『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百十六話

「それ……の、何が問題なんですか……」

 

 どもりながらどうにか聞き返す琉希。

 

 はっきり言ってしまえば、彼女には思い当たる節があった。

 というよりは魔力を一気に吸い上げる方法など、フォリアのユニークスキル以外には有り得ないだろう。

 

 だがカナリアにそれを話していいものなのか。

 

 彼女の言葉に嘘はないかもしれないが、恣意的に様々な情報を隠していることも真実だ。

 現にフォリアの治療法について矛盾を突き話さなければ、彼女は『治療できない』の一点張りで話を切っていただろう。

 もしかしたらそれは単純に、治療できないと言い切ってしまうことで下手に希望を持たせず、仕方ないことなのだと琉希に諦めさせようという、彼女なりの下手くそな心遣いだったのかもしれない。

 

 思い悩む琉希へ苛立ったのか、机をバシバシ叩きながらカナリアが吠える。

 

「問題も問題、大問題だろ! 私はダンジョンシステムをそんな風につくった覚えはない! あんな動きありえんぞ!」

「貴女が創ったのは基礎の基礎。残りは進化に任せていたのなら、貴女が理解しえない挙動を起こす可能性も大いにあるはずでは?」

「ダンジョンシステムの根本にある概念は魔蝕の予防だ! こんな魔力が大量に流入するような構造、たとえ途中で出来たとしても見逃すわけないだろ!」

「う……で、でも」

 

 食い下がる琉希の前へ掌を突き出し、疑惑を抱いたカナリアの瞳が細くなった。

 

「なんか貴様怪しいな……何か知ってるだろ?」

 

 鋭い。

 他人の感情の機微は興味を持たず全く理解しないくせに、こういった自分の気を引く挙動には恐ろしく鋭い。

 

 しばし口を噤んでいた琉希であったが、カナリアは相も変わらず偉そうに椅子へふんぞり返ると、左の人差し指で机を叩きながら琉希を脅した。

 

「黙っててもいいがあの子を救いたいなら大人しく言うんだな」

「なっ……」

「貴様の言う治療法は発症者の魔力を上回らなければ出来ん、無理やり引っ張り出すのだから当然だ。数百倍にまで跳ね上がったあの子の魔力量は、既に全快時の私を圧倒的に上回っている。無理なものは無理だ」

 

 

 

「私の手で治療することは不可能だ、他の方法を探すしかない。それには多方面から考える必要があるし、少しでも気になることは知っておきたいのだ」

 

 葛藤はあった。

 

 フォリアのユニークスキルは強大なものだ、悪用しようと思えばいくらでも思い浮かぶほどに。

 それ故彼女にはなるべく誰にも話さないように、と言い含め、現状でも恐らく数人しか彼女の力について知らない。

 

 その約束を、言い含めた自分自身が破らなくてはいけないのか。

 しかも顔の知れた友人などではない、出会って数時間しか経っていない、このエルフっぽいナニカに。

 

 酷く悩ましい問題ではあったが、それ以上に現状は重いもので、琉希には結局話す以外に道がないというのも理解は出来ていた。

 

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.

.

 

 

「ユニークスキル、か」

「……はい。すごい力だって思ってたんですけど、こんな副作用があるなんて思っていなくて。あの……ユニークスキルも貴女の創り出したダンジョンシステムなら、どうしてこんな力が……?」

 

 先ほどから彼女は未知であるということを主張していた。

 だがユニークスキルはユニークスキルで、やはりダンジョンシステムに関連するもののはず。

 

 これまで快調に説明していた、ダンジョンの製作者を名乗る彼女が、さっぱり理解していないというのも奇妙な話だ。

 

「ああ、それは私の作ったものでもない……というか誰かが関与して出来たものではないからな」

 

 その答えは単純であり、しかし同時に複雑な事情でもあった。

 

「魔力には様々な性質がある。全てを語るには時間が足りんが、記憶の蓄積も所詮はそのうちの一つに過ぎない。その中には一つ、人の体内で様々な波形を取るということだ」

「波形、ですか……?」

「うむ。魔法とはエネルギーを様々な形へ変化させた結果であるが、それ以外にも直接体内から放出したり、素の形で発現させる方法も存在するのだ。その場合波形の影響をもろに受ける、つまり他の誰とも異なるオンリーワンの魔法が発動する。発動と言っても体質として現れたり、様々な形がある点は一般魔法、つまりスキルとも大して変わらんがな」

 

 発動の過程は兎も角として、要するに『ユニークスキル』の名の通り、人それぞれに宿る固有の魔法というわけだ。 

 

「なるほど、それがユニークスキルなんですね」

「ああ、本来の名は固有魔法と言う。とは言え訓練なしだからな、本来ならもっと自由に扱えるものだが、基本的には暴走などの可能性も考慮し動作などをかなり制限している。詳しいことは調べなければ分からぬが、その特徴を聞く限りあの子は魔力との親和性や、それに付随する体内での操作能力が異常なほどに長けているようだな」

 

 そして降りる沈黙。

 

 彼女の思考を邪魔せぬよう琉希も黙りこくっていたが、ゆっくりとカナリアが顔を上げたことに気付くと、祈るような目線を彼女へ向けた。

 

「しかしふむ……あんな言い様で聞いて悪いが、あまり役に立ちそうにないぞ」

 

 しかし帰ってきた言葉は無慈悲。

 その知識をもってしても思いつかないという、残酷な台詞であった。

 

「そうですか……助ける手段が一つもないなんて……っ!」

 

 ――あたしのせいだ。

 あたしがあの時、無理やり母親に会いに行こうなんて誘ったから……無理にレベル上げなんてしなければ発症しなかったのに……っ!

 

 自分へ怒ればいいのか、現状を悲しめばいいのか。

 琉希は感情のまま顔を覆い拳を固く握りしめると、ぶち、ぶちと指に絡まった前髪が千切れる音にすら気付かなかった。

 

 やはり無理にでも彼女を置いていけば良かったのだ。

 そうすればこんな事にはならなかったはずなのに……!

 

「ん……そうだな」

 

 しかし自分が零した言葉に身動ぎし、目線をスッと逸らしたのを琉希は視界の端で捕らえていた。

 

「……何か隠してますねっ!?」

「し、しらん! 知らんったら知らん! ぜんぜん知らん! 超知らん!」

 

 必死に否定をしているものの、その目はあちこちへ泳ぎ、演技と言うにはもはやわざとらしさすら感じてしまうほど。

 もしかしてわざとやってるのか? 本当は話したくて仕方ないのか?

 

 やはりこのエルフ、まだ話していないことがあった。

 

 しかし知らぬ存ぜぬの一点張り。

 再び椅子から立ち上がり、彼女の元へ歩み寄る琉希に震えながらも、今回ばかりは決して話そうとしなかった。

 

「たっ、頼む、これだけは使えんのだ! お前があの子を救いたいのは分かる、私もいくらでも手伝おう! だがこれだけは駄目なのだっ!」

「……分かりました。そう涙目にならないでくださいよ、そこまで言う人から無理に聞き出したり、取り上げたりはしません」

 

 結局目の端に涙を浮かべ、絶対に無理だと言われてしまえば琉希に出来ることはなかった。

 

 それが何なのかは分からないが、無理やり奪うことも出来るのだろう。

 しかし彼女の叡智は捨てがたいものであり、今下手に遺恨を生み出すくらいなら、協力して新たな道を捜索したほうが良い。

 フォリア自身そんな方法で助けられても、心優しい彼女なら喜ばないだろう。

 

「ほ、本当か!? 殴って奪ったりしないか!?」

「しませんよ! 私を一体なんだと思ってるんですか!」

 


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