『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第百六十六話

「ちっす兄貴! 芽衣ちゃん無事に帰還しました! いえーい! ピースピース! 心配した? ねえ心配した!?」

「うぇーい! 占い通り生きて帰って来たなぁ? お兄ちゃんは全部知っていたので何一つ心配しませんでしたー!」

『ウエーイ!』

 

 生きて帰ったことに涙を流し感動の再開と思いきや、互いにうざいノリでハイタッチ。

 人はピンチの時に本性が出るというが、二人のそれはすぐに隠れてしまった。

 

 こいつら兄妹間でも普段はこんなノリなのか、生きてて疲れないのかな。

 いつもあれならまだいいんだけど。

 

「呉島、貴方にもう一度占ってほしいことがある」

 

 しかし彼らにのんびりじゃれ合ってもらう暇はない。

 このダンジョンの崩壊は既に相当進んでいる、それは先ほどの熊を倒して分かった……レベルが相当上昇していたからだ。

 

 それに元気な振りをしているが芽衣は結構疲弊していて、ここまで来るのに少し時間がかかってしまった。

 当然だ、間違いなく勝てない絶望的な全力疾走の果て、足を引きちぎられ血を垂れ流し、絶望の淵に沈んでいたのだから。

 ここまで来るまでも無理やり歩くのが限界であった、恐らく精神面で相当参っているだろう。

 

 ダンジョンが崩壊すれば確かにここに居る人たちは外に出ることが出来るかもしれない。

 しかし結局モンスターが外に出てしまえば大規模な消滅が起こる、少なくとも外にある街は消滅するし、ここに居る皆も消える。

 

「……ボスはどこにいるのか、私はどこへ向かえば出会えるのかを」

 

 一刻の猶予もない。

 恐らくボスエリアから解き放たれたボスの下へまっすぐ進み、速攻で叩き潰しかない。

 

「『運命の道標』よッ! 俺に……」

 

 先ほどの儀式を行い始めた呉島へ、妹から無慈悲なヤジが飛んだ。

 

「兄貴、時間ねえんだからはやくしろよなー!」

「あれいらないんだ……」

「ノリ悪ぃなぁ、なんかビシッと凄いことしねえと映えねえだろ? これ飲みの場でやるとめちゃんこ受けるんだけどなぁ」

 

 彼がパッと手放したカリバーは、倒れることすらなく地面へすっくり立っている。

 めり込んでいるのか倒れる気配がない、変な呪文を唱えながら地面へ叩きつけるからだろう。

 

「力みすぎ。今は急いでるんだから変なことやめて」

「いや、このバット神バランスで立ってるっぽくない? なくなくない? ヤバ、奇跡じゃん。写真とろ、フォリも一緒に入ろうぜー」

 

 肩を抱かれ引っ張りこまれると、ほっぼ無理やり芽衣と写真を撮らされた。

 いつの間に私はこいつと仲良くなったのだろうか、まだ会ってから一時間くらいしか経っていないのに。

 

 渋々カリバーへ手を伸ばした呉島だったが、触れた瞬間ハッと顔を上に上げ―― 

 

「違う……スキルは発動してる……ッ! 上だ……上から来るんだよッ!」

 

 

 その瞬間、空が漆黒に染まった。

 

 

「……っ!? 『アクセラレーション』っ!」

 

 二人の身体を引っ張り、影の先の先まで逃げる。

 

 

 ドンッ!

 

 

「なんだあれ……触手!?」

 

 冗談みたいな振動、ダンジョン内にあるまじき地震にふらつき、芽衣が尻もちをついた。

 

 てらてらと輝く蛍光オレンジの触手。

 だがそれらはまるでスライムか何かのように地面へ張り付き、激しい水蒸気を上げ暴れまわっていた。

 

 だがなんだ、あれは。

 

 触手を生み出した本体は、その鮮やかな色と裏腹に全身真っ黒。

 そしてその大きさも半端じゃない。

 触手一本一本も私の腕ほどあるというのに、本体の太さはまるでそれが紐か何かにしか思えないほど、高さに関して言えばちいさなビル程はある。

 

 そんな化物が触手で体を支え、まるで木のようにそそり立っている。

 

「植物……なの……?」

 

 枝もなく、葉もない。

 しかし世界樹のそれだと言われても納得するほど極太の幹だけが天を衝く、黒とオレンジの不気味なコントラストとサイズに目と頭がどうにかなりそうだ。

 

「あれキュビエ器官っぽくない?」

「ああ、既視感あると思ったらそれだ、めっちゃキュビってるわ。ほんじゃあいつはナマコってことか、ダンジョンのナマコって空飛ぶんだなぁ! めっちゃウケるわ」

「なまこ……あれが? 嘘でしょ?」

 

 なまこってあれだよね、海に転がってるらしいアレ。

 

 いや、今はあれの正体がなんだとかより……

 

「そうだ……っ、皆! 生きてる!?」

「全員無事だ!」

 

 返ってきた声は皆の無事を伝えるもの。

 

 良かった。

 咄嗟に横に居た二人を助けたのはいいものの、向こうの皆については気にする余裕がなかった。

 場所的に恐らく大丈夫だとは思ったものの、こうやって声を聴かないとなかなか安心することはできない。

 

 世界樹……もといデカナマコの動きは基本的に単調かつ緩慢、触手をウニウニと蠢かせゆっくりと倒れると、地面を這うようにこちらへ向かってきた。

 勿論緩慢とはいえその巨体、本体がいくら遅かろうと移動速度自体は相当なものだ。

 

 しかしあれを倒せば今は終わる、自分から来てくれたのなら『アクセラレーション』も使わないで済むし、MPを温存できただけでもありがたい。

 

「呉島」

『ウィーッス!』

「あ、二人とも呉島なんだっけ……まあいいや、二人共、みんな連れて入口まで逃げて」

「先輩はどうするんスか?」

 

 呉島……いや、兄の大悟が私へ問いかけてきた。

 

「言ったでしょ。私には使命がある。大事な人から任せられた使命、あの人の代わりにダンジョン崩壊を食い止める使命が」

 

 ここからが本命だ。

 筋肉、剛力剛の代理として戦いを託された、結城フォリアとして初めての戦いの。

 

 

「それにしても、あれどこ殴ればいいのやら……」

 

 ズズ、ズズとおなかの底に響く低音を響かせ這うナマコ。

 

 動物なら頭、目、分かりやすい弱点がどこかにあったし、大きなモンスターならそこを起点として殴ることが王道だ……と、訓練中に筋肉が言っていた。

 

 しかしナマコの目とは? ナマコの頭とは? どっちが頭でどっちがお尻なのかすら分からない。

 そもそも頭を殴ったとしてアレに脳みそなんてものが存在するのか?

 

「まあ取りあえず一発殴ってみるか」

 

 幸いあのサイズなら外すということはない。

 

 カリバーを天高くつき上げ、地面を固く踏み締めた私。

 

「『巨大化』っ!」

 

 太さはそのままに、ただただ長く。

 中途半端な長さでは大した威力にならない、叩き切ってやると思えるほどの長さが必要だ。

 

「よし……行ける」

 

 サイズは丁度奴を輪切りに分割して有り余るほど。

 

「『スキル累乗』対象変更、『スカルクラッシュ』 よっ……こいしょぉ!」

 

 ああ、これちょっとまずいな。

 

 ここまで長くしたカリバーを『累乗スカルクラッシュ』で振るったことがなかったが、メシ、ミキと聞いたことのない音を立て痛みが走る肩に、これ振るいきった後が一番ヤバいんじゃないかと今更気付いた。


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