『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百二十二話

 だらりと垂れる涎、雪を踏みめり込む四肢。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

 冗談のような攻撃であった。

 怪物が動いたかと思えば、次から次へとカナリアの立つ場所へ大穴が開いていき、天地がひっくり返ったかのように雪と土砂が舞う。

 

 強化魔法の連続使用によって感知能力を跳ね上げているカナリアであるが、その息をつかせぬ怒涛の連撃の前には、反撃や声を掛けるどころか避けるので精いっぱいであった。

 

「くっ……前より強くなってるな、面倒なことに」

 

 上空を舞いごちるカナリア。

 しかしどれだけ高く飛ぼうと安全なわけではない。空を飛ぶことは叶わないものの、その強靭な脚力で跳躍、そして翼で滑空してきた怪物が恐ろしいほど正確な追尾でカナリアの首元を狙ってくるからだ。

 その度さらに上空へ逃げ、いつどこからやってくるか分からない恐怖に怯えることとなる。

 

 ほんの掠った程度であった。

 しかし彫刻刀に抉られたようにも見える傷を軽く撫で、カナリアは想像以上に魔力を蓄えたフォリアの攻撃に冷や汗を垂らした。

 

 先ほど大量に投げられた狐の死骸を鑑みる限り、どうやらこの数日でたらふくモンスターを貪ったようだ。

 下手をしたら狭間の魔力濃度を超えているかもしれず、もしこれ以上魔力を溜められたら、狭間に追放することすら叶わないかもしれない。

 

「くそっ、こんなことに時間を取られている暇はないというのに……!」

 

 苛立たし気に宙を浮かんでいたカナリアであったが、これではまだ相手の動きを想定しやすい地上の方がマシだと悟り、フォリアの跳躍に合わせ地面へと舞い戻った。

 それとほぼ同時に、地面へめり込んだ巨岩がゆっくりと浮かび上がる。

 

 琉希だ。

 

 もし岩の外へ飛び出していればついでと言わんばかりに首を斬り飛ばされていただろうが、運よくその場に留まり、『金剛身』で守りに特化することで、着地の衝撃に軽く意識を飛ばされるだけで助かった。

 

「おい貴様! 生きてるか!」

「なん……とか……『ヒール』」

 

 飛んできた光にカナリアの頬が修復される。

 軽い脳震盪からか焦点の定まっていなかった琉希の目に、回復魔法の助けも借りて光が宿るのを確認した彼女はこっくりと頷き、事前に伝えていた通りのことを伝えた。

 

「よし! アレを助けたいなら叫べ! 名前や記憶を刺激するような呼びかけだ、意識を取り戻すようなことを全力で挙げろ!」

 

 

「フォリアちゃん! フォリアちゃん私です! 聞こえますか! 約束通り治す方法を……!」

 

 無意識の本能で横へ跳ねた彼女。同時に、彼女の身体ほどある巨大な爪が雪原を抉った。

 そして攻撃を避けたと思えばまた叫び出す。何度も何度も、届いているかすら分からぬ過去の記憶を、共に笑いあった思い出を。

 

 それは理性を失った怪物にとって、初めて感じるひどく目障りな存在でもあった。

 ただの不愉快な鳴き声、そのはずなのに何故か悲しく、懐かしく、戻りたいとすら思ってしまう何かがその鳴き声には有った。

 目の前を跳び回る一匹とは異なりその動作は緩慢、今まで食い荒らして来た狐とさほど変わらぬ矮小な存在であり、そう必死に追う必要もないはずであるにもかかわらず何故か目が離せない。

 

「ぐぅ……っ! 『覇天七星宝剣』!」

 

 カナリアとてすべての攻撃を抑えきれるわけではない。

 時として彼女の脇をすり抜けたその爪は、琉希にとって避け切れぬ軌道を描くこともあったが、彼女は三重、四重に重ねた巨岩によって衝撃を緩和し、命からがら逃げ延びてはまたすぐに叫んだ。

 

「治す方法をっ、治す方法を見つけてきました! 起きてください! そんなの貴女がしたいことじゃないでしょう!?」

 

 腕輪を握りしめ振り回す彼女。

 少なくとも知る限りこれが最後の希望なのだ、当然必死にもなろう。

 

 黒髪と深紅の腕輪は白に染まった雪の中でもよく目立った。

 獲物がどこにいるか一目で分かる。こんなに喜ばしいことはないはずだが、やはり本能にも近い違和感が怪物に全力で叩き潰させることを躊躇わせていた。

 

「もっと楽しいこと、したいことがあるでしょう!? 美味しいものいっぱい食べたいって言ってたじゃないですか! そこのエルフなんかより美味しいものっ、世の中にいっぱい溢れてますよっ! フォリアちゃん、聞いてくださいフォリアちゃんっ!」

「おいその説得はおかしいだろ!?」

 

 だがそれより先へ進むことはなかった。

 

 違和感を感じ、躊躇い、その気になれば捻り潰せる相手に戸惑っている雰囲気こそあれど、確固たる知性を取り戻す気配がない。

 数日前から一層魔力を取り入れ意識の浸食が進んでいるのだ。

 

「もう無理だ! 下がれ! こいつを殺すッ!」

 

 カナリアもいい加減限界であった。

 真正面に立ちひたすら攻撃を受け流すことは酷く精神を疲弊させる。もろに食らえば死にかねない攻撃を、後々発動させる魔法のために最小限の消費で耐える必要がある事実が、なおの事彼女を苛立たせた。

 

「――まだですっ!」

「いくらやったってもう貴様の声は届かないんだよ! こっちだってそろそろ限界なんだ!」

 

 悲鳴にも似た絶叫。

 

 カナリアにはすべきことがあった。

 過去との決別、罪の清算。三度の時間を失敗し続けた今、もう一度やり直せるような余裕などこの世界に存在しない。

 

 こんなところで時間を食ったり、果てには死ぬなど最悪以外の何物でもない。

 

「なら貴女は下がっていてください! 私が一人でやりますっ!」

 

 だからもう終わりにしよう。

 

 カナリアが言外に伝えた内容も、琉希によってばっさり切り捨てられる。

 いや、切り捨てるというより、そもそもその選択肢が存在していないのだから、意識すらしていないというべきか。

 

「……勝手にしろ! 貴様が死んだら速攻であいつを殺してやる、生き返った後で文句言うなよ!」

 

 苛立たし気に後ろへ飛ぶカナリア。

 圧倒的存在である怪物からすればさしたる差はないものの、一応とばかりに強化魔法を飛ばしてくれたのは、彼女に残る唯一の良心か。

 

 届いているのかすら分からぬ声を上げ、覚えているかすら分からぬ思い出を語る。

 

 混沌とした怪物に宿る無自覚の手加減と、勘にすら及ばぬ曖昧な感覚を頼りとした、終わりの見えない戦いの始まりであった。


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