『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第百七十七話

 剛力は自他共に認める巨体の持ち主だ。

 その身長およそ二メートル。加えて鋼のような筋肉を全身に纏う彼の容姿は端的に言って恐ろしく、小さな子供は鬼が来たと泣くほど。

 

 筋骨隆々、一目見たら二度と忘れることのないであろう剛力の特徴的な容姿は、はっきり言って何かを探りまわるのには全くといっていいほど適性がない。

 

 しかし長年の戦闘経験から培われた特有の勘やスキルは、身体の差以上になかなか得難いものがある。

 そして基本的に大雑把な性格をしているものの時として妙な細かさを見せる彼は、案外探偵の真似事をするのに向いていた。

 

「妙だな……今日はもう帰るはずだが……」

 

 ゆるりとした動きで部屋から離れる男。

 彼が扉を閉めたことを確認し、剛力は音もなく床へと降り立つ。

 

 一般的に尾行を行う場合、二人から三人によるチームで行動をすることが多い。

 人数が増えれば連絡等の手間が多くなるのは勿論、尾行を一人で行う場合、尾行対象へ追われていることを感づかれてしまう可能性がある為だ。

 しかしながら姿そのものを消してしまえるような人物がいるのなら、体力の問題等あるとはいえ、圧倒的に効率的なのも真であった。

 

 天井の一角に腕力と脚力で張り付き、スキルで姿や音を隠してダカールの様子をうかがっていた剛力。

 

 一か月の調査からおおよそのルーティンは割り出されている。

 時として要人との会談などからずれ(・・)が生まれることもあったが、派手な招宴へ好んで赴くわけでもなく、淡々と日々の職務をこなしては、定時に帰宅する姿へ疑いを掛けるべき点はない。

 

 強いて言えば普段貼り付けている胡散臭い笑顔を、人がいない間でも崩すことがなかったのは驚いた。

 もはやあれが彼の『無表情』となっているのかもしれない。

 

 だが、今日の行動は、剛力の知る普段のそれから逸脱していた。

 

 時針は既に七を過ぎ八へ差し掛かっている。

 夜遅くの会談かと思いきや、その割には秘書の姿が見当たらない。ダカールの服装もタイを解いたラフなもので、執務ならともかく、要人と会うためにはあまりに不適切であった。

 

「鞄は……持ち出してねえな」

 

 ひょいと机の下を覗き込んだ剛力、しかし不可解な状況に眉を寄せた。

 

 帰宅かと思ったがどうやらそういうわけでもなく、しかし書類は全て几帳面にファイルへ閉じて仕舞われている。

 ダカールがファイルを仕舞うのは帰宅時のみ、噛み合わぬ行動はいよいよもって怪しい。

 しかしおおよその動きこそ把握したとはいえ、所詮は一か月程度の短期間、決して全てを理解したとは言い難い。

 

 まあ、付いていくしかねえよな。

 

 剛力は扉へ向かう……ことはなく、踵を鳴らし(・・・・・・)壁をスキルですり抜け、先に部屋を出たダカールの背を追った。

 

 

 ゆるゆると彼が歩いて行った先は、協会本部から随分離れた海辺であった。

 

 

 

「やあクラリス、二か月ぶりだね」

「□□□□□□□□」

「おっと、長い間こっちにいたせいでつい忘れてしまうんだ」

 

 奇妙な光景であった。

 何もない所から不気味な光が溢れ、ふと気付いたときには妙齢の女性が立っていた。

 

 この世界において、少なくとも剛力の知る限りでは、ダンジョンの扉を除いてよくある『テレポート魔法』の類は確認されていない。

 ユニークスキルの中には存在するのかもしれないが、少なくとも、複数の人間が扱えたという報告を見た記憶はなかった。

 

 チョコレートのように深いブラウンの肌と、対照的なまでに色のない白の髪、羽織るローブは瑠璃を思わせる濃紺。

 ともすれば何かの仮装のようにも思える出で立ちをした女性だが、しかし服に着られることもなく悠然としている。

 

 微かに燐光を残した地面。

 複雑な文様によって彩られるそれから彼女が姿を現した以上、どうやらあれは転移することの出来る魔法陣らしい。

 

 だが女性の話す言葉は剛力に聞き覚えのないものであり、何を言っているのかさっぱり分からない。

 

 そういえば昔に覚えた『翻訳』があったな……

 

 大まかな意味を理解することが出来るスキルなのだが、しかし話すことはできない。

 海外への出張時に使えるかと思ったが、結局会話の練習は必須であり、習得するために多少役に立ったものの長いことお蔵入りしていたスキル。

 まさか今になって使うことになるとは。

 

 壁抜けといいもう使わないと思っていたスキルが、偵察を始めてから意外なところで活躍する。

 

「俺もまだまだ学ぶべきことがあるのかもしれんなぁ」

 

 支部長の座についてから久しく感じていなかった感覚にひとりごちる。

 常に自分を律しているつもりであったが、それでも慢心というものがあったのかもしれない。

 

「……はい、クレスト(・・・・)さま」

「ああ、そんなに拗ねないでくれ。君の拙い言葉で頑張って話す可愛い姿が見たかっただけなんだよ!」

「そ、そんな……恥ずかしいです」

 

 一体俺は何を見せつけられているんだ……

 

 胸元の小型カメラを起動し動画と音声を記録しながら、剛力は壁の影でこの先どうするか逡巡した。

 

 突如として普段と異なる行動を始めたダカールであったが、この奇妙な会話から察するに、彼女とは随分気心の知れた仲らしい。

 密会とはいえ仲睦まじい男女であり、流石にそこまで監視するのは気が引ける。

 

 あくまで剣崎がダカールに掛けたのはあまりに根拠の薄い疑惑であり、私的な情事まで観察する必要はない。

 

 しかしどこか無感情であったダカールが、恋人らしき人物とはいえあだ名か偽名か分からぬが、『クレスト(頂上)』などと呼ばせているとは、人は案外様々な顔を持っているものだ。

 

 しかし一応ダカールと深い関係を持つ者、容姿、名、姿等のメモを手帳へ記し、剛力はその場から離れ……

 

「それで、アストロリアの様子はどうなんだい?」

「――っ!?」

 

 ダカールの口から飛び出した想定外の言葉に、ピタリと足を止めた。


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