシブな環境へと引っ張ってくれるものだった。

 

稲荷崎高校から卒業したチームキャプテンの北信介、コートキャプテンだった尾白アラン。

 

高校卒業後、北は農家、アランは大学と、それぞれの進路は違ったがバレーは続けていた。

 

アランはもともと大学の練習があったのだが、使用している体育館の整備のため手が空いたところ、北が通っている尼崎のバレーチームの練習に誘われたのだった。

 

アランは、腕がもげそうなスパイクを不恰好ながらあげる。

 

汗が滲む。

 

腕が痺れる。

 

骨が軋むような感覚が腕に残る。

 

…アランにとって、最初は疑問だった。というより不満だった。

 

同期である北の誘いとはいえ、ここはアマチュアバレーチームだと心のどこかで見下していた。

 

いくら強いとはいえ、仲良しこよしでやっているチームなんてアランには何の魅力も感じられなかった。

 

できることなら、宮ツインズがいてくれれば楽しめはするだろうが、とも思った。

 

だが、そんな慢心はコートに立った時に消し飛んだ。

 

 

「チャンスボールだぞ!!」

 

 

アランが疎かにあげたボールは北へと帰らず、相手コートへと入った。

 

心の中で舌打ちをした瞬間、目の前に大きな影が飛び込んでくる。綺麗な姿勢、高いジャンプ、まるで空中に止まっているかのようにも見える。

 

 

「…陣!!」

 

 

体勢から弓を弦いっぱいに大きく引き絞った相手は、味方の声を受けて一閃を放った。強烈な破裂音と共に打ち出されたボールは、北の堅牢なアンダーを崩し、後ろへと吹き飛んでゆく。

 

 

「いっ……つも、強烈やなぁ!!」

 

 

北は冷や汗を流しながら、着地する相手チームのスパイカーを見据える。

 

アランも同じ心境だった。

 

高校、そして大学に入っても多くのパワースパイクを撃ち放つスパイカーは見てきたが、目の前にいる相手はその誰よりも強く、そして魅了する力を持っているように思えた。

 

北がアランを誘った理由。

 

それは尼崎で二人がバレーチームに参加しているからだった。

 

 

 

スパイカー、難波 陣。

 

レシーバー、仙石 晴海。

 

 

 

全国区では無名。

 

だが、関西では別物だ。

 

高校生時代。彼らは母校の部活には参加せず、ずっと社会人のいるアマチュアバレーチームで青春を過ごしたのだ。

 

大人と共に、体格が違う者と共に、経験が違う者たちと共に。

 

普通なら、その影に消えてしまいそうだが、彼らは社会人チームの中でより一層輝いて見えた。

 

高校も卒業していない若輩者。

 

社会人選手に劣る経験。

 

陰で噂されるその全てを、力と実力でねじ伏せる圧倒的な強さ。

 

たった二人という異彩。

 

多くのチームがある関西区で、陣のスパイクをブロックで止められる者が何人いるのか?仙石のレシーブに捕まらないスパイカーがいるのか?

 

少なくとも、高校時代から二人を知り、卒業後にこのチームで共に過ごしてきた北は、陣のスパイクがブロックに止められた瞬間、仙石が捉えたスパイクが手からこぼれ落ちた瞬間を見たことがなかった。

 

相手からのサーブ。

 

コート際を狙うボールは山なりにアランの前に落ちる。サーブからのレシーブで何回、崩されたことか。アランはすぐに反応し、一歩でも早く、サーブボールが落ちる落下地点へ届く射程範囲へと入る。

 

 

「北っ!」

 

 

アンダーでボールをすくい、高くあげる。

 

今度は自分のコートの中だ。高くあがったボールを見上げて、北がトスの体制に入った。

 

後ろへ下がり、十分な助走距離を確保する。

 

しっかりしたジャンプ、しっかりした姿勢、引き絞った手を意識して、アランはコートめがけて走り出す。

 

 

「アラン!!」

 

 

軽く触れるような音共に、北に落ちたボールがアランの打点へと伸びる。

 

ああ、いいボールだ。

 

振りかぶった姿勢のまま、相手コートのどこに落とすか、クロス方向へと狙いを定めた瞬間。

 

 

「視線、腕の振り!!雑っ!!」

 

 

もうそこには、アンダーでもトスでも対応できる体制を万全に整えた仙石がいた。

 

殺される…!!

 

本能と理性が同時に鳴らした警鐘。それに反応したアランの手は、打点をややずらして仙石のいるクロスからストレートへと軌道を無理やりずらした。

 

だが、正面にはネット側で待ち構えていた陣のブロックが立ち塞がる。

 

完璧とは言い難いが十分な威力で撃ち放ったアランのボールが、陣の手に触れて一気に失速する。

 

 

「くっそぉ…がぁ!!」

 

「ワンタッチ!仙石ぅ!!」

 

 

陣の指に触れて軌跡が上向きになった一打を、仙石がシューズを切り返して一気に取りに行く。落下位置の下に潜り込んだ仙石は飛び上がってトスの姿勢へ。

 

北もアランも、そして助走準備を整えた陣もトスがネット側へと上がると思っていた。

 

 

「まかされぇ!!」

 

 

ボールが仙石のトス構えの手に落ちようとした刹那、腰を入れた一打が響く。

 

北とアランが気がつき、振り返る。

 

仙石が放ったボールは、鋭いラインを描いて自分たちの後ろへと叩きつけられていた。

 

 

「はぁーーー!?」

 

 

思わずアランがムカついたような表情で声を荒げた。

 

仙石のポジションはリベロ。しかし、攻撃が苦手というわけではない。攻撃ができないというわけでもない。

 

というより、リベロだけでは足りないのだ。何もかもが足りない。六人でやるはずのバレーを、陣とたった二人でしていく中で、ポジションひとつ程度で満足していては足りない。

 

仙石は、陣にトスを上げると直前まで構え、ボールが理想的な位置へと降りてきた瞬間に、スパイクへと切り替えたのだ。

 

なんて奴だ。

 

アランがそう思ったのは、白鳥沢の牛島くらいだった。化け物クラスのエース。理屈も知性も力でねじ伏せる怪物。

 

 

 

それが目の前に二人もいる。

 

 

 

 

…戦慄する。アランはさっきまで彼らチームを見下していた自分を恥じる。

 

腰と腕の振りだけで撃ち放たれたスパイク。それはトスが上がると〝思い込んでいた〟北とアランに気づかれることなく、コートへと落ちたのだった。

 

 

「おいゴラァ!仙石ぅ!!なんで打ったんや!!上げろやアホタレ!!」

 

「はぁー!?こういうのは使い所なんですぅー!!単細胞なお前より、俺の方が考えてるんですゥー!!」

 

「なんやとぉ!?もういっぺん言ってみぃ!!」

 

 

1ゲーム目、16-25。

 

2ゲーム目、14-25。

 

マッチポイントを制し、2ゲームストレート勝ちをしたというのに喧嘩かいな。

 

翻弄されるとはこう言うことか、と流れる汗と共に疲労感が抜けない呼吸を吐きながら、そんなことを考えているアランは、ネットの向こう側で喧嘩を始めた陣と仙石を見つめる。

 

北が差し出してくれたタオルを受け取り、汗を拭う。

 

まさに圧倒的だった。

 

今になって相手の実力を思い知る。

 

スパイカーも、そしてリベロも完成度が高い上に、そのポジションにこだわることなく、ボールを上げ、ボールを渡し、ボールを放つ。

 

変幻自在。

 

たった二人だというのに、安定感が1チームレベルだった。まるで二人だけで、真っ黒な鴉が舞う、あの試合に挑んでいるような気分だった。

 

 

「あの二人、相手にすると思い出すわ。宮ツインズ」

 

 

北はどうやら、手がかかる後輩を思い出していたらしい。

 

休憩後、ローテで回して2対2を申し出てきた陣たちに付き合う二人。

 

北にも、そして期待をしていなかったアランにも、とても有意義なバレーの時間が、そこにはあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず…無茶苦茶な動きやな」

 

 

あれから数セットの2対2を繰り返した北とアランは、体育館の隅に腰を下ろしていた。まるで濃厚な試合をやったような疲労感が二人の体にずっしりとのし掛かっている。

 

それほどのプレッシャーを、たった二人でしか戦えない「2対2」で与え続けれることが異常とも思えてならない。

 

 

「北さん!お疲れ様っした!」

 

「尾白さんも!」

 

 

ドタドタと走りながら座り込む二人の元へやってきた陣と仙石。滝のような汗の量は北たちと変わりはないが、その顔に疲労感はない。まだまだピンピンしてると言ったほうが正しいなとアランは元気いっぱいな二人を見て思う。

 

 

「アランでええよ…尾白さんなんてゾワゾワする。二人は北さんとは何度か練習してるんやろ?」

 

「はい、まぁたまに会う程度でしたけど」

 

「ちなみに最初に遭遇したの宮ツインズやからな」

 

 

そもそも、北が練習不足と言って不完全燃焼な二人をここに連れてきたのがきっかけであった。

 

社会人チームとやり合えるなんて、とはしゃぐ二人が陣と仙石を見た瞬間に今まで見たことない黙り具合を見せたのは今でも語り草である。

 

 

「2対2やったあと…「あいつらとは2度とやらん!!」って見たことない顔で言ってたわ」

 

「あの二人がそこまで言うんか…」

 

「宮兄弟とは中学のチームで何回か当たったことあって、その度に「俺の完璧なトスあげてんのに何で勝たれへんのや」って試合後に毎回アツムがブチギレしてたもんな」

 

「アイツの綺麗なトスを叩き落とすの超楽しかったのにな。高校入った途端、さっぱり試合もできへんくなったし」

 

 

わっはっは、と快活に笑う二人。

 

事実、中学生時代に宮兄弟が所属するチームと何度か戦っている。

 

その頃の侑のトスは本人曰く「お行儀がいい」トス回しだったらしく、陣と仙石の連携という名の壁の前に尽く潰されたとか。

 

 

(そりゃトラウマガンガンに植え付けてくる相手と好んで2対2なんてやりたくはないわな…)

 

(いや、宮城の烏野変人コンビならあるいは)

 

 

アランの内心とは裏腹に、宮兄弟に食らいついて離さなかった宮城の烏野一年コンビを思い出す北。もし、この場にあの二人がいたら、間違いなくエンドレスで2対2を続行していただろう。

 

 

「にしても、勿体無いなぁ…二人の実力があれば全国だって夢じゃないやろうに」

 

 

北の言葉に、朗らかだった陣の表情が強張った。アランも耳にしたことがある。二人がなぜ、高校生バレーの道ではなく、社会人チームでの経験と研鑽の道を選んだ理由を。

 

 

「〝敷島工業〟のことは残念やったけど…もっと他の高校に行くとか」

 

「北さん」

 

 

仙石からの、その一声に北とアランは異様な感覚を覚えた。二人を改めて見る。そこには後悔も残念さも、ましてや悲しさやなんてものは存在しない。

 

そこにはただ陣と仙石、その二人が積み上げてきた覚悟だけがあった。

 

 

「俺らの高校バレーは、あの日のあの瞬間に終わったんです」

 

 

その言葉を最後に、北とアランは何も言えなかった。自分たちよりも一年下。彼らは今高校三年生だ。だが、歩んできた道は自分たちの何倍、何十倍とも重い。

 

彼らが、高校一年の夏の段階で〝高校バレー〟という舞台から去ったことが何よりも悔やまれる。

 

 

「そっか…なら、他に言うことは無いわ」

 

「難波ぁ!仙石!こっちで試合出てくれ!人手足りんのや!」

 

 

社会人チームのコーチに呼ばれた二人。纏っていた名状し難いオーラを飛散させ、コーチへ手を振って陣は答えた。

 

 

「はーい!じゃ、北さん、アランさん。今日はありがとうございました」

 

 

あれほど2対2をやっておいて疲労を微塵も感じさせない足取りで社会人チームに混じっていく二人の後ろ姿を見つめる。

 

 

「…ほんま、勿体無いわ」

 

「だな。なにせ…あの怪童、牛島が唯一競り負けた相手なんやからな」

 

 

二人のその呟きは、この体育館にいる誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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