私は不思議な体験をした。
「もうこんな時間か」
バイトからの帰り道、腕時計を確認すると時刻は23:58を指していた。
あと2分もすればついに私は夢の20歳を迎える。今まで誕生日を迎えることをそこまで意識はしていなかったが、20歳になるというのはさすがに意識してしまうものである。
帰り道にコンビニでお酒でも買っていこう。成人になってついに飲酒が解禁されるんだ、やっぱり20歳の誕生日はお酒とともに迎えるのが醍醐味なんじゃないだろうか。
腕時計を見れば0:00まであと10秒。
そうだ、年越しの時みたいに日付が変わる瞬間にジャンプして、変わった瞬間に地球にいなかったんだーみたいなことやろっと。
ふとそんなことを思い、上手く時間を合わせる。
5、4、3、2、1。
せーの。
ジャンプした瞬間突風が吹き、思わず目を瞑ってしまう。絶妙なタイミングの風に驚きながらも、転ぶことなく地面に降り立ち、軽く手で擦って目を開けた。
「────どこだよここ…」
目の前に広がる光景を前に、私の思考は一瞬固まった。
街灯と信号が立ち並び、通りの先にはコンビニの明るい看板が光っている。そして道の両脇には住宅や個人店が立ち並ぶ。それが私のよく知るバイトからの帰り道であり、先程まで歩いていた道だった。
だが今目の前に広がる光景は、打って変わって別物である。
まず暗い夜道を照らしていた街灯が、教科書なんかで見た事のあるようなガス灯に変わっていた。もちろんその道に信号やコンビニの看板は無い。さらに道の両脇に立ち並んでいた住宅なんかは、外国でよく見られるような木組みの家に変わり、道のアスファルトは石畳で舗装された道へと変わり果てていた。
あまりの自体に困惑し立ち尽くしていると、立ち止まる横をすり抜け私を追い越していく何人もの人が現れた。
その様相は人によって違う。着物を着ている女性、武士の姿をした男性、軍服を着た男性、杖をつく腰の曲がった男性、黒のパーカーを着た女性……。
パッと目に付いた人々の格好に困惑していると、後ろから来た10歳ぐらいの女の子が腕を引っ張ってきた。
「ねぇねぇ、お兄さん。今何年なのかな?」
「えっ、い、今? 今は2020年だけど」
そう答えると、女の子は満足した顔で前を歩く人々の元へ走っていった。
そこでようやく私の頭は動き始めた。
「あ、あの、すみません! ここは一体どこなんですか!?」
私の言葉に前を歩く人の何人かが振り向き、とりあえず着いてこいとジェスチャーする。
あとから考えるとついて行くのは危ない気もするが、なにせ訳の分からない場所に移動し、訳の分からない人達の突然の登場に私の頭は少しまいっていたのだろう。特に警戒心を持つことも無く、むしろ縋るような気持ちで後をついて行く。
石畳の道に曲がることのできる通りは無く、一本道が続いていく。そしてやっと通りの突き当たりにたどり着いた。
そこにあるのは1件のBAR。そこへ私の前を歩く人達がゾロゾロと入店していく。
こんな突き当たりになぜお店があるのだろうか。
困惑し中に入るのを躊躇っていると、先程の女の子が入口で手招きしている。
もうどうにでもなれと店に入ると先に入った人々は周りの席に座り飲み始めていた。店にはカウンター席と、4人がけの円形のテーブル席があり、カウンターにはマスターがいた。困惑する私を見かねたマスターは、カウンターの中央の席を指さしている。
ここに座れということだろう。
席に着くと、目の前にグラスが出された。
「代金は気にしなくていい。その代わりと言ってはなんだが、あなたの日常の話をして欲しい」
奢って貰ったしまぁいいか。
マスターに言われ私は、学校のこと、バイトのこと、そして今日が誕生日であることを話して言った。
普通に考えれば、見知らぬ人に自分の身の話をすることはまず無いだろう。だが初めてのお酒に、雰囲気も相まって口からスラスラと言葉を発してしまう。
また、ここにいる全員が何となく他人という気がしないという、謎の感覚も、口から言葉を放つ原因になっているのだろう。そう、まるで自分で出来事を確認していくかのように。
時折周りの人からの質問にも答えていると、BARの時計が1:00を刺していた。
ここでようやく自分の家に帰れるのだろうかと、不安がおそってきた。
「マスター、ここは一体どこなんですか? こんな場所家の近くにあったなんて知らないんですけど、帰れるんですか?」
私が尋ねると、マスターは疑問には答えず、小さな声で時間だなと呟いた。
「今日はありがとう、おかげで有意義な時間となった。ここにいる全員から礼を告げよう」
マスターの言葉にBARにいる全員が立ち上がり私に向かって頭を下げた。
「君にとって今日の出来事は意味のわからない事だっただろう。だがいつかこの邂逅がどういうものだったのかを知る機会が訪れるだろう。とはいえ最後まで何も知ることがないのはモヤモヤするだろうからヒントを渡そう。ヒントは我々の左目の目元だだ」
マスターの言葉に彼の左目を注視すると小さな三角の小さな星型のホクロがついているのに気づいた。
───まてよ、それは……。
「ちなみにこれはここにいる全員にあるものだと伝えておこう。目元の星型のホクロ、時代を感じる服装、そして何より話している時の感覚。ここまで言えば見えてくるものもあるだろう。それを信じるかは知らないけどな。じゃあな」
言葉と共に、マスターが柏手を打ち私の意識が一瞬で落ちた。
目が覚めると、私はいつの間にか自宅の前へと辿り着いていた。
時刻は1:15。
ついさっきまでの出来事は果たして夢か妄想か、あるいは本当にあった出来事だったのか。
そして最後のマスターの言葉が忘れられない。なにせあのマスターの言うことの指す意味はつまり……。
思考の海に没入する中、家の中へと入り、壁にかけてある鏡を見る。
私の左目の目元には、三角の小さな星型のホクロがついていた。