BUMP OF CHICKEN『ギルド』の二次創作。残酷描写あり。
ある日、小学校からの帰り道、『僕』の目の前で起きた悲惨な事故。あの日から僕には、仕事がひとつ出来た。

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ギルド(BUMP二次創作)

あの子が眠り始めて、もう何年になるんだろう。

あの日、小学校からの帰り道。手を振ってあの子と別れて、数歩歩いた後で背後から聞こえた甲高いブレーキ音。

運転手は直ぐに電話して、色んな車がやって来て、色んな大人達が集まって来た。

あの子は、道の端っこで倒れていたから、どうしたのかと思って近付いてみたら、あの子の下のアスファルトに、赤黒い血がどんどん広がっていた。

それからずっと、あの子は病院に居る。ずっと、ずっと、眠り続けている。

あの事故の翌日、僕が病院にお見舞いに行くと、あの子のお母さんと会った。

「お見舞いに来てくれたの?ありがとうね」

そう言って微笑んでくれたけど、何だかとても疲れていて、

「大丈夫ですか?」

僕が思わずそう言うと、お母さんの目から、ぼろぼろ涙が溢れてきた。

それから毎日、僕がお見舞いに行くと、あの子のお母さんは

「今日も来てくれたの?ありがとう」

そう言ってくれるけど、どんどん笑顔は小さくなって、体が辛そうだったから

「あの、僕が毎日お見舞いに来ますから、お母さんは時々でいいですよ」

そう言ってしまった。今思えばただの小学生がどの口でそんな無責任な事を言うんだ、と思われていたかも知れないが、その時のお母さんにとっては救いの神からの天啓だったらしい。

「…じゃあ、お着替え、持ってくるの。お願いして、良いかしら?」

その日から、僕には仕事が一つ出来た。

毎日、毎日、あの子の家の玄関に置いてある荷物を持って、病院に行って、あの子の横で宿題をして、家に帰る。別にやらなくても良いんだ。これを仕事と思っているのは僕だけ。ほったらかしても、お母さんがやるだろう。でも、もう手遅れだった。あの日背後で鳴り響いた甲高いブレーキ音と、アスファルトに広がっていた液体の事を思い出してしまうから。日に日にやつれていくヒトの姿を見てしまったから。仕事でしかない事を、毎日、淡々と繰り返す。あの子が目覚めない事が悲しいんじゃなくて、そういう事を思い出してしまうとなんだか疲れてしまうから。あの子の眠る顔を見ながらふと呟いた。

「休みを、下さい」

誰に言うつもりでそんな事を言ったんだろう?自分でもよく分からなかった。

そうやって過ごす日々の中で、僕の時間の一部は、当然あの子の横に居ることになって、友達と以前のように遊べなくなった。そもそも、自覚出来るほどに以前より口数は減って、暗い顔で過ごすことが多くなった。当然人は寄り付かなくなって、自然と友達は減っていった。それは、結局のところ、『もしも』を考えてしまったから。

もしも、もう少しあの子とお喋りしていたら。

もしも、あの時そのままどこかへ遊びに行ってたら。

あの子は、こうして眠り続けなくても良かったんじゃないか?

宿題の合間にふと顔を上げると、視界に入るあの子の姿。何も考えない訳がない。

それを、『友達と時間を奪われた』と思ってしまったこともあった。でも直ぐに、『この子の色んなことも奪ってしまったのかな?』と考えてしまって、ずっとずっと、ふと思い出しては繰り返し考えて、段々友達と遊んでた時の下らない記憶も忘れていった。そんなありふれた思い出より、鮮明に瞼の裏に残るあの日の光景が、自分に、世界に消えない汚れが染み付いたように目の前に何度も現れるから。

「早くその瞳を開けてよ」

なんだか疲れてしまった。そんな気の狂いそうな日常に。

僕は中学生になった。それでも、相変わらず仕事は続けていた。日常だったから。仕事だから。あの子も体は大きくなった。でも、きっと心はあの時のままなんだろうな。

ある日、僕が定時に帰ろうと病院の廊下を歩いていると、看護師さんが慌てた様子で廊下を走っていて、こちらも慌てて道を譲る。急患かな?大変だな。いい加減慣れた病院の風景に特に気を留めることもなく、売店に寄って、雑誌とおやつを買って、病院の玄関から外へ出ようとして、あの子のお母さんと出くわした。

「あ、お久しぶりです。今日は早いですね」

適当な挨拶を言おうとした僕を見た瞬間、お母さんは僕の肩を掴むと、叩きつけるように叫んだ。

「あの子が危篤だって!あなたどうしてこんなところに居るの?!」

「えっ?」

先程廊下ですれ違った看護師を思い出す。僕達はあの子の病室へと走った。

そして、無機質な機械音と、沢山の医師や看護師に囲まれたあの子の、変わらない、でも変わってしまった、眠る姿を見た。

「ご臨終です」

淡々とした医師の言葉と、横で泣き崩れるあの子のお母さんの泣き声を聞いた事までは覚えている。

「終わったのか」

おそらくそう呟いたのは自分自身の口だったはずだ。

仕事をクビになってしまった。それからはもう何もやる気になれず、自室にこもって寝っ転がり続けていた。まるであの子のように、ただし目は開け続けたままで、たまに部屋の外に置いてある弁当を食って、トイレに行って、また寝る。胸に大きな穴が空いているような気がするから、それを満たそうとしてひたすら食いまくってみたけど、結局限界が来て吐いてしまっても、腹が減ったような感覚は無くならなかった。これが、あの子の居なくなったあとの、心の空白なんだと思い知らされた。うちの親は共働きで、家にはほとんど僕しか居なくて、特に僕が引きこもるようになってからは以前より更に両親ともに帰らないことが増えていた。ちょうどいい。この状態で学校になんて行きたくない。でも、誰かと関わらないと、胸の空っぽを塞げないことも薄々気付いてはいた。

「誰か構ってくれないか」

誰とも喋らないまま、そんなことを思う。

その時、

「ピンポーン」

久しぶりにインターホンが鳴り響いた。それに続いて玄関のドアが勝手に開かれる音、そして

「おーい!居るんだろう?」

随分久しぶりに聞く、親友の脳天気な声。ズカズカと勝手知ったる他人の家に上がり込んでこちらに向かってくる足音。

「え?は?!ちょ、待てよ!」

慌てふためく僕のことなんてお構いなしに、容赦無く開く部屋のドア。まともに目を合わせるのは数年ぶりな気がする親友の顔は、初っ端から歪んでいた。

「お前…きったね」

呟きながら更に僕の部屋へズンズン入り込み、部屋のカーテンと窓を一気に開ける。爽やかな空気を浴びるのも数年ぶりだった。

「お、お前、いきなり何してんだっ、ゲホッ、ゴホッ」

問いを怒鳴ろうとしたが、そもそも声を出すことが久しぶりすぎる僕の声帯にはキャパシティオーバーだったようで、語尾は咳き込んで消えてしまった。親友は部屋の中を見回すと、

「あったあった!」

床に落ちていたゲーム機の端末を拾い上げた。

「ひと狩りいこうぜ!」

僕に端末を差し出しながら、もう自分のカバンから自分のゲーム端末を取り出している。

「は?今から?」

あまりに日常的な会話に、咄嗟に端末を受け取ってしまい、起動しようとして充電が切れていることに気付く。慌てて充電器を探して、ふと先程投げようとした問いに答えてもらってないことを思い出した。

「いやだから、お前、なんでいきなりウチに来たんだよ?狩りに行くなら他にいくらでも居るだろう?」

「いや、黒龍の激レア素材欲しいんだって。お前得意だったじゃん?」

「えぇ…?」

当然のように返された回答に余計に戸惑いながらも、ようやく自分の端末を起動する。それからは、特に会話もなく、淡々とゲームを進めていく。久しぶりにやっても、案外勘を覚えているものらしく、特に危なげなくクリアした。

「うーん、やっぱ一発じゃ出ないなぁ。ごめん、もう1回!」

「じゃなくてさ」

いい加減友人のペースに巻き込まれるのも嫌になって、体を向き直すと正面切って対話する。

「何しに、来たんだよ?」

「えー?別に〜?傷心で勝手に引きこもりやがった親友とひっさびさにダベリに来ちゃったの、そんなに不思議ですかねぇ?」

悪びれもせず、むしろこちらを批難するように返された返答に、でも怒りは全く湧かなかった。そんなことより、親友、という言葉を僕に向かって躊躇いなく言ってくれたことが、本当に嬉しくて、胸が熱く満たされていくことを感じていた。

「おぅわ、何?なんでいきなり泣いちゃってんの?!も〜しょうがねぇな〜」

ヘラヘラ笑いながらティッシュを差し出す親友の顔が眩しかった。そうだ。前までは当たり前だったんだ。友達と下らない話をしたり、遊んだりして、笑うことが。今目の前に居る彼のように、眩しい笑顔を向けてくれる友達が沢山居たんだ。

「…なぁ、ガッコー、来ねぇの?」

首を傾げ、親友が問いかける。たぶん、それがウチに来た一番の理由。

「…僕、学校、行っても、大丈夫……かなぁ?」

「は?」

しゃくりあげながらどうにか紡いだ僕の言葉に、親友はますます首を傾げる。

「いや、なんかさ。お前と今喋っててさ。なんて言うか…、今更、僕が、みんなと、また普通に喋れんのかな?って、思った」

自分でも思ってもみなかった言葉が出て来たが、でもそれが本心だと解っていた。こんなに美しくもない、余裕が無さすぎて優しくも出来なくて、結局孤立してしまって、汚くうずくまっている僕が、今更、みんなの元に戻れるんだろうか?そもそも、両親からすら見捨てられたようになってしまっているのに、まだ息をし続けているのは許されるのか?

そうやってまたグルグルと暗い思考へ落ちそうになっていると、親友が相変わらず脳天気な声を上げる。

「はぁ?別に良くね?みんなと普通に喋らなくても。俺はお前と喋りたいんだよ」

あぁ、やっぱり暖かすぎる。その場しのぎで笑ったりしなくても、こいつとなら、いつだって本音で話せるんだ。思い出した。そしてまた泣けてくる僕を見て、ほんとしょーがねーなー、と、親友は呟いて笑った。

「なぁ、親友」

「なんだよ?親友」

「僕さ、もっとお前と喋りたい」

「おう、そうか」

「どうしよう?」

「一緒に居りゃいーじゃん。学校行こうぜ!」

「そーだなー……。そーだな。」

「あ〜も〜、じゃあさ!明日の朝、迎えに来るから!引きずってでも無理やり学校連れていくから!それまでに一回風呂入っとけよバカ!」

「うん。分かった」

瞼の裏が汚れてたって、世界に汚れが染み付いてたって構わないんだ。こいつともっと喋りたいんだ。あの子の記憶が、いつか汚れじゃなく、綺麗な思い出になりますように。それまでに忘れずに、世界を、自分を、受け入れよう。

そうして、僕の新しい日常は、また狂いそうな程まともに積み重なっていった。

 

原曲:BUMP OF CHICKEN ギルド

作詞:藤原基央

編作:シリウス


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