『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第百四十五話

「よく来た」

「……ずっと協会に居たけど」

「そう拗ねるな、俺達はこれから共犯者になるんだから」

 

 きっかり正午。

 落ち着かずに外へ出たり入ったりをしたのち、協会の奥へ足を運んだ私の目の前に現れた彼は、さあこちらへ来いとばかりに背を向け歩き出す。

 

 一瞬ついていくか躊躇ったが、今は少しでも情報が欲しい。

 あっという間に離れていく彼の後を慌てて追い、暗い廊下へ二人の足音が響いた。

 

「別にまだ信じた訳じゃない」

「信じてないなら態度や口に出すな、相手に警戒されるだけだぞ。そう肩肘張るんじゃない、落差に気が抜けるだけだからな」

「――っ、ふん」

 

 いつも通りの物言いが、心の隙間へ容易に染み込んできた。

 

 ともすれば一瞬で絆されてしまいそうになるが、ぐっとこらえて首を振る。

 彼の言っていることは何も間違っていない。だが相手は私より断然年上で、頭だって切れるだろう。

 全てを鵜呑みにするのはまだ早い。

 

 そう簡単に騙されてたまるか。

 

 

 ソファの上に寝転び、ぺらぺらと本を捲る彼女。

 高そうな木製のピカピカ光る机の上には、あまりに似つかわしくない安っぽいポテチの袋と、食べるためだろうか、突っ込まれた二本の箸が転がっていた。

 

「あ、マスター。戸棚にあったポテチ貰ってますよ。ところでコンソメ味ってないんですか、濃厚なタイプ。私うすしおあんまり好きじゃないって知ってますよね?」

「勝手に人の戸棚漁ってんじゃねえ、欠片零すな後で床掃除しとけよ」

「え……園崎さん?」

 

 だらけた姿でソファに陣取っていた彼女は、確かに彼が言った通り私がよく知った人物であった。

 ただしその背中に揺れる、蝙蝠のような羽を除いて。

 

「よっこいしょ。だから言ったじゃないですかマスター、絶対に気付いてるし素直に話した方が良いって」

「子供を巻き込むわけにはいかないだろ」

「でも私が初めて知った時はもっと幼い頃でしたよ?」

「口答えするんじゃない、お前は事情が事情だろうが」

 

 ソファからゆるりと立ち上がった彼女はピンっと背中を伸ばし、普段見ていた笑みを浮かべた。

 

「ね、ねえ……もしかして……」

「そうだ。彼女がこの世界で唯一崩壊による消滅の影響を受けずに、全ての記憶を保っておくことの出来る存在だ」

 

 

 

 最初にこの姉弟と出会ったのは15年前、俺がまだ一般の探索者としてダンジョンへ潜っていた時のことだった。

 

 

「子供……か?」

『□□□!』

『□□□□□……』

 

 二人が口にしているのは日本語でも、どうやら英語でもない謎の言語。

 

 Dランク、単なる階級で分ければ下層に位置するものの、ここに潜ることが出来れば生活に苦労しない程度の稼ぎがある。

 勿論一般人が足を踏み入れれば容易く屠られる水準だ、こんな子供が歩き回っていて無事なわけがない。

 

 一瞬モンスターかと疑ったが、しかし『鑑定』には年齢が表示されている。

 ダンジョンに闊歩するモンスターとは別の法則で生きている、間違いなく彼女達は『生物』だった。

 

「何言ってんのか分かんねえ……なんか羽生えてるし……」

 

 どうやら姉弟のようであったが、奇妙なことに姉の方には翼が生えており、残念ながら単なる人間ではないことは一目で理解できた

 取りあえずエネルギー源として買い溜めして菓子パンを差し出すと、姉は恐る恐る手を出し一口噛み付くと、大丈夫だと判断したようで弟へそれを差し出した。

 

 見知らぬ他人への恐怖心、それにこれほど幼いにも拘らず、口にするものへ警戒をしている……どうやら本格的にまともではないらしい。

 厄介ごとの匂いがしたがこれを無視するのも後味が悪い、放置した先の未来は大方モンスターに貪られて終わりなのは目に見えていた。

 

「取りあえず持ち帰るか……あ、こらこら逃げるんじゃねえよ! 味方だ味方! なんもしねえ……って伝わらねえのか! あーもうめんどくせえ! あっ、違う! お前らに怒鳴ったわけじゃ……はぁ……」

 

 本当に俺、こいつらの面倒見ないといけねえの? マジ? まだ誰かと結婚どころか、付き合うことすらまだなんだぞ?

 

 どうにか食い物で宥め透かした俺は二人を連れ、家へと連れて帰った。

 協会へ二人の報告をしようと思ったが、はたしてダンジョン内で見つかった人間そっくりの生物という存在が、今後まともな扱いをされるとも思えなかったからだ。

 

 その後は本当にいろいろとあった。親戚から名前を借りて戸籍の登録から始まり、どうにか二人の後見人としての立ち位置を確保した俺は、実質的な子育てに奔走することとなった。

 姉の方が奇妙な能力に目覚めたり、弟はちょっと力が強いだけだったり……今でも忘れられない出来事の連続。

 これだけならまあ、小説であるちょっと不思議な出会いと子育てとして終わっていただろう。

 

 しかしある日のことだ。

 

「ねえつよし、ブラジルきえちゃった」

「あ? ぶら……何の話だ?」

「ブラジルきえちゃったの、ちずがへんなの」

 

 必死に世界地図を指し、変だ、変だ、と訴えてくる美羽。

 はじめは子供にありがちな嘘や妄想、自己主張かと思い気にしていなかったが、それは成長しても続くこととなった。

 

「剛さん! また消えました! 今度はケニアの一部です!」

 

 小学生、中学生、成長する度に彼女は何度も訴えかけてくる。

 知能テストなどでもまるっきり正常、どうやらただ事ではないと理解した時、どうやら既に世界は滅びへ向かっていたらしい。

 

 ダンジョンの崩壊によって溢れたモンスターは、理屈は分からないがレベルに比例して周囲を消滅させる。

 存在が消えたものは記録の大半が消え、覚えていた者も多少の違和感を残して忘れる。

 奇妙なことだが消えたからといって、歴史が大きく変わり生活が一変するわけではない。人々に定着したものは消えるわけではないようで、別のルートを辿って同じものが生まれたことになるようだ。

 

 要するに元あった歴史へ雑に白で塗りつぶし、上から新しい歴史を書き換えたようなものだったのだ。

 記憶や記録はなくとも、現在が何か変わるわけではない。

 

 そして……

 

 

 そして世界で唯一それを覚えていられるのは、異世界から訪れた姉弟の姉、園崎美羽だけ。

 

 

 一年かけて集めた情報はたったこれだけ、あまりに少なすぎるもの。

 

 園崎美羽はあまりに孤独な世界で今まで過ごして来た。

 誰しもが異なる記憶で生きる中で、真実を忘れることが出来ないという、暗く、冷たい世界で。


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