『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第百五十五話

「こっちがアリアさんの部屋。布団とかは用意したけど、小物とかはもう少し元気になったら買いに行こ」

「何から何まで本当にごめんなさい。入院費も貴女が負担してくれたのよね? いつか必ず返すわ」

「別に、お金の使い道なかったし」

 

 私も小物なんてあまり買ってこなかったし、部屋は飾り気もなく簡素なもの。

 彼女用の銀行口座も開設した方が良いのだろうか、きっと欲しいものもあるだろうし。

 

 彼女とゆっくり帰ってきてからあれこれと話していたせいだろう、随分と日も暮れてきてしまった。

 おなかすいた。

 

「そろそろご飯にする? しばらくは私が用意するから」

「ええ、ごめんなさいね。体調戻ったら家事くらいは私がするわ」

「無理しなくていい、これくらいなら私にもできるから」

 

 キッチンの下、戸棚の中へ詰め込まれているのはレトルトのおかゆ。

 私は料理なんて全くできないし――まあ肉に塩掛けて焼くくらいならできるけど――病人の彼女に手間暇をかけさせるのも問題だと、私がいないときでも簡単に食事できるよう買い込んできたものだ。

 ほかに私の食事用のカップ麺なども買い込んであるので、一緒に食事もできる。

 

 でろっとお椀へ注ぎ、ラップをしてレンジで二分。

 見た目的に梅干しも乗っけようか悩むが、あれは好き嫌いが分かれるしやめておこう。

 ちなみに私は嫌いだ。

 

「じゃあおかゆ、レトルトのなんだけど……」

「全然構わないわ、手軽なのが一番よね」

 

 木製のスプーンに彼女の細い指が絡み、持ち上げ……ようとして、がたっと取り落とす。

 しまったという顔をした彼女。震える指先から伝わってくるのは隠しきれなかった疲労感、相当無理をして話していたわけだ。

 

 どうしてこう、私は他人のそれに気が回らないのだろう。

 

 おかゆをティッシュで軽く拭い、彼女から匙とお椀を奪い去る。

 無理をさせたのなら、その分私がやるべきだろう。

 

 かき混ぜ、掬い取り、繰り返し息を吹く。

 すっかり湯気が消えたころ、恐る恐る差し出したそれを彼女はパクリと咥え、ゆっくりと嚥下した。

 

 

「ありがとう、凄くおいしいわ」

 

 さほど高くないレトルトのおかゆだ。

 大しておいしくもないだろうに、彼女はにっこりと笑った。

 

 

 日が暮れ、夜。

 

「夕飯ね、はいおかゆ」

 

 夕飯といっても何か特段変わるわけでもない。

 少し休んで体力が回復した彼女は、今度こそ一人で食事をとれるとお盆を受け取りほほ笑んだ。

 

「ありがとう、ありがたくいただくわ」

 

 私といえばアリアさんが食事中に何があるかも分からないので、シンプルに棚の下から取り出したカップ麺だ。

 匂いも結構きついので後で食べるつもりだったが、一緒に食べましょ? と言われてしまえば仕方がない。

 

 ずるずると横で他愛もない会話を交わしつつ、ゆっくりとした食事。

 

 そういえばアリアさんは外国人だが、ラーメンの啜る音とかはどう思っているのだろうか?

 ふと思った疑問を何気なく口にすると、確かに違和感はあるが、なんだか分からないけどそこまで気にならないわと首を捻る彼女。

 もしかしたら彼女が記憶を失う前に慣れていたのかもしれない。覚えていなくとも、心の奥には間違いなく日本で生きた記憶が残っているわけだ。

 

 翌朝。

 

「朝ごはんできたよ、おかゆ」

「まあ、早起きして作ってくれたのね?」

 

 昼は彼女が疲れて寝ていたので、飛んで夜。

 

「夕飯、ちょっと気分変えて小豆粥っての買ってきた」

「あ、はは……」

 

 朝。

 

「おはよ、卵粥あっためたよ」

 

 昼。

 

「中華がゆだって、おかゆだけでもいろんなバリエーションあるんだね」

「おかゆ」

「おか」

「お」

.

.

.

 

「どんなおかゆ食べたい? 在庫無くなったからいろんなの買ってくる予定だけど」

「おかゆ地獄!?」

 

 布団が舞い上がり、天高く立ち上がった彼女の目は血走っている。

 

 アリアさんが家にやってきてから一週間、彼女のなにかが壊れた。

 

「わ、結構元気出てきたね」

「そのね? もうだいぶ体も回復してきたし、普通のごはんでも食べようかなって思うの」

 

 突然大きな声を出すからびっくりした。

 

 ふむ、なるほど。

 確かに彼女がこの家に訪れてもう一週間。起きている時間もいつの間にか私と同じようになり、散歩へ繰り出すようになっていた。

 回復速度には驚くべきところがあるが、確かにこの調子なら普通のごはんとかも食べていいだろう。

 

「ごめん、気付けなかった。何か食べたいのあるなら注文する?」

 

 快方祝いだ、いいものを食べてもいいだろう。

 といってもあまり脂っこいものは良くないだろうし、頼むとしたら何がいいのだろうか?

 野菜多めのサンドイッチとか?

 

 スマホをぐりぐりスクロールして画面を睨む私へ、彼女が恐る恐る話しかけてきた。

 

「ね、ねえ、そういえばあなた普段何を食べてるのかしら?」

「え? えーっと、コンビニの弁当とか、カップ麺とか、出前とか、ダンジョンで拾ったものとか、あとはハンバーガーとかだけど」

 

 まあ外に出た時の大概がコンビニ弁当と二リットルの緑茶を買っていた。

 それで足りない分のカロリーはお菓子だとか、飴だとか、あとはスポーツドリンクなどで補っている。

 特に最近ハマっているのは塩羊羹。小さなパックに小分けになっている奴なのだが、お茶ともよく合うし、何とも言えないあまじょっぱさが後を引く。

 

 本当は依然安心院さんに貰った羊羹が忘れられないのだが、あれはちょっと日常に食べるには高すぎて、まあ買うことは普通にできるのだが気が引ける。

 

 私の食生活を聞いていたはずの彼女はいつの間にかうつむき、なにかぶつぶつと口から垂れ流したと思いきや、はっと突然見開いた瞳をこちらへ向けた。

 そしてわなわなと両手で顔を覆った直後、一気に両腕を伸ばして私の肩を掴み上げる。

 

 飢えた獣の眼光。

 

 なんだこれは。

 怖い。

 

「フォリアちゃん、一緒に買い物に行きましょう。今後家にいるときは私がご飯を作るわ」

「あ、うん」

 

 というわけで彼女との初めての外出は、なにか素敵な小物を買うだとか、どこかへ観光へ行くわけでもなく、私たちの食糧調達というなんともパッとしないものになった。


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