これは友人から聞いた話だ。
友人の名前は
二人は関東の文系の大学に通っていて、四年生になって時間ができたので夏に二人で旅行に行ったそうだ。
女二人で行くのだから治安が良い、のんびりとした場所に行こうという話になったので、伊豆の民宿に泊まって釣りや観光をしようということになった。
その宿は小さなところだったが、雰囲気というのか、落ち着いた雰囲気のある宿だった。そこは夫婦で営む民宿で、夫婦の他の従業員は、夫婦の息子だけだった。
この息子は上背があって、細身だか筋肉質の白い肌の美男子だった。
二人は息子に案内されて川の釣り場に行った。女二人は初めて握る釣竿に四苦八苦しながら、親身に教えてくれる息子のおかげで、数匹の川魚を釣ることができた。
踊は伊豆に来たのだからと、夕飯までに観光することにした。修善寺の温泉旅館に赴き、とある作家が吐血し死にかけた場所を見た。かの文豪はここで死にかけてから作風が変わった。そんなことを、何となく感じながら温泉饅頭を買って帰った。
十夜はというと川魚の下処理をする様子を熱心に見ていて、自分でもやってみたいと息子や奥さんに教えて貰うと言って宿に残っていた。
夕食を済ませて饅頭を食べながらお茶を飲んで二人はまた来ようと思った。踊は今度は冬がいいと思っていた。
宿を発つ朝、体調を崩した十夜が準備を終えるまで少し待たされていた踊に、息子は告白した。
一目惚れだと、また来て欲しいと言われた踊は少し気まずくなって、次に伊豆に来るならこの宿はやめようと思った。
帰りの電車で終始上機嫌な十夜を不思議に思いながら、踊は最後の饅頭を食べていた。
卒業も間近になって、十夜が三島の図書館の司書になると言って静岡に行くと言うので、踊は伊豆の土地の空気を思い出し、また観光に行こうと思い一緒に行くことになった。
急な話だったので、十夜が泊まる宿に空きがあると言うのでそこにした。
そこは例の民宿だった。息子は少し痩せて、弱々しく思えるような男になっていた。踊は気まずいので素っ気なく応対し、素泊まりにしようと思ったが、十夜が食事も頼んでしまっていた。食べ終わると移動の疲れもあってかあっという間に眠くなってしまったので、横になることにした。
すこし肌寒くて目が覚めると、半裸の自分の体と布団に潜り込む息子がいた。
困惑して声を出せないでいると、口を塞がれナイフのような物で腹を刺された。
激痛で気を失いそうな踊に、息子は「あなたが無視するからいけないんだ。横の女にバラされたくなければ黙っていろ」と囁いた。
失血でぼうっとする頭では上手く理解ができなかった。
身体を穢されながら何もできずにいて、意識を喪った。てっきり死んだものと思ったが、目を覚ますと病院にいた。
目を覚ましたのが分かると看護師に連れられ医師と警官数人が来て、検診の結果問題ないことが分かると質問攻めにされた。
どうやら踊は宿の奥さんに布団を真っ赤にしてる所でを見つけられて病院に運ばれたようだ。ナイフが小さかったのと上手く内臓を傷つけられなかったことが幸いしたらしかった。
奥さんに助けてもらったが息子に刺されたのは事実なので話したが、警官は困惑しているようだった。嘘は言ってないぞとこちらも困惑していると、一人の警官が息子は既に死んでいて、どちらかというと自分を庇うように覆い被さっていたらしかった。
犯人は分かっていて、十夜こころが二人をナイフで襲って逃走したのだと聞かされた。もちろん身体の傷跡は一つだけである。
なんでこんな話をしたのかというと、山奥で女性の遺体が見つかって、DNA検査によると十夜こころだということが、二年以上経って分かったからである。ちなみに十夜こころは妊娠していて、赤ん坊の父親は分からないらしい。死後二年経って人間の形もしていない胎児のDNA検査が困難らしい。
そして全くもって余談でしかないが、十夜こころは初めて例の宿に行ってから異常に息子に執着していて、息子はストーカーじみた十夜の行動により少しずつ精神異常をきたしていたらしい。
踊は人の生や男女の恋愛のもつれによる悲劇を描く作家として、それなりに成功していた。とある殺人事件の真相を書き残して自死したのが、明日の新聞にでも載るだろう。