やはり俺たちの高校生活は灰色である。〜とまってはいられない〜 作:発光ダイオード
福部は小さく息を吐いて微笑むと、戯けるように肩を竦める。
「まあ、そういうややこしい話もあるってことさ。で、話を戻すけど……今年の新入生勧誘は僕たち奉仕古典部にとっても重要なイベントになる」
そう言って椅子を引くと、福部は俺の隣に腰掛けた。それから雪ノ下と伊原も近くの席に座るのを待って、わざとらしく咳払いをする。
「おほん。僕らの部活は、部活動選別宣言によって合併したばかりの新しい部活だ。そもそも奉仕部自体できたての部活だったし……古典部は一応三十年以上の歴史があるけど、それでもマイナーな部活だったことに変わりはない。去年と一昨年の文化祭で多少知られるようになったとはいえ、新入生からしたら奉仕古典部なんて言われてもいまいちピンとこないのが現状だよ」
「確かに名前を見ただけじゃ、なにやってるのか分からない謎部活ではあるな」
去年の一学期のことだった。部活動選別宣言により増えすぎた部活動の見直しが行われ、結果多くの部活が廃部へと追い込まれた。廃部になったのは部員の足りなくなった研究会や、活動目的が不明の部活、名前だけで部員は誰もいない部活だったりした訳だが、当時俺と雪ノ下と由比ヶ浜の三人しかいなかった奉仕部もその例に漏れなかった。同じく平塚先生が顧問をしていた古典部と部活動合併する事で廃部は免れたが、もともとどっちも活動内容がわかり辛い部活だったこともあり、合併によって更に訳がわからなくなった。
「そうなると勧誘よりも、まずは知って貰わなければ話にならないんじゃない?」
口許に手を当て、雪ノ下は呟いた。
数が減ったとはいえ、現在総武神山高校の部活動の数は文芸部や運動部、それ以外の研究会を含めても100近く存在している。恐らく、全部活を把握している生徒はいないだろう。下手をすれば、教職員だって資料を見なければわからないかもしれない。
そう考えると、新入生からすれば俺たちの部活なんてその他以下略エトセトラでしかないだろう。
「そこで来月行われる新入生勧誘週間ってわけさ」
雪ノ下の懸念を他所に、福部は些かも衰えない名調子で言葉を続ける。
「重要なのは特別週間そのものが、一週間ずっと続くってことだ。月曜日の七限に体育館で新入生歓迎会が行われ、そのまま放課後からオリエンテーションが繰り返される。月曜は生徒会と委員会。火曜からいよいよ部活動がステージに上がり、自分たちの活動がいかに素晴らしいかアピールを競う。
奉仕古典部の噂が広まれば、新入生だけじゃなく在校生にも知って貰える筈だよ」
雪ノ下は訝しみながら首を傾げる。
「そんな上手くいくかしら?」
「任してよ。僕にちょっと考えがあるんだ」
福部はいたって真面目そうな顔を作っていたが、目元が笑っていた。
それから、何か確かめるようにこっちを見る。目は合わない。どうやら視線は俺でなく、その後ろに向けられているようだった。
「ねえ、ホータローはどう思う?」
振り返ると、俺たちがあれこれ話ている間、ひとり淡々と読書に興じていた折木の姿があった。
折木は読んでいた文庫本をそっと閉じて机に置くと、物憂げに顔を上げる。
「……まあ一応、新入生勧誘も伝統ある行事だからな。すべての部活動が参加する以上、俺たちもやらない訳にはいかないだろうな」
「へえ、意外ね」
少し驚いた顔をしたのは雪ノ下だった。
「なにが?」
「やる気になっているように見えるわ」
「俺が?まさか」
心外そうにする折木に伊原は、
「ちーちゃんたちが張り切ってたからでしょ」
と言う。それを聞いて、俺は以前この話題が持ち上がったときのことを思い出す。
福部の意気軒昂ぶりもさることながら、確かに千反田と由比ヶ浜も負けず劣らず張り切っていた。イベント好きの由比ヶ浜はさて置いて、千反田はもともと古典部の部長だった。現在部員は7名いるが全員三年生なので、今年部員が入らなければ部の存続は絶望的になる。一応伝統のある部活だ。さすがに自分の代で部を途絶えさせるのは気が引けるのだろう。最終的には伊原も加わって、部室の真ん中で高らかに拳を挙げ「えいえいおー」と掛け声を響かせていた。
そんな女子たちの姿を思い返していると、あることに気付く。
「由比ヶ浜たちはどっか行ったのか?」
部室を見回すと、千反田と由比ヶ浜の姿が見当たらない。部室に来た時は確か居たはずだが、いつの間にか姿を消していた。
「ふたりならさっき出てったわよ。気付かなかったの?」
「いやまったく」
雪ノ下がふっと息を漏らす。
「ずっとだらしの無い顔で眠っていたものね」
心外な。最初のうちは本を読んでましたよ。
「……で、どこ行ったんだ?」
「新歓祭の打ち合わせよ」
「新歓祭?」
それに打ち合わせとは?
訊き返す俺に、雪ノ下はもう一度深く息を漏らした。
「新入生勧誘週間の最後の日、金曜日のことを特に新歓祭と呼ぶの」
「これは誰かが名付けたわけではなく、便利だからそう言われているというだけのことらしいけどね」
雪ノ下の言葉にそう付け加えると、福部は新歓祭についてぺらぺらと説明し始める。
新入生勧誘週間の最後の日、中庭や図書館下のピロティ、管理棟玄関や生徒昇降口の周りなど、校舎を囲むよう各部活が机を並べて新入部員獲得のために客引きをするらしい。要は、最後の追い込み漁業というわけだ。
「今日は場所を決めるクジ引きだけなんだけどね」
長々と話した後、福部はそう言って締めくくる。
まあ欲がないというか単純というか……俺たちの中で運が良さそうなのは、確かにあのふたりだろう。
「それで…あいつらに乗せられて、お前もやる気になってるって訳か」
からかい気味にそう言うと、折木はむすっとした顔でため息をつく。
「だから違うって言ってるだろ。千反田は言い出したら聞かないからな。どんなに面倒でも、最終的にはやるはめになる」
まあ、確かに。
「でも、原稿だってちゃんと出してきてるじゃない」
「いやいや雪ノ下さん。まだホータローのことをわかっていないね」
福部は手振りを交えながら頭も振る。
「勉強にもスポーツにも色恋沙汰にも後ろ向き、いわゆる灰色というのを好む人間、折木奉太郎。ただ単に面倒で、浪費としか思えないことに興味がもてない。そのモットーはすなわち……」
嬉々とした顔つきで折木を見る福部に対とは対照的に、折木の表情は悄々とする。
「……やらなくてもいいことなら、やらない。やるべきことなら手短に」
面倒臭そうに呟く折木を見て、雪ノ下はあきれ顔を俺に向けた。
「まあ、原稿を出すだけまだマシね」
「……つーか、これほんとに必要なのか?」
話を逸らすように、再び原稿用紙を見つめる。
去年パンフレットを配っていた記憶はあるが、さすがに中までは覚えていない。そう考えると、真に力を入れるべきなのは勧誘の方じゃないだろうか。
「まあ、新歓祭やオリエンテーションの方が重要視されるのは確かだね」
「だからって、やらなくてもいいって事にはならないのだけれど」
嗜めるように言う雪ノ下の隣で、伊原は胸を張って言い勇む。
「駄目よ、ふくちゃんっ。わたしも手伝ってあげてるんだから、今日中に終わらせるわよ」
「はは…お手柔らかに頼むよ」
福部は伊原に合わせるように、少し身を引いて応えた。
伊原はキツい性格ではあるが、根はいい奴だ。こうして甲斐甲斐しく手伝ってもらえる福部は案外幸せなのかもしれない。そんなことを考えながらふたりを眺めていると、俺の視線に気づいた伊原が怪訝そうに眉を顰める。
「何よ」
「いや、羨ましいかぎりで」
余計なことを言って突かれたらたまったものじゃない。
無難に返事をすると、折木がこっちを見ながら、
「なら、それらしい顔でもしたらどうだ」
と言った。愛想笑いをしたつもりだったが、普段使わない表情筋は俺の言うことを聞かなかったらしい。俺は歪んだ口角を元に戻した。
「ていうか、比企谷だって他人事じゃないんだからね。さっさと雪乃ちゃんに頼んで手伝ってもらったら?」
伊原の言葉に、雪ノ下は俺を見てうっすらと微笑む。
「別に構わないけれど、わたしは伊原さんほど優しくできないわよ」
これまでのやり取りのどこに優しさを感じたのか……。しかし伊原を優しいと表すあたり、雪ノ下に手伝ってもらってもけちょんけちょんに言われて終わるだけな気がする。いや、既にもう言われてるんだけども。
「いや…遠慮しとく……」
言葉を詰まらせながら応えると、伊原は呆れたようにため息をついた。
「雪乃ちゃん、ほんとにこんなのと付き合ってていいの?」
「そうね。今ちょっとだけ後悔してるわ」
「今から考え直しても遅くないんじゃない?」
こんなので悪かったな。俺は心の中で、こっそりと伊原を睨んだ。
伊原の言うとおり、先日行われたプロムの後から俺と雪ノ下は付き合いはじめた。
それは、今まで散々有耶無耶にして先延ばししてきた様々なことに対して、俺たちが出したけじめというかひとつの答えだった。細かく説明すれば下手なラブコメ作品がひとつ出来上がってしまいそうなので、ここでの説明は差し控える。成就した恋ほど語るに値しないものはないし、そんな話は誰も聞きたがらないだろう。
しかしこいつら、好き勝手言いやがって……。だが、悔しいことに言い返す言葉もない。
「まあまあ摩耶花。僕はお似合いだと思うけどな」
お、さすが福部。
「八幡くらい捻くれた性格の人間と一緒に居られる人は、世界広しと言えどそうそう居るもんじゃないよ。その点雪の下さんなら、うまく八幡の手綱を引けるだろうしね」
助け舟かと思ったが、こいつも対外失礼な奴だ。
「それに、物事に対して穿った見方のできる雪ノ下さんには、八幡くらい斜め上の考え方を持った相手の方が丁度いいんじゃないかな」
「斜め下の間違いじゃないかしら」
「それは否定できないね」
からからと笑う福部。面白がって話すふたりの横で、伊原は机に身を乗り出す。
「わたしはただ、やらなくちゃいけないことはちゃんとやるべきだって言ってるの」
まあ、もっともである。
「ごめんごめん。ところでホータロー?」
息巻く伊原を宥めながら、福部は折木を見て首を傾げる。
「どうかしたかい?さっきからぼーっとしちゃってさ」
「……あぁ」
心ここにあらずといった感じで応える折木に、なにか思うところがあるのか伊原は口元を吊り上げてにやりと笑う。
「ひょっとして……比企谷が付き合ってるのが羨ましいの?」
「馬鹿言え。比翼の鳥なんて、お前たちだけで十分だ」
折木は文庫本を手に取ると、そのまま黙って読み始めた。
窓の外を見る。いつの間にか、空には雲が架かっていた。薄鼠色の雲は切れ間なく広がり、しばらく太陽が顔を覗かせることはなさそうだった。遠くの海岸線では、雲の切れ間から夕空が覗いて見えた。