『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百二十一話

「よし、じゃあ手筈通りに行くぞ」

「はい」

 

 頷きを確認したカナリアの手によって、古寂びた扉がゆっくりと開かれる。

 

 手筈とは言っても中身は単純、カナリアがその身で攻撃を防いでいる間に琉希が声をかけ、フォリアが意識を取り戻したと同時に腕輪で魔法を発動させるというだけ。

 そもそもフォリアが意識を取り戻さなければ成功しない、確実性から遠く離れた内容だ。

 

 だがやるしかない。

 

 一瞬の暗転、肌を凍て付かせるほどの暴風が二人を襲う……

 

「――って、これは……」

「寒くないだろ」

 

 確かめる様にカナリアが雪を掴み、軽く握り締める。

 

 鼻や指先から痛みすら感じる程であったかつてのそれ。

 しかし琉希は彼女の言う通り、冷たい所か快適な暖かさすら今は感じていた。

 どうやら彼女が以前ワンピース一枚で動き回っていた理由がこれらしい。

 

 琉希はいそいそとコートや重ね着の靴下、服などを脱ぎ『アイテムボックス』へ放り込むと、ぐるぐると肩を回した。

 高レベルになれば力は圧倒的に増すが、かといって厚着をしてもいつも通りの動きを完璧にこなせるわけではない。

 無意識に力をセーブしてしまったり、或いは引っ掛かりに気を取られてしまったり、やはり軽装の方が動きやすいのは事実であった。

 

「便利ですね、習いたいくらいです」

「これが終わったらな」

 

 そういってカナリアがあごをしゃくりあげた先には、白と黒の歪なコントラストが広がっていた。

 

.

.

.

 

 

「……おらんな」

「ええ。それどころかモンスターの影すらありません」

 

 しばしの探索を終え、互いに声を潜めての会話を行う二人。

 

 雪には大穴が開き地面が露に、木々はへし折れ、一体は何か爆撃でもあったのかと思ってしまうほど、見渡す限りに凄惨な光景が広がっていた。

 しかしモンスターの影も、怪物へ身を変えた彼女の姿も見当たらない。

 

「それにしてもこれは……」

「あの子だろうな」

 

 それ以外ないと言われれば黙るしかない。

 破壊痕に雪はさほど降り積もっておらず、ましてや逐一修復されるはずのダンジョン内でここまでの痕を残すというのは、それこそつい数時間以内に破壊活動が行われたということ。

 覚悟はしていた。だがしかしごく短期間で、視界に入るほぼすべてがここまで広大な雪原が壊滅してしまうとは。

 

 琉希の背中に冷たいものが走る。

 

 レベル六万、いや、フォリアから逆流してきた魔力のせいで多少押しあがって七万ほど。

 技術や経験、足りないものはいくらでもあるとはいえ、その力は自体は本物であり、一介の高校生が持ち合わせるには過ぎたものだ。

 しかし己がいくら束になろうとも太刀打ちできない存在、怪物を超える怪物の前に立たなくてはいけない事実。

 

 ――これは……下手したら呼びかけ云々以前に死ぬかもしれませんね……

 

「しかし埒が明かないな。延々探すのも体力を使うだけだ、こちらから仕掛けるか」

 

 そういってカナリアが取り出したのは小さな魔石。

 彼女はそれを指先で磨り潰すと、頭上へ力強く放り投げた。

 

 微かな閃光、追って爆音。

 

 奇しくもその作戦は、フォリアと琉希がこの『沈黙の雪原』へ訪れた時に取った物と似ていた。

 

 魔石としては低級、或いは魔力を著しく失っていたそれの起こした空気の振動は、爆弾として扱うにはあまりに弱弱しいものだ。

 しかし怪物を呼び寄せる撒き餌としては十二分に活躍した。

 

 鈍い音が響く。

 初めは魔石の爆発による振動が最後の一押しになって、木々に積もった雪を落としたのだと思った。

 

 だがすぐに違うと分かった。

 

 理性を失い荒ぶる怪物の、横隔膜を震わせるような足音。

 だがそれは決して思うままに暴れ狂っているわけではない。音を聞きつけ、こちらへ一直線に向かってきているのだと、次第に大きくなる足音から嫌でも理解出来た。

 

 視界の端にすっくりと立つ巨木が、まるで鉛筆でもへし折るかのように千切れ吹き飛ぶ。

 

 

 ド

 

 ドド

 

 ドドドドドドドッ!

 

 

「来るぞ! ぼさっとしてるんじゃない!」

 

 カナリアの声にハッと意識を取り戻し、巨岩を構える琉希。

 同時に上空から巨大な影が無数に(・・・)降り注ぐ。

 

「あ、れ……?」

 

 しかしそれらを弾き飛ばした琉希は、あまりの反動の軽さに首を傾げた。

 カナリアを一方的に叩きのめす怪物の攻撃は、決して琉希に耐えきれるものではない。

 勿論岩を挟んで衝撃を抑えることはできるが、それでも打ち消しきれなかった反動に潰されたり、吹き飛ばされることが想定されているのだから。

 

 琉希の違和感を肯定するように、次々と地面へ突き刺さる雪狐達。

 だがそれらは首や顔、腹などの急所の悉くを一撃で叩き潰された、つい今しがた殺されたばかりの死骸であった。

 

「――『金剛身』ッ!」

 

 思考すらなく絶叫するように発動したスキル。

 姿の見えぬ怪物を恐れ飛び出さず、岩の下で隠れることを選んだ琉希であったが、その無意識の選択が彼女の命を救った。

 

 

 ドンッ!

 

 

 それは黄金の体毛に覆われていた。

 狐や狼のような肉食生物の姿を基調とし、しかし骨格に合わぬ翼や、まるで籠手でもしているかのように四肢を覆う漆黒の鱗、仮面のように頭部を覆う純白の装甲と、その隙間からは鋭く生えそろった牙と縦に割れた瞳が爛々と輝く。

 

 そして何より特徴的なのは後脚と比べても大きく発達した前脚だろう。

 うろこに覆われた腕は太く、しかし鋭い爪を備えているが、それ以上に目につくのが両手の甲へ生えた巨大な黒の結晶だ。

 

「随分と立派な体になったようだな」

 

 カナリアの声に大きな耳がピクリと反応した。

 

 その瞳に宿るのはこの姿へ変わってしまった恨みか、怒りか、それとも虚無か。

 黄金の瞳がぎろりと地面を這いまわり、己の爪よりちっぽけなカナリアを補足したと同時に、口へ加えていた雪狐の首が噛み千切られる。

 

 

『オオオオオオォォォォォッ!!!!!!』

 

 

 力なく地に伏せ、周囲に転がった狐たちの死骸がゆっくりと光の粒へと変わっていく中、元少女の怪物は赤黒い口をガバリと開け、久遠の先にすら響く遠吠えを上げた。


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