『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第百七十三話

 翌日の朝。

 アリアお手製のベーコンエッグとパン、サラダにオニオンスープというシンプルかつ王道の食事を終えた琉希と芽衣は、満足げに家を去っていった。

 

「まったく、掃除くらいしてから帰って欲しい」

 

 そう、私が惨状に気付き言い出す前に。

 

 散らばった菓子のゴミ、零れた食べカス、しっちゃかめっちゃかになったリビングの様子は中々に酷い。

 いったいこれを片付けるのが誰かと言えば、同然この家の家主である私たちなわけで。

 

 痛む頭を抑える私へアリアが笑顔で肩をすくめた。

 

「まあまあ、楽しめたみたいだしいいんじゃないかしら?」

「別に……勝手に押し寄せてきただけだし」

 

 ちょっと広くて寂しいかもと思っていたこの賃貸が、たった二人が遊びに来ただけで窮屈に感じてしまった。

 そして去った今、以前は感じなかった不思議な空虚感を強く意識してしまう。

 

 また皆集まるならソファとかも欲しい、かも。

 椅子も買った方が良いよね……ゲームにも手を出してみようかな。

 

 ふと考え事をしていたからかもしれない、壁へ掛けられていたアリアの小さなポーチへ手が引っかかり、中身を床へばら蒔いてしまった。

 

「あ、ごめん。私が拾っとくから掃除しといて」

「い、いや、私がやるわ! 自分の鞄だもの!」

 

 いそいそとポーチの中身を集め入れていく彼女。

 

 中身、といってもみたところ大したものはない。

 折りたたまれた古そうな紙、透けたところから見る限り地図だろうか? それといくつかのカード、財布、小袋……どれもそこらへんにありそうなものばかり。

 

 そういえば彼女の記憶のカギ、この中に無いのかな。

 

 派手なところもなく地味、しかし結構頑丈なつくりをしているようであまりほつれなどもない、堅実な彼女の性格を示しているようにも見える。

 確かこのポーチは彼女を山で拾った時持っていたものだ、これから何か情報が手に入ればいいのだが。

 

「いいって、私が落としたんだからさ」

 

 一緒にしゃがんで拾い集めていく。

 どうやらカードケースの蓋が衝撃で空いてしまったらしい、一枚一枚落ちたカードを差し込んでいく途中、はたと指先が止まる。

 

 古ぼけたカードだった。

 恐らく発行されてから大分時間がたっているのだろう、プラスチックに印刷された文字は随分とかすれているし、カードの端っこは何かにぶつけたのか小さく欠けてしまっている。

 

「ん……ほけ……ん……保険証?」

「それはっ!」

「あ……」

 

 今まで聞いたことがない、アリアの本当に焦り裏返った声。

 驚いた隙を突いて私の手から奪い去られるカード。

 

 でも私はしっかりと見た。

 

 見てしまった(・・・・)

 

「っ! ちがっ、これはっ、違うのっ!」

「……っ、ね、ねえ……いまの……って……」

 

 

 掠れながらも、消えかけながらも、確かに『結城 アリア』と書かれた名前を。

 

 同じ苗字、同じ瞳の色、全てが同じ。

 まるで、親子のように。

 

「アリアは……知ってたの……?」

「そう、ね」

「知っててずっと黙ってたの……!?」

 

 慣れないはずなのに懐かしい味。

 似通った容姿。

 不思議と落ち着いてしまう隣。

 あり得ない。相手は元々体を弱らせていた人間、出会ったばかりの私が決して甘えたりなんてするはずがないのに。

 

 彼女の声は優しくて、見知らぬ相手とは思えぬほど心地がいいもので。

 

 本当は、どこか私も気付いていたのかもしれない。

 本能的なところで、理論ではなく心で……それでも他人のようにふるまっていたのは、失った時が恐ろしかったから。

 目を逸らし続けていた、今を楽しむためだけに。

 

 一度ほつれた糸は、決して元の姿を取り戻せないというのに。

 

「フォリアちゃん……」

「っ! 寄るなっ!」

 

 伸ばされた手を払いのける。

 奥でアリアは傷付いたような顔をしていて、その表情が一層私の感情を引っ掻き回した。

 

 

 

 

 どうすればよかったのか、どう答えればよかったのか分からない。

 でも、きっともう見なかったことには出来ない、いつか必ず口に出してしまうだろう。

 今まで通りにいかないことだけは分かって、壁に干された協会のコートだけを手に家を出た。

 

 走って、走って、走って走って、でに目的地もなく延々と足を動かすなんて無理なことで……気が付いたら私は協会の前に居た。

 

 この一か月で見知った何人かの探索者、受付で何やら書類を整備しているウニ、皆を無視して奥へと進む。

 そんな私なのに、それでも明るく挨拶をしてくるみんなの声が、自分の感情が何なのかすら言うことの出来ないみじめな私の背中に刺さった。

 

 何も聞きたくない、だれとも関わりたくない。

 

「はぁっ、くそ、くそっ!」

 

 上がった息で目指したのは執務室、今の私に残された唯一の場所。

 

 見えない目線が怖くて、聞こえない声が五月蠅くて、カーテンも、扉の鍵も全部閉じる。

 いつものんびり座って、部屋へ行き交う人の話を聞いていた椅子へ腰かけているのに、これっぽっちも落ち着くことが出来なくて、真っ暗な部屋の端っこに座り込んだ。

 

「どうしたらいいのか……もうわかんないよ……」

 

 恐ろしく冷えた指先で顔を覆う。

 

 記憶の中にだけある恐ろしく冷たい瞳、一か月間触れ合ってきた優しく暖かい目線。

 全くの同一人物が私へ注いできた両極端の感情は、幾ら思い返したところで全く嚙み合ってくれない。

 でも、もっと昔、全てが狂う前のママは、きっと今のアリアと同じ表情をして、同じ態度で私に接してくれていた。

 

 きっと大人な心を持っていたら、彼女のすべてを許してまた一から始めて行こうと言い出せるのだろう。

 でも私には出来ない。

 彼女が全てを思い出した時、今と同じ態度で私に接してくれると、絶対的な確信をもって言い切れないから。

 

 怖い。

 怖くて怖くて仕方がない。

 もう一度裏切られたら、もう一度捨てられたら、もう一度……

 

『お前は私の子供なんかじゃないッ!』

「……っ!」

 

 恐怖からコートの中で抱きしめた二の腕へ、爪が食い込み血が流れた。

 

 脳裏へこびりついたママの言葉、別れる前の最後の言葉。

 忘れて、でもそのたびに思い出して、耳を塞いでも目を瞑っても、ふとした拍子にあの時の映像と声が流れ続ける。

 

 最初に捨てたのはママの方だ。

 だから今度は、裏切られる前に、捨てられる前に

 

「――私が、捨てるんだ」

 

 でもなぜか口にした途端、胸が酷く苦しくなる。

 鼻の奥がつんと痛くなって、肩が震えて……生ぬるいナニカに濡れる顔を、無理やり膝へとうずめた。

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