やはり俺たちの高校生活は灰色である。〜とまってはいられない〜   作:発光ダイオード

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高校生活といえば薔薇色。薇色といえば高校生活。そういわれるのが当たり前なくらい、高校生活はいつも薔薇色の扱いを受けている。

しかしそれは、すべての高校生が薔薇色を望むことを意味しているわけではない。

例えば勉学にもスポーツにも色恋沙汰にも……とにかくありとあらゆる活力に興味を示さない、謂わゆる灰色を好む者も存在する。仮にそうでなかったとしても、大抵の高校生はもっと彩度の低い淡く落ち着いた色味をしているだろう。

まぁ傍から見れば、それでも十分綺麗と言える。

 

問題なのは、目の痛くなるほどの薔薇色を放つ青春を謳歌する者たちである。

彼らは自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

青春という御旗を高らかに掲げ、何か致命的な失敗をしてもそれすら薔薇色の証とし、思い出の一ページに刻むのだ。

まるでそれが免罪符であるかのように、万引きや集団暴走という犯罪行為に手を染めては、それを若気の至りと呼ぶ。試験で赤点を取れば、学校は勉強するためだけの場所ではないと叫ぶ。

その旗の下ならば、彼らはどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げて見せる。

そしてそれがあたかも全体の総意であるような口振りで騙り、それ以外の他者をつまらない奴と吐き捨てるのだ。

 

新入生の諸君、入学おめでとう。そして目を醒ませ。

薔薇色や青春という目眩く言葉に騙されてはいけない。そんなものは虚構に過ぎない。

薔薇色とは幻であり、青春とは嘘であり……そして即ち悪である。

結局は彼らのご都合主義でしかない。

つまり、なにが言いたいのかといえば……

 

 

 

リア充爆発しろ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「これはなにかしら?」

 

雪ノ下にそう言われたのは、冬の寒さも遠のいて日差しも暖かくなってきた三月の中頃のことだった。

城廻先輩や入須先輩ら三年生の卒業式が終わり、年度の行事をあらかた消化した総武神山高校はどこか弛緩した空気に包まれていた。それは部室でも変わらない。奉仕古典部が日頃から引き締まった空気だったかといえばそういう訳ではなかった気もするが、いずれにしてもプロムやら卒業式やら、生徒会の手伝いなどで奔走していた俺たち全員が部室に揃うのも久しぶりだった。

俺もあとは終業式までのんびりと過ごすつもりで、昨日買ったばかりの本を読んでいた。国民的アニメ映画の小説版で、勉強も運動もダメダメな少年が未来から来た猫型ロボットと一緒に月へ

ウサギを探しに行くところから始まる、勇気と友情の冒険譚である。映画は既に何度か観ているので内容はわかっているが、加えて小説では登場人物の心情が具体的に書かれている。アニメでは読み取ることのできないキャラクターひとりひとりの気持ちや心の声を、なんとなくではなく明確に理解できるのだ。普段からアニメになれている俺にはとても新鮮で、昨日の晩は区切り所を見失ってつい夜ふかししてしまった。

春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、寝不足と部室に差し込む西日の暖かさから本を片手にうつらうつらしていると、頭上から小突くような声が降ってくる。

ハッと我に返り顔を上げると、雪ノ下がこっちを見下ろしながら立っていた。にこやかな表情とは裏腹に、目に剣呑な光を宿している。机の上に置かれた藁半紙と青い表紙のパンフレットをついっとこっちへ寄せるのを見て、俺は先日渡した原稿のことを思い出した。

 

「なにって、来月の新入生歓迎会の時に配る部活動パンフレットの原稿だけど…」

 

差し出された藁半紙を手に取りながらそう言うと、雪ノ下の瞳に鋭さが増す。

 

「それはわかってるわ。けど、それでどうしてこんなものが出来上がるのかしら」

 

こんなものとは失礼な、と思い改めて読み返してみる。

……うん。まあ確かに、これはなかなか酷い内容だ。

 

「えっと、それはだな……」

 

「わたしにもちょっと見せて」

 

言い淀んでいると、窓際で福部と机を並べていた伊原が雪ノ下の横から顔を覗かせる。いきなり現れたので考える間もなく、言われるがまま藁半紙を机に戻す。

伊原はさっと文字に目を走らせたかと思うと、苦い物でも噛んだように表情を歪ませた。

 

「……あんた、これ載せる気だったの?」

 

高校生に似合わない小さな身長と幼くみえる顔立ちから、伊原はたびたび中学生に間違えられる。 しかしその容姿に反して性格は苛烈で、七色の毒舌を持ち、何事にも妥協を許さず他人のミスにも容赦ない。 こうして雪ノ下と並ぶとその圧力は凄まじく、互いの相乗効果もあってか舌鋒の鋭さは半端ない。

 

「こんなの新入生に読ませられるわけないじゃない」

 

「妹さんも入学して来るっていうのに、そういう所は全く変わらないのね」

 

伊原と雪ノ下は揃って溜息をついた。どうやら怒りを通り越して呆れてしまったらしい。罵詈雑言を浴びせられるよりは幾分かマシだが、これはこれでちょっと悲しい……。

すると、ここで新たに陽気な声。

 

「それにしてもさすが八幡だね。これだけ屈託のこもった文章はなかなか書けるものじゃないよ」

 

いつの間にか福部も寄って来て話に加わる。俺の書いた原稿を手に取ると、大袈裟にうんうんと頷いてみせた。

ふたりの視線が福部に移る。

 

「屈託というか、卑屈ね」

 

「それより、ふくちゃんは口じゃなくて手を動かしてよね。出版部の締め切りだってもうすぐなんだから」

 

「いやあ……手厳しいなあ」

 

伊原に睨まれて、福部は苦笑いしながら頭を掻いた。

日頃から、俺たち男子部員に対する伊原の態度は素っ気ない。もっとも雪ノ下同様、愛想のいい伊原など想像できないが、まあ単体ならちょっと無愛想な同級生という程度だ。

ところが福部と並べると、途端に態度は一変する。福部の言動のひとつひとつに気分を乱高下させるその様は水際立つものがあり、運が悪ければ側にいた俺や折木にも災いの火の粉が降り注ぐ。まじで厄介なことこの上ない。

けれど、別に伊原は福部を嫌ってるわけではない。寧ろその逆。なにせふたりは付き合ってるのだから。

なんでも中学の頃から伊原は福部に惚れていたそうで、長年のアタックの甲斐あって去年ふたりは付き合い始めたらしい。どうしてそれほど時間がかかったかといえば、こいつらにも色々と事情があるわけで深くは聞いていない。

他人の恋愛事情をとやかく言う趣味など、比企谷八幡には毛頭無いのだ。

 

「氷菓の時も言ったけど、こういうのは『何か面白いことを書いてやろう』だけじゃ完成しないのよ。歯を食いしばって書かないとダメなの。比企谷も、わかったっ?」

 

ほら来た。

大方の予想どおり、矛先は俺にも向けられる。不満を露わに福部を睨むと、伊原が見ていないのをいい事に福部はあざとらしく舌を出して笑った。うざい。

 

「新入生歓迎会ねぇ…」

 

福部の手から藁半紙を取り返すと、机の上に置かれた青い表紙のパンフレットに視線を向ける。これは去年配られたものだ。B5サイズの平綴じで、PP処理が施された表紙にはサッカー部やバスケ部など主要な部活の写真やイラストがレイアウトされていた。その中央にはデカデカと『第四十二回 部活動〜Let's総武神山ライフ〜』と書かれている。いかにも高校生活を満喫してます感が出ているそれは、個人的見解からして唾棄すべき仕上がりである。

 

「八幡は去年の今頃は部活に入ってなかったんだよね?」

 

パンフレットを睨む俺を見て、福部は話を逸らすように訊いてくる。

 

「あぁ」

 

「じゃあ知らないかもしれないけど、うちの高校は部活動が盛んなことで知られているんだ」

 

「いや、それくらいは知ってるっての」

 

俺たちの通う総武神山高校は県内でも有数の進学校であり、文化系部活が盛んなことでも知られている。その数は、確か五十は超えていたと思う。文化祭は三日間にわたって行われ、冷静に考えればちょっと行き過ぎじゃないかというほど盛り上がる。

その一方で、体育系のイベントにも事欠かない。去年はインターハイで活躍できるような選手は出なかったものの、体育系の部活も数多く存在する。文化祭の後には体育祭が行われるし、秋には球技大会がある。それと、これはなくてもいいが……年が明ければマラソン大会もある。

他の高校がどうかは知らないが、これだけ部活動に活力を注いでいる高校も滅多にないだろう。

 

「へえ、意外。比企谷がそんなこと知ってるなんて」

 

少しだけ感心したように、伊原は目を丸くする。俺としては学校行事にも他の部活動にもそれほど興味はなかった。単に、一色に振り回されながら生徒会の手伝いとしているうちに、自然と身についた知識というだけだった。良く思われたいわけではないが……まあ、敢えてそれを言う必要もないだろう。

 

「まあな」

 

「それなら、新入生勧誘週間が部活動に所属してる生徒にとってかなり重要なイベントになるってわかるだろ?」

 

いや、全然わからんのだが。

 

「……もっとちゃんと説明してくれない?」

 

溜息混じりに訊くと、それには雪ノ下が答える。

 

「部活は多いけれど新入生の数には限りがある……ということよ」

 

「その通り。さすが雪ノ下さん」

 

福部は頷いた。

 

「部活動に参加すればわかるけど、毎年四月の新入生勧誘は熾烈を極める。なにせ右も左もわからない新入生たちを奪い合うように勧誘するわけだからね」

 

伊原は眉根を寄せて難しい顔する。

 

「でもさ、それだと問題も起きるんじゃない?無理やり入部させようとする部活だって絶対出て来ると思う」

 

「確かに多少なりとも問題は起きるだろうね。断るべきを断れないのは少なからず本人のせいでもあるけど、摩耶花の言うようにとりあえず頭数だけ揃えればいいとばかりに無理強いをする部活もあるらしい」

 

「……悍ましいな」

 

他人の都合を考えず、ただ自分本位の意見を押し付ける。こういう利己的な奴らは、すべからくうぇいうぇい騒ぐ奴らと決まってる。ソースは俺。

 

「だからと言って、無理を通した者勝ちってわけにはいかないんじゃない?」

 

俺がリア充に憤慨している横で、雪ノ下は福部に鋭い視線を向けた。福部はそれを正面から受け止める。

 

「そうだね。対策として、期間中は生徒会と総務委員会で校内の見廻りをするつもりだし、入部には仮入部と本入部の二段階を踏んでいる。本入部届が出されなければ、自動的に退部の扱いになるんだけど……」

 

福部の表情が少し暗くなる。

 

「なにか問題でもあるの?」

 

「別に本入部届を出さなかったからって、二度とその部活に入れなくなる訳じゃないんでしょ?」

 

「もちろん。総武神山高校の部活動はいつでも入れるし、いつでも辞められる。全ては自由だ」

 

そう言ってから、福部は言いにくそうに付け加える。

 

「ただ、部活の予算は仮入部期間終了時の人数を元に決めるから、それを過ぎてからの入退部が喜ばれないのは事実だね」

 

小さく息を吐いて微笑むと、戯けるように肩を竦めた。


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