『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!   作:IXAハーメルン

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第二百二十五話

「こ、壊れちゃってるのかもしれません! こっちをどうぞ!」

 

 折角感動的な記憶の復活をしたにもかかわらず、治すための腕輪が壊れていたとは。

 

 フォリア用とは別に手渡されていた、自分用の腕輪を『アイテムボックス』から引っ張り上げ、再びフォリアへ手渡す琉希。

 これもすんなりと受け取ってくれたフォリアは腕輪を付け替え、低く唸るような声で魔法の起動を試みる。

 

 が……

 

 何も起こらない。

 

『ダメ……みたイだよ……』

 

 爪先でそっと琉希の手へと腕輪を戻すフォリア。

 それをやっとの力で握り締めた琉希であったが、己の思考とは裏腹に、がくがくと震える膝を抑えることが出来なかった。

 

 この二日、苦しかった。

 それは肉体的な疲労という面もあるが、それ以上に、迫りくる期限の分からない時間制限、そして己が一押しをしてしまったという精神的な抑圧が何よりも大きかった。

 

 それでもどうにか不眠不休で這いずり、魔石を集め、腕輪の完成まで漕ぎつけられたのは、それをすればきっと治るという希望があったからだ。

 自分の事を天才と称し、事実その名に足りる力を示して来たエルフが、恐らく行けると頷いたからだ。

 

 だがなんだこの結末は。

 上手く行きかけて、しかし失敗ならまだ理解出来よう。

 しかし違う。上手く行くどころか、魔法陣の出現、或いは眩しいほどの輝きすら起きないではないか。

 

 ふつふつと彼女の心に沸き上がる激情。

 

 希望を見せて半殺し?

 それにやっと意識を取り戻したフォリアはどうする。このまま何も出来ず指をくわえて、彼女が正気を失う姿をじっくりと観察してろとでもいうのか。

 

 知らず知らずのうちに腕輪をきつく握りしめてしまった琉希であるが、しかし腕輪は壊れない。

 天才の手によって構築された魔道具は、少なくとも耐久面においては優秀らしい。

 

「なんで……おい駄目エルフ! 何ですかこのポンコツゴミ魔道具は!? 全然動かないじゃないですか! もしかして『リアライズ』とは別……の……」

 

 唐突に生まれた派手な煌き。

 

「これ……は……」

「ああ……やはり、か。私の理論に欠けはない、少なくとも一般的な条件においてはな」

 

 それは琉希の握り締めた腕輪から続いている、無数の円や文字が重なった魔法陣であった。

 煌めき、ゆっくりと回転する様は、さあ飛び込めと言わんばかり。

 

 カナリアは軽く鼻を鳴らし琉希の背後から近づくと、魔法陣の一点を指先で突き破壊してしまう。

 そしてフォリアへサクサクと近づいていくと、どこか憐れむような眼を彼女へ向けた。

 

「やはりって……なんですか……!? 最初から出来ないと分かっていてこんなものを作ったんですか!? ねえ! そうじゃないって言うなら、今すぐ何が起こってるのか説明してくださいよ!」

「もう少しボリュームを下げてくれ、壊れたスピーカーか貴様は。それともなんだ、わざとやってるのか? 姦しく騒ぎ立てて私の鼓膜を破壊するのが目的なのか?」

 

 心底五月蠅そうに目を細め耳を抑えた彼女。

 

「貴様、確かそいつは魔法が使えないと言っていたな、魔攻が零なのだと。魔力が存在しないならともかく、ダンジョンシステムへ身を委ね、レベルアップを重ねているのならそれはまずあり得ない。体内に魔力を取り入れているのだから、スキルは絶対に使えるはずだ」

 

 

 

「なら何故か。ダンジョンシステムに欠陥はない、少なくとも個人だけが被害を被るような欠陥はな。ならば起こった事象の原因は必然的に、個々人の体質が絡んでくるだろう」

 

 世界に欠陥は存在しない。

 より正確にいうのなら、欠陥が生まれようとも、世界はそれを修正する力が生まれる。

 次元に穴が開けば勝手に塞ごうと力が働き、どうしようもないほど大きいものならば、一つの世界を擦り潰し均一化を図る。

 

 世界に宿る記憶から作り出されたダンジョンシステムも同じだ。

 

 ならば理由はやはりフォリア自身にある。

 

「単純にそいつは自分で魔力を体外へ放出できない体質なんだよ。魔力そのものの結着が強すぎて、他者からの補助なしでは放出できんのだ。体内で魔力を巡らす系統のスキルなら扱えるがな」

 

 確かに自分の力で体内の魔力を抜き取れば、理論上は誰でも自分一人で『魔蝕』を治療できるだろう。

 だがフォリアはそもそもの前提として、自分の力で体内の魔力を抜き取ることが出来ない。

 

 それが一切の利点を孕まないと言えば嘘になる。

 体内で魔力の結着が強いということは即ち、非常に自分の意志の影響を受けやすいと言える。

 即ち一般人と比べ操作能力が高い。魔攻が0という極端な例であれば、それこそ体内の魔力一切を完璧に、自由に操れるということだ。

 

 何らかの補助を用意し放出の手助けさえできるようになれば、それこそ無二の逸材としてかつて名を馳せたカナリアすら、魔法の発動面では上回る可能性すらある。

 

「そんな……じゃあ……」

 

 だが、そうはいかなかった。

 この最悪な状況で、最悪な面のみが目立ってしまった。

 

 一言でいえば不幸な出来事だったのだろう。

 誰かを責められるわけではない。全ては偶然であり、こんなことを予想できる人間なんていないさと、きっと話を聞いた人なら慰めるような、不幸な物語。

 

「腕輪は自身で魔法を発動させる補助にすぎん。フォリア以上に魔力を持つ存在が今この場に居ない以上、これ以上私たちに出来ることはない」

 

「話を聞いた時点で薄々気づいてはいたんだがな、まあやってみなければ分からんこともあるし、取りあえず作っては見たんだよ。残念ながら予想を上回ることはなかったが」

 

 そう語る彼女の顔は能面のように固まっていて、本心でどう思っているのかを窺い知ることはできない。

 

「ふ……ふざけるなっ! 天才ならどうにかして見せてくださいよ、この程度余裕だって治してください! ねえ! ダンジョンを創るくらい天才なんでしょ……!? やって……くださいよ……どうして……」

 

 カナリアのワンピースをひっつかみ、犬歯を剥いて吠える琉希。

 

「言っただろ、私は私に出来ることをやっただけだ。時間も道具も魔力も足らない中で、私は出来ることを全てこなした。結論は変わらん、この腕輪(・・・・)での治療は不可能だ」

 

 しかしカナリアは顔色一つ変えなかった。

 ただただ淡々と、感情を消した顔で残酷な事実を語り続ける。

 フォリアが怪物と化してから二日で嫌と言うほど見てきた、観測者としてのカナリアが一切の偏見を排除し告げる顔。

 

 無理だった、全ては無駄であった。

 

『――ねえ』

 

 フォリアがカナリアへ話しかける。

 それに対して淡々と返答するカナリア。フォリアの肉体はどうなったのか、どうして自分たちがここにいるのか、そしてこの先フォリアはどうなるのか。

 

 驚愕の事実に目を剥き、戸惑うフォリア。

 しかし暫く経ってから軽く頷き、再び会話を交わす二人。

 その間カリ、カリ、と、何かをかじる音が微かに響くのを、顔を突き合わせ熱心に話していた二人は気付かなった。


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