『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百十二話

「なんとなく言っていることは分かりました。要するに完璧な動きをなぞっているからスキルはぶれなく、毎回ほぼ同じ効果を得られる、と。数値で表記できるのもそういうことだったんですね」

「まあステータスの表記などは、貴様らの記憶によって創り上げられた目安に近いがな」

「えっ、私たちの記憶……ですか?」

 

 いまいちピンとこない琉希。

 

 記憶というものは酷く曖昧な概念だ。

 少なくとも琉希の知る限りでは、記憶とは人々の都合によって簡単に左右される上、そんな魔力的に関係しているなんて話も聞いたことがない。

 

 だがカナリアは琉希の言葉へ深々と頷くと、ホワイトボードのイラストを消し、文字や下手くそ極まりない絵を描きながら新たに説明を始めた。

 

「うむ。ダンジョンシステムを創ったとはいえ、当然だが、私一人で細部まで完璧に突き詰めることは不可能だ。そこで私はまずは基礎を創り上げ、とある方法で細部まで手を加える方法を思いついた」

「……確かに。世界を覆いつくすシステムなんて、神様でもなければ一人で創り上げるのは無理ですよね」

「神なぞおらん、少なくとも私たちの認識できる場所にはな。例えば貴様らの名前だ。あくまでこの世界で、各個体の認識のために使われているに過ぎないわけだが、何故ダンジョンにまで認識されているのか。加えて何故魔力だけでモンスターの形を取るのか。そして先ほども言った、『理想的な動き』の大元。いや、それどころか我々異世界の人間と、貴様らの形が似通っていることもこれに関係してくる」

 

 異世界人。

 そういった(・・・・・)設定の作品が溢れる現代、さして疑問には思わないが、彼女の言う通り全く別の環境であってしかるべきな二つの世界で、互いの構造がほぼ同一というのは奇妙なことだ。

 『世界』から見ればたった一つの小さな星ですら、環境によって多種多様な進化を行っているというのに、どうして『魔力』なんてある世界とこの世界、各知的生命体が同じ姿へ至ったのか。

 

 そこには収斂進化などという単純な言葉では片づけられない、いわば世界の禁忌的な仕組みがあった。

 

「魔力は記録、記憶を蓄えるんだよ。この性質こそがダンジョンシステム、果ては世界そのものの根幹を成している」

「はい? き、記録ですか……? そんなSDカードみたいなこと言われましても……」

「記憶と言っても貴様が思っているであろう、昨日何を食べたかなどというものだけではない。起こった事実、変化、概念、認識など、総合的な事象全てを『記憶』と称しているに過ぎん。私たちの世界は魔力に宿る『記憶』に従い進化、変化を遂げてきた。空気中に魔力のある我々の世界と、皆無と言ってもいいこの世界、異なる環境で生物が似たような姿、性質へ進化を遂げたのも、魔力に宿る記憶によってある程度指向性が定まっていたからだろう」

 

 要するに設計図が元々あり、各世界はその設計図に従いちょっとずつアレンジを加えながらつくられていった、と。

 

「ダンジョンの創造に手を掛けた時、これはあくまで私の仮説に過ぎなかった。色々あって調べていた時、偶然思いついたまま放置していたのだ。だが事実上手く行った。モンスターの行動や人々を補助するスキル、様々なものを創り上げる時、貴様らの世界にある『ゲーム』の記憶や、各世界の空想、実在問わず、多種多様な生物の姿などを魔力の記憶から吸い上げ、私一人では創るのなんて不可能だと思われた『ダンジョンシステム』の構築を成し遂げたのだ。名前の認識なども魔力に宿る記憶から、貴様らの名前などを読み取り反映しているに過ぎない」

「なんというか……壮大な話ですね」

 

 まさか世界の創造まで話が飛ぶとは思ってもいなかった琉希は、そんな感想しか漏らすことが出来なかった。

 

 だがふと気付く。

 元々設計図があったというのなら、その設計図……即ち、本来の記憶を創り上げた世界が存在するはずではないのか、と。

 

「もしかして別の世界が存在するというのも……」

「そうだ。我々の世界と貴様の世界、どちらが先に生まれたかは分からんが……少なくとも、先に生まれた方へ魔力的に影響を与えた、『人間』の存在する異世界が存在する、というわけだ。だが認識は出来ん。次元的に距離が空きすぎているのか、私には観測すらできなかった」

 

 ここでカナリアはすっかり冷めてしまったお茶を一口含み、何か菓子はないのかと催促を始めた。

 彼女の顔面に饅頭を叩きつけながら、琉希は顎を撫でる。

 

 即興の作り話にしては実によく出来ていた。

 気になる点はいくつも存在するが、少なくとも彼女がダンジョンを創り上げたということは、あながち嘘ではないだろう、ということも理解した。

 

 だがいくつか、これだけは奇妙で見逃せない事実がある。

 

「――大体わかりました。でもダンジョンを創るための魔力や、そこまでしてダンジョンを創った意味は何ですか? 先ほどは魔蝕と関係していると言っていましたが……」

「うむ……やっぱりそこ気になるよな? あんま言いたくないんだが……」

 

 先ほどまでの凛とした顔で説明していた姿はどこへやら、何かを恥じる様に視線を彷徨わせる。

 そして、まるで琉希に、『そこまで言い辛いのなら言わなくていいですよ』と、優しくスルーしてもらえることを期待するようにちらりと流し目を送った。

 しかし琉希もはいそうですか、とは言えない。目の前のエルフの数百倍大事な友人の命がかかっているのだ、キリキリ吐いてもらいたいところである。

 

 無言で顔をガン見していると、その視線に気づいて肩を震わせ、渋々と口を開いた。

 

「……実はあちらの世界でも、一般的に、次元の狭間の存在については知られていない。存在の初観測をしたのは私だが、研究結果を公表せずに情報をすべて破棄した……つもり(・・・)であった」

 

 膨大な魔力の存在、それはいくら汲み上げようとも尽きぬ膨大なエネルギー源であり、人類の求めてやまない存在だろう。

 だが未だ発展途上であり未熟な人類にとっては同時に、災厄を生み出す混沌そのものでもあった。

 

 人知れず情報を破棄カナリア。しかし友と慕っていたはずの幼馴染である、クラリスによってすべて暴かれ、その禁忌は時の王『クレスト』へ奏上されてしまった。

 

「――その結果、私の与り知らぬうちに研究は進み、次元の狭間から魔力を組み上げるための、大掛かりな建造物が創り上げられた。情報を様々な方法で得た各国も動き、あちらの世界には塔が乱立した。見た目は蒼く美しい、天まで届く巨大な塔だ。名前はそうだな……クレストは『魔天楼』と呼んでいた」

 

 そう言って彼女が指差したのは、このホテルからでも微かに見える巨大な塔。

 『人類未踏破ライン』である『天蓋』ダンジョンであった。


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